第三章「交流」

第1話 鹿島のアパート

 団地の一角にあるアパートの前。

 アパートは2階建て、4部屋ほどと少なく、長方形のシンプルなデザインは安アパートの印象があるが、一部屋自体はそれなりに大きそうだ。

 そこに恭兵キョウヘイたちが乗るGKS8が到着した。


「ここですか?」

「そう。確か102号室だったはずよ」


 恭兵はアパートの周りを見渡した。各部屋には明かりが点いており、誰かが居るのは間違いないようだ。

 問題は本当に鹿島が居るかどうかだ――1人で。


「行こう」

「ちょっと!」

「なになに?」


 突然恭兵は、マイに呼び止めた。何か気づいたことでもあるのだろうか。


「ねぇ、あなた?」


 恭兵に緊張が走る。もしかしてさっきのハッタリに気づいたのか?


鹿島かしま先生に何をする気?」


 それを聞いた恭兵は「……はっ?」と目を点にして間抜けな声を上げた。

 ハッタリのことではなかった。どうやら舞は恭兵が鹿島に何かすると思っていたらしい。


「何もしません!」

「……本当に?」


 妙に圧を掛けてジッと睨む舞。

 確かに鹿島は顔やスタイル共に魅力的だったが、恭兵の好みかというとそうではない。むしろ恭兵のタイプは……


「行きますよ!」


 そう言って車を降りる恭兵に、舞と芽愛メイも続いた。

 拳銃ベレッタを抜くと恭兵は102号室の玄関の前に立った。ポストにも「鹿島」と書かれたテーピングが貼られていた。


「……芽愛ちゃん、鳴らして」

 

 恭兵に言われて芽愛は頷きボタンを押した。

 恭兵は壁の側面に張り付く様に待機。敵になりえる人間が出ても援護できるように、だ。


『はーい』


 部屋の中から声が聞こえる。恭兵も聞き覚えのある女の声。間違いなく鹿島の部屋だ。


『どちら様ですか?』

「あ、こんな時間にすみません、相川です」

『相川さん⁉』


 やがて玄関のドアの向こうからバタバタと駆け足の音が聞こえた後ドアが開いた。


「相川さん。それに……理事長⁉」


 間違いなく保健室で見た女性だ――白いTシャツに青い短パンと少々無防備な格好が少し気になるが……。


「ごめんなさい鹿島先生。こんな時間に……」

「いいえ理事長。それよりどうしたんですか?」

「実は追われてて、鹿島先生しか頼れる人が居ないんです……今晩だけでも泊めていただけませんか?」


 芽愛が必死に説得すると、「どうぞ」と鹿島は快く歓迎してくれた。

 芽愛と舞もホッと安堵の表情を浮かべ「おじゃまします」と中に入って行った。


「ところで相川さん、保健室に一緒に来た彼氏は?」

「かっ、か――」


 芽愛が顔を真っ赤にして否定しようとした時だ。


「――彼氏じゃねぇから‼」

「……あぁ、居たのね」


 芽愛と同じくらい真っ赤な顔をして今まで静かに様子を見ていた恭兵が顔を出した。


「ちなみに、誰か一緒に居ます?」

「いいえ。私――……一人暮らしなので……」


 そう言い終えた後に、鹿島は恭兵とあさっての方へ顔を向けると、「へへへ……」と小さく笑うが、明らかに目元は暗く影を落としていた。まるで人生に絶望したかのようだ。

 恭兵も「……なんかゴメンなさい」と謝るが、鹿島の表情は全く明るくならなかった。


「おっと、車を消す場合はどうするの?」


 ナビゲーターウォッチに向けて恭兵が訊いた。


〈召喚した物を消す場合は、消したい名称を述べた後、キャンセルと言ってください〉


「キャンセルだな。GKS8キャンセル」


 恭兵がそう言うと、GKS8は光を放って消えた。

 それを確認すると、恭兵は玄関ドアを閉め、ロックとドアチェーンを掛ける。


「恭兵さん、車消しちゃって大丈夫なんですか?」

「車が見つかると面倒だ。それにポイントが回復すれば、また呼べるから」

「車を消した? ポイント? ……?」

「あの、気にしないでください――」


(――って言うか、いつ立ち直ったんだよ、あんた⁉)


