第55話 帰郷①
ティアレーゼとユキは執務室で、完成したばかりの書類を封筒へ入れる。
王国より提出を要求されていた騎士団の人事報告書だ。
今年は休業から復帰した団員もいれば、イブキのような新規に雇い入れた協力員もいる。
書類の体裁を整え、提出可能な状態にするのには少しばかりの時間を要した。
だけどこれで騎士団関係の年内の事務仕事はひとまず終わり。
ティアレーゼはほっと息をつき、ユキは書類作成のために広げていた資料を片付ける。
「なんとか一段落ですね」
「はい。後は王国祭と就任式を残すのみです」
王国祭は目前。
住民達は前祝いを始めていて、街は白銀色に染まっているのに通りは活気で満ちていた。
いよいよ、ティアレーゼが正式にイルディリム護国卿に就任する日がやってくる。
ティアレーゼはユリアーナ騎士団の紋章が入った封蝋を押すと、しっかり蝋が固まるのを待つ間、窓の外へと視線を向ける。
もうすぐイルディリム護国卿に就任する。
やり残したことはないだろうか……?
自らのうちに生じた疑問に、ティアレーゼは答えを出した。
どうしても、就任式の前にやっておかなければならないことがあったのだ。
「先生。
就任式の前に、イルディリム領へ帰ろうかと思うのですが――」
大丈夫でしょうか、と問いかけようとしたが言葉が出ない。
事務仕事は一段落と言えど、まだまだ王国祭へ向けてユリアーナ騎士団がやらねばならないことはたくさんある。
王国祭の主役はもちろんリムニステラ王家なのだが、今年は運命厄災という世界滅亡の危機を救ったユリアーナ騎士団も同じくらい、国民から求められている。
しかしユキはティアレーゼの伝えたい内容を汲み取って頷く。
「はい。
一度帰郷されるのが良いと思います。
こちらの仕事は自分とフアト様で対応いたしますのでお気になさらず」
「ありがとうございます。
忙しい時期ですが、よろしくお願いします」
ユキに感謝を述べ、ティアレーゼは早速帰郷の計画を練る。
イルディリム領へ帰るのに1日。滞在を1日として、2泊して帰ってくれば、王国祭の準備にも十分間に合う。
「――ミトにも相談しないと」
「それがよろしいかと」
ユキが頷くと、執務室の扉が開かれた。
「私に話があるようだね!」
どこか誇らしげに入室するミト。
彼女は執務室の前でティアレーゼが仕事を終えるのを待っていたようだった。
ティアレーゼは呆れたように見つめたが、都合が良いことには違いない。
暇だったら書類作成手伝ってくれれば良かったのに、などと言いたくなる気持ちをぐっと堪え、ティアレーゼは問う。
「イルディリム領へ帰ろうと思うんです。
就任式の前に、しっかりみんなに挨拶しておきたいので」
「そうだね。直ぐ出発する?」
「そのつもりです。
ちなみに、普通に帰って大丈夫ですか?」
ティアレーゼの問いかけに、ミトは首をかしげた。
「普通って?
歓迎してくれると思うよ」
「そういうことではなくて、前回帰ったときの様子とか教えてくれると嬉しいのですけど」
ティアレーゼの言葉に、ミトは反対側へ首をかしげて見せた。
「帰ってないけど?」
ぽかんとするティアレーゼ。
ミトが何を言っているのか、しばらく脳が理解しなかった。
でもなんとなく「ああここ数年は帰っていなかったんだな」と理解して、事情が事情だししょうがないだろうと質問を切り替える。
「最近じゃなくても、異界戦役の前には帰っていますよね?」
「帰ってないよ」
再びぽかんとしてしまったティアレーゼ。
脳が理解できない、と言うより、理解を拒んでいた。
されど告げられた内容は事実のようで、ようやく脳に無理矢理理解させると、ティアレーゼは慌てふためいてミトへ詰め寄った。
「まさか6年間領地ほったらかしていたんですか!?」
「だって私1人で帰るわけにはいかないでしょ」
詰め寄ったティアレーゼも、それには反論できず一歩引く。
そこへミトが問いかける。
「あれ? ティアは帰ってないの?」
「帰って、ないですよ」
ティアレーゼが頷くと、今度はミトが驚いた素振りを見せる。
「2年間何してたのさ」
「こっちが聞きたいです!
私1人で帰れるわけないじゃないですか!」
ともかく分かったことは、6年前。
養父であるイルディリム護国卿が亡くなり、2人が王国騎士試験を受けるため王都に発ってから、どちらも1度として故郷に帰っていないということだ。
ティアレーゼは頭を抱える。
「りょ、領地はどうなっているのでしょう」
「確かティアレーゼが成人するまでは王家が預かって――その後聞いてないな」
2人とも頭を抱えると、ユキが告げる。
「イルディリム領でしたら一時的に王家直轄となり、現在記載上はシャルロット姫殿下が預かっています」
「なら悪いようにはされてなさそう?」
「そうですね。あの方なら」
ひとまずシャルロット姫が預かっていると聞いて一安心。
王城脱走癖のある彼女がどれだけ領地の管理に努めていたかは謎ではあるが、脱走癖があるからこそ、きっと適切な管理人を選出してくれているだろう。
「ですけど6年間も放置していて怒ってないでしょうか?」
「でも今帰らないと6年が7年になって、その先はほら」
ミトの言うとおり、帰らなかった期間は増えることはあっても減ることはない。
今帰るのが最短期間なのだ。
ティアレーゼは不安を抱えながらも覚悟を決める。
領地へ帰らぬまま就任式を行ってしまったら、今以上に帰りづらくなってしまう。
「とにかく! 帰りましょう!
怒られたらその時はその時です。しっかり謝るしかないですよ」
「そうだね。ま、多分歓迎してくれると思うけどね」
「ミトの多分は全くあてにならないです」
いつだってミトは適当言っているだけなのだ。
とにかく帰郷する決意は固めた。
ユキは仕事の引き継ぎを全て請け負い、馬車の用意もこちらで進めておくので、2人は直ぐに出立の準備を進めるようにと提案した。
ティアレーゼはお礼を述べると、ミトと2人、帰郷の準備に取りかかるべく自室へと戻っていった。
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