第26話 ドワーフの集落

その日の夜は、ドワーフの集落で暮らしている人々が集まり盛大な宴会を行っていた。


「わははははは」

「うまいっ!」


ドワーフは元々酒が好きな種族である。だが、ひっそりと逃亡生活を送っている今の集落では、商人の往来もなく大好きな酒が外から入ってくることもなく、古くからドワーフに伝わる不味い酒しか飲むことができなかった。この酒も現状では生産量が少なく、一度に大量に飲むこともできず、チビチビ飲みながら、皆が酒を浴びるほど飲みたい欲求に耐えていた。



「良かったらこれも使ってください」


ドワーフの同胞が集落を訪れたということで、歓迎会を開こうという流れになり、皆が準備を始めたのでドワコも手伝うことにした。酒が少ないという話を聞き、アイテムボックスの中に入れていた酒を出した所から騒動が始まった。この酒はドワコがいつでも飲めるよう持ち歩いていた物であった。街に戻れば補充ができるので出し惜しみはせず、アイテムボックスの中に入っていた酒をすべて取り出した。


「アイテムボックス持ちのドワーフなんて初めて聞いたぞ。こりゃすごいわい」


親方を始め、集落のドワーフたちはドワコのアイテムボックスに驚いていた。そして広場に山積みされた酒に歓喜していた。それを集落の皆に配り終えてからドワコの歓迎会が始まった。


「ドワーフって言うのはなぁ・・・いかに立派な髭を生やしているかが大事なんだ。お前さんは髭がないが、良い奴だな。まあ、髭がなくてもがっかりしなさんなって」


ドワコの隣にいたドワーフのおじさん(見た目が同じなので年齢不明)?が話しかけてきた。おじさんの言うとおり、驚いたことにドワーフは女性にも髭が生えるらしい。確かにドワミは猫のヒゲのような物が生えているし、集落の女性を見ると男性と同じような立派な髭を生やしている者もいる。ちなみにドワコには全く髭がない。そのためにフードを被ると外見がヒューマンのように見える。ドワーフは基本的に身長が低く、皆ドワコと同じくらいの身長だ。この世界に来てヒューマン以外の種族を見たことがなかったこともあり、たくさんの小さいものがワラワラと動く光景には少々違和感を抱くドワコだった。


