第52話 シャルロットの逃走②
相変わらず外の空気は冷たいが、よく晴れた日だった。
朝方早くに、カイとシニカの2人が年末年始を故郷の港町で過ごすため旅立った。
カイはともかく賑やかなシニカが居なくなり、そして前夜は遅くまで送別会が行われていたのもあって、午前中は静かなものだった。
施設工事も建物自体の修復は概ね完了。あとは内装を残すのみとなり、現在はイブキによる作業内容確認中。
静けさの広がる施設。
だが昼前に突然の来客があった。
王家に仕える近衛騎士団。
彼らは軽装鎧を身につけた姿で、施設受付の大扉を慌ただしく開き中へと押し入った。
「どのようなご用件でしょうか?」
飛び込むように入ってきた3人の騎士。
彼らに対して受付係のヤエは、椅子に腰掛けたまま無機質な瞳を向けて問う。
だが彼らは問いかけに答えようとはせず、施設本館、そして宿舎へ続く奥の扉へ向かおうとする。
ヤエは立ち上がり、腰に下げていた鞘から短刀を抜いた。
鍔のない、漆黒に染められた両刃の直刀だ。
武器を抜かれたとあって近衛騎士達は受付机へと向かう。
一触即発。彼らは各々身につけている法石から魔力を引き出し、いつでも武器を出せる態勢だった。
「王国近衛騎士団だ。
姫殿下がここに滞在しているはずだ。中を調べさせて貰う」
一方的な宣言。
ヤエは顔色を変えることなく応対する。
「本日そのような予定は組まれておりません。
ご予約のお名前を頂いてもよろしいでしょうか?」
機械的な事務対応。
その対応を近衛騎士団は侮辱されたととり、最も年長の騎士が受付机を手のひらで叩いた。
バン、という音が響く。
だが驚いたのは机を叩いた近衛騎士の方だった。
机を叩いた手の、人差し指と中指の間。そこにヤエが黒刀を突き立てていた。
音は1つだった。
ヤエが黒刀を突き立てたのは、騎士が机を叩いたのと完全に同時。
そしてその一閃を、この場に居た近衛騎士団3人の誰も、目で追えていなかった。
「ご予約のない方を通すわけには行きません。
お引き取り願います」
感情のない声で告げられる。
だが近衛騎士団達も簡単には引き下がらない。
彼らは武器を具現化し臨戦態勢。
呼応するようにヤエも袖に隠していた黒刀を手にする。
「何をしている」
開け放たれていた玄関口から新たな来客があった。
やって来たのは近衛騎士団長のイスメト。
彼の姿を見ると、近衛騎士達は武器を納めその場で敬礼する。
ヤエは武器を構えたまま問う。
「イスメト様。本日はどのようなご用件でしょうか?」
イスメトは団員達に道を開けさせ、受付机の正面に立つと告げる。
「本日、王国の存亡を揺るがす事件が発生した。
王国騎士団規定に基づき、ユリアーナ騎士団へと協力を要請したい。
監察官殿はおられるか?」
ヤエはこくりと頷く。
規定に基づく要請であれば、予約がなくても監察官、もしくは団長へ通して良いとマニュアルに書かれている。
ヤエにとってマニュアルは絶対なのだ。
しかしヤエが呼びに行くまでもなく、騒ぎを聞きつけたユキが丁度受付へとやって来た。
彼女はイスメトへと一礼し、ヤエへと視線で「後はこちらで応対する」と示した。
イスメトは騎士達を帰らせユキへと尋ねる。
「姫殿下はどちらに?」
「先ほど慌てて出て行きました。行方は分かりません」
シャルロット姫が施設に滞在していたのを隠そうとしない返答。
それにユキの能力を持ってすれば、出て行ったシャルロット姫の居場所を特定するくらい訳ないはずだ。
それを「分からない」などと答えた以上、シャルロットの居場所を教えないという意思表示に違いない。
イスメトは適当に相づちを打つ。
責任の追及など出来ない。
城を脱走したのはシャルロット姫の意志。
そしてユリアーナ騎士団の元に滞在したのもシャルロット姫の意志。
脱走を許した近衛騎士団にも責があり、それをかくまったユリアーナ騎士団だけを責めることなど不可能だ。
されどユキに好き勝手されては困る。
イスメトも彼女の能力をある程度把握していた。
王都内に居る近衛騎士団員。そして展開した検問所の情報を、シャルロット姫へと伝えられては困る。
しっかりと釘を刺しておかねばならない。
「詳しく話を伺いたい。
王城へお出で頂けますか?」
「王国存亡の危機です。
可能な限り協力いたしましょう。
少々お待ちを。外出の準備を整えてきます」
ユキは一礼し、イスメトを待合室へ通すようヤエへ告げると受付を後にした。
そこへ廊下で待っていたティアレーゼが声をかける。
「ジルロッテさんのことバレてしまったんですね。
もしかして怒られます?」
「いえ。イスメト様もシャルロット姫殿下の性格をよくご理解されていますから。
ただ余計な行動をされないように、こちらの身柄を抑えておきたいのでしょう」
「私も行った方が良いですかね?」
「はい。可能であれば」
「分かりました。準備してきます。
他の団員にはしばらく外出自粛して貰いましょうか」
ティアレーゼの提案にユキは頷く。
「それがよろしいかと。
自分から周知しておきます」
ユキは通達を請け負ったが、現在外出中の団員については触れなかった。
