第58話 就任式①


 王国歴214年の年の瀬。ついに王国祭が始まった。


 これまで散々お祭り騒ぎを続けていた王都の人々の熱狂も冷めやらず、続々とやってくる有力貴族や女神教会上層部、外国からの来賓達が、豪奢に飾り立てられた馬車で王城への大通りを進んでいると歓声を上げて迎え入れた。


 街が白銀色に染まっていようが、外が寒かろうがお構いなしで、野外には薪ストーブがこれでもかと言うほど設置され、通りには露店が建ち並ぶ。

 ストラとスミルも実家の手伝いのため、大通りの一等地に露店を構えてユリアーナ騎士団グッズの販売に勤しんでいた。


 王城のバルコニーにリムニステラ国王とダルガランス大公が姿を現し、王国祭開催の挨拶を述べ、鐘が鳴らされると熱狂は最高潮に達した。


「いよいよ王国祭ですね」


 王国祭当日。

 それはつまり、ティアレーゼの護国卿就任式の日でもあった。


 黒を基調とした正装に身を包み、マントを身につけたティアレーゼは、記録用の絵を描くために姿勢を正していた。

 画家のハルグラッドがオーケーのサインを出すと肩の力を抜き、未だにしっくりこないマントの着心地に何度か結び目をいじってみるのだが、結局どうしても落ち着かなかった。


「しばらくしたら慣れるわよ。

 ミトは――ま、こういうのだけは様になるわね」


 ミトの正装も無事に王国祭に間に合った。

 身長が高い彼女はぴしっとした正装を着こなしていた。

 容姿端麗ながら、髪はバッサリと切られてボーイッシュで、美人にも見えるし、格好良くも見える。

 とにかく見栄えのすることは間違いなく、サリタはそれを不満そうに見ていた。

 腰には2本の小剣を提げていたが、サリタに「アホだと思われるから1本にしなさい」と指摘されると渋々と従った。


 サリタは正装を身につけた最後の1人に目を向ける。

 司祭の式典用衣装に身を包んだユキ。

 白を基調としたそれは、ユキの灰色の髪を一層みすぼらしく見せるし、彼女の子供みたいな痩せた身体には、衣装のサイズはいまいち合っていないし不釣り合いだった。


「もう少しどうにか出来ないの」


「これ以上どうしろとおっしゃいますか?」


 ユキが逆に問い返すとサリタは口をつぐんで、黙ったまま彼女の灰色の髪を編み上げて少しでも大人らしく見えるようにと試みた。


「やらないよりマシかも知れないけど、元がクソガキだからどうしようもないわ」


「サリタ様ほどではありません」


「今のあんたには何を言われても腹が立たないわ。

 あたしはもう行くけどあんたら大丈夫でしょうね。

 ティアは式典前にシャルへ挨拶しに行くのよ」


「はい。ありがとうございます、サリタさん」


 ティアレーゼが頭を下げると、サリタは「本当に感謝しなさいよね」と口にしながら、3人の着替えを手伝った使用人達を引き連れて部屋から出て行った。


 名門貴族の彼女には王国祭でやるべきことがある。

 毛嫌いしている父親に付き添うのを不服そうにしていたが、責務から逃げ出したりはしない。


 彼女を見送ると、3人も王城へと向かう準備を整える。


「わたしは絵を仕上げてますー。

 就任パーティには参加予定なのでその時に」


 ハルグラッドがいつも通りのおっとりした口調で言うと、ミトは下書きの出来を確かめつつ要望を出す。


「たくさん紙持ってきてね。

 ティアを可愛く描くことを第1目標に。

 記録用のは最低限で良いから」


「バツに決まってます。

 記録が最優先です」


「両方頑張りますのでご心配なくー」


 ハルグラッドにそう言われると、ティアレーゼもそれ以上厳しくは言えなかった。

 ハルグラッドの絵の実力は間違いない。

 彼女にかかれば、極めて正確な記録用絵画を量産することなど造作もないのだ。


 準備を終えた3人は、サリタが用意してくれた式典用の飾り立てが施された馬車に乗り込む。


 施設の留守を受付係のヤエと、協力員のイブキ。

 ついでにあらゆる式典行事に参加するつもりのないリューリに任せ、3人は王城へ向かう。


 馬車はわざと速度を落としてゆっくりと中央大通りへ向けて進む。

 大通りは来賓達の顔見せの場となっていて、通りに入る時間帯が決められていたのだ。


 時間を調整しつつ通りを進む中、ティアレーゼは他の団員達の様子を気にかける。


「カイさんとシニカさんは明日には帰ってくるのですよね」


