第10話 どうしたの?

 恭兵キョウヘイたちが乗るセダンは、運河の橋の下に止まっていた。

 恭兵がトランクを開けると、中に居る男2人の死体を一体ずつ担いでは、橋の土手に座らせるように置く。

 それが終わると、何事もなかったかのように恭兵は車に乗った。


「まぁ、誰かが見つけてくれるだろう……」


 そう言って車を走らせた。

 後部座席に座る芽愛メイマイは、何かを言いたげに眼を細めていたが。

 

                 〇

 

 恭兵の運転する車は、芽愛の祖父の家を目指す為に、高速道路を目指していた。

 後部座席に座る芽愛が、カーナビを操作し、目的地を設定した。

 芽愛に礼を言うと、恭兵はハンドルを握りながら、いつも以上に注意を払っている。


「恭兵さん、どうしてあの車を使わなかったんですか?」

「あの車? ――ってどっち? SKN1、それともGKS8?」

「SKN1……GKS8……? ――って何の略ですか?」

「実は、昔のドラマのアルファベットを取って付けただけなんだ、同じ車のメーカーが絡んでいるってことで」

「もうちょっとシンプルな名前の方が良いような気がしますよ?」

「やっぱりそう思う……?」


 どうやら恭兵も薄々そこは気にしていたようだ。


「あれですよ。お母さんと学校から逃げる時の車です」

「アレはGKS8だね。召喚してもいいんだけど、今は出来るだけポイントを温存しておきたいし」


 恭兵の話を聞いて芽愛は納得した。

 恭兵の不思議な力のことを完全に理解した訳ではないが、ポイントの制限があってそれに応じて使える能力が決まっているのだろう。


「――って言っても、兄貴のユニークスキルの『上空遠隔視』を使われたら、建物の中に逃げる以外、何処に隠れても見つかるけどね」

「ちなみに、車の中はどうなんですか?」

「バッチリ、バレる」

「えっ⁉」


 芽愛は目を点にした。

 そして、一気に不安な気持ちになる。

 しかし、舞は違った。


「お兄さんは死んだはずでしょ⁉」

「兄貴はスキルで時間内は不死身。今頃、俺たちのことを嗅ぎまわっているはず」

「まさか、信じられない」


 当然だ。不死身なんて非現実的だ。


「いずれ分かります」


 

 もしかしたら浩次コウジに居場所がバレているかもしれない、という話をしてから芽愛は、握りしめた拳を膝の上に置いて、ジーと下を向いている。

 不安な気持ちは恭兵も同じだ。

 スキルの『男性配下』で警官も味方にしていた。

 検問を敷かれては、瞬く間に押さえられてしまうだろう。

 そんなことを考えていると、自然とハンドルを握る手にも力が入る。


 何とか誰にも見つかることなく、無事に高速道路に乗った恭兵たちの車。

 流石に高速道路の上でいきなり生身の男が飛びかかって来るとは考え難いが、芽愛を見て運転中の男が車で体当たりしてこないとも限らない。

 アクション映画の見過ぎの所為か、何か起こりそうな気がしてやまない。

 恭兵がルームミラーを覗いて芽愛を見ると、芽愛は変わらず怯えているようだった。

 しかし、だ。

 隣に座る舞はというと、両手を組み、どうも恭兵を睨みつけているように見える――いや、絶対に睨んでいる。

 舞の目線を悟ると、浩次の襲撃に対する警戒よりも、舞に対する恐怖に緊張が募る。


「お母さん……?」


 ふと、舞を見た芽愛が訊いた。


「ところで芽愛。恭兵とはどのくらい付き合っているの?」

「えっ?」


 突然の質問に言葉を詰まらせた芽愛――と、恭兵。


「わ、私と恭兵さんは昨日会ったばかりで――」

「――それなのに、もう下の名前で呼んでいるの?」

「あ、あれは……!」


 普通に考えればそうだ。

 出会って間もない男女が下の名前で呼び合うには時間が掛かるはずだ。

 相手の男がチャラした男なら、馴れ馴れしく下の名前で呼ぶかもしれないが、恭兵はそういう男には見えない。

 舞が芽愛に圧を掛けるように見ている。


「自分が頼んだんですよ――」


 恭兵が苦笑いを浮かべながら言った。


「――自分の名字は禿かむろって言うんですけど、漢字でハゲって書くので、そのせいでクラスメイトから、からかわれたり、苛められたりで、それで嫌いなんです」

「なるほどね……」


 それを聞いた舞は、ホッとしたように息をついた。

 娘が得体の知れない男と付き合っていた訳ではないと知って安心したのだろう。

 

「いくらなんでも、女子高生に手は出さないですよ」


 そう言って運転に集中する恭兵だが、直後に別のプレッシャーを感じ始めた。

 再び恭兵がルームミラーを覗くと――


(えぇぇぇー‼)


 ――さっきまで怯えていたはずの芽愛が、頬を膨らませながら、尖らせた目で恭兵を見ていた。


「どうしたの、芽愛ちゃん……?」

「……別にぃ!」


(いや、怒ってるよな⁉ どうして⁉)


 芽愛の逆鱗に触れた覚えは全く無い……無いはずだ。

 恭兵は勿論だが、隣に座る舞も、今の芽愛を見て、青ざめた顔で目を点にしていた。

 あの舞が……だ。


 しばらく走ると、トイレに行くためにパーキングエリアに入るが、車の数の多さに、仕方なく通り過ぎる、を繰り返していた。

 そして、やっとの思いで1台しか車が止まっていないパーキングエリアにたどり着いた。

 ドライバーと同乗者は男だが、2人だけなら何とかなる。

 出来るだけトイレに近い場所に車を止め、恭兵が先に車を降りる。

 そして舞と一緒に芽愛をガードするように周りに注意を払いながらトイレへ。


「一応これを」


 恭兵はトイレの入り口で、舞にチンピラから奪ったリボルバー拳銃を渡した。


「そのまま引き金を引けば弾が出ますので」


 そう言って恭兵は男子トイレの前で待機した。

 芽愛と舞を見送ると、恭兵はあることに気づき、ナビゲーターウォッチに問いかけた。


「そう言えば、俺はトイレに行かなくても大丈夫なのか?」


〈本来、『飲食不要』のスキルにより、トイレに行く必要はありません。しかし飲食をしてしまうと行く必要があります〉


「トイレは無効じゃなかったのか……」


 恭兵がそう意識していると、なんだか本当に尿意を感じ、恭兵は男子トイレへ入って行った。

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