第13話 聖女が来た
今日はふだんののんびりした雰囲気を感じず、人が慌ただしく動き回り、村の様子が何やら騒がしい。疑問に思ったドワコがエリーに尋ねると、この国の聖女が村を尋ねてくると言う通達が突然来たそうだ。その迎え入れの準備のために手の空いた村人が協力して動いているそうだ。
「それで聖女って言うのは?」
村の中は騒がしくなっているが、ドワコの工房は通常運転である。休憩をするために作業を中断し、ドワコとエリーはお茶の時間を楽しんでいた。ふと、村の様子がいつもと異なることを思い出し、エリーと聖女の話題で盛り上がっていた。
「この国の王族の遠い親戚だそうで、回復魔法が得意で、その他にも魔法が使えるそうです。定期的にこの村も含め、村の基準を満たさない更に小規模な集落なども巡回して、病気や怪我で苦しんでいる人を魔法の力で癒やし、人々から尊敬される女性です。ふだんなら聖女様が来る前に事前に告知があるのですが、どう言う訳か今回は前日にその通知が来たそうです。村長さんはその通知を受け取って凄く慌てていたそうです」
ドワコはエリーから聖女がどのような仕事をしているか教えて貰った。ふだんなら事前に訪問する通知が来るらしいが、今回は突然のことだったらしい。ドワコはエリーからその話を聞き慌てている村長の様子を思い浮かべてみた。
「聖女と言うと美人の女性と言うイメージがあるけどどうなのかな?」
「私は見たことはないですけど、かなり綺麗な人らしいですよ。何か最近ドワコさんオジサンみたいな口調になるときがありますね」
綺麗な女性と聞いてドワコのおっさんアンテナが反応した。だが、エリーにそれを察知されてしまった。
(グサッ。慣れてきた事もあって元の性格が出てきたか・・・自重せねば・・・)
中身がおっさんなドワコは態度に出さないように注意すると心に誓った。
(王族の親戚と言うぐらいだから、雲の上の存在なんだろうな)
日々を何とか暮らしている庶民ドワーフのドワコにとって、王族の親戚と言う聖女は、遠い存在で遠くから見ることがあっても、知り合うことは絶対にないとそのときドワコは思っていた。
休憩が終わり作業を再開してから、しばらくすると外が騒がしくなってきた。そろそろ村に聖女様がくるようだ。エリーの話では、この工房の前を聖女を乗せた馬車が通るらしい。工房は村の中心より少し外れたところにあるが、メイン通りに面しているために道では繋がっている。折角なので聖女の顔を拝もうと、ドワコは作業を中断してエリーと一緒に外へ出た。周りを見ると道沿いには聖女の姿を一目見ようと、村民のほどんどが出てきているようだ。
それから少しの時間が経ち、馬に乗った鎧を着た護衛の騎士達が通り、その後には豪華な装飾が施された馬車がドワコとエリーの前を通っていった。誰か乗っているようには見えたが顔までは確認ができなかった。見に来ていた他の村人達の一部は、馬車に向けて手を合わせ聖女様に祈りを捧げている人もいた。聖女様は村の外れにある神殿というところに向かい、その建物に滞在するそうだ。明日からは、病気や怪我で苦しんでいる人を神殿にて無料で診察をするようだ。エリーの話では貴重な回復魔法は万能ではなく、治療できる範囲には限界があるそうだが、一切費用はかからないということなので神殿には長い行列ができるだろうとドワコは思った。
「聞いた話だと、聖女様は中級の回復魔法で病気や怪我を治療するんだって。この国でも回復魔法が使える人はごく僅かなんだよ」
「そうなの?」
ドワコは思わず聞き返してしまった。
(魔法って誰でも使える物はないんだね。でも、中級魔法が使えるということは中級、上級魔法で発動させるための難しい詠唱や魔方陣に関しての知識があるということだな)
ドワコは詠唱の容易な下級魔法は使用できるが、中級以上の詠唱方法を知らないために持っている魔法書には書かれているが使用することができない。今後のためにも是非中級魔法の詠唱方法を御教授いただきたいところではあるが、聖女との面識もないので厳しいことだろうとドワコは思った。
翌日、ドワコとエリーは工房で武器屋に納品する武器の準備をしていた。受注した武器の種類と数が合っているか確認する。
「あいたっ!」
ドワコは作業中に悲痛な声をあげた。納品用の剣の鞘が外れていて、そうとは気が付かず刃先を握ってしまったために手を切ってしまった。
「どっ、ドワコさん大丈夫?」
エリーが異変に気が付き慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫、大丈夫。」
ドワコはエリーを心配させないようにするため、平気だと伝えたが、切れた手のひらからは血が思いのほか出てきた。以前服を作るときに使用した布の余りで包帯を作り、エリーに応急処置で止血をしてもらったが、布には血が滲んできた。このままでは作業の支障になるので、ドワコは回復魔法で手早く傷を治そうと考えていた。
「あっ、そうだ!聖女様に治療して貰おうよ」
エリーがちょうど聖女様が滞在しているので、治療のために神殿に行くように提案してきた。ドワコも独学では限界があり、魔法の勉強になればという結論に至り、エリーに工房の留守番をお願いして聖女様のいる神殿へ行くことにした。
