第38話 訓練④
術士としての能力は見た目では分からない。
シニカは小柄でちんまりとしているが、彼女の防御魔法は強力無比だ。
ストラとスミルの全力の一撃すら涼しい顔で防がれた。
防御壁の突破は難しい。
そんな結論に至った双子は、シニカへの不意打ち作戦を決行する。
出かける予定があるのか着替えて廊下を歩くシニカ。
ストラとスミルは物陰に潜み攻撃の準備を整えていた。
不意打ちというのは最初が肝心だ。
1度でも失敗すれば警戒される。
だからこの攻撃を必ず成功させなければいけない。
柱は具現化せず、魔力を抑えて気配を消す。
2人とも高位術士だ。瞬時に武器を具現化するなど造作も無い。
後はタイミングを合わせて攻撃を仕掛けるだけ。
2人の意識は完全にシニカへと向いていた。
だからこそ、背後から近づく人物への注意が疎かになっていた。
「何か楽しい相談ですか?」
至近距離からかけられた声。
驚いて振り返った2人の顔を覗き込むのは、上品に微笑むジルロッテだった。
「え、いや、そういんじゃ」
「ちょっと隠れてただけでして」
「あ! ジルテさん!
と、ストラさんとスミルさん?」
シニカはジルロッテとは約束があったのだが、そうではない2人が居るのを見て首をかしげた。
「そうだやることあるんだった」
「そうでしたそうでした」
そそくさと退散する2人。
ジルロッテとシニカは顔を見合わせて、首をかしげた。
「一緒にお買い物に行きたかったのでしょうか?」ジルロッテが問う。
「なら言ってくれたら良いのに」
「用事があるのでしょう。
何かお土産でも探してきて差し上げましょう」
ジルロッテの提案にシニカは笑顔を見せる。
「そうですね!
訓練に付き合ってくれたし、毎日料理と掃除もしてくれてますから。
何が喜んで貰えるかな?」
「露店を見ながら考えましょう。
お出かけの楽しみが増えましたね」
大きく頷くシニカ。
2人は連れ添って、お祭りの続く市場へと歩いて行った。
◇ ◇ ◇
「むむむ。
ジルテさんが一緒だと手が出せない」
「あの人は不意打ちされても楽しんで反撃してきそうですね」
「一旦作戦中止。
次の策を考えよう」
ストラの言葉に、スミルがぽんと手を打った。
「わたしお掃除係なので、皆さんの部屋の合鍵を持ってます。
夜寝静まった頃を狙えば」
「寝込みを襲うのね。
やってみる価値はあるわね」
ぐっと親指を立てたストラ。
次の作戦は決まった。
2人は怪しまれないように日常生活に戻り、何食わぬ顔で夜まで過ごした。
◇ ◇ ◇
「ストちゃん起きて下さい」
夜も更け、すっかり皆が寝静まった頃。
スミルは寝入っていたストラの身体を揺する。
ストラは夜襲のため椅子に腰掛けて眠らないようにとしていたのだが、目論見は失敗したようで座ったまま器用に寝ていた。
スミルが身体を揺すっても反応が薄い。
「……もう少し寝てたらだめぇ?」
「ダメではないけど、ストちゃんしっかり寝たら朝まで起きないじゃないですか」
「そうだけど――そうね。
起きてみる」
ストラは寝ぼけた頭を働かせて立ち上がり、顔をぱんぱんと叩いた。
それでも眠そうに目をとろんとさせて、スミルの袖を手に持ってついていく。
深夜のひんやりとした廊下を歩くと段々とストラの頭も目覚めてきた。
2人はシニカの部屋――カイの部屋だが今はシニカも宿泊している――の前まで来ると、息を潜めて扉へ耳を当てる。
寝静まっているのだろう。
扉の向こうは静かだった。
「部屋のレイアウトは確認済みです」
「シニカさんはベッドね」
スミルはこくりと頷く。
そして彼女は袖口から部屋の合鍵を取り出して、ゆっくりと鍵穴に差し込んだ。
目線で合図を送り合い突入の準備。
ストラがいつでも武器を出せるように意識を集中し、扉が開かれるのを待つ。
巨大な柱は狭い入り口を通るのには不便だ。
部屋へ入ってから具現化。そこから一気に襲撃をかけたほうが合理的だ。
「行きます」
鍵か解錠され、扉が開いた。
突入したストラ。
彼女が柱を具現化しようとすると、その首筋に向けて剣が振り下ろされた。
「何をしているんだ?」
両刃の小剣はストラの首寸前で停止した。
白銀の剣が、魔力の輝きに照らされて暗闇の中で光る。
不意打ちを仕掛けようとしたのに、逆に不意打ちを食らったストラ。
愚か者2人の気配に気がついたカイが臨戦態勢で待ち構えていたのだ。
彼の抜いたもう1本の剣先はスミルの方へと真っ直ぐ向けられている。
「いやあストちゃん寝ぼけちゃったみたいで。
部屋を間違えちゃってごめんなさい」
スミルが平謝りすると、ストラは「間違えたわー」とわざとらしく言って、そそくさと退散を試みる。
「あれー?
