第11話 村の食糧事情

ドワコが初めてのパーティーを組んでダンジョンの少し奥まで探索した日から、数日が経過していた。最近村の中も活気が出てきて、それに合わせたかのように村を訪れる冒険者が増えているようだ。


ドワコが冒険者ギルドへ顔を出すと、今までは他の冒険者を見ることはなかったが、今では狭いギルド内は冒険者達で溢れて活気で満ちている。ギルドのおばちゃん一人ではたくさん押し寄せてくる冒険者達に対応できなくなったらしく、新たに中年の男性職員を2人雇い入れ、3人体制で業務を行うようになっていた。


「字が読めないのは不便だな」


ドワコは掲示板に張り出されている依頼の書かれた紙を見て呟いた。掲示板にはドワコを含めた銅ランクの冒険者用の依頼が記載された茶色の紙で書かれたもの、ドワコより一つ上のクラスの銀ランク用の依頼が書かれた灰色の紙がたくさん張り出されている。書かれている内容は主に討伐か採取なのだが、字が読めないドワコにはどのような依頼が書かれているのか理解することができなかった。


(この世界で生活する以上、読み書きはできるようになった方が良さそうだな)


ドワコは具体的な解決法を見つけていないが、文字の問題は解決しなければならないと思った。



「お嬢ちゃん、ゴメンよぉ。今見ての通り満席なんだ。すまないが列の最後尾に並んでくれないかい?」


ドワコがお昼ご飯を食べに村に一軒しかない食堂に立ち寄ったが、店内は満席で、順番待ちの長い列もできていた。これは今日だけのことではなく、ここ数日の状況を見ただけでも連日大賑だった。そして宿屋も村を訪れる人が増えたことによって連日満室に近い状態が続き、大繁盛をしているようだ。


主に村を訪れている人達は、この国の城下町や、未だに内戦が続いて不安定な情勢の隣国から来た冒険者たちのようだ。村の近くにダンジョンがあり、冒険者の拠点とするのには好条件らしい。それだけなら今までもたくさんの冒険者で賑わっていても良いはずだが、使用している武器が壊れると修理もできず、劣悪な中古武器程度しか現地調達ができない。予備の武器を持ってくるとしても何個も用意できるほど軽いものではないので、剣ならば予備に1,2本程度が限度である。ここに来て近隣の国でも入手が難しい新品の武器が手に入るという情報が知れ渡り、武器の購入とダンジョンでの試し切りを兼ねてこの村を訪れている。


ちなみに冒険者はギルドカードを提示することで、双方にギルド支部が存在する隣接する国同士なら国境を越えることができるようだ。ちなみにギルドの支部がない国にはギルドカードを提示しても入国できないらしい。


多くの人訪れるようになって一つの問題が深刻化しつつあった。元々人口が少ない小規模な村なので食糧の生産量は基本的に村の中で完結させていたので余り高くない。肉類や山菜類はギルドへ狩りや採取の依頼することで必要量が確保できているが、畑なので栽培する野菜類か不足気味になっている。



そんなある日、ドワコが工房で武器屋へ納品する武器を箱に詰めている作業を行っている最中、エリーが工房を訪ねてきた。


「こんにちは。ドワコさん」

「久しぶりだね。エリー。今日はどうしたの?」


来る日も来る日も素材集めを行う多忙な日々を送っていたので、ドワコがエリーと会うのは久しぶりだ。エリーの表情は硬く、遊びに来たような雰囲気ではなかった。ドワコはエリーのことが心配になり用件を尋ねた。


「えっとね。村長からドワコさんを呼んできてって頼まれたんだ。行けそう?」

「この武器を箱に詰めたら大丈夫だよ」


エリーの用件は村長からの呼び出しを伝えにきたようだ。この村で暮らす以上は長とも良好な関係を築いていた方が良いと考えたドワコは、断る理由がなかったので受けることにした。


「ありがとう。それじゃ少し待ってるね。」


エリーの表情は硬いままであったが、手を止めていてはいつまで経っても出発できないので、ドワコは箱詰め作業を再開した。最近、武器屋からの注文を受ける数が日々増えいる。工房の脇には完成して箱に詰める前の武器がたくさん積まれていた。それを次々に運搬用の箱の中に入れた。


(村を訪れる冒険者が増えたから需要が増えてきているのかな?)


