第19話 新しい拠点

ドワコは宿屋に戻ってきた。


(これからのことを思うと気が重い・・・)


ドワコが城で起こった出来事を思い出しながら頭を抱えていると、新しい店舗の物件探しに出ていたシアとエリーが戻ってきた。


「良い物件見つかった?」

「全然ダメだった」


ドワコが今日の成果を尋ねたが、シアの表情は余り良いものではなく、良い物件は見つからなかったようだ。


「それでドワコさんはお城の呼び出しどうだった?」


シアに尋ねられ、ドワコはどのように答えようか考えた。聖女見習いは秘密にしないといけない約束なので、「聖女見習いをすることになりました。エヘッ」みたいなことは言えるはずもなかった。


「呼び出しは、予想通り聖女様からだったよ。何か私に手伝ってほしいことがあるんだって」

「そうなんだ。ドワコさんいろいろとできるからね。頼りにされてるんだ」


シアはドワコが言った言葉をそのまま受け取ったようであった。だが、エリーはその間、一言も口を挟まなかった。


「あのー、エリー・・・さん?」


ドワコはエリーの考えが読めず、そっと尋ねた。


「あっ、ごめんなさい。いろいろと考え事をしてしまって。聖女様から直接頼まれるなんて凄いよ」


エリーは何か別のことを考えていたようだが、シアに合わせるように作った笑顔で答えた。


「それで、まだ手伝いは始めていないのだけど、お金ではないけど、謝礼の前金という形で、これを貰ったんだ」


ドワコはお礼に家を貰ったと言ってその場をやり過ごそうとした。エリオーネから貰った建物の権利書をシアに見せた。


「すごいね。お礼で建物貰えちゃうんだ。貴族様は違うねー」


シアは素直に驚いている様子であった。


「この建物は店舗スペースもあるみたいだから、シアのお店にちょうど良いのでは?って聖女様が言ってたよ」

「へぇ。それは気になるわね。そうだ、明日3人で見に行ってみましょう」


シアの一声で明日の予定が決まった。翌日の予定も決まったところで夕食を食べ、体拭きをしてから川の字になって寝ることにした。疲れもあってドワコはすぐに眠りにつくことができた。




ドワコは夢を見ていた・・・。お花畑でとても甘いにおいをかいでいる。すごく心地よい気分であった。そのような心地よさを感じながら段々と目が覚めていった。だが、心地よい匂いは覚めることがなく、くんかくんかと匂うと吸った分だけその匂いで鼻と肺が満たされていった。ゆっくりと目を開けるとエリーの頭が見えた。この甘いにおいの発生源はエリーだった。しかもドワコはエリーの体を抱き枕のように体で挟み込んでいた。


「はうぁ」


それに気が付いたドワコは思わず声をあげて慌ててエリーから離れた。反対側で寝ているはずのシアの方が気になってそろーっと見てみると、シアの目がぱっちり開いていてニヤニヤしながらドワコを見ていた。


「ギャー」


ドワコは今日2回目の叫び声を上げた。


「もうドワコさんったら~朝からお盛んね~」


悪戯っぽく言うシアの言葉にドワコの顔は真っ赤になった。ここ数日、目覚めはトラブル続きだと思ったドワコであった。




城下町で活動できるのは今日が最終日だ。帰りの行程を考えると明日の早朝には帰路につかないといけない。


「それじゃ物件を見に行きましょうか」


朝食を終え、ドワコ、シア、エリーの3人は物件を、昨日話のあった物件を見るために宿屋を出発した。




「大きいですねぇ。ここがその物件ですか~」


エリーが建物を見上げて驚いたように言った。地上4階建てで1階部分が店舗スペースになっていて2階から4階までが居住スペースになっている。立地も中央通りに面していて、近所の店は裕福層をターゲットにしたような高級店ばかりだ。もちろん、この建物も周りに引けを取らない立派なものであった。


