第37話 訓練③
ユキは執務室にストラとスミルを連れ込んで、まずは2人の言い分を静かに聞いた。
時折相づちを打ちつつ話を聞き終わると、首を傾けて問いかける。
「役に立ちたいと言いますが、2人は既に十分すぎるほどユリアーナ騎士団の役に立っています。
それはティアレーゼ様も認めるところでしょう。
今となっては、2人なくして騎士団は成り立ちません」
ユキの言葉に2人は反論した。
「食事係とか掃除係では無くて、術士としてお役に立ちたいんです」
「団長さんやお師匠様みたいに、魔法を誰かのために使える術士になりたいんです」
2人の意見にユキはこくこくと頷いて見せた。
「では回復魔法の練習のために他人を傷つけてはダメですね」と釘を刺しはしたが、2人の術士としての進路について話す。
「既に騎士試験合格どころか、いっぱしの騎士としてやっていける程度の技術は習得しています。
これ以上の能力が必要でしょうか?」
「必要です!
ユリアーナ騎士団の皆さんの役に立つには、もっともっと強くないといけないんです!」
「そうです。
お師匠様を守れるくらいの力をつけたいです。
もうお師匠様を残して逃げるのは嫌ですよ」
ユキは顎に指を当てて深く考え込んだ。
表情を変えずじっと俯く彼女に、2人は不安そうに声をかける。
「「ダメですか?」」
ユキはゆっくり顔を上げた。
「いいえ。
申し訳ありません。自分も弟子をとるのは初めてなので、2人をどう育てるべきか方針を決定できていませんでした。
リューリ様のようにはいきませんね」
ユキは言葉を句切って2人の顔を見る。
2人ともやる気に満ちたまなざしを向けていた。
「もう見ているだけは嫌です」
「次は参加しますよ。
10人がかりなら勝てるはずです!」
2人の言葉にユキは頷く。
「2人の意志は理解しました。
自分に何処まで出来るか分かりませんが、責任を持って鍛え上げます」
ストラとスミルはぱっと表情を明るくした。
ユキは続けて言う。
「目標を定めましょう。
守ってくれると言うのでしたら、自分よりも強くなくては困ります」
その言葉にストラとスミルは明るくしていた表情を一転、どんよりとした表情を向ける。
「ええと、2人がかりでですか?」ストラが問う。
「はい。
2対1で構いません」
「お師匠様相手に……」
スミルは言葉を詰まらせた。
近くでユキの戦闘を見てきた2人。
化け物揃いのユリアーナ騎士団の中でも決して見劣りしない、指揮だけをとるには過剰すぎる戦闘能力を持った頭脳。それがユキだ。
目標とするには高すぎる相手だった。
「無理でしたら目標を下げましょうか」
問いかけるようにユキが首をかしげると、ストラとスミルは声を上げた。
「必要ないです! やってやりますよ!」
「お師匠様をはっ倒せば良いんですよね!」
「そうです。たったそれだけで構いません。
と言っても、自分もやるからにはわざと負けるつもりはありません。
1年かかるか10年かかるか、一生かかるやも知れませんが、目標達成に向けて努めて下さい。
自分も協力を惜しみません」
「「はい!!」」
2人は元気に返事をした。
ユキは少しばかり考えてから口を開く。
「これまで基礎訓練ばかりでしたからね。
まずは実戦経験を積むところからです。
明日までに訓練内容を考えておきますから、本日はサリタ様にしっかりと謝罪しておくように」
2人はばつが悪そうにしながらも、自分たちに非があるのは理解しているので了承を返した。
「他の人には迷惑をかけていませんよね?」
問いかけに、ストラとスミルは目配せした。
フアトをはしごからたたき落として殴りつけた挙げ句、ヘタクソな回復魔法をかけた。
だがそれは迷惑ではなく、きっとフアトも喜んでいるはずだ。
彼はそういった特殊な性癖の持ち主である。
だからこれは報告義務の内に入らない。
双子はそこまで視線だけで意思疎通させて、ユキの方へと向き直って頷いた。
「「はい。かけていません」」
◇ ◇ ◇
翌日の練兵場。
朝の基礎訓練を終えてミトが帰ると、ユキがシニカを連れてやって来た。
シニカはユリアーナ騎士団の協力員で、今は王国祭の前夜祭を巡るため騎士団施設に宿泊していた。
彼女は首元まである青い髪を戦闘用に後ろで1つにまとめ、貸し出された訓練生の制服を着込んで、やる気に満ちあふれた表情を浮かべていた。
「実戦訓練の相手役をシニカ様にお願いしました」
「はい! お願いしますシニカさん!」
「2人一緒でも良いですか?」
スミルの問いにシニカはちょっと不安そうにしてユキの顔を見た。