お兄ちゃん、どうしました?」
ベッドで眠っていたシニカが物音で目を覚まして上体を起こした。
「ストラとスミルが闇討ちに来た」
「闇討ちだなんてやだなあ」
「寝ぼけてただけですー。
では失礼しまーす」
カイがシニカの方を振り向いた隙に、2人は退散した。
逃げ去っていった2人を半分閉じた瞳で眺めていたシニカは、思い出したように呟く。
「そういえば、2人へのお土産をジルテさんに預けたきりです。
取りにいかねば……」
「明日にしろ」
カイはぱたんと扉を閉じて鍵をかけ直す。
それから寝ぼけたシニカを再度布団の中に押し込んで、自身は椅子に腰掛け、再度の襲撃が無いか警戒しながら仮眠をとった。
◇ ◇ ◇
明くる日の朝、昨晩の失敗についてストラは語った。
「夜は苦手なのに夜襲しようとしたのが悪かったのよ」
「ですねぇ。
ストちゃんは夜弱いから。ふわぁ~あ」
大きなあくびをしたスミル。
彼女は朝が苦手だった。
ストラは失敗から学び、朝に奇襲を仕掛ける策を却下した。
スミルの寝起きは脳の4分の1も起きちゃいない。
しっかり目が覚めてから作戦に当たるべきだ。
「じゃあ朝ご飯の準備よろしくー。
わたしはお師匠様の髪型セットしてきますぅ」
寝ぼけながらも身支度を調え、毎朝の日課を済ませに向かおうとするスミル。
そんな彼女の言葉に、ストラはぽんと手を打った。
「そうよ!
食事係の特権を利用するのよ!」
「へえ?
どうやってです?」
スミルの問いにストラは回答を一瞬躊躇う。
思いついたは良いが実行するとなると大問題だ。
だが分量を誤らなければきっと大丈夫なはずだと、胸を張って回答する。
「食事に毒を混ぜるのよ!」
ストラの宣言に、寝ぼけていたスミルもすっかり目が覚めた。
そして首をかしげて問う。
「……致死性の?」
「ちょっと眠くなる程度の奴よ! おバカ!」
「でもそんなことしたら食事係クビになるのでは?」
「その辺はちゃんと考えてあるわよ!
あんたも手を貸しなさい!」
◇ ◇ ◇
恙なく朝食の準備が行われて、食堂に人が集まってくる。
ストラは全員分の食事を配膳した。
まだシニカの食事に毒は仕込んでいない。
用意したのは小さなガラス瓶に入った睡眠薬だった。
眠りの魔法が込められた無色透明な液体だ。
2,3滴も料理にかければうとうとと眠くなる。
そんな状態になれば、絶対無敵の盾だって満足に展開できないだろう。
席順は一番奥に団長であるティアレーゼ。
その隣に監察官のユキと、反対側に副団長のフアト。
後は団員が奥から詰めて座っていき、手前の方に訓練生と協力員。
ストラとスミルは座るタイミングを調整し、シニカの両隣を固めた。
ガラス瓶はスミルが持ち、機を覗った。
朝のメニューは野菜と魚のスープにパン。
スープにちょちょいと薬を混ぜたところで、色でも匂いでもバレたりしない。
「何か面白いことしてる?」
不意に、ストラの隣からミトが声をかけた。
彼女は訓練生。席も自然と近かった。
ミトの鳶色の瞳は、何か面白そうな気配をとらえたようでキラキラと輝いて見える。
「別にしてないですよ」
ストラは平然と返す。
まさか睡眠薬を盛ろうとしているなど察知させないように。
「ホント?」
執拗に問うミト。
ストラはスープに手をつけながら答えた。
「本当です。
つまらないことです」
「なんだそっか。
でもつまらないことなら、やらない方が良いと思うなあ」
ミトはそんな風にふわっとした言葉を述べて、自身の食事を再開した。
油断ならない相手だ。
ストラは警戒しつつも、食事が進むにつれて焦っていく。
シニカがスープを飲み干してしまえば機を逃してしまう。
そして周りの注意が自分たちに向いていないのを見て、ストラはシニカへと声をかけた。
「どう?
魚のスープなんだけど口に合った?」
シニカは食事の手を止めて、ストラの方へと視線を真っ直ぐ向ける。
「はい!
湖の魚も美味しいですね。
下処理の方法とか――」
ばん。
シニカの言葉を遮って机が強く叩かれた。
ストラが驚いて振り向くと、ミトが机に手を叩きつけていた。
「スミル。それはダメだよ。
ストラも共犯だね」
スミルはポケットに手を入れていた。
そこには睡眠薬の入ったガラス瓶が握られている。
ミトの告発に、一同の視線がスミルとストラに向けられた。
シニカだけは何が起こったのかさっぱり分からず目を白黒させている。
1人、哀しそうな目を向けていたティアレーゼが、一番奥の席からスミルへと命じる。
「手の中のものを出して下さい」
ティアレーゼは天使の目を使っていた。
この世界に居る誰も、その目を掻い潜って悪さは出来ない。
スミルはガラス瓶を机の上に置く。
取り出されたものを見ても、それが睡眠薬だと周りの人間には分からない。
それでもティアレーゼには分かってしまう。
そして彼女の哀しそうな顔は、そのガラス瓶の中身が真っ当なものではないと皆に伝えるのに十分だった。
ティアレーゼの2つ隣。
ユキの右隣に座っていたリューリが冷たく告げた。
「ユリアーナ騎士団団則第2条。
食事を妨げた者は――」
その先をティアレーゼが引き継ぐ。
「――厳罰です。
ストラさん、スミルさん。
3日間法石を没収。明朝まで懲罰房に入って頂きます」
この世界の現在における全てを見通す目を持つティアレーゼ。
彼女の追求から逃れる術は無く、2人は立ち上がるとそれぞれ法石のはめ込まれた腕輪を机の上に置いた。
静まりかえった食堂に、すっと白く小さな手が上がった。
その手の主。ユキが立ち上がると隣のティアレーゼへと一礼する。
「2人の師匠である自分にも責があります」
「認めます。
法石は預けなくて構いません。
本日のみ懲罰房に入るように」
ティアレーゼは厳命する。
ユキはこくりと頷き、いつものように感情の無い声で了承を返した。
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