「すごいしか言えないね?」


シアも建物を見上げながら驚いていた。


「ここで見ていても始まらないので中に入ってみよう」


ドワコは権利書と一緒に渡された鍵を開け建物の中に入った。シアとエリーもドワコの後に続き建物に入った。


「売り場が広いわね。これを埋めようと思えば相当品物を増やさないといけないわね」


シアが周りを見渡して言った。1階店舗部分はかなりの広さだ。アリーナ村にある現店舗の品数だけでは、この売り場のスペースがほとんど埋まらないスカスカの状態になってしまうようだ。


「高そうな家具がそのままだね」


2階、3階は居住スペースになっている。前に住んでいた人の残した物と思われる豪華な備品などもそのまま置いてあった。エリーが置かれている椅子に座ったりして使い心地を試しながら言った。所有権はドワコに移っているため、それらの備品類はそのまま使用しても売却してもかまわないようだ。


「ここは使用人が使う部屋だったのかな?」


4階部分は使用人の個室となっているようでそれなりの部屋数がある。ドワコが一部屋一部屋のドアを開けて部屋を確認しながら言った。店舗と住居とが融合し、正に大商家の建物であった。


「これは思ってた以上に凄いね。維持費や税金とか凄そう。」

「聖女様が言うには税金かからないんだって」


維持費を心配するシアにドワコが答えた。


「そんなの聞いたことないよ。余り深く詮索しちゃダメみたいだね」


シアは貴族が絡んでいるので、平民の常識は通用しない物だと、半分諦め口調で言った。


「これドワコさんの家なんだ。すごーい。ドワコさんこっちに引っ越しちゃうの?」


エリーが心配そうな表情でドワコに尋ねた。


「工房と家は村の方でそのままにしておくよ。ここは、城でのお手伝いがあるときに滞在するときにだけ使う予定」

「そうなんだ。安心したよ。ドワコさんが村からいなくなったら寂しくなるし」


安心した表情をするエリーを心配させないために、ドワコはエリーの頭を撫でた。エリーはくすぐったそうにしながらもドワコに体を寄せてきてきた。


「それで、うちの店の為にこの1階部分を貸してくれるの?」

「シアさんが問題ないって言うなら大丈夫だよ。今までお世話になってるし、貰いものだから賃料もいらないよ」


ドワコは1階部分をタダでシアに貸すつもりでいた。


「さすがにない袖は振れないから、この場所に合った相場と言う訳には行かないけれど、最初予定していた金額程度なら払えると思うから、割に合わないとは思うけれど、それだけは受け取ってほしいな」

「わかったよ。そういうことで契約成立ね」

「よろしくね。大家さん」


ドワコはシアと店舗貸し出しについての話をした。会話の少なくなったエリーが気になったが、用件も終わったので施錠して3人は宿に戻ることにした。




「思ったより早く終わって、まだ時間が早いから夜までは自由行動ね」


シアが提案した。特にすることもなかったのでエリーもドワコも了承した。


(さて、時間もできたし、どこへ行こうかな?)


シアはこの街で営業している同業者の偵察に行った。エリーは家族への土産を買うと言って1人で出て行った。ドワコは何をしようか考えた。


(そうだ冒険者ギルドへ行ってみよう)


ドワコは特にすることがなかったのでいろいろと考え、冒険者ギルドを尋ねてみようという結論になった。ドワコは町中を探し、何とか冒険者ギルドを見つけ、中に入った。


チリンチリン


冒険者ギルドのドアに取り付けられたベルが鳴った。中にいる人が一斉にドワコの方を向いた。その集まった視線にドワコは驚いたが、見ていた者達は興味無さそうに視線を戻したのでドワコも冷静になった。


「さすが城下町の冒険者ギルドと言うだけ合って大きいなぁ」


ドワコは物珍しそうに周りを見ていた。ギルドの中は受付用のカウンター、依頼の書かれた掲示板、併設で飲食スペースもありたくさんの冒険者でにぎわっている。アリーナ村の冒険者ギルドしか見ていなかったドワコにとっては、活気にあふれたこの光景が新鮮に見えた。


(何か面白い依頼でもないかな?)