ユキとシニカは互いに顔を寄せて小声で相談し合い、ユキが答える。
「2人同時で構いません。
1発で構いません。シニカ様に攻撃を当ててみて下さい」
たった1発でいいのかと2人は頷く。
そして視線を送り合い軽く打ち合わせ。方針が決まると、シニカに再度「お願いします」と頭を下げて、距離をとって武器を具現化した。
「自分は様子を見ています。
アドバイスはしませんので、能力の分からない敵をどう相手にするのか、考えながら戦ってみて下さい」
ユキはぺこりとシニカに対して頭を下げると、練兵場の端に置かれた椅子に腰掛け、持ってきた分厚い本を開く。
「ええと、よろしくお願いします」
シニカはストラとスミルに頭を下げて、純銀製のブローチにはめ込まれた海色の法石から魔力を引き出す。
海色の魔力は、可愛らしい装飾を施された小さな杖へと姿を変えた。
双子は引き出された魔力の観察を怠らない。
魔力の属性は氷。
シニカの戦闘を直接見たことは無いが、彼女が強力な防御魔法の使い手であるという知識は持っていた。
「準備良いですか?」ストラが問う。
「はい。
いつでも大丈夫です」
「では訓練開始です!」
ストラの合図した瞬間、スミルが床を強く蹴ってシニカ目がけて真っ直ぐに走り出した。
魔力で強化された身体は通常の肉体速度の限界を超えて加速。あっという間にシニカとの距離を詰める。
先手必勝。
シニカが防御魔法を得意とするなら、それを展開する前に一撃を食らわせる。
足を止めていたストラは、肩に担ぐように構えた柱へ魔力を込める。
渦巻いた黄色の魔力は、柱を砲身のようにして球形となって射出された。
光弾は勢いよくシニカへと――彼女へ一撃を食らわせようとするスミルの背中に着弾した。
光弾を背中に受けたスミルだがダメージは無い。
双子の基礎属性は光。
彼女たちは高位術士となる際、その属性を拡張させた。
基礎属性とは別に、新たに光の属性を身につけたのだ。
ストラはスミルの。スミルはストラの。
双子同士、元々近かった魔力の波長を、完全に同一なものとした。
同質な魔力は互いの能力を再現し合い、溶け合い、強化する。
ストラの放った光弾はスミルに命中すると、背中を押して彼女の身体を更に加速させると同時、魔力を補給して瞬間的なスミルの攻撃力をかさ増しした。
シニカの目の前で急加速したスミルが、巨大な柱に2人分の魔力を込めて振りかざした。
シニカは慌てず目の前に小さな杖を構える。
可愛らしい杖が氷の魔力を放つ。
ガツン。
スミルの振り下ろした柱は氷の壁に命中。
2人分の魔力が込められていたが、海色の半透明な壁はびくともしない。先制攻撃は完璧に防がれた。
「ストちゃん!」
「了解!」
双子の能力は、互いの攻撃でダメージを受けないだけでは無い。
スミルの得意な近距離戦闘。ストラの得意な中距離攻撃。
2つの異なる能力を任意に切り替えることが出来る。
それを双子の持つ意思疎通能力を活かして適切に切り替え、変幻自在の連携を可能にする。
2人揃って戦うことで相乗効果を産み、その戦闘能力は数倍にも跳ね上がった。
スミルは攻撃の反動で飛び上がる。
その際にストラは床を蹴って前進。シニカの左側面をとろうと移動しつつ光弾を放つ。
光弾は飛び上がったスミルの元へ。
スミルは自分に向かって来た光弾を柱で撃ち返す。
撃ち返された光弾はスミルの魔力を供給されて威力を増す。
それはストラが走り込んだ先へと一分の狂いも無く飛来し、ストラはそれを柱で撃ち返す。
更に威力を増した光弾がシニカへと向かった。
シニカは光弾に備えるため左を向く。
だがそれはやや横にずれて脇を通り抜ける。その先には着地したスミル。
スミルは強く踏み込み、柱を振るった。
巨大な柱が光弾を捕らえ、更に魔力を供給された状態でシニカの背中へと向けて撃ち放たれた。
着弾時刻を完全に合わせ、ストラが逆方向から光弾を放つ。
前後からそれぞれ光弾に襲われるシニカ。
だが彼女は挟撃を受けた状態でも慌てない。
目の前に杖。
後ろに左手を向けて魔力を放つ。
前後に2つ、氷の壁が作り出された。
それは飛来した光弾を受け止める。
壁は微動だにせず、威力を殺された光弾は霧散した。
「ミー!」
「はい!」
壁の突破は難しい。
そう判断した双子は2人とも近接戦闘にシフト。
距離を詰め、柱を振りかざしシニカへ襲いかかる。
それぞれ壁に阻まれるが、数の利を活かしてシニカの周囲を回りつつ攻撃のタイミングをずらして波状攻撃。
それでもまるで隙を突けない。