「それじゃ追加で食べ物を出しますね」

「こりゃすごいわい」

「うおっ、大量の食べ物が出現したぞ」


ドワコは食料もある程度持っていたので、最低限必要な物を除き供出することにした。突然目の前に大量の食糧が出現し、集落の人達を驚かせてしまった。


「お酒が一杯飲めるのって幸せだよー。ありがとうドワコ」


いつの間にかドワコの座っている丸太の隣に、ドワミが座っていた。彼女はたくさんの酒が飲めてとても御機嫌だった。こうして宴会は夜遅くまで続いた。



翌朝、ドワコはいつの間にか寝てしまっていたようだ。ドワミの家で目が覚める。


「んー。ちょっと飲み過ぎたかも・・・。頭が少し痛いかも」


ドワコは昨晩飲み過ぎたため、軽い二日酔いの症状が出ていた。最後の辺りの記憶が少し抜け落ちていて、どうやってドワミの家に戻ったのかも思い出せなかった。


「何か隣に温かくて柔らかい物があるな」


ふと、ドワコは何かを抱き枕にしていた。それは温かくて柔らかい物だった。その心地よさに少し、力を入れてギュッと抱きしめた。


「どっ、ドワコっ、くっ、苦しい」

「ん?」


その柔らかい物体は苦しそうな声をあげて、モゾモゾと動いていた。


「ごっ、ごめん。抱き心地が良くてつい」

「ついじゃないよぉ。思わず他の世界に旅立ってしまうところだったよ」


ドワコが抱きしめていたのはドワミだった。それに気が付いたドワコは慌ててその手と足を解いた。


「それじゃ、改めておはよー。ドワコ。昨夜は楽しかったよ」

「おはよう。ドワミ。いつのまにか寝てしまったみたいでごめんね」


ドワコとドワミは改めて朝の挨拶をした。


「いいよいいよ。気にしないで」


他の世界に旅立ちかけたドワミであったが、気にした様子もなく、朝食の仕度を始めた。そしてドワミの家で朝食を終えた頃に事件が起こった。




「おらおら、そこをどけっ」


平穏だった集落に突然30人くらいの武装した兵士達が入ってきた。彼らが着用している装備品から貴族階級である騎士ではなく、平民で組織されている兵達のようである。


「我々は、マルティ王国中級貴族であるカマセー様配下の者である。代表者は速やかに出てくるように」


侵入してきた部隊の隊長と思われる人物が、大声でドワーフの集落にある家々に向かって叫んだ。


「何じゃ。朝から騒がしいぞ。ワシがこの集落の長がだ何の用じゃ」


親方が兵士達の前に出てきた。そして、それに合わせるように集落の人々も集まってきた。当然のことながらドワコとドワミもその場に集まっていた。


「貴様がこの集落の長か。これからカマセー様がこの集落にお見えになる。最初に通告しておく、この集落はマルティ王国の国内にあり未登録の集落だ。国有地内で新しい集落を発見し、最初に足を踏み入れた代表権を持つ貴族が、正式な手続きを経てその集落の管理権を得ることができると言う法律がある。これがどういうことかわかるな?」

「ここはカマセーとか言う訳のわからん奴の支配下になると?」


隊長が親方に対し通告を行った。通告を受けた親方は確認のために隊長に尋ねた。


「様をつけろ無礼者。そうだ、そして管理権を得た貴族に対しこちらの指定した量の納税義務が発生する。ここはドワーフの集まる集落のようだな。これからカマセー様の下でしっかり働いてもらうぞ」


隊長は親方に対し怒鳴りつけた。そして、しばらくするとカマセーが数人の兵士を引き連れて現れた。


「ここがドワーフの集落か。私がマルティ王国中級貴族カマセーだ。数日前に報告を受けて半信半疑で来てみたが本当に集落があったとはな。ここでいろいろな物を生産し、有効活用すれば私は莫大な利益が得ることができそうだ。良いものを見つけた部下達を褒めてやろうクックック」


カマセーは不敵な笑みを浮かべながら言った。


「新たな集落を発見し、その集落に一番初めに足を踏み入れた代表権を持つ貴族が管理権を得る。よって、この集落はこれからカマセーの管理下となる。皆の者、私の為に精一杯働くように」


いかにも感じの悪そうな貴族であった。ドワコはエリオーネから未登録の集落があるということは聞いていたが、管理権のことについては聞かされていなかった。この国にはそのような制度があるということをドワコは初めて知った。


「そんなの受け入れる訳には行かねぇ。みんな満足に食う物も確保できずに苦しい生活をしている。そんなふざけた法律に従えるかっ!」


親方が集落で暮らす者達のことを考え、納得できずに食い下がった。確かに一方的に管理下に置くと言っても誰もがそうですかと納得できるはずがない。まだ、集落のことを思って管理下に置くのなら妥協できるが、この男は見た目だけでも集落から搾取する気満々のようである。ドワコもその一歩的な言い方に怒りを感じていた。


「何だ?その反抗的な目は」


集落の人々もドワコと同じ考えのようだ。カマセーに対し怒りの視線を向けた。


「刃向かってもいいが、貴族への反抗は法によって裁かれる事案だ。身柄を拘束し、城で裁判にかけ厳罰に処されるであろう。犯行の芽を摘むために見せしめで良い、我々に反抗したという罪で長と数人を拘束しろ」


兵士が無作為に住民を拘束し始めた。拘束されたのは集落の長である親方、ドワミ、2人のドワーフの男性、それと最後にドワコの合計5人が拘束された。ドワコを始め拘束された者達は下手に反撃すると他の住人に被害が出ると考え、抵抗もせず、おとなしく拘束された。



