第12話 日常の生活

村長から依頼のあった鉄製農機具の納品も無事に終わり、ダンジョンに潜り鉄の収集、森に入り木材の確保、武器屋から依頼された武器の製作を行うといった、この世界に来てからのいつもどおりの生活に戻った。このうちのどれか、又は幾つかをこなすという日々が続いた。


エリーが工房に手伝いに来てくれたおかげで、森やダンジョンに出かけているときも、武器屋や村の人から寄せられる製作の依頼を、工房で留守番をしているエリーがドワコの代わりに注文を受けてくれるようになり大助かりであった。ドワコが仕事を終えて工房に戻ってくると、きれいに部屋は掃除され、ドワコのための食事の用意もしてあり、「おかえりなさい」と笑顔で迎えてくれる。前の世界では1人暮らしが長かったため、家族が増えたようで幸せな気分になっていた。ドワコの手の空いた時間には、エリーが文字を手取り足取りで教えてくれた。ドワコの以前の記憶が役に立ち、法則さえわかってしまえば、この世界には平仮名程度の文字数しかないので、覚えるのはそう難しくはなかった。


「それじゃ今日はこれで帰りますね」


エリーが今日の仕事を終えてドワコに伝える。


「お疲れ様。明日もよろしくね」


挨拶を終えてエリーは家へ帰っていった。基本的にエリーは自分の家で朝食を終えた後に工房に顔を出し、自分の家で夕食の準備をする時間になると手伝いのために家に帰る。大量の注文を受けたときは早出、残業のように少し多めに手伝ってもらうこともあった。給金は村長直々のお願いということもあり、村の方から出ているが、工房からもお礼を含めて、相応の労働に応じた給金を支払っている。初めの頃、エリーは村から給金をもらっていると言って断っていたが、ドワコが何とか説得して、受け取ってもらうようになった。この時点でドワコは知らなかったが、実は村からもらっている給金というのは、この世界の同年代の子供が受け取る給金の額とは異なり、村の重要職に位置する人間がもらうくらいの高給金であった。それは村にとって貴重な人材であるドワコの動向を把握するいう重要な任務も含まれていたためであった。




最近、村に1軒しかない武器屋がすごく繫盛している。その理由はこの国では入手困難な新品未使用の武器が比較的安価で販売されているからだ。販売されている物はごく普通の鉄製武器だが、とてもクオリティーが高いと評判で切れ味が良く、耐久性も高いと言うこともあり、城下町からもその噂を聞いた多くの冒険者が買い求めにやってきた。冒険者達は武器が新しくなると試し斬りがしたくなる衝動に駆られ、村から近いダンジョンも大賑わいであった。そこで狩られた魔物達から回収した魔石を換金するために冒険者ギルドには多くの人が集まり、換金して得た金で村の中で飲食、宿泊を行うために飲食店や宿屋も大盛況であった。この経済効果で村が活気に満ちてきているが、元々、村内で完結できるほどの食糧自給率しかなく、その影響で食料の需要と供給のバランスが崩れ、食料の確保に支障が出始めていた。


それを危惧した村長は村を挙げて農業改革に取り組んだ。その結果、農機具の改良が行われ、作業効率が飛躍的向上を見せた。その影響で1人で管理できる畑の面積も増えたために、新規に開墾を行い耕作面積を大幅に増やした。耕作面積は増えて仕事量は増えたが、効率化により労働時間は減り、農業を営む人も時間に余裕が出てきたので自分の時間を過ごせるようになり労働環境が良くなったそうだ。このまま天候に左右されなければ、今年の収穫時期には収穫量の大幅な増大ができそうだ。これが1人のドワーフの力によってもたらされた訳だが、本人はそのような変化を気にすることもなく、日常の生活を行っていた。




ある日、ドワコはエリーと一緒に村の中で買い物をしていた。主に工房で使う素材の買い出しだ。金銭的に余裕が出てきたため、今まではドワコがそれぞれの場所で採取を行い集めていたが、エリーの提案でお店で調達した方が素材によっては収集する手間がかからず、費用対効果を考えると結果的には効率が良くなるそうだ。素材を店で購入することで、鉄や木材以外の素材も使えるようになったために、今まで素材がなく製作を諦めていた物も作成可能になり、製作の幅が広がった。武器、防具、農機具、調理道具などに渡っていろいろな物が製作可能になり、それらの素材を使い製作した物を店に卸すことで村全体に行き渡り、生活向上に役立っているようだ。当面工房で使用する予定の素材を調達した後、ドワコとエリーは武器屋に向かった。


「あら、ドワコさんとエリーいらっしゃい。」


武器屋に入るといつもと違う挨拶で出迎えられた。今日は武器屋の主人ではなく娘のシアが店番をしていた。店の方は繁盛していて、売られている武器を見定めている他の客達で賑わっていた。


「こんにちは」

「お姉ちゃんこんにちは」


いつもいる店の主人とは異なり、店のカウンターにスタイル抜群のお姉さんがいると、中身がおっさんのドワコもついつい見入ってしまう。ふと、視線を隣に向けるとエリーの機嫌が少し悪いようだ。


「ぶー。ドワコさんお姉さんの方ばかり見てる」


(うはっ。そんなに見てましたか・・・すみません)


エリーは、ドワコがジロジロとシアの体をなめ回すように見ていたのに気が付いたようだ。軽蔑した視線をドワコに向けていた。


「えっと、また武器を引き取りに来ました」


気持ちを切り替えたドワコはシアに用件を伝えた。


「それじゃ今はこれくらいあるけど、必要なものを選んでね」


シアはそう言って無造作に武器や防具が積まれた場所に案内した。新しい武器を購入した冒険者が、今まで使用していた物を下取りに出した武器や防具のようだ。もちろん程度の良い物はそのまま中古品として店で販売されるものもあるが、使用に耐えられなくなったものは販売に向かない。その破棄寸前の物をドワコが素材として買い取っている。引き取った物の中には鉄以外の金属でできた物も含まれていて、入手できる量は安定しないが他の金属などを含む貴重な素材も入手できるようになった。


「それじゃこれだけもらうね」


ドワコが素材として引き取りを決めた武器、防具を精算して代金を支払った。


「それじゃまた来ますね」

「お姉ちゃんまたね」

「またきてね」


アイテムボックスの中に買い取った武器防具類をまとめた箱を収納し、挨拶をした後で店を出た。そしてドワコとエリーはその足で裁縫屋に立ち寄った。


「いらっしゃい」

「すみません、糸と生地が欲しいのですが・・・」

「どのような物を御所望ですか?」


ドワコは店の女性定員とやり取りをする。


「えーっと、この糸と、この生地と・・・エリーはどの生地が良い?」

「それじゃ、これと、これで。」


ドワコが必要な生地を選び終わった後、エリーにも生地を選んでもらった。ドワコとエリーが選んだ生地と必要な糸を購入することにした。


「ありがとうございました」


ドワコが代金を支払い店を後にした。


この村では服の入手がとても難しい。服飾を扱う店はあるのだが、圧倒的に品数が足りない上、ドワコの特徴的な体型を包んでくれる服となると既製服ではなくオーダーメイドとなる。城下町の方にはそれなりのお店があり、品数も多いそうだが、ここは小さな村である。そこまでの衣類に対する需要もなく、取り扱いも小規模だ。ないとなると自分で作るしかない。生活に余裕が出てきたのでドワコは服を自作してみようと考えていた。この村に来てからずっとデフォルトで装着されていた服を着ていたので洗濯をすると、干している間は着る服がなくなり、乾くまで外に出られなくなる。何とかしようとは思っていたが、忙しい日々が続いていたために手付かずであった。折角思い立ったついでなのでエリーの服も作ってみようと考えていた。前の世界では、服飾関係の仕事をしていた経験もあり、腕が鈍っていなければ製作できるのではないかとドワコは考えていた。



ドワコは工房に戻り、下準備として立体裁断に必要なボディと呼ばれるドワコとエリーの体形に合わせた人台を作る。そのあとクリエイトブックの中にある縫製に必要な足踏み式のミシンを製作する。裁縫道具は既に製作済みだ。これを空室になっていた部屋にまとめ、併せて机と椅子を作り、簡易的な縫製工場を完成させた。あとは以前の職場で得た立体裁断と言う技術を駆使して衣服を仕上げていく。デザインにこだわらなれば、ボディに合わせた布を縫っていくだけなので比較的早く製作が可能だ。クリエイトブックには衣服類が記載されていないので、ミシンや裁縫道具の製作はできたが、縫製作業は自分の手で行わなければならない。



数日後、自分の服が数着と、エリー用の仕事で使用する服が完成した。ドワコ用の服は作業がしやすいように重点を置いたためジャージのような服だ(しかもなぜか緑)。エリーの服は選んでもらった生地をもとに作った明るいオレンジを基調としたワンピースだ。試着してもらったが、素材も良いということもあるが、かなりかわいい。ドワコは思わず抱きしめたくなった衝動に駆られたのは内緒だ。作業用の服ではあるが、本人も喜んでいたので良かったとドワコは思った。エリーはこのまま被服販売でも商売になるのでは?と言っていたが、趣味でやる範囲が楽しいのである。ドワコは衣服の販売については元々する気がなかった。


そのような感じで平和で安定した日常をドワコは送っていた。

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