第4話 晩御飯
(……。なんか気まずい……)
キッチンでは女性陣が晩御飯の支度をしているのに対し、
匿ってもらっている立場なので、本来な何か手伝うべきなのだが、あまり料理をしない恭兵だ――キッチンに人が3人という窮屈な状態も含めて――居ても迷惑をかけるだけだろう。
今の恭兵に出来ることは、せいぜい不審者が来た時に対処するため、待機することだけだった。
とはいえ、何もしていない罪悪感があるのも事実だ。
そんなことを考えながらもキッチンの方へ眼を向けると、テキパキと支度をする
普段から料理をしているのか、まな板の上に乗せられた食材を包丁で手早く捌き、食材を炒める際も、フライパンを器用に扱っている。
もし今の芽愛にエプロンでも付けさせたら新妻にしか見えないだろう。
(やっぱり可愛いよなぁー……)
料理をする芽愛に対してもそうだが、初めてこのアニメで芽愛を見た時もそう思っていた。
いや、正確に言うと、恭兵の好みのタイプに芽愛がバッチリ当てはまるということが本音だ。
美しさといい、抜群のスタイルといい、ホワイトブロンドは別にしても、綺麗な長髪といい、まるで絵に描いたような――アニメなのである意味、絵なのだが――理想の女性だった。
そのうえ、女子力も高いとなれば、もはやアプローチをしない理由はない。
ないのだが……どうしてもそれに踏み切れない理由がある。
ここがアニメの中だということだ。
アプローチに成功したからといって付き合えるはずはない――そもそも相手は女子高生、アニメの中でも犯罪だ……多分。
当然だが、内心ガッカリする恭兵。
目の前に理想の女性が居るのに、手を出せないなど、現実はどこまで無慈悲なのだろ――今はアニメの中だが。
そんなことを考えていると、突然、圧を感じた恭兵がキッチンの方を見た。
そこには何かを察したのか、獣が威嚇するように目を光らせて恭兵を睨む
「お、お母さん……どうしたの?」
芽愛も舞の様子を見て顔を引きつらせていた。
「なんだか分からないけど、
(母親の勘すげぇー‼)
恭兵は口を、ガー、と開けた。
やがて出来上がった料理は、ミニトマトが添えられたキノコとほうれん草とベーコンのソテー。
千切りキャベツの周りに長方形状に切られたハム、その上に温玉をのせたシーザーサラダ。
余りボリュームはないが、人数が増えた為に材料があまりなかったのかもしれない。
それとも普段から鹿島の食生活がそうなのか。
「あのー、テーブルし小さくないですか?」
恭兵が気になって
リビングのテーブルは、2人分なら何とかなりそうだが、3人分となると明らかに小さかった。
すると、鹿島は「待ってて」と言って、寝室へ向かうと、別の丸テーブルを持ってき来た。
それを元々リビングにあったテーブルの横にくっ付ける。
これなら何とかなるだろう。
お皿にのせられた料理が並べられた。
それを見て恭兵が気づいた。
4人分あるのだ。
「あれ? どうして4人分?」
恭兵が不思議そうに訊くと、芽愛も同じように不思議そうに恭兵に答えた。
「『どうして』って、恭兵さんの分じゃないですか?」
言われてみればそうだ。
事前に、要らない、と言わなかったのだから、用意されるのは当然だ。
恭兵が「どうしよう」と顎に手を添えながら考えていると、芽愛が心配そうに恭兵の顔を覗き込んだ。
「もしかして、何か嫌いな物でもありましたか?」
「いやいや、そんなことは無いよ。ただ……」
「ただ?」
食べて大丈夫かどうか。
スキルで飲食が不要になっていたため、全く空腹感は無いのだ。
しかし、せっかく作ってもらったものを無下にすることは出来ない。
「……ねぇ、もしこの世界で何か食べたりすると、何かペナルティーとかある?」
恭兵がナビゲーターウォッチに向けて訊いた。
〈スキルで不要になっていますが、飲食自体は問題ありません〉
それを聞いた恭兵は、ホッと胸を撫で下ろした。
「良かった……――いただくよ」
そう言って、恭兵も食卓に入った。
全員の「いただきます」の声の後に、恭兵は向かい側を見て、ギョッ、とした。
恭兵の正面には何故か圧を掛けるように恭兵をジッと見る舞が。
舞の隣に座る芽愛もなんだか申し訳なさそうに顔を赤くして何度も小さく頭を下げていた。
それを見て恭兵も苦笑する。
恭兵は改めて芽愛の作ったソテーに箸を伸ばして、そして止めた。
食材に問題はなさそうだが、違う次元の世界の食事を取っても、大丈夫なのだろうか。考え過ぎかもしれないが、どうしても気になる。
もう一つ気になるのは味だ。
見た目は美味しそうだが、味が駄目というパターンは、アニメのあるある。
今はギャグ要素があるアニメではないので可能性は低いが、書く方としては、どうしてもそっちも視野を入れて考えてしまう。
食べるべきかどうか……。
「あのー……」
再び芽愛が心配そうに恭兵の顔を覗き込んだ。
(なんか気まずい……見た目は美味しそうだし大丈夫だよな……?)
恭兵は恐る恐るほうれん草を口に運んだ。
そして――
「美味しい!」
ほうれん草の独特の苦みもバターのまろやかさで抑えられ、黒胡椒のさじ加減も絶妙で辛さもそれほどしつこくない。
サラダの方は市販のシーザードレッシングなので、これといって特徴はないが、それでも恭兵の舌を満足させるには十分の美味しさだった。
久しぶりの手料理に恭兵の箸が次々と進む。
利輝と暮らし始めてからは、自炊をしたことはあまりなかった。殆どがコンビニの弁当やサラダだった。
すると、ご飯も黙々と食べる恭兵を見た芽愛が、クスっと笑った。
「んっ! どうしたの芽愛ちゃん?」
「恭兵さんもそんなホンワカした顔をするんですね」
「ま、まぁね……」
なんだか恥ずかしい、と顔を赤らめる恭兵。
でも悪い気はしない。利輝以外の人間とこうして食事をしながら誰かと会話をする、更に相手は女の子と来れば何の文句もない。
「芽愛! ご飯を食べる時は静かに!」
(えっ?)
舞の突然の一言に場の空気が一転した。
「……ごめんなさい」
舞の指摘に芽愛が謝った。
確かに名門――この世界では――に通う生徒としてはあまり相応しくないかもしれないが、別に大きな声で喋った訳でもないし、不適切なことを言われたわけでもない。
せっかくの和やかな雰囲気をぶち壊されて恭兵は内心ムカついた。
(やっぱり嫌い、この女!)
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