第7話 家族事情

 恭兵キョウヘイが中学に上がるまでは、問題なく平穏な生活をしていた。

 それが狂い始めたのが、利輝トシキが高校に上がった頃だ。

 利輝が名門校に落ちてから、両親の態度が徐々に変化していった。

 そして恭兵が高校受験に次々失敗し、最終的に合格できたのは県立の定時制。学校も名門とはかけ離れた普通の学校だった。

 両親にとって恭兵と利輝は将来性のないと判断したのはこれが理由だ。

 浩次コウジは名門大学に入学し、卒業までして、今ではカリスマ作家だ。

 当然両親の期待に応えた浩次は溺愛され、恭兵たちは居なかったことにされている。

 あの両親クズにとって自分たちは、金稼ぎに失敗した出来損ないの道具か何かなのだと。

 

「ひどい話ね……」

「まぁね。偶に電話が来たと思ったら、金のことばっかりで、最後に決まってこう言われるんだ……」

「なんて?」


「アンタなんか産まなきゃよかったって」


 その言葉を聞いたマイは咄嗟に口を抑える仕草をした。


「それを聞くたびに、俺って生きてる意味は無いのかな、って思ったよ……――でも兄さんがいつもそんなことはない、って慰めてくれるから、今まで生きてこられた」

「そんな……酷い親が……」

「でもそっちだって、その一歩手前に来てるだろ? 種類は違うけど」

「えっ⁉」

「アンタが芽愛メイちゃんにしていることだよ?」

「私は……娘が嫌いなの。本当に勝手なことをして、早く自立して欲しいだけよ……」


 舞は冷たい口調でそう言った。

 本当に母親なのだろうか、と思うかもしれない。

 そんな舞に恭兵はある一言を放つ。


「嘘つき」


「なんですって⁉」


 恭兵の一言を聞いて舞は恭兵を睨みつけた。

 恭兵は既に知っているが、舞が芽愛に対して厳しいのは、芽愛の父親が理由だ。

 

 舞の夫、芽愛の父親だが、彼は10年前に交通事故で亡くなっており、その時の芽愛はまだ幼いこともあり、必死に父親を起こそうとする姿も、また悲しみを誘うものだった。

 それをきっかけに舞に、あることが過ぎる。

 

 ――もし自分が死んだら。


 それを考えているうちに達した答えが今の状況だ。

 芽愛に嫌われれば、自分が突然死んでも悲しまない。それが舞なりの不器用な配慮だった。

 確かに芽愛は昔に比べればたくましく成長しただろう。

 しかし、舞の目論見とは裏腹に、芽愛との溝はなかなか広がらなかった。

 というのがアニメの設定だ。

 

「アンタの演技下手過ぎなんだよ。本当はわざと芽愛ちゃんに嫌われようとしてる。自分が死んでもあまり悲しまずに済むように――だろ?」

「……そんなことは――」

「――本気で嫌われようとしている人が、危険な場所に『来るな』って言ったり、自分の学校の入試に合格した時に、抱き着いて喜んだりするかよ?」

 

 実はアニメ本編では、芽愛が丸葉学園に合格した時は、芽愛に抱き着いて泣いて喜んだ姿が描かれていた。

 そのことを考えれば、舞が本気で芽愛を嫌っている訳ではないことが分かる。


「……見てたの?」


(ヤベッ!)


 アニメで見ていたとは言えない。

 どう誤魔化そうか考えている間にも、舞がジリジリと圧を掛けるように恭兵を睨んでいる。


「えっと……そう聞いたんだよ――と、とにかく……中途半端に厳しいせいで、芽愛ちゃんはアンタから離れないんだ。女手一つだから余裕が無くて厳しくあたって来るんだ、って思ってる」

「そんなはずがないわ。娘は私のことが嫌いなのよ……」


 どうしてもしらを切るつもりだ。

 そこで恭兵が舞にある話をした。


 とある学校の体育教師が、女子生徒に手を出したことで解雇された。

 しかし理事長は、自分の学校でそんな事件が起こったとなると、学園の名誉に関わると判断し、その体育教師を警察に突き出すことは無かった。

 そこで逆恨みをした体育教師は、学校に通う理事長の娘を襲った。

 本当なら警察に突き出すところだが、「自分が捕まれば、この学校の信用はなくなり、廃校になる」と脅され、娘は仕方なく体育教師の言いなりになり、放課後に体育教師に呼び出されては、欲望の捌け口にされていた。

 娘は親に本当のことを言えず、自分がされたことをライトノベルに例えて話すと、厳しい母親から――


「そんなことになるわけがないでしょう! もし本当にそうなったら、勘当する。そんな弱い娘なんか要らないから!」


 ――と、強く言われた。

 母親と学校の名誉のためだったとしても、と言っても母親の答えは変わらなかった。本当に娘が被害に遭っているとも気づかずに。

 このままでは自分は母親に捨てられると危機感を覚えた娘は、次第に精神的に追い詰められてしまい、体育教師の殺害を試みた。

 しかし結果は失敗、更に体育教師から辱めを受けることになる。

 そして、母親に捨てられることをうっかり漏らしてしまい、居場所がないなら自分が居場所になってやる、と付け込まれた少女は、体育教師に玩ばれる奴隷になってしまう。

 それを知った母親は、大切な娘が大変な目に遭っていることに気づくことが出来なかったことで、クズな体育教師に娘を渡してしまったことを深く後悔して、物語は終わった。

 

「素晴らしい想像力ね。小説家に向いているわよ、あなた……」


 舞の誉め言葉を聞いても、恭兵には皮肉にしか聞こえない。事実皮肉だろう。


「あのさ……さっきの話を聞いて何か気づくことはないの? 変態体育教師に、学校の名誉を優先する理事長の母親、これを聞いても?」

「……。まさか、⁉」


 舞は震えあがり、顔からは血の気が引いたように青ざめて言った。

 更に素が出て、芽愛を〝ちゃん〟付けで呼んでいたことを考えても、相当動揺したことが窺える。

 そう、恭兵が舞いに話した物語は、本来、芽愛が辿るはずだった運命だ。


(やっと気づいたよ……)


 反応の鈍い舞に呆れて、恭兵は首を左右に振った。


「でも安心して、芽愛ちゃんはまだピュアだよ。そうなる前に俺が阻止した」


 それを聞いた舞はホッと一息ついた。


「やっぱり大切なんじゃん」


 恭兵の指摘に舞はハッと身震いをした。


「なぁ理事長さん、別れなんて遅かれ早かれ誰にでも訪れるもんだ。自分の理想の為に、大切な家族を自分から手放してどうする? 時には厳しくすることも必要かもしれないけど……もっと彼女を大切にしてくれよ」


 恭兵がアニメを見て思ったことを舞に伝えた。アニメの世界で自分の意見を伝えたところで、状況が変わるかどうかは分からないが、それでも言わずにはいられなかった。

 舞の様子を窺うと、恭兵の言葉に何か感じるものがあったのか、それから何も言わなくなった。


「とにかく、休んだ方がいい。明日は早いから」


 舞は何も言わずに立ち上がり、ソファーへ戻って行った。

 恭兵はナビゲーターウォッチを覗いて残り時間を確認した。


「よーし、次のオーダーは……」

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