 恭兵と芽愛の会話を聞いて、いつの間にか落ち込みから立ち直っていた鹿島が首を傾げていた。

 だが、説明するのも面倒なので恭兵は何も言わずに「改めて、おじゃまします」と靴を抜いて部屋に上がった。

 鹿島の部屋は1LDK。一人暮らしには十分な環境の部屋だ。

 恭兵が見る限り、リビングや台所はちゃんと清掃され清潔感があり、家具など日用品に関しても、きちんと整頓されている。

 女子力の方は問題ないよう見えることから――今の無防備な格好は少し気になるが――恐らく出会いの場が無い所為で恋人が居ないのかもしれない――という、アニメの設定だとしたら、結構悲しいキャラだ、と内心恭兵は同情していた。


「ところで、まだ男たちに追われているんですか?」


 鹿島が恭兵に向けてきた。


「実はそう。芽愛ちゃんのお母さ――」


 ん、と言いかけたとき、舞が恭兵を睨んだ。お前にお母さんと呼ばれたくない、と言うように。


「――理事長さん……を人質に取って芽愛ちゃんを誘き出す手段まで取ってね。それでさっき取り返したところなんです」

「警察には?」

「警官も殆どがなので……」

 

 それを聞いた鹿島も「なるほど」と頷いた。


「鹿島先生も知っていたんですか?」

「はい。実は保健室で彼と相川さんが逃げて来た時に、男性たちがおかしくなって追われていることを聞きまして」

「あら、そうなのね――それより教えてくれないかしら、何であなたのお兄さんが娘の……体を狙っているの?」

 

 当然の質問だ。

 だけどどうやって説明すればいいのか恭兵には分からない。

 事故に遭ったら、突然このアニメの世界に来てしまって、芽愛ちゃんを守らないと死んでしまう状況になったんです。などと言って誰が信じるだろうか。

 さっきも考えたが、どう説明すればいいのか分からない。

 なので。


「……俺も分からない。突然、気づいたら学校に居て、それで……彼女の純潔を守らなければ死ぬ、ってそう言わられた」

「誰に?」


 それを聞いた舞が眉をひそめる。


「これだよ」


 そう言って恭兵はナビゲーターウォッチを舞たちに見せた。


ナビゲーターウォッチこいつから指令が出た。自分や兄貴が持つスキルとかも教えてくれる」

「そう……やっぱりまともじゃないのね……」


(そう思うよな……どう言ったら信じてくれるんだ⁉)


 舞の呆れた表情を見れば分かる。完全に恭兵を異常者か何かだと思っているだろう。

 それでも事実なのだからこれ以上説明のしようがない。

 何か手っ取り早く信用してくれるいい説明方法はないだろうか、と考えていると――

 

「――信じます」


 その場に居たみんなが一斉に芽愛に目を向けた。


「私は恭兵さんを信じます」

「芽愛!」

「お母さんも見たでしょ? 恭兵さんが何も無い所から車を出したり、保健室で銃を出したりしてた。鹿島先生も見ましたよね?」

「確かにそうね……」


 鹿島も芽愛に同意するようなことを言い出した。

 保健室で恭兵がショットガンM4を何も無い空間から出現させたところを芽愛と一緒に目撃していたからだ。


「お母さん。上手く言えないけど、何か変なことが起こっているのは間違いないと思うの。お母さんも恭兵さんを信じて」


 舞を説得しようとする芽愛の姿勢に恭兵は、自分を信じてくれた、と安堵するが、問題は舞だ。相変わらず舞は眉をひそめ、更に自分の両腕を組む仕草をしている。間違いなく納得していない様子だ。


「とにかく、今後のことを考えないと、しばらくは大丈夫だと思うけど、ここに兄貴の息がかかった奴が来ないとは限らない」


 そう、ここも全く安全とは言えない――いや、今のこの世界に安全と言える場所は全く無いにも等しい。

 無人島にでも行けるなら少しは安心かもしれないが、そこまで行くには、ヘリや船が必要だ。

 当然ながら恭兵は車の運転しかできない。


「どこか無人の所で立てこもるしか……」

「あ! でしたら、お爺ちゃんの家はどうですか?」


 芽愛が提案した。

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