第18話 お城へ
ドワコは城の前に立っていた。高い城壁に囲まれ、周りには水で満たされた堀があり、1か所だけ出入りをするために跳ね橋が降ろされていて通行できるようになっている。その橋の前には城の警備に当たっている衛兵が2人立っていた。しばらく様子を見ていると、通る人を1人、1人チェックしている訳ではないようだ。町から来た平民と思われる人達も橋を渡り、特に呼び止められることもなく城の中に入っていった。ドワコもそれにならい堀にかけられた橋を渡った。
(なぜ呼び止めないのだろう?)
城の安全を考えれば1人、1人チェックをして問題がなければ通行させる方が良い気もするが、ドワコも呼び止められることもなく橋を渡り城門をくぐった。
(ああ、なるほど)
ドワコは城門をくぐってその謎が解けた。中には平民用と貴族用と思われる入り口に分かれていた。両入り口とも道幅は馬車が余裕で通ることができるほどの幅が確保されてあり、貴族用の入り口はほとんど通る者がなく、平民用の入り口には人の列と荷馬車の2つ長い列ができていた。
「なるほど、城は役場の機能も兼ねているんだ」
ドワコは通路に書かれた案内看板を見て気が付いた。荷馬車の列は城へ献上品を届けたり、城内で使用する食料品などを納品する用事で来ているようだ。これらに対しては不審な物が城内に持ち込まれないか、衛兵が荷馬車の中まで厳しくチェックを行っていた。各所の届け出を行う為に城に来た人達は特に荷物などのチェックは行われず、そのまま担当部署の窓口へ向かっているようだ。ドワコは最初はどこに話を通せばわからなかったので、総合案内の窓口で尋ねることにした。だが、その窓口の前には同じように担当窓口がわからず困っている人達がたくさん並び長蛇の列ができていた。
(これは少し時間がかかりそうだな)
ドワコは仕方なく列の最後尾に並び順番を待つことにした。
「ドワーフがこの城に来るのは珍しいな。今日はどのような用だ?」
かなりの時間が経過し、ようやくドワコの順番が回ってきた。お役所仕事なのか担当した男性は高圧的な態度で接してきた。
「えっと、城へ来るようにと手紙をもらいまして・・・」
ドワコは今回ここを訪れた理由を話した。
「どのような手紙だ?見せてみろ」
「はい。この手紙です」
ドワコは宿屋に届けられていた手紙を窓口で担当している男性に渡した。
「こっ、これは王族からの呼び出し状。しっ失礼しました。申し訳ございません。貴方様はこちらの門ではなく、隣の貴族用の門からの入城となります。大変長い間お待たせしてしまい申し訳ありません。門の所でそちらの手紙を提示されると係の者がすぐに案内すると思います」
手紙を見せるなり担当者の態度が変わった。
(まあ心当たりのある差出人と言えばあの方なのでそうなるのかな)
ドワコはそう思いながら貴族用の門へ向かった。
「それでは、案内しますね」
貴族用の入り口で衛兵に手紙を見せると、すぐに控えていたメイドが城内に案内すると申し出た。
(本物のメイドさんって初めて見たよ)
ドワコは本職のメイドを初めて見た。年齢は30前後の女性で均整の取れたプロポーションで顔も美人であった。彼女の案内で長い通路を通り、とある部屋の前まで来た。ドワコは城内が広すぎてどのような経路を辿ってこの場所に辿り着いたのかもわからなくなっていた。目的の部屋と思われるドアをドワコを案内したメイドがノックをした。
「失礼します。お客様をお連れしました」
少しドアを開けメイドが中にいる人と話をしていた。
「入ってもらいなさい」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
中から聞き覚えのある声がし、メイドがドアを完全に開けてドワコを中へ案内した。
(凄い部屋だ)
ドワコは部屋に入って最初に目に入ったのは装飾品や調度品の豪華さだった。聖女がいる部屋と言うだけあって、派手なものはなかったが別世界だと思ってしまうほど綺麗で華やかな物であった。
