第51話 シャルロットの逃走①
王国祭まであと僅か。
連日、王城には各地からやって来た貴族が訪れる。
その中にはオリアナの父。ケイリカ伯爵の姿もあった。
ケイリカ伯は国王との謁見と、王城に勤める派閥貴族への挨拶を済ませると、迎えの馬車を待つ間、近衛騎士団長のイスメトと話す。
イスメトは鍛え上げられた肉体を持つ大男で、常に生真面目そうなむっつりした表情をしていた。
若き日より王城に勤め、その剣の腕と実直さが評価され、近衛騎士団長の座まで上り詰めた努力の人である。
そんな彼だが客人に対する態度は穏やかで、ケイリカ伯の話に相づちを打っていた。
やがて話は先日行われた若手貴族の立食会に及ぶ。
「うちの娘もいい加減社交の場に出て欲しかったところ、シャルロット殿下には良い機会を頂きました。
不慣れなので無礼なことをしていなければ良いのですが」
「お嬢様は堂々としていらした」
イスメトの言葉にケイリカ伯は頷く。
「今回はサリタ閣下にご同行頂きましたから。
それに、シャルロット殿下とも面識がありましたし。
知り合いがいなくなったらどうなってしまうか。今から不安でたまりません」
「最初は不慣れなものです。
誰もそれを咎めはしません」
「そうだと良いのですがね。
もういい歳なので身を固めて欲しくもあるが――」
ケイリカ伯の話す途中、イスメトは先ほどの話の中で気にかかる点があり問いかける。
「姫殿下とはどのようなご関係で?」
ケイリカ伯は話の途中にされた質問にも不快感を見せず、「ああ」と頷いて答えた。
「ユリアーナ騎士団の協力員をやっていましてね。
ほら異界戦役の頃――」
ケイリカ伯は言葉を句切る。
2年前の異界戦役。
その頃シャルロット姫が王城を抜け出し、ユリアーナ騎士団の元に居たのは一部の人間のみで共有される秘密だった。
しかしそれをよく知っているイスメトは頷いた。
「確かに、当時でしたら納得です」
「偶然とは言え運の良いことです。
――近衛騎士団長としては、あまり良い出来事ではないでしょうが」
イスメトは険しい顔のまま曖昧な反応を返し、その後は話を切り替えたケイリカ伯の言葉に相づちを打っていた。
◇ ◇ ◇
ケイリカ伯との話を終えたイスメトは、大股で王城内を歩く。
険しい顔の彼がそうしていると、使用人達は素早く道を開ける。
彼は王城の廊下を進みながら、以前――シャルロット姫主催の立食会において交わされた会話を思い出す。
確かあの時シャルロット姫は、オリアナの姿を見て、サリタへ「そちらの方は?」と問いかけていた。
だがケイリカ伯の言葉によると、オリアナとシャルロットは面識があった。
それもユリアーナ騎士団にお忍びで加入していたシャルロットと、協力員という立場。
なのに立食会ではまるで初対面のようだった。
イスメトはシャルロット姫の私室前に立つが、女官達が道を塞ぐ。
公務の際は近くで護衛に当たるイスメトだが、私室に入るのは厳禁。
それでもこの疑惑を晴らさない訳にはいかない。
イスメトは堂々と女官達へと告げた。
「姫殿下にどうしても確認頂きたいことがある。
どうか入室を許されたい。王家存亡の危機である」
「姫様はお着替え中でございます」
女官は道を譲らない。
されどイスメトは強引に押し通った。
「すまぬ。
これがつまらぬ間違いであれば、我が首を落として頂いて構わない。
即刻確認が必要なのだ」
部屋に押し入ったイスメト。
シャルロット姫を探すがその姿はない。
しかし部屋の奥。窓側に、仕切りが立てられその奥から物音が聞こえる。
そこでシャルロット姫が着替えの最中なのだろう。
「失礼する」
「失礼なのは困ります」
返ってきたのは拒絶を含む言葉。
その物言いは間違いなくシャルロットのものだ。
だが本当にシャルロットの声なのか? イスメトは答えが出せない。
幼少の頃より聞いてきたはずだが、今聞こえてきた声の主がシャルロットだと確信が持てなかった。
女官達に行く手を阻まれるが、ついたての前まで歩みを進めそこで立ち止まる。
着替えは終わり、化粧の最中なのであろう。
影だけしか見えないが、シャルロット姫は窓際の椅子に座っているようだった。
「無礼をお許し下さい。
どうしても尋ねたいことがあります」
「あなたがそこまで言うからには大事なのでしょう。
聞きます」
シャルロット姫の了承を得られて、イスメトは問う。
「ケイリカ伯嬢。オリアナ様についてです。
立食会で顔を合わせましたな?」
「ええ。気立ての良い元気な方でした。
彼女に何か?」
イスメトは一呼吸置いてから本題を切り出す。
「姫殿下はケイリカ伯嬢と、運命厄災の折り、顔を合わせていたそうですな。
だというのに、立食会ではまるで初対面のようでした」
「確かにそうでしたね。
ですがあの時はユリアーナ騎士団全員との面会でしたから。オリアナ様の記憶は薄く――」
「失礼。記憶違いでした。
異界戦役の頃でしたな。
姫殿下が王城を抜け出していた頃に、確かに面識があったと。
ケイリカ伯爵より直に聞きましたので間違いないでしょう」
「そのようなこともありましたね」
素っ気なく返すシャルロット姫。
だが窓が開けられる音が響くと、イスメトは無礼を承知でついたての裏へと回った。
脱走を防ごうとしたのだが、シャルロット姫は椅子に座ったままだった。
変わりに開けられた窓から、伝書鳩が1羽飛び立っている。
イスメトは剣を具現化して構える。
化粧の最中のシャルロット姫――のはずの女性は、深い藍色ではなく、焦げ茶色の瞳をしていた。
「従者のジル・ロッテンヴェリだな。
姫殿下は何処にいる!」
強い言葉にシャルロット姫、の格好をしていたジルは口をつぐみ首を横に振った。
答えられない、と言う意思表示だ。
イスメトはため息をつくと剣を消し去る。
ここでジルを斬っても何も解決しない。
ジルは利用されているだけだ。
悪いのは彼女ではない。
そう。
いつだって問題を引き起こすのはシャルロット・J・リムニステラなのだ。
「失礼した。
このまま化粧を続けてくれ。公務に支障が出ては困る」
脱走されたものは仕方がない。
立食会では既に入れ替わっていた。
一体いつからジルがシャルロット姫に成り代わっていたのかは分からない。
しかしこれまで周りの人間を騙していたのだから、もうしばらく騙し続けることも可能だろう。
ひとまずはジルをシャルロット姫の身代わりとして立てて、一刻も早く本物のシャルロット姫を連れ戻す。
イスメトはシャルロット姫の私室を出ると、近衛騎士団の詰め所へと駆けるような早さで向かった。
騎士団に緊急招集をかけ、参加可能な全ての団員を集める。
シャルロット姫の居場所は分かっている。
彼女が城を抜け出して向かう先は、ユリアーナ騎士団の詰め所の他にないはずだ。
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