ドワコは日々増える製作量と購入者のことを考えながら作業をした。



「終わったよ。それで村長に会うにはどこへ行けばいいの?」

「村長のお屋敷だよ。私が案内するからね」


作業を終えたドワコがエリーに声を掛けた。ドワコはエリーから面会場所だけ聞いて1人で行くつもりであったが、エリーが屋敷まで案内してくれるそうだ。エリーが言う村長の家ではなく、お屋敷と言ったことにドワコは少々違和感を抱いた。呼ばれている以上、考えても向かうしかないので、エリーに付いていくことにした。



村の中を少し歩いて目的の場所へ到着したようだ。


「ここが村長のお屋敷だよ」


エリーが足を止めて言った。ドワコはその屋敷を見て驚いた。この村には不釣り合いなぐらい大きな豪邸である。門には衛兵も立っていた。その衛兵にエリーが話をすると、事前に話がしてあったようで簡単に通してもらえた。2人で門をくぐり、少し庭を進んだところに大きな玄関があった。その途中にあった庭も隅々まで手入れが行き届いていて、専属の庭師でもいるような感じであった。


「ようこそドワコ様。わたくし執事のワゴナーと申します。どうぞお見知りおきを。旦那様がお待ちです。どうぞごちらへ」


玄関まで行くと黒い燕尾服のような服装をした老人が、ドワコに深々と頭を下げで出迎えた。ワゴナーは近くにいるメイドに目配せをすると、承知したと言う表情でエリーに話しかけた。


「エリー様、旦那様とのお話が終わるまでこちらでお待ちください。」


メイドはエリーを別室に案内していった。



「旦那様。ドワコ様をお連れいたしました」


1階の奥の部屋の手前で足を止めたワゴナーは、ノックをした後、ドアを開けた。どうやらここが村長の執務室のようだ。


「入ってくれたまえ」

「ドワコ様、どうぞこちらへ」


ワゴナーがドワコを案内し、部屋の中に招き入れた。そして部屋の中には、かなり良い服を着た40代くらいの男性が立っていた。


「よく来てくれたドワコ。私はこの村の村長をしているジムと言う。よろしく頼む」

「はじめまして村長、少し前からこの村で生活させていただいています。今日はどのような要件でしょうか?」


ドワコとジムは軽く握手を交わした。


「実はな、最近になって村を訪れる冒険者が増えてきていると言う報告が上がっている。この村は食糧を自給するために農業に力を入れた政策を取っている。村民が食べる分に関しては計画的に生産を行い食糧事情には問題が起きないように細心の注意を行いやってきたが、増えた冒険者の食糧を確保することが村の負担になってきているのが現状だ。そのためにも早い段階で農業の増産体制を取ることが必要になった。そこでじゃ、増産方法はいろいろと考えているのだが、一つの方法として農機具の改良を行って生産効率を上げたいと思う。そなたの腕を見込んで協力してくれんかね?」


ジムは早速ドワコに今回呼び出した理由を語り出した。


「改良とはどのようにすれば良いですか?」


ジムがどのように農機具を改良しようとしているかドワコは尋ねた。


「いま、この村で使用している農機具は木製のものがほとんどだ、この国には鍛冶屋がないので鉄製農具の入手が困難でな。鉄製農具を使用すれば、生産効率が飛躍的に向上すると思うのだ。先日、この村の衛兵が所持する剣を更新することができた。聞くとドワコの工房で製作された物らしいな。鉄を加工する技術を農業にも役立てたい。急な願い出で申し訳ないが引き受けてくれんか?」


ジムの用件とは鉄を加工する技術を用いて、鉄製農機具の開発をドワコに依頼することであった。


「この村にはお世話になっているので、できるだけ協力させていただきます」


平和的な利用である上に、村に対しても恩義を感じていたので、ドワコは即答で引き受けることにした。


「引き受けてくれるか?感謝する。報酬については相応に出すので安心してほしい」


返答を渋るのではないかと思っていたジムは、予想外に良い返事がもらえたので少々驚いた表情をしていたが、ドワコに対し素直にお礼を言った。


「製作依頼のリストはこれじゃ。よろしく頼む。」


ジムは製作を依頼する農機具のリストをドワコに手渡した。だが、ドワコは字が読めなかった。貰ったリストには何が書かれているかドワコは理解できなかった。


「すみません。私、字が読めないんです」


ドワコは素直にジムに申し出た。


「何と、そうであったか。それでは代わりに読んで貰えるようにエリーを補佐として付けることにする。まだ幼いのにもかかわらず彼女は優秀だからな。字の読み書きはもちろんいろいろと補佐してくれるだろう。エリーの賃金については私の方で用意しよう」