「おら、とっとと入れ!」


手足を縛られ、荷馬車に5人のドワーフは次々に乗せられていった。


「正式な手続きを踏んだ後、この集落は私の管理下に置かれる。こいつらみたいになりたくなければ、反抗しようとなど考えず、しっかり働くことだ」


カマセーは最後に集落の人達にそう言い放った。それを合図にカマセーと配下の部隊はドワコ達が拘束されて乗せられた荷馬車とともに、城を目指し移動を開始した。


「「親方ー!!」」


残された住人達が叫んだが、兵士たちはそれを無視した。




「すまんな。全く関係ないお前さんを巻き込んでしまって・・・」


荷馬車の中で親方が小声で謝罪した。手足は拘束されていたが、口には何も付けられなかったので、会話は可能であった。荷馬車は荷台が箱状になっているので外の状況はわからないが、一緒に付いている兵士達が何も言ってこないところから、これくらいの大きさの声なら外には聞こえていないようだ。


「私たちどうなるの?」


ドワミが不安そうな顔でドワコと親方に聞いてきた。


「言っていた話が本当なら、貴族に反抗したということで裁判を受けさせられて処罰を受けると思う。そして集落はカマセーの管理下に置かれる。残された集落の人がどのような扱いになるのかはわからないよ。でも、決して良い方向には進まないと思う」

「そんなー」


ドワコは客観的に考えて結論を述べた。するとドワミは絶望するように声をあげた。


「ただ、希望もあるよ。城にいる知り合いに上手く連絡が取れれば、もしかしたら何とかしてくれるかもしれない」

「お城に知り合いがいるんだ。ドワコって実はただのドワーフじゃない感じ?」

「どうなんだろうね。あとは連絡が取れるかは運次第だから・・・」


カマセー一行は途中で野宿を挟み翌日マルティ城に到着した。


(何か、いつもと様子が変だな?)


ドワコは城内に入ると違和感を感じた。慌ただしく騎士や兵士達が城内を行き来をしている。ドワコ達の監視役をしている兵士にそれとなく聞いてみると、重要な役職を持つ者が行方不明になっているらしい。


「まあワシらには関係ない話だな」

「そうだね。それよりもこれからどうなるのかの方が心配だよぉ」


親方とドワミは関係ないということで行方不明になっている者のことなど気にも留めず、これから行われるであろう裁判のことを考えていた。




ドワコ達5人のドワーフは裁判が始まるまで地下牢に拘束された。この国での裁判は平民階級なら特に審議の必要ない事案なら即日判決、場合によってはその日のうちに刑が執行される場合もあるそうだ。


「今から裁判を行う。5人とも出ろ!」


衛兵に連れられ裁判を行う場所へ連れていかれた。裁判を行う場所は判事と思われる人が中央に座り、その横では書記と思われる人物が会話の内容を記録していた。両サイドを対面するような形で左側にはドワーフ5人、右側にはカマーセと執事らしい黒服を着た人物と弁護士なのかもう1人いた。ドワコ達の方には側には弁護士は付かないようだ。後ろ側には傍聴席があったが誰も座っていなかった。


「それでは裁判を行う」


法廷内が静まり返ったところで判事が開始の号令をかけた。


トントン


判事が前に置かれたテーブルをハンマーのような物で叩いた。


「訴えによると、中級貴族であるカマセー殿に対し、反抗的な態度を取ったために拘束したとありますが間違いありませんか?」

「はい」

判事の質問にカマセーが答えた。


「被告5人も間違いありませんか?」

「わしらは集落を管理下に置くと言ったから拒否しただけだ」


判事の問いに親方が答えた。


「初めに言っておくが、未登録の集落を発見し、私が代表権を持つ貴族として初めて足を踏み入れた。そのため私が正当な理由で管理権を主張しただけだ」

「カマセー殿の主張はわかりました」


親方の主張には答えず、判事はカマセーの発言を聞いた。


「なるほど。では、もう一度カマセー殿に尋ねますが、初めて足を踏み入れた代表権を持つ貴族が管理権を主張できるということで間違いありませんか?」

「はい、間違いありません」


判事の問いにカマセーが答えた。


「わかりました。一応こちらでも代表権を貴族で一番初めに誰があの集落に足を踏み入れたか調べさせてもらいました。残念ながらカマセー殿より先に足を踏み入れた代表権を持つ貴族がいらっしゃいました。よって、この件では罪を問うことができません。以上のことからこの5人は無罪と判断します」