「ようこそいらっしゃいました」
部屋の中で出迎えたのは予想通り聖女様ことエリオーネだった。
「2日ぶりでしょうか・・・お変わりありませんか?」
そう言いながら執務用の机の椅子に腰掛けていたエリオーネが立ち上がり、ドワコの側に歩いてきた。
「はい。何事もなく初めて見る街を楽しませていただいております。このたびはお招きに預かり光栄でございます」
「わたくしを正座させた方がそのような堅苦しい挨拶をされなくても・・・」
聖女という重職に就いている方が相手なので、ドワコはできる限り丁寧な言葉遣いで挨拶を返した。だが、それを少し不満に思ったエリオーネは少し意地悪をして周りに控えている使用人達にも聞こえるように言い返した。それを聞いた周りにいたメイドを含めた使用人がぎょっと大きな目を広げて驚いてドワコの方を見た。
「その話をされますといろいろ・・・」
エリオーネが故意にそう言ったのがわかり、ドワコはどのように返して良いのか悩んだ。
「早速ですが、来てもらったのに申し訳ありませんが、城内でその様なお召し物ですといろいろ差し支えが出ますので、別室にてお着替えを用意させています。案内しますのでそちらの方へお召し替えをお願いします」
「はあ・・・」
突然の呼び出しだったので当然のことながら新しい服を用意する時間もなく、普段着のまま城に来ている。当然城内でそれなりの身分の方と面会するのだから、今着ている物は不釣り合いである。ドワコは納得した上でそれを受け入れることにした。
「どうぞこちらへ」
ドワコは数人のメイド達に連れられて別室へ移動した。別室に移ってからは慣れた手つきでメイドたちはドワコの服を脱がせて用意した服に着替えさせた。あまりの手際の良さにドワコはいつの間にか着替えされられたと印象を受けるほどであった。着替えた服のサイズもぴったりであった。着替えが終わりエリオーネの待つ部屋へドワコは戻った。
「えっと・・・この服は・・・」
「よくお似合いですよ。夜中テントに忍び込んでサイズを測ったので大丈夫だと思うのですが、キツイ所とかありませんか?」
(この人さらっと何か言ったよ)
ドワコの服を見たエリオーネが満足そうに言った。服のサイズがピッタリであったのは、先日ドワコのテントに忍び込まれたときに、いつの間にか体のサイズを調べられていたようだ。
「気持ち悪いくらいピッタリですよ」
ドワコはちょっと嫌味を込めて返事をした。
「それでこの服は?」
「聖女見習いの服ですけど?ドワーフだと気づかれていろいろと問題が起こるといけないので、顔を隠せるように大きめのフードを付けました。私の自信作です。エッヘン」
エリオーネが着ている青と白の服と似たようなデザインだが、ドワコの着ている服は白の方が多めだ。青い服というより白地の服に青い線の入ったと言った方がしっくりくる感じだ。
「まだ聖女になると決めた訳じゃないんですけど?」
ドワコは聖女の件を受け入れると言っていないのにも関わらず、聖女見習いの服を着せられたことに不満を感じた。
「城にいる理由を作るための形式上の聖女見習いと言う形ですよ。聖女を引き受けるのが無理だと思えば強制しないから(多分)。取りあえず聖女がどのような仕事をしているかだけでも見てほしいかなと思っているわ。それとね、これを着ていれば平民でも貴族と同等な扱いを受けるから便利よ?」
「じゃあ城にいる間だけは着ておきます」
なし崩し的にドワコは聖女見習いの服を着ることになった。
「アリーナ村を調べて分かったのだけれど、村に工房を作っているそうね。そのおかげで今まで入手の難しかった道具とかが、安価で入手できるようになったと村の人からすごく感謝されてるそうね。知っての通り、この国には武器を作ることができる職人が物凄く不足しているの。これは国のためになっているから、これからも続けてほしいと思っているわ」