神殿の前にはドワコが予想したとおり長い列ができていた。無料ということもありふだんなら放置していそうな比較的軽症な人が多いようだ。かなりの長い順番待ちの列ができていて、自分の番が来るまで時間が掛かりそうだとドワコは思った。ただじっと待っているのも暇なので、自分の並んだ付近にいた人と雑談をしながら時間を潰すことにした。
「お嬢ちゃんが来てから村がすごく賑やかになったよ」
「この前買った武器、すごく使い勝手が良くて助かっているよ」
「ドワコさんの作ってくれた農機具のおかげで仕事がすごく楽になったよ」
ドワコは村の人にすごく感謝されていた。工房で作られた物が流通し、その効果で村が活性化していることは村の人には深く知られている。ドワコは「工房でこんな物も作れますよ」と宣伝すると周りの人は興味深そうにそれを聞いていた。そのような感じで時間を潰していると、徐々に列が神殿に飲み込まれていき、ドワコは聖堂と呼ばれる広い部屋へと進んでいった。部屋の奥には青と白のローブをまとった聖女と思われる人物が怪我や病気を回復魔法で治療している。残念ながらドワコの視界に入る範囲の人は軽症の人ばかりで下級魔法のみで対処されているため、中級回復魔法を見ることができなかった。魔法を使用するときは両手があいた状態で魔法書を手で持ち、一度魔法を使うと同属性の魔法はしばらく使えなくなる。その法則はドワコ同様に聖女様にも通用するようだ。隣に控えている従者が砂時計で再使用できる時間を計っているのを確認できた。その砂時計の砂が全部落ちると次の人が呼ばれる。何人か回復魔法を使用した後、聖女様はポーションのような瓶の液体を飲んでいる。その様子を見る限りでは魔力回復のアイテムのようだ。
ドワコの前に並ぶ人達の治療は続き、いよいよドワコに順番が回ってきた。
「次の方どうぞ」
ドワコが呼ばれたので、前の人がしていたように奥に進もうとする。
「まて。貴様ドワーフだな。ドワーフごときが聖女様の癒やしを請おうなどと身の程をわきまえろ!」
奥に進もうとしたドワコが護衛と思わしき騎士に止められた。村の恩人であるドワコに対し差別的な発言をした騎士に対し、周りにいた村人が一斉に不快な視線を送った。ドワコはこのとき初めてこの世界には種族による差別が存在していることを知った。この村に来てから村人には良くしてもらっていた。基本ドワーフは製造の技術に秀でているで恩恵を受けることが多い。その為、村や町などでは特に差別されことはない。逆に歓迎されるぐらいだ。ところが一部の貴族階級の者は人間とは違う種族を忌み嫌い、そこで種族による差別が生まれる。
「お待ちなさい。護衛の者が失礼しました。下がりなさい」
奥から声が聞こえ、護衛の騎士が一歩下がった。そこに現れたのが15歳くらいの青髪の均整の取れた顔の少女だ。ドワコは初めて聖女様の顔を拝見することができた。彼女からは気品が漂い、見るからに聖女様と言う雰囲気だった。
聖女はドワコの前に来てしゃがみ込み、目線の高さを合わせてきた。ちょうど子供と話すときに親がするような感じだ。
「大変不快な思いをさせてしまいましたね。ごめんなさいね」
(うはぁ聖女様やー。眩しくて直視できない)
思わず心の叫びが外に出そうになったのをぐっと我慢し、皆から尊敬される立場であるにもかかわらず、物腰が低く親しみやすい感じの人だとドワコは思った。
「手を怪我されたのですね。今、治療しますので痛いかも知れませんが見せてくださいね」
応急手当てしてある布を外し聖女に傷口を見せる。
「これは深く切っていますね。とても痛そうです。いますぐ治療しますね」
聖女は机の上に置かれていた魔法書を左手に持ち、右手を傷口付近にかざす。
「癒やしの魔法。ヒール」
淡い光とともにドワコの手にある傷口が塞がってきた。だが、聖女様の顔を見ると眉間に皺を寄せて微妙な顔をしている。
「・・・光属性の魔法耐性?・・・まさか」
ドワコには聞き取れない声で聖女がつぶやく。そして傷口を見ると完治されておらず、微妙に傷が残っていた。
「ごめんなさいね。少し込める魔力の量を間違えたみたい。魔法をかけ直すので少し待ってくださいね」
聖女はそう言った。聖女の言葉を聞いた従者が砂時計をひっくり返し、再使用時間の計測を始めた。砂が全部落ちてから聖女が再びドワコにヒールをかけ直し、手のひらにできた傷が完治した。
「治療していただいてありがとうございました」
ドワコは聖女にお礼を言った。そして帰ろうとしたところで聖女がドワコに小さな声でささやいた。
「あなたとは、また会えそうな気がします」
聖女は再会を予感しているようだった。ドワコはその時点ではこの言葉は社交辞令だと思い、気にもしていなかったのだが、この出会いがドワコの後々の運命に大きく左右されることになるとは、この時点では思いもしなかった。治療が終わったドワコは神殿を後にして工房に戻ることにした。
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