第3話 孤独

 芽愛メイと入れ替わりにお風呂に入ったマイも脱衣室から出てきた。

 こっちは着る物が他に無かったため、今まで着ていたブラウス姿だ。


「あなたも早く入ってきちゃいなさい」


 舞が恭兵キョウヘイに向けて言った。


「別に俺はいいよ。1日くらい――」

「――……いいから入りなさい!」


 何故か圧を掛けるような低い声で恭兵に風呂を強要する舞。

 恭兵はため息をついた後「……はい」と小さく返事をして渋々脱衣室へ足を運んだ。

 その後、舞が脱衣室のドアに耳を傾ける。


「お母さん、どうしたの?」


 舞の不自然な行動に芽愛が尋ねる。

 しかし、舞は答えない。

 芽愛は不思議そうに首を傾げて舞を見ている。

 そんなことを気にすることなく、舞は脱衣室の様子を窺っている。

 舞の目的は恭兵の衣服と拳銃。それを奪って芽愛とここから逃げるのが目的だ。

 これ以上、あの人殺しと一緒に居たら、芽愛に悪影響が出るかもしれない。

 衣服がなければ外に出ることは出来ない。時間が稼げるはずだ。

 聞こえるのは服を脱いでいるのだろう、何かが落ちる音、そしてしばらくすると、水の音が聞こえた。

 どうやら恭兵が湯船に入ったらしい。

 それを確認すると、舞は音を立てないようにドアを慎重に開け、脱衣室の中へ入った。

 浴室は曇りガラスの引き戸がしっかり閉められている。

 舞はこっそり脱衣室の中へ入り辺りを見回した。

 しかし、脱衣室をいくら探しても恭兵の服も拳銃も見つからない。


「全部こっちにあるよー」


 からかうような恭兵の声に、舞は内心舌打ちをした。

 舞の行動は恭兵に読まれていたのだ。

 仕方なく舞は脱衣室を出て、次にどうすべきか考える。


「芽愛。ここから出るわよ」

「え?」


 舞はベランダへ出るガラス戸へ向かうと、カーテンを開けて外を見た。

 ここは1階なので、ベランダから逃げられる。


「さぁ、早く!」


 芽愛に向けて手を伸ばす舞だが、芽愛は全く動かない。


「お母さん、どこに行くの?」

「いいから、早く来なさい。あの恭兵人殺しから逃げるの!」

「恭兵さんは――……確かに人を撃ったりするけど――私を守ろうとして――」

「――だからって、あんなことが許されるわけがないでしょ? これからは私が守ってあげるから」


 芽愛はどうしていいのか分からず、舞や恭兵のいる浴室の方を交互に見ると、そのまま黙り込んでしまった。


「落ち着いてください理事長。今出て行ったら危ないですよ」

「あなたは黙ってなさい!」


 鹿島かしまは、人の忠告くらい聞いてほしい、と口を尖らせる。

 芽愛もそれを見て同情するかのように苦笑いをした。

 すると、脱衣室からドライヤーの音が聞こえた。

 もうお風呂から上がったらしい。

 急がないと。


「芽愛‼」


 舞の怒号に芽愛が、ビクッ、と体を跳ね上げた。

 それでも芽愛はその場から全く動かない。

 やがて恭兵が脱衣室から現れた。


「……。逃げるなら1人で逃げてくれよ。その代り、芽愛ちゃんがなんて言おうと、今度は助けないからな」


 恭兵はベランダへ出ようとする舞を見て察したのか、冷たい口調で舞に言った。


「うるさいわね! ――早く来なさい!」


 舞の呼びかけに、芽愛は俯いた。

 そして――


「……は……かない……」

「なに⁉」

「私は行かない!」


 芽愛は顔を上げると、舞に向けてハッキリと答えた。


「どうして⁉」

「お母さんに何が出来るの? 恭兵さんなしで、大勢の男の人から逃げられるの?」


 舞は歯を食い縛った。

 芽愛の言う通り、あの男の不思議な力を使わず、この先に待ち受けるであろう大勢の男たちとやり合える自信はない。

 悔しい。

 自分の行動が全部読まれていたこともそうだが、ここまで芽愛に信頼されていることが、母親として本当に悔しかった。

 一体あの男に何を吹き込まれたのか……。

 舞は恭兵を睨んだ。

 すると鹿島が、パンパン、と手を叩いた。


「まぁまぁ、きっと理事長もお腹が空いているからそんなに気が立っているんですよ。晩御飯にしましょう?」

「私は別に――」

「――鹿島先生、私も手伝います」


 そう言うと芽愛も鹿島と一緒にキッチンへ向かった。


(……全く)


 舞は呆気にとられた。

 芽愛が今までこんなに自分に反抗したことがあっただろうか。

 深く考えていくうちに、段々と寂しさが込み上がる。

 

 自分が望んだ結果のはずなのに……。

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