4 医務室にて
吸血鬼対策局。その県支部内部にある医務室には専属の医師が配備されており、設備は一般的な大学病院などと変わらない。
その集中治療室の前の長椅子に黒髪ロングの女子大生、藤堂綾香が力無く座っていた。
「……家から出ないでって言ったのに」
「ごめん。でも流石に黙っていられなかった」
言いながら綾香の隣に座る。
「兄貴、大丈夫そう?」
「分からない。ただ……うん、まあ凄い怪我だった」
そう言う綾香の衣服は血に塗れている。自分のように返り血ではなく雄吾の血液だろう。背負ってきたから付着している。そして血塗れになる位には雄吾の怪我は酷い物なのだ。
だからこそ中々雄吾が手術室から出てくる気配は無い。
そんな中、互いにどう切り出していいのかわからなくて、張り詰めた緊張感の中しばらく二人して黙り混む。だけど黙って待っていてもそんなに早く事態は動かなくて、そしてそんな空気にも耐えられなくて。やがて綾香に問いかけた。
「上の連中はなんて言ってた? 兄貴倒すようなやばい奴相手にどうするつもりだよ」
「動ける人員を今すぐ動かして事に当たるって。支部の中人少ないでしょ? そういう事」
「今すぐって……俺の所にはなんの連絡も来てねえんだけど。行かねえと駄目だろ俺も」
「そうやって行かないとって思う辺り、やっぱり雄吾の弟ね。責任感強いわ」
「いや……そういう訳じゃねえよ」
責任感が強いのならば、冬野の一件で踏みとどまっていない。きっと自分が持ち合わせている責任感なんていうのは、もうとっくの昔にボロボロになっている。
「ただ俺はそうしないとって思っただけで……」
「そう思えるだけで十分。でもね、別に動かなくてもいい。アンタは特別」
「特別?」
「そもそも中学生で現場に出てる事だけでもイレギュラーで、それができるだけの才能がある。大人からすればそんな将来有望な若者は今回みたいなリスクしか無い戦いには参加させたくないのよ。今はまだ滅血師としては上の下みたいなもんなんだからさ」
「兄貴とんでもなく雑な作戦で酷使してる人らと同じとは思えねえなぁ、上の大人は」
「雄吾だって高校卒業するまでは上の人も過保護感あったよ? 何も指示してなくても勝手に吸血鬼討伐してくるからコントロールできねえって頭抱えてた。今日の作戦だって雄吾ならそれが普通にできるからってのが理由だし……多分本当に無茶な事はやらせない」
「……そっか」
知ってる。上の大人が真面目でまともで自分達を気に掛けている事は。多分そうでなければとっくに滅血師なんて止めている。そして……そういう大人達だからこそ気掛かりだ。
「それで、そのヤバイ吸血鬼ってのはどうにかなりそうなのか?」
「……簡単じゃないだろうけど、多分なんとかなると思う」
そう言って綾香はスマホを操作して一人の男の画像を表示させる。
「雄吾が戦った時は見鬼の力しか頼れなかったから遅れを取ったけど……向こうの顔はもう割れてる。だから後手に回らずこちらから仕掛けられる」
「……まあそれならなんとかなるか」
「多分ね……なってもらわないと困る」
雄吾が敗北した戦いと、今滅血師達が行おうとしている戦いでは大きく条件が変わる。
目の前の男が吸血鬼かどうかを遠方から判断できるか否かだ。
吸血鬼の容姿は人間と変わらないが故に外見的特徴から判断するのは不可能で、基本的に吸血鬼だと判断する為にはそれに準ずる行動を現行犯で目撃するか、もしくは見鬼の力……滅血師の才覚がある物だけが持つ第六感。吸血鬼が発する独自のオーラの様な物を視認して判断するか。大きく分けてその二つに手段が限られるケースが多い。
だが優秀な滅血師でも血液を接種してから数日程しか感じ取れない上に、最後の吸血から時間が経つに連れて反応は弱くなりやがて消え失せる。
今回のケースには当てはまらないが、もしも相手が子供の吸血鬼ならばほぼ現行犯でなければ反応が感じられない程に急速に弱くなる。
故に件の吸血鬼がこの数日間の間に吸血行為を行っていなければ判別が効かなくて、仮に行っていたとしても、オーラの強さにもよるがある程度近距離でなければ感じ取れない。
だから初めて邂逅したであろう今回の相手にはどうやっても後手に回る。
だが今はもう犯人の容姿で判別が利く。故に後手に回る事無く殲滅できる。
だとしてもそれは、その吸血鬼を上回る戦力をぶつけられればの話になるが。
……そうであってくれと、そう言い聞かせたところでふと気付く。
「そういや俺が例外なのは分かったけど綾ねえは?」
「なんか色々気ぃ使われた。いや……うん。使われたっていうより使ってくれたんだよ。行かなくていいから此処で雄吾が起きるの待ってろってさ」
「……そっか」
確かに今の綾香はかなり消衰していて、そんな綾香に戦わせようとは誰も思わないでいてくれたのだろう。そういう人達だから今自分も此処にいる。大人に守られて此処にいる。
そして雄吾が起きるのを待つ間、そういう人達からの朗報をその場でずっと待っていた。
願わくば全てが良い方に転がるようにと、そう願いながら。
だけど結局この日、一命を取り留めただけで雄吾の意識は戻らなくて。
他の滅血師からも碌でもない知らせしか届かなかったのだけれど。
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