幕間

不満

 丸葉学園の理事長室――

 舞の席に座る浩次は、恭兵が襲来した時に突き破った窓を見ながら不快な表情を浮かべていた。先ほど恭兵に撃たれたことに対してもそうだが、恭兵に出し抜かれたことが何よりも悔しい。

 恭兵が舞を連れ出してからすぐに組員――子分の1人に『キャラ武装』でAT-4を支給しておいたから、万が一の時は彼が恭兵の車を破壊してくれるはず。そうなれば恭兵たちは袋の鼠だ。

 流石に恭兵の――戦車みたいな――車でもひとたまりもないだろう。

 あとは組員子分たちが恭兵たちを捕まえたと報告を受けるだけだ。

 まさか、偶々ケーブルテレビのマニアックなチャンネルを見た時にAT-4の情報がこんな形で役に立つとは思っても見なかった。改めて人生どんな情報が役に立ちかわからない、としみじみ感じていた。


 ドン!

 ズカーン‼

 

「おっ!」


 どうやら組員子分がAT-4を使ったようだ。

 これで恭兵たちはこの学校から逃げられない。仮に敷地の外に出たとしても、車の無い恭兵たちが逃げ切れるはずはない。


(今度こそ俺の勝ちだ、悪く思うなよ恭兵……)


 勝利を確信すると、先ほどの表情から打って変わって笑顔を浮かべた。

 

 のだが……。

 

 数分経っても、未だにドンパチの音が聞こえるだけで全く組員(子分)たちが恭兵たちを連れてくる気配がない。


「一体何をやっているんだアイツら……⁉」


 もう車は破壊したんだから、恭兵たちは逃げられないはずだ。

 浩次のイライラが頂点に達しようとしていると、そのボルテージをも超えるような音が聞こえてきた。

 それは車のエンジン音。それもスポーツカーなどの爆音だ。

 浩次の記憶ではこの学校にスポーツカーは止まっていなかった。

 まさか恭兵が新たに召喚したのだろうか?

 組員子分たちがグズグズしているうちに恭兵のスキルポイントが溜まってしまったようだ。

 更に雄叫びでも上げるようにスポーツカーの唸るエンジン音と共にタイヤの軋む音まで聞こえた。

 直接見なくても想像できる。

 

 取り逃がした!

 

 本当に馬鹿ばかりだ。

 やがて恭兵たちを取り逃がした組員たちが理事長室に申し訳なさそうな表情で入って来た。


「すみませんボス。逃げられました……」


 銀髪の組員がそう言うと、浩次は立ち上がり、銀髪の組員に近づいた。


「おい、どうして逃げられたんだ……?」


 銀髪の組員に向けて訊いた。その声は低く静かだが、何処か圧を感じる。


「なんだかわかりませんけど……急に車が現れて……」

「なぜ追わない……?」

「あの車から催涙ガスが出されて……それで――」


 銀髪の組員が言い切る前に、浩次がサイドボードに置かれていた円柱状のガラスの花瓶をまるで棍棒を持つように掴むと、それで銀髪の組員の頭に思い切り叩きつけた。

 花瓶は割れ、銀髪の組員の頭は勿論、周りはガラスの破片と花瓶に入っていた水が散らばる。

 銀髪の組員の頭から流れる血と花瓶の水が混じり、それが床に広がっていく。

 殴られた銀髪の組員は瀕死の状態だが、その場にいる他の組員は全く助けようとはしない。

 何故なら、彼らは今浩次の言いなりだからだ。浩次の命令が出ない限り口答えをすることはないからだ。

 そのすぐ後に、浩次は痛みを覚え、自分の手を見た。

さっきの花瓶で切ったのだろう、手の甲から血が出ていた。


「くそ……ヒール」


 しかしスキルが発動されることはない、何故なら――


〈――スキルポイントが不足しています〉


「なに?」


 ナビゲーターウォッチを見てみると、確かにスキルポイントが全く無い。


 『上空遠隔視』や『キャラ武装』、さっき恭兵に撃たれた時に使った『自己再生』で全て使ってしまったようだ。

 そこで浩次は思った。

 何故、スキルで『不死身』があるのに怪我を治すのにポイントを消費するユニークスキルの『自己再生』が必要なのか。普通なら不死身と自己再生はセットで一つが当たり前だろう、と。


「おいお前、保健室から手当が出来る物持って来い」

「はい」


 そう返事をして組員の1人が部屋を後にした。


「ところでお前ら?」

「はい」


 その場に残る組員たちに浩次が声を掛ける。


「この近くに高級ホテルはないか? 特にスイートルームがある所だ?」


 組員たちはしばらく考える素振りを見せると、その1人が口を開いた。


「あっ、駅前で良ければあります」

「よしっ、案内しろ」

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