第2話 浩次のスキル
その後にドアから、ドンドン、と何か物が当たる音が聞こえる。
実を言うと、恭兵に下着姿を見られた芽愛がパニクって、色々な物を投げつけられた。
お決まりの不本意ハプニング。
見る分には笑って終わりだが、いざ自分がその立場になると、なんだか悲しい。
ただ助けようとしただけなのに、間が悪いだけで信頼度が下がる……理不尽極まりないだろう。
とはいえ、考えてみれば、恭兵はアニメ本編で下着姿以上に芽愛のあられもない姿を見ている。
それを考えれば、物を投げられた程度、軽いかもしれない――と恭兵は思うことにした。事実、芽愛に色々ぶつけられたが、スキルの影響でそこまで痛くはなかったのだから。
ただ……
「――ったく、
やっぱりゴキブリに腹が立っていた。ゴキブリに悪意は無いのかもしれないが、それでも理不尽の原因に変わりはない。
廊下の端に置かれていたゴミ箱を見つけ、それにゴキブリを投げ捨てた。
そこで恭兵はあることが気になった。
「もしかして、このゴキブリも兄貴のスキルの影響?」
恭兵がナビゲーターウォッチに向けて訊いた。
〈いいえ、スキルの影響が出るのは人間のみですぅー……〉
返って来たスキルナビゲーターの声は何処か不機嫌な感じがする。
(どうしたいきなり……)
「ん! そう言えば……」
恭兵は
「さっき何を言いかけていたの?」
ナビゲーターウォッチに向けて恭兵が尋ねた。
〈ハァー……〉
(……何でため息?)
スキルナビゲーターは特に何も言わず「ハァー」とため息をついているだけなのだが、妙に圧を感じる。
「悪かったよ。それであの時何を言おうとしたの?」
恭兵はスキルナビゲーターに詫びを入れながら訊いた。
〈武須田の武装は、
「兄貴のユニークスキル⁉」
〈はい。『キャラ武装』は指定した男性キャラにスキルポイント1つを消費して武器を与えることが出来ます〉
「あれ、裏設定とかじゃなかったのか――ちょっと待ってくれ。兄貴は俺が敵対プレーヤーだってことを知らないのか?」
〈その可能性はありません。ミッション開始時に相手にも説明されているからです〉
「おいおい、それじゃ兄貴は俺が敵だって割り切っているってことか⁉」
〈その可能性は100パーセントです〉
「100⁉」
絶望的な数字に恭兵は裏切られた気持ちになった。
(もしかして兄貴は俺を助ける為に自分から憎まれ役をやっているのか? それとも……)
浩次を信じたい。
しかし、浩次の本音が分からない。
恭兵が悩みから俯いていた。
「ちなみに兄貴の、その男を従えるスキルと、他にどんなスキルがあるか詳しく説明してくれるかな?」
〈禿 浩次のスキルは『男性配下』。これはこの世界の男性キャラが全員、禿 浩次に味方し、相川 芽愛を見つけ次第襲うようになっています。さらに『キャラコントロール』があるので、男性キャラを操ることが出来ます。ただし、キャラを操るには直接相手に命令しなくてはなりません〉
「ユニークスキルじゃなくてスキルでそれ⁉ 絶対有利じゃん。次は⁉」
〈『不死身』です〉
「不死身⁉」
〈ただし、このスキルは制限時間内のみ有効です〉
「いや、何の慰めにもならないから……あれ⁉ 俺に不死身のスキルは?」
〈ありません〉
「キッパリィ⁉ 俺、兄貴より有利なスキル無いじゃん」
〈いいえ、禿 浩次には飲食及び睡眠が必要で、体力も通常と変わらず、スキルによる自らの武装は出来ません〉
「それだけだろ……」
あまりにも理不尽過ぎる。
ユニークスキルで『不死身』や『キャラコントロール』なら多少は納得だが、ポイントを消費しないスキルで、この条件は酷過ぎる。
恭兵のユニークスキルもそうだが、あっちの方はチートレベルといっても過言ではないような気がする。
そうなるとユニークスキルはどうなのだろうか?