◇ ◇ ◇
「あら。
ユキの目が消えたね」
王都南西区画。商人街の路地裏に潜んでいたミトは、これまで追尾してきていた光球が消えたのを見て告げた。
「騎士団施設は抑えらたようですね」
ジルロッテ――シャルロット姫は苦笑した。
全く手の早いことだ。
伝書鳩の連絡を受け、窓から飛び出してきたのがつい先ほど。
既に王都内を近衛騎士団が巡回して、各所に検問所が設営され始めている。
当然、王都と外を繋ぐ門は全て、近衛騎士団の監視下にあるだろう。
近衛騎士団の動きの速さは予想の範囲外だった。
それにもう1つ予想外だったのは、一緒に身を潜めているミトの存在だ。
シャルロット姫が窓から脱走しているのを偶然目撃したミトは、面白そうだからと言う理由で着いてきた。
彼女は微笑み半分問いかける。
「ちなみにシャルロット姫とお呼びした方が?」
「いいえ。
捕まるまではジルロッテです」
「それじゃあそう呼ばせて貰おうかな」
ミトは愉快そうにクスクスと笑う。
ジルロッテは彼女へと問いかけた。
「楽しそうですね」
「こんな機会滅多にないからね。
それに人ごとだし」
「なるほど」
ジルロッテはミトの言葉に頷く。
「サリタさんはわたくしが笑っていると不機嫌そうにしていましたが、こんな気持ちだったのですね」
当事者になって初めて理解できる感情。
それはミトにとって理解不能な感情であり、彼女は相変わらず愉快そうに笑いながら返す。
「サリタはいつも機嫌悪そうだけどね。
――で、どうして逃げたの?
バレたら帰るって話じゃなかった?」
ミトの言葉にジルロッテは小さく頷いて答える。
「少し友人と約束がありまして」
「それじゃあ捕まるわけにはいかないね」
ジルロッテは大きく頷いた。
問題はどうやって王都から出るか。
王都を囲う城壁の門は全て、近衛騎士団によって見張られている。
それに街中にも巡回の騎士が多数。
ユキの光球も消え去った。
彼女は近衛騎士団の監視下に置かれた。これ以上の協力は期待できない。
「情報が少ないのが辛いところです」
「様子見に行きたいけど、この格好だと街中も歩けないね」
ジルロッテは騎士団の制服。ミトも騎士団の、訓練生用の制服だ。
街中を歩いていれば目立つ。
近衛騎士団に見つかれば直ぐに街中から追っ手が集まってくるだろう
「まずは着替えだね」
「用意できますか?」
「近くに知り合いのお店があるよ」
ジルロッテは「それは名案です」と笑みを見せた。
ミトが道順を伝えると、2人はルートを策定。
路地裏から通りの方を見渡して近衛騎士団が居ないか確認。
「今ならいけそう」
「念のため囮を」
ジルロッテは法石から魔力を引き出した。
彼女の能力は水と氷の複合能力。
魔力によって生み出された霧氷は、彼女の姿そっくりに姿を変えた。
それを3体。
うち2体は今のジルロッテの見た目通り茶色の髪をしていたが、1体だけは目立つようにと青色の髪になっていた。
「では参りましょう」
「了解。面白くなってきた」
霧の分身を先に行かせて2人は通りへと出た。
ミトが曲がり角を確認。近衛騎士団を発見したので合図を送ると、ジルロッテは分身の1体を、わざと見つかるように小走りで騎士団員の脇を通らせた。
即座に発見の報がなされ、周りから騎士団員が集まってくる。
ジルロッテは青髪の分身を自分たちと反対方向に向かわせ、その隙に人混みに紛れて通りを進んだ。
分身を追いかけ始める近衛騎士。
しかしやってきた小隊長格の騎士が声を上げた。
「分身に惑わされるな!
まず動きを注視しろ! 能力者から離れていれば精密な動作は出来ない!」
更に1人の騎士が分身へ向けて魔力の弾を放った。
小さな魔力の弾を、既にジルロッテから大きく離れた分身の運動能力では回避できない。
魔力団が命中すると、当たった箇所が霧のように揺らいだ。
それを見て近衛騎士団は囮だと判断。
念のため追いかける1人だけ残し、後は全員方々に散った。
戻ってきた騎士団の目を躱して狭い路地へと入った2人。
ミトはくすくすと笑う。
「王族の能力ってバラして良いんだっけ?」
ジルロッテは苦笑して答えた。
「ダメですけれど、もっとダメなことをしているので文句は言えませんね」
「そりゃそうだね」
声を上げて笑うミト。
ジルロッテはじとっとした瞳を向けてはみたが、ミトが楽しそうにするのを咎められはしない。
余所から見れば自分だって、散々こんな風に映ったことだろう。
「この先はどうします?」
ジルロッテはミトへと何か案があるのかと尋ねた。
当初の目的地だった店までは通りを1つ越えなければならない。
しかしミトは自慢げに自分たちが隠れている背後の建物を示した。
「店の人がここに住んでるよ。
誰か居たらかくまって貰おう」
「かくまって頂けますでしょうか?」
続いての問いかけにもミトはどこか自慢げで、満面の笑みを浮かべて肯定した。
「もちろん。
ここ、ストラとスミルの実家だからね」
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