第14話 回復魔法
ドワコが聖女から治療を受けてから数日が経過した。聖女様御一行は村に数日ほど滞在し、城下町の方に帰っていった。聖女は城に住んでいるため、正確に言えば帰り先は町ではなく城の方らしい。
エリーの話では聖女は結局ドワコが治療を受けた一日だけ村人の診察を行い、残りの滞在日は面会なども行われず神殿からも出てこなかったそうだ。
(何か目的があったとは思うけど謎が多い)
ドワコは治療が目的なら滞在している日もそれなりにあったが、治療活動を行ったのはたった1日だったことを不可解に思った。それに、言われたときは気にしていなかったが、聖女が別れ際に「また会いましょう」言ったことについても少し気になっていた。だが、相手は王族と関わりのある人物なので、庶民的な生活を送っているドワコにとっては、特に何か行動することはない。気にはなるが、気持ちを切り替えてふだん通りの生活をするしかないと思った。
神殿で治療の順番待ちをしているときに、一緒に列に並んでいた人達と工房で製作可能なものについて話をしたことが良い方向に向かい、噂を聞きつけた今まで取り引きのなかったお店などから問い合わせや注文があった。さりげなく営業活動をした効果があったようだ。受けた注文は種類はそれなりにあるが、同じものを大量生産する訳ではなく、仕事で使用する工具など、1点物又は数点で終わる物が多かった。それぞれ製作に必要な材料が異なるので準備は大変だが、製作作業自体はすぐに終わる。今日はエリーと一緒にその注文を受けた物の製作を行っている。工房の稼働率が上がり、材料や完成した製品を次々に重ねていくと、物を置くスペースがなくなり、工房が少し手狭になってきた。今までは納品先が少なかったのでアイテムボックスに納品先ごとにまとめて突っ込んでいたが、いろいろな所からの注文を受けたために、そのやり方ができなくなり、納品する物が混ざらないように分けると、部屋に置くしか方法がなかった。ゲーム内では課金することで最大255個までアイテムボックスの容量を増やすことができたが、ドワコは無課金プレイヤーだったので、アイテムボックスの上限が20個となっている。ただ、この村に住む他の人はアイテムボックスが使えないので、20個でも重さを気にせず運べるのは十分すぎるくらい役に立っている。収納スペースの確保として、ドワコが購入した土地はまだ余裕があるので増築で対応することにした。
工房でエリーと一緒にお昼ご飯を食べて昼休憩をしているときにそれは起こった。
「ドワコさん、忙しいところすみません。ダンジョン内で魔物に襲われて大怪我をした冒険者がいます。以前、ドワコさんと一緒にパーティーを組んだ冒険者から回復魔法が使えると言う話を聞き、助けを求めに来たのですが、御協力いただけないでしょうか?」
ドワコとは面識のない冒険者だが、工房に駆け込んできた様子から急を要するようだ。ドワコは困っている人を拒む理由はなかった。
「わかりました。助けられるかどうかわかりませんが・・・」
「ありがとうございます」
隣でその話を聞いていたエリーが状況を理解できていない様子で聞いてきた。
「ドワコさんってお医者様なんですか?」
「いいえ。医学の知識なんて全くないですよ。回復魔法が少し使えるので村外れのダンジョンで怪我をした冒険者を治療したことがあるくらいです」
「強くて、いろいろな物を作り出せるだけでも凄いと思っていたのに、ドワコさんは魔法も使えるんですか?」
エリーが尊敬の念を込めてドワコを見ていた。
(あかん。その目は反則や)
ドワコは熱い視線を向けているエリーの顔を見ていると、思わず抱きしめたい衝動に駆られたがぐっと堪えた。
「怪我人は冒険者ギルドにいます。ドワコさんお願いします」
「わかった。今向かう」
「わっ、私も一緒に付いていきます」
呼びに来た冒険者と一緒にドワコはエリーとともに冒険者ギルドに向かった。
「怪我人はどこ?」
「あっ、ドワコさん。こっちです」
ドワコが冒険者ギルドの扉を勢いよく開けて中に入った。その後をエリーと呼びに来た冒険者が続いた。ドワコに気が付いたギルドの中にいた冒険者の1人がドワコを怪我人の元に案内した。
「これはひどい」
「うっ、・・・」
怪我をした冒険者は、左腕が引き千切られたようになくなり、そこからは大量の血が滲み瀕死の重傷のようだ。隣にいたエリーはその悲惨な光景を見て吐き気がしたようで必死に吐くのを耐えていた。若い男の冒険者のようだが彼は荷台に寝かされている。ドワコは怪我人のそばに行き、魔法書を取り出した。