「どういうことか?私より先にあの集落を見つけた貴族がいると?」


判決に納得ができないカマセーは叫んだ。


「そうだ。それと、カマセー殿には別の訴えが出ておる。続いてその裁判を行う」

「何・・・だと・・・」


先ほどまで丁寧な口調だった判事の言葉が急に変わった。突然訴えた側から訴えられた側になってしまったカマセーが驚いた。


「訴えによると、中級貴族である貴殿が不当に上級貴族を拘束したと言うものだ」

「私が上級貴族様を不当に拘束だと?そのようなことをした覚えはない!」


カマセーは慌てて否定した。自分より格上の貴族を不当に拘束したとなると、下手をすると財産没収の上で家が潰されてしまう。そんなことをした覚えのないカマセーは誰かの陰謀かと思いを巡らせた。


「それでは聞こう。カマセー殿の反対側に座っている5人は貴殿が拘束したで間違いないな?」

「間違いありません」


カマセーは確信を持ってそう答えた。


「それでは申し訳ありませんが、バッチを見せていただけませんか?」


今度はドワコに向けて判事はバッチの提示を求めた。ドワコは貴族の階級を示すバッチを取り出した。


「じょ・・・上級貴族だと?ドワーフが・・・そんな馬鹿な」


カマセーの顔が青くなっていた。自分で拘束したと言ってしまったため、罪を逃れることができなくなっていた。


「自分の行った罪に気が付いたようだな。貴殿については後日判決が下るのでそれまでは身柄を拘束させていただく」


数人の兵士が法廷内に入りカマセーを拘束して部屋から退室させた。


「全くいわれのない罪で御時間を取らせまして、申し訳ありません。これまで非礼をどうぞお許しください」


判事がドワコに対し謝罪して深々と頭を下げた。


「あの集落に初めて足を踏み入れた代表権を持つ貴族と言うのはドワコ様です。よって管理権はドワコ様が持つことになります。この先、どうされるかは集落の者と相談するとよろしいかと思います」


判事がドワコに対し、今後の方針についてアドバイスを送った。


「これにて裁判を終了する」


判事の号令で、思わぬ逆転判決となった裁判が終了した。




「何とかなったワイ」


親方が疲れ切った表情で言った。裁判が終わりドワコと4人のドワーフ達は別室へ案内されて休憩をしていた。


「それにしてもドワコが貴族だったなんて知らなかったよ」

「おかげで助かった。感謝だな」


ドワミと親方がそう言った。


「別に隠すつもりはなかったけど、結果的にカマセーという貴族に管理権を取られなくて良かったよ」


ドワコもホッとした様子で言った。判事はどこで情報を仕入れていたのかわからないが、ドワコが上級貴族のバッチを持っていることを知っていたようだ。


(判事はあの方の息がかかった人なのかもしれない)


ドワコは思い当たる人物を想像し、あとでお礼を言っておこうと思った。


「お城の知り合いってドワコ本人のこと?」


ドワミが聞いてきた。


「私じゃないよ。本当に知り合い。多分今回のことも裏で手をまわしてくれたんだと思う」

「そうなんだ。誰かはわからないけど、その人に感謝だね」


ドワコがドワミの質問に答えた。


「それでじゃ。管理権が貴族に移ったということは変わらんが、ドワコよ、これからわしらの集落をどうするつもりじゃ?」


親方がドワコに聞いてきた。


「んー、急に言われたから特に考えていないけど、今まで通りでいいと思うよ。付け加えるなら集落で製作した物を、私が紹介する商人から、適正価格で買い取りしてもらえように頼もうと思うけどどうかな?集落にも現金収入も入るし、そうなればお酒とかも自由に購入できるようになるよ。商人の方もこの国では手に入れにくい数々の品を扱えるようになるから、双方利点もあると思うけど」

「今まで通りの生活ができて、現金収入も入ればわしらにとって不都合はなさそうじゃ。それでよろしく頼む」

「それじゃ契約成立だね」


ドワコと親方は集落のこれからのことについて話し合った。

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