だったら更に手数を増やすしか無い。
2人は一時距離をとり光弾を放つ。
それはあさっての方向に飛んだかと思いきや、軌道を操作されて弧を描く。
光弾が飛んでいる間に双子は近接戦闘に切り替える。
2本の柱と2つの光弾が、シニカへ同時に襲いかかった。
「あらら」
両手で杖を持ったシニカ。
氷の魔力が彼女を包み、彼女の周囲に球形の防御壁が展開された。
全方位防御。
海色の透明な氷の壁が、全ての攻撃を受け止める。
同時攻撃を受けてもびくともしない。
シニカは完全に攻撃を防いで見せた。
「硬すぎない?」
「平気な顔してます」
ストラとスミルは一旦構えを解いてシニカから距離をとった。
シニカは防御魔法が得意とは聞いていたが、ここまで強力な能力だとは思ってもいなかった。
周囲を完全に囲う壁なら、部分的な壁よりも防御力は低いはずだ。
だがそれですら双子の攻撃では突破出来ない。
「どうする?」
「お師匠様は考えながら戦えって」
「そうよね。
多分、全方位展開した壁の方が柔いはずよ。
あれを使わせて、最大火力をぶち込みましょ」
「そうですね。
ではでは」
スミルが突っ込むと同時にストラは光弾を発射。
スミルは光弾を撃ち返しながら近接攻撃を仕掛ける。
シニカが動き回れないよう距離を詰めて攻撃しつつ、ストラとスミルの間で光弾を往復させて威力を増していく。
更にスミルが光弾を発射。2つの光弾の威力を次々に増していく。
十分に光弾が大きくなったところでストラも近接戦闘に参加。
極至近距離で光弾をやりとりしつつ、近距離からの柱の攻撃でシニカの動きを制限。
そして、最終攻撃の合図としてスミルが光弾の1つを打ち上げた。
ストラはタイミングを合わせて飛び上がり、空中で光弾を真下に居るシニカへ向けて撃ち放つ。
「いっけえええええ!」
ストラが柱で光弾を打ち付けた瞬間、巨大になっていた光弾が分裂。
シニカの頭上から、無数に分かれた光弾が降り注いだ。
たまらずシニカは全方位に防御壁を展開。
機を逃さず、光弾の死角に居たストラが前へと大きく踏み込んだ。
変則的な軌道で弾き飛ばされていた巨大な光弾がスミルの背中に命中。
瞬間的に魔力を増大させ、その全てを柱に注ぎ込む。
斜め上から振り下ろされる柱。
ストラとスミルが繰り出せる最大威力の一撃が、シニカの展開した海色の防御壁を打ち付けた。
鈍い音が響く。
――それだけだった。
防御壁の内側に居るシニカは、降り注ぐ光弾も、スミルの柱も完全に防ぎきった。
それも焦った素振りを一切見せない、余裕を持った様子だった。
攻撃に全ての魔力を注ぎ込んだ2人。
反撃を喰らったらひとたまりもない。
――だが反撃は飛んでこなかった。
攻撃を防いだシニカは、攻勢に出ること無くその場で立ち尽くしていた。
距離をとったストラとスミルは訴える。
「シニカさん。遠慮しないで攻めてきてくれていいですよ」
「そうです。
実戦訓練ですよ」
その言葉にシニカは思い出したようにはっとした。
「そうでした。
その練習をしに来たんです。
次は攻めますよ!」
意気込んでシニカは小さな杖をぶんぶんと振るう。
全く魔力のこもっていない素振り。
それに双子は顔を見合わせる。
「多分、攻撃捨てた防御特化だ」
「そうみたい。
でもあの防御突破出来ないとなると、どうやって攻めます?」
スミルの問いも尤もだ。
2人の今できる全力の攻撃でも、シニカの全方位防御を突破出来ない。
「なんとかかき乱して、壁の無いところから攻撃しかける」
「ですよね。
やってみましょう!」
仕切り直して戦闘を再開。
連携を活かしてめまぐるしく攻撃手段を切り替えて隙をつこうと尽力した2人だが、ついに訓練終了時刻まで、シニカの防御を掻い潜ることが出来なかった。
ユキが訓練の終了を告げ、武器を納めた3人の元へやってくる。
「どちらも攻撃を当てられなかったので引き分けですね」
ストラとスミルは始終動き回り、魔力を放出し続けたので疲労困憊した様子だった。
汗を流しながらストラはユキへと問う。
「あの壁なんとか出来る気がしないんですけど、どうしたら良いですか?」
ユキは首をかしげながら返す。
「相手に応じて戦い方を変える必要があります」
「それは分かっているつもりです」
スミルが答えるとユキは頷いた。
「でしたらもう少し考えてみて下さい。
ある程度の実力を持つ術士の戦いでは、単純な魔力量では勝敗がつきません。
相性と、相手の能力に適応する柔軟性が肝心です」
ストラとスミルは頷くが、まだシニカの能力を