「そんで、ユニークスキルは?」
〈ユニークスキルは『上空遠隔視』『自己再生』『蘇生』があります〉
「説明できる?」
〈可能です。まず、『上空遠隔視』は指定の相手を3分間、何処からでも上空から離れた場所の様子を見ることが出来ます。なお、屋根などの障害物に覆われている場所や建物の中までは見ることは出来ません。消費ポイントは3ポイントです〉
「建物の中は覗けなくても、相手が居る場所は分かるってことだよね?」
〈いいえ。建物内にいる場合は特定できません。ただし、車の中は例外です〉
「ちなみに兄貴の上限ポイントは?」
〈7ポイントです〉
「じゃあ、俺と同じか……他は?」
〈続いて『自己再生』、自身及び他人の怪我を重軽問わず完治することが可能です。消費ポイントは1ポイントです〉
「なるほど……ん! 『蘇生』ってのは、もしかして?」
〈はい。『蘇生』は――〉
スキルナビゲーターが言いかけた時、ドアが開き、中から芽愛が現れた。
「着替え終わりました」
ミントグリーンのダッフルコートの下にクリーム色のタートルネックセーター、恭兵に言われた通り膝下まで長いコートと同じミントグリーンのロングスカートを穿いていた。
年相応の可愛らしい服装だ。
「あの……これでいいですか?」
芽愛は恥ずかしそうに顔を少々赤らめて言った。
他人の男性に見せるのだから無理もないだろう――あるいはさっき下着姿を見られたからか。
勿論恭兵も芽愛の格好に異論はない。
それよりも芽愛を見て恭兵が真っ先に思ったことが……
(カワイイ……)
アニメ本編では登場しなかった服装に恭兵は少しだけトキめいた――なんてやっている場合じゃないことに気づき、恭兵は咳払いして無理やり冷静に戻した。
「ちゃんとスパッツ穿いた?」
「は、穿きましたよ!」
芽愛は顔を赤くして言うと、恭兵のライダースジャケットを差し出した。
「はいこれ、返します」
「お、おう……」
恭兵は芽愛から受け取ったジャケットを着る。
「オッケ、じゃ行こうか?」
「……あ、あのー……」
「どうした?」
「さっきは色々投げたりして……ごめんなさい」
「あぁ、そのこと……気にしなくていいよ」
(実を言うと、スキルであまり痛くなかったし……)
「ところで、どこへ行くんですか?」
「ここじゃ、またキミを狙う奴が来るかもしれない」
「その前にお母さんに電話してもいいですか、心配すると思うので?」
「気持ちは分かるけど、そんなことをしてる場合じゃ――」
プルルルル……
恭兵が言いかけた時、家の電話が鳴った。
芽愛が廊下にある電話の子機の前に立った。子機の表示には『
「お母さんからです!」
芽愛は電話の子機を手に取った。
「もしもし、お母さん? 私なら大丈夫――」
芽愛は突然黙ってしまった。
「どうした?」
恭兵が訊くと、芽愛は恭兵の方へ向いた。その顔は恐怖で青ざめている。
「
「なに⁉ スピーカーに切り替えて」
馬鹿な、とは思ったが、やはり浩次のスキル『蘇生』によって生き返ったのか?
芽愛は子機のスピーカーボタンを押した。
「本当にお母さんを誘拐したんですか?」
『そうだよ相川さん』
(秋葉‼)
子機から聞こえたのは間違いなく秋葉の声だ。
やはり生き返っていた。
『芽愛、私に構わないで!』
「お母さん⁉」
スピーカーから舞の声が聞こえた。
秋葉に捕まっているのは間違いない。
『これで分かったな? 20分以内に学校へ来るんだ。さもないと、理事長は死ぬ』
そう言って電話は切れた。
「どうしよう……」
芽愛は今にも泣きそうな目で恭兵を見ている。
(よしてくれもう……)
恭兵としても舞を助けたいが、舞を助けに行って、芽愛が襲われては何の意味もないからだ。
「悪いけど、諦めてくれ」
「どうして……」
「キミを差し出したところで、お母さんが無事に戻る保証は無いんだ」
誘拐ものでは定番のパターン。身代金を払ったとしても人質が無事に戻る保証は無い。それと一緒だ。
「どうしても……ダメですか……?」
「キミを奴らに渡すわけにはいかない。言っておくけど、キミを1人で行かせる気も無いからな?」
恭兵が階段を下りようと足を向けた。
「でしたら……」
芽愛は子機が置かれていた棚の引き出しから、カッターナイフを取り出した。
カチカチ、と刃を出す音を聞き、恭兵は芽愛に振り返った。
芽愛はカッターナイフの刃を恭兵へ向けている。
(おいおい、まさかの凶器登場……)
「俺を刺しても状況は変わらないぞ?」
恭兵は冷静に言い返したその直後、嫌な予感が頭に浮かんだ。
「それなら」
芽愛はカッターナイフの刃を自分の喉に向けた。
「私、ここで死にます!」
(やっぱり!)
人質を助ける為に自分を犠牲にしようとして無理やり手伝わせる展開あるある、がここで来た。
「ちょっと、落ち着け!」
「お母さんを助けに行かせてくれないなら、私はここで死にます!」
(おいおいおい!)
「ちなみにだけど、彼女が死んだらどうなるの?」
恭兵がナビゲーターウォッチに向けて訊いた。
〈相川 芽愛が死亡した場合、ミッション失敗となり、両者の死が確定します〉
(だよねー……)
「ハァー……」
恭兵はため息をついた。
予想していたが、やっぱり面倒くさい。
物語ではお馴染み、後ちょっとで逃げ切れたのに……、というベタな展開。
作家を目指す恭兵にとっても物語を書く上で、どうしても仕掛けなければいけない展開だが、なぜ自分がその展開に遭遇しなければならないのか、と嘆きたくなる。
何となくだが、主人公の気持ちを、身をもって知れ、と自分の考えたキャラから復讐されているような思いだ。
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