(正直なところ、欠損した腕まで回復させる自信はない。でも、やるしかない)
この村には医者もおらず、回復魔法が使える聖女は既にこの村にはいない。ここでこの冒険者を助けられる可能性があるのはドワコだけだ。ドワコは重責を感じながら、気持ちを落ち着かせて回復のイメージを膨らませた。
「ヒール」
多くの冒険者やギルド職員が見守る中で怪我人が強い光に包まれた。光が消えて欠損した腕が元通りになり、血痕は残ったままだが、傷口は完全に塞がって何事もなかったかのように回復していた。
(何とか回復に成功したようだ)
ドワコは魔法が成功してほっとした。
「ドワコさんすごーい。本当に回復させちゃった」
エリーがドワコに抱きつき、自分のことのように喜んでいた。そのときドワコは魔法が成功した満足感とエリーの甘い匂いに誘われ、エリーを強く抱きしめてしまった。
「ドワコさん、少しくるしいです」
「あっ、ごめんね」
エリーの言葉で我に返ったドワコは慌てて手を解きエリーから離れた。
「ドワコさん、助けてくれてありがとう」
怪我を治療して貰った冒険者にお礼を言われて、謝礼を支払いたいと申し出まであった。たが、ドワコは善意で助けただけであり、見返りを求めるつもりもなかったので丁重にお断りをした。ドワコは全く関係のない冒険者達からもお礼を言われ、少し恥ずかしさを感じながらエリーとともに工房へ戻った。
「それじゃ少し休憩してから午後の作業に入ろうか?」
「はい」
ドワコとエリーは工房に戻ってから、少し休憩を挟んだ後に作業の続きをすることにした。
「中級魔法のハイヒールに匹敵する回復力を持つ下級魔法のヒールですか。やはり彼女は光属性の魔法が使えるようですね。物作りしか取り柄がないドワーフが魔法を使えることには驚きましたが、これは興味深いです。まだまだ観察が必要ですね」
この光景をドワコやエリーに気づかれないように最初から最後まで見ていた人物がいた。そう呟きながら謎の人物は物陰に姿を消した。
午後からは【武器と防具の店】の店主の娘であるシアが工房に来ていた。ドワコは初めは営業トークで言っている物だと思っていたのだが、「武器と防具の店」が店の正式名称らしい。
「ドワコさんのおかげでお店が繁盛して、城下町に支店を作らないかって話が出てるんです」
シアが話を切り出してきた。
「すごいですね。そうすると工房も忙しくなるのかな?」
「頑張って武器と防具を作らなきゃですね」
ドワコとエリーの二人は店が拡張することを聞き、工房に対する注文が増えて生産が忙しくなりそうだと考えた。
「結局のところ、うちは販売するだけなので良いのだけれど、城下町で商売ができるかはドワコさんの工房の生産能力次第なんだよね。新しいお店ができても売る物なければ商売にならないし」
城下町で商売をするのにはドワコの協力が必要不可欠であるため、シアは工房の生産能力を気にしている様子だ。
「ある程度は増産できると思うけど、余り多すぎると無理かも。城下町は行ったことがないので、どれくらいの人が住んでいて、街の規模もわからないし、需要がどの程度あるのかも全然わからないから見当が付かないなぁ」
ドワコの世界は今のところ、この村だけなので、この国の首都である城下町がどれほどの規模なのか全く想像が付かなかった。
「それじゃ今度、城下町に行ってみましょうか?馬車を借りれば3日くらいで行けるよ。」
「城下町に行くんだ。私も行きたーい。お母さんに聞いてくる」
話を聞いたエリーが行く気満々の様子で、すぐに親の許可を得るために工房を飛び出して家に帰っていった。エリーの家は工房から近い場所にあるので、肩で息をしながらエリーがすぐに戻ってきた。
「はぁ、はぁ、ただいまぁ。ドワコさんがいるなら大丈夫だろうから行っていいって」
(魔物とか森で普通に出てくるような世界なのに大丈夫なのか?)
信頼されているのは良いことなのだが、簡単に外出許可を出していいのかとドワコは正直思ってしまう。
「それじゃ決定ね。馬車と護衛の冒険者を手配するから出発は3日後かな。往復で10日くらいの行程になるから準備よろしくね」
あっと言う間に城下町に行くことが決定してしまった。
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