ドワコは取りあえず依頼の書かれた掲示板を見て回った。この世界に来た初めの頃は字も読めず、張り出されている依頼内容を確認をするのも大変だったが、エリーに文字を教えてもらい、今では書かれている文字も読むこともできる。銅ランクの冒険者が受けられる茶色の紙で書かれたもの、銀ランクが受けられる灰色の紙で書かれた物、金ランクが受けられる黄色の紙で書かれた物、上位ランクの冒険者は下位ランクの依頼も受けることができる。パーティーを組んでいる場合はメンバーの中で1番上位のランクが受けられる依頼に適用されるようだ。


(えっと、銅ランクは・・・)


ドワコが銅ランクの依頼を確認すると、採取や周辺の魔物の駆除、護衛任務などいろいろ張り出されていた。現段階では自分に関係ないのだが、興味が湧いて銀、金ランクの依頼も確認してみた。山の奥に出現するゴーレムの盗伐、森の奥で出現するドラゴンの調査、要人の護衛・・・などなど。さすがに文章を読んだだけでも難易度が高そうに感じた。明日、帰路につかないといけないので、今日は依頼を受ける予定はなかった。


(次に城下町に来たときに時間があれば受けてみようかな)


ドワコは次回来たときは何か依頼を受けても良いかもと考えていた。次に隣に併設されている飲食スペースへ行ってみた。飲食をしている冒険者達を見ると、食事よりもお酒を飲んだりする方がメインのお店のようだ。


「いらっしゃいませ~。お一人ですか?」


ドワコが飲食スペースに足を踏み入れると、給仕のお姉さんが声をかけてきた。


「はい。一人です」

「空いている席へどうぞ」


客席を見るとテーブル席、カウンター席とある。9割程度席が埋まっているが1人が座るくらいなら全く問題ない。ドワコは近くに空いていたテーブル席に腰掛けた。


「それではメニューはこちらです。御用がありましたらお呼びください」


ドワコにメニューの書かれた板を渡し、給仕のお姉さんは奥へ入っていった。


ドワコはメニューを確認した。ここに来てからお酒など全く飲んだことがなかったので、興味が湧き注文することにした。


「すみませーん」

「はーい。ただいま」


ドワコは給仕のお姉さんを呼んだ。


「えっと、蒸留酒(多分焼酎だと思う)とおつまみセットをお願いします」

「え?」


ドワコの言葉に給仕のお姉さんが固まった。恐らく見た目で子供と判断したのだろう。


「私、ドワーフだから見た目はこれでも立派な大人ですよ?」

「は・・はぁ。確かに良く見るとドワーフさんのようですね。かしこまりました。少々お待ちください」


給仕のお姉さんは納得した様子で注文を通しに奥へ入っていった。



「こちらが御注文の蒸留酒とおつまみセットです」


しばらくして給仕のお姉さんが注文の品物を持ってきた。


「ありがとうございます」


久しぶりのお酒を前にちょっとテンションが上がったドワコであった。


「さて、どんな味がするのかな?」


早速、ドワコは蒸留酒を口に含んでみた。何から作っているかわからないが、味は薄いが焼酎に似た味がする。だが、ドワコが知っている焼酎とは異なりアルコールはそこまで高くなさそうだ。おつまみは干し肉がメインで豆類やチーズみたいな物などいろいろ盛ってある。


「ごちそうさまでした。会計をお願いします」


ドワコは程よくお酒を楽しんだ後、会計を済ませた。ギルドカードを提示すると若干割引をしてくれるようだ。それからドワコは冒険者ギルドを後にして、少し町の中をぶらぶらしてから宿に戻った。帰ったときには既にシアもエリーも戻ってきていた。


「ドワコさんお帰りなさーい」

「お帰り」


エリーとシアが部屋に入ると出迎えてくれた。


「ただいま」


ドワコも帰宅を2人に告げた。ドワコは少し前に食べたばかりなので、余りお腹はすいていなかったが、エリーとシアに合わせるために夕食を済ませ、そのあとは3人で体を拭きあい、川の字になり就寝することにした。明日はいよいよ村に戻る日だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る