 問いかけるような言葉にユキが応じた。


「はい。シニカ様は故郷に残るかも知れないとおっしゃっていましたが、カイ様は明日戻ると伺っています」


「カイさんもたまには故郷でゆっくりしていらしたら良いのに」


「カイは働き者だから」ミトがさらりと言う。


 誰かさんとは違いますねとはティアレーゼは言わずにおいて、他の団員に触れた。


「グナグスさんは貴族の催しに参加でしたっけ」


「ダルガランス派の集会に顔を出すようです。

 本日はオリアナ様もそちらですね」


「異なる派閥とも仲良くしていきたいですからね。

 特にユリアーナ騎士団は3派閥から人材が集まってきていますし」


「イルディリムは派閥って言えるの?」


 ミトがふと口にするとティアレーゼは一瞬動きを止めて考えた。

 王族派もダルガランス派も、それぞれ王家や大公家を中心に、多くの貴族が集まって成り立っている。


 対してイルディリム家にはそういった配下貴族が存在しない。

 当主であるティアレーゼと、妹のミトが居るだけだ。

 大目に見ても教会から派遣されているお目付役のユキと、困ったら手を貸してくれそうな騎士が数人……といった、派閥と呼ぶにはあまりに小さな集まりだ。


「これから派閥にするから良いんです」


 ティアレーゼは事実を事実と受け止めながらも、大見得切って見せた。

 それにはミトも可笑しそうに手を叩いた。


「それは良いね。

 ユキは入ってくれるでしょ。

 後はルッコ辺りに叙勲して貰って引き込もう。

 ――そういえばルッコはどうしてるの?」

 

 ミトの問いかけにユキが答えた。


「王国騎士の合同訓練会へ出席して頂いています」


「あー、騎士団代表同士で模擬戦するみたいなヤツだっけ」


 ユキはコクリと頷く。

 

 王国に存在する騎士団代表同士が戦う合同訓練会は、術士同士の戦闘という、普段はあまりお目にかかれないものを見られるとあって市民にも人気のイベントだ。

 しかし人選についてミトは首をかしげる。


「それってルッコで大丈夫だったの?」


「ツキヨ様も同伴していますので」


「余計不安だ」


「失礼ですよ。

 ルッコさんは確かにちょっと自由奔放なところがありますけど立派な騎士です。

 ツキヨさんだって――あまり詳しくは知りませんけど……そう言われてみると不安かも知れません」


 なんだが雲行きが怪しくなってきた。

 ティアレーゼは確認するように「大丈夫ですよね?」とユキへ視線を向けるが、彼女は首をかしげて見せた。


「小さな問題は起こしても、大きな問題は起こさない程度には良識があると見積もっています」


「まあそれなら、ぎりぎりでマル? なのでしょうか」


「なんとかなるんじゃない?」


 ミトは問題があると分かってもむしろそれを楽しんでいる様子だった。

 今更人選を変えられないし、ティアレーゼも問題が可能な限り小さくあってくれと願うばかりだった。


「むしろフアトのほうが気になる。

 団長代理として王宮に招待されたなんて、絶対調子に乗ってるよ」


「フアトさんは正式な場ではちゃんとしてますよ」


「はい。その点については問題ないかと」


「腐っても名家は名家ってことか」


「腐ってもだなんて、失礼すぎますよ。

 大体、メイルスン家の領地はイルディリムよりも広いし豊かですからね」


「え、そうなの?

 半分くらい貰って来れないかな」


「バカ言ってないでください」


 余所の領地に手を出したら抗争に発展しかねない。

 ティアレーゼがバカげた意見を一蹴すると、馬車の御者から声がかかる。

 そろそろ大通りに出ますと言う言葉を聞き、3人は身だしなみを整え、ぴんと背筋を伸ばした。


 除雪され、飾り立てられた大通り。

 その沿道にはたくさんの市民が押し寄せ、通りを進む馬車へと歓声を投げかけている。


 彼らは3人の乗る馬車。

 ――そのイルディリム家の紋章と、ユリアーナ騎士団の紋章を見ると、ひときわ大きな声を上げた。


 紙吹雪が舞い、ユリアーナ騎士団やティアレーゼを讃える声が響く。

 ティアレーゼとミトはその歓声に応えるように、笑顔を浮かべ、群衆へ向けて手を振った。


 

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