軽い面談という形でエリオーネとドワコは、聖女の執務室にある応接テーブルに向き合う形で座っている。エリオーネはドワコの経歴を調べていたようでその話を始めた。
「聖女になると工房閉めないといけないんじゃないですか?」
「聖女なんてお飾りだから、戦時とかでなければ結構暇よ?城でボーっとして過ごすのも良いけど、先ほども言ったけれど、国の発展のためにもこれからも工房は続けてほしいと思うわ。あっ、そうそう、あとシアちゃんが城下町で新しいお店探してるって聞いたわ。そこで提案があるのだけれど・・・」
ドワコは聖女になると工房を閉めないといけないと思っていたが、エリオーネの口調ではその必要はないらしい。
「何でしょう?」
エリオーネが何かの提案をするようだ。ドワコはその話を聞くことにした。
「聖女見習いとなると、研修のためにしばらく城にいる必要が出てくるわ?その間は城で寝泊まりするか城下町に滞在できる宿などが必要になるわ。城での生活は慣れないと大変だと思うけれどどちらでも構わないわ。城と城下町、どちらでの生活がいいかしら?」
「城下町から通います」
エリオーネの提案にドワコは即答した。城で寝泊まりするのは気が重くなる。せめて気が休める時間が作ることができる街から通った方が良いとドワコは思った。
「わかったわ。宿でも良いのだけれど、私からは別の提案をさせていただくわ。あの書類をお願い」
エリオーネが命じてメイドに1通の書類を持ってこさせた。
「こちらをどうぞ」
「ありがとう」
エリオーネがメイドから書類を受け取った。
「ここに建物の権利書があるわ。元々とある商家の持ち物だったんだけど、その商家というのが少し金儲けに走りすぎてしまって、法に触れることをしてしまって罰として国が建物を没収した訳ね。この建物は店舗スペースと居住スペースを兼ねた作りになっているから、店舗スペースにはシアちゃんの店にテナント入ってもらって、居住スペースにはあなたが住むって言うのはどう?先日のお礼と見習いの件を引き受けてくれた謝礼に差し上げる物だからお金もいらないし、聖女見習いは貴族待遇になるから住居には税金がかからないから、お財布への負担にはならないと思うし、いい条件だと思うけどどうかな?」
エリオーネが店舗兼住居の建物の譲渡話を持ちかけてきた。
「取りあえず物件を見てからかな」
「先ほども言った通り、先日のお礼と今回の件を引き受けてくれたお礼で差し上げる物だから、もし気に入らなかったり、必要がなくなった場合は売ってしまってもかまわないわ。この権利書はドワコにお渡ししますね」
下見をする前にドワコは権利書を受け取ってしまった。ここまで言われれば、ドワコには受け取るしか選択肢はなかった。
「あと、城に入るときの通行証ね。城に入るときはこれを見せると貴族門から入れてもらえるわ。それと今回の件は、まだわたくし預かりの案件なので他言は無用ですよ。城への出入りはいつもの服装で構いませんけど、見習い業務中はこの服を着用して、他の人の目があるときは必ず顔を隠すフードをかぶってくださいね」
「わかりました」
今回の見習いの件はエリオーネの独断で行うようだ。他言無用にするようにとドワコに釘を刺した。
「それじゃ今日はこれで結構です。また後日、迎えの者を村の工房へ向かわせますね。お疲れ様でした」
「はい。それでは失礼します」
エリオーネの用事は済んだようだ。
「それではこちらへ」
メイドに案内されてドワコは退室した。そして別室へ案内された。
「ここがドワコ様の控え室になります。次回からはこちらの部屋でお着替えください」
「わかりました」
メイドに着替えさせてもらいドワコは出口まで案内された。
「それではドワコ様。また後日よろしくお願いします」
深々と頭を下げるメイドに見送られ、ドワコは城を後にした。
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