ジムは机の上に置いてあるベルをチリンと鳴らした。


「失礼します。旦那様。お呼びでしょうか?」


ベルが鳴り終わると同時にワゴナーが部屋に入ってきた。


「すまんがエリーを呼んできてくれんか?」

「かしこまりました」


ジムがワゴナーにエリーを連れてくるように言った。するとワゴナーは一礼した後、退室して、しばらくするとエリーを連れて戻ってきた。


「ジム様、何か御用でしょうか?」


かなり畏まった感じでエリーが口を開く。


「すまんが、これからしばらくの間ドワコの補佐を頼まれてくれないか?」

「承知しました。謹んでお受けします」


即答でエリーは引き受ける。


(村長ってすごく権限があるのかな?)


エリーは考える様子もなく引き受けていた。あまりの即答ぶりにドワコは村長の権限というのは大きいものなのだと感じた。後で聞いた話だが、村長と言う肩書きだが、他の国で言えば領主に相当し身分も貴族らしい。客員扱いのドワコとは異なり、正式な村民で平民であるエリーが、あのようにジムの前で畏まってしまった理由を後ほど知ることとなった。




村長の屋敷を後にしてドワコはエリーと一緒に工房に戻った。


「それじゃエリー。これからよろしくね。」

「こちらこそ。よろしくお願いします。」


一応知った仲ではあるが、これからは仕事のパートナーとして付き合わなくてはならない。ドワコとエリーは改めて挨拶をした。


「最初に必要な農機具を確認しないとね」


早速作業に取りかかり、エリーに村長からもらったリストを読んでもらう。それをドワコは一つ一つ木札に日本語で書き写して壁にかけていく。そして製作作業を行い完成すると取り外す。このようなやり方で納品ミスを減らすことにした。


「見慣れないですけど、懐かしく感じる文字ですね。ドワコさんの国の文字ですか?」


エリーは見慣れない文字をじっと見つめてドワコに聞いてきた。


「そうだね。私の住んでいた所で使われている文字。ここの文字も覚えたいから今度教えてね。」

「はい。役に立てるかはわからないけど頑張ります」


ドワコはエリーから文字を教えて貰う約束を取り付けた。



ドワコは材料の在庫を確認して作業に取り掛かった。仕事のパートナーとなったエリーには、製作風景を隠さず見せることにした。材料を放り込んだだけで完成品が現れる様子を見て最初は驚いていたが、すぐに手伝いを始めてくれた。完成した農機具の整理、整頓、武器屋からの受注管理、工房の掃除から食事の準備とエリーはドワコの補佐としてとても優秀でよく働き、ドワコはエリーを仕事のパートナーとして信頼していった。




それから数日の間、ドワコはエリーとともに鉄製の鍬や鎌など多種多様の鉄製農機具を製作していった。


「終わったー」

「終わりましたね」


ジムから大量受注した農機具の生産を数日かけて完了した。材料を箱に放り込むだけで完成する簡単な作業なのだが、引き受けた数が多すぎた為に予想以上に時間を要してしまった。あとは完成品を納品を済ませれば作業完了である。


「それじゃ納品の為の荷馬車の手配をしてきますね」


エリーが荷馬車を手配するために工房から出ていった。少し時間が経過し、エリーを乗せた馬車が工房前に止まる。馬車と一緒に付いてきた村の若い男衆が完成した農機具を次々に荷馬車に積み込んでいった。そして、ドワコは積み込んだ馬車を見送り、仕事が終わり安心したのか一気に疲れが押し寄せた。


「エリー今まで手伝ってくれてありがとう。助かったよ。」

「今までじゃなくてこれからもですよ?」

「へ?」


ドワコは聞き返す。


「村長からは、しばらくの間って言われているので、まだ終わってませんよ?」


優秀な助手はこれからも工房を手伝ってくれるようだ。一瞬エリーがいなくなると寂しくなると感じたが、これからも一緒に仕事ができることが分かり、ドワコは嬉しくなり顔が緩んでいた。

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