第5話 寝床

 丸葉学園の最寄り駅の近くに――


「――どこが駅の近くだ。だいぶ離れているだろう⁉」


 浩次コウジの怒号がホテルの前に響き渡った。

 無理もない、「駅の近く」と言いながら、実際は駅から車で20分もかかる場所にあるのだ。とても近くとは言えない。

 ホテルを紹介した組員が「すみません‼」と言いながら必死に何度も浩次に頭を下げていた。

 このホテルは浩次の手下――暴力団の幹部――がよく利用するらしいホテル。

 ホテルは41階建て、外見はガラス張りの大きなビルのようになっている。

 部屋数500超え、レストランも5つとかなり豪華だ。

 浩次がエントランスに入ると、入り口に立っていたホテルマンの男が「いらっしゃいませ」と言い頭を下げる。

 そのお辞儀の仕方も非常に上品だ。

 上品なのはホテルマンだけではない。

 床は大理石が使われ、天井には大きなシャンデリアが下げられている。

 エントランスの右の方には、ラウンジがあり、そこにはバーカウンターが設けられ、バーテンダーの背後にある棚にはたくさんのお酒が並んでいる。

 本当にゴージャスな高級ホテルのそれだ。

 浩次は受付カウンターへと足を運んだ。

 カウンターには、紳士的な男と、これまたアニメの世界観からか、胸が豊満でグラマーな体つきの美しい女性が立っていた。


「スイートを頼む――タダでだ……」


 浩次がホテルマンの男へ向けて言った。


「はい、かしこまりました」


 浩次のスキル――『キャラコントロール』によって一つ返事で承諾した。

 しかし、それが効かないホテルマンの男の隣に居た女性は困惑してホテルマンを二度見していた。

 その表情は「え、大丈夫なの⁉」と言うように目を大きく開いていた。



「こちらになります」


 ホテルマンの案内で浩次が通されたのは、ロイヤルスイートルーム。

 約180平方メートルの広い部屋で、入ってすぐに、大型液晶テレビが置かれた清潔感漂う広いリビングがお出迎え。

 そのリビングの左奥には、ベッドルームへ続く廊下があり、その廊下も、テレビやソファーが置かれた小さな部屋になっている。

 ベッドルームのベッドも、大人一人が寝るには勿体ないダブルサイズが完備され、部屋自体も広い。

 リビングの右側には洗面所とバスルームがあり、洗面所及びバスルームの壁や床は大理石が使われた豪華な内装。他にもミニバーまで完備されているのだから、贅沢に一言だ。

 当然だが、この部屋は一泊50万円近くする金持ち御用達の部屋。本来無料で泊まれるような部屋ではない。

 ホテルマンが「失礼します」と一礼して外に出ると、入れ替わりに2人の組員が入って来た。

 1人は恭兵からリーンバック弾を受けた男で、もう1人は銀髪の男だ。


「よーし、お前たちは隣の部屋に居ろ」

「えっ、危険ですよボス⁉」


 組員の1人が慌てて訊いた。

 当然だが、自分のボスを1人にしたら、敵の格好の標的だ。

 しかし、それは裏社会の組織に属する人間の場合であって、浩次には全く関係ない。

 むしろ浩次の敵は、この世界では、恭兵のみ。

 例え恭兵が仲間を作ったとしてもせいぜい数人、敵ではないだろう。


「問題ない。どうせアイツはここには来ない」


 そう言って浩次はリビングのソファーに、ドン、と座り込んだ。

 実に柔らかく座り心地の良い物だ。

 ただ部屋を見回した浩次は、この部屋に足りないものを感じた。


「おい、お前」


 浩次が銀髪の組員に向けて言うと、組員は「はい」と返事をして浩次に近づいた。


「女を連れてこい」

「お、女ですか?」


 そう、こんな豪華な部屋に男が1人で泊まるのは、逆につまらない。やっぱり相手をしてくれる女性が必要だ。

 しかし、組員の2人は困惑している。


「少し時間をください。ウチの店の女を呼びますので」


 銀髪の組員がそう言うと、浩次は不敵な笑みを浮かべて言った。


「居るじゃねぇか」

「えっ?」

「ホテルのカウンターに、イイ女がよ……」


 その目つきは非常にイヤらしかった。


                 〇


「困ったわね……」


 鹿島かしまは頭を抱えていた。

 寝床もそうだが、寝具も足りないのだ。

 3人くらいなら何とかなるが、今は4人居る。


「それでは、理事長と相川あいかわさんは寝室を使ってください」

「鹿島先生は何処で寝るんですか?」

「私は車があるからそこで」

「そんな、悪いですよ」

「いいのよ相川さん。遠慮しないで」


 恐縮する芽愛に、笑顔で答える鹿島。


「私がソファーで寝ますので、鹿島先生と芽愛メイは寝室で」

 

 マイの一言に鹿島がうろたえる。


「いいえ! 理事長をソファーでなんて――」

「――いつものことよ。気にしないで」


 そう言うと舞は自らリビングにあるソファーへ向かった。

 なんだか申し訳なさそう顔をしかめる鹿島に芽愛が「いつもそうなんです」と呟いた。

 しかし、何も問題が解決したわけではない。


「あの、理事長? 恭兵は……?」

「そうね……それじゃ、アナタが鹿島先生の車に――」

「――俺は必要ない」

「え?」


 舞は勿論、鹿島や芽愛もキョトンとした顔で恭兵を見ていた。

 そう、恭兵は『飲食及び睡眠不要』のスキルで眠る必要がないため、寝床はいらないのだ。

 とはいえ、寝なくても大丈夫と聞いて、恭兵を覗く3人は驚かずにはいられなかった。


「自分はリビングで敵が来ないか見張りますので、みんなは休んでください」

「で、でも……恭兵さん1人で寝ないで見張りだなんて……」

「安心して芽愛ちゃん、別に無理してるわけじゃないから、俺の特殊能力で睡眠が要らないだけだから」

「……そうなんですか……わかりました。それでは恭兵さん、お休みなさい」

「お休み、芽愛ちゃん」


 芽愛は少し心配そうな顔をしならが、寝室へ入って行った。


(なんか心配かけて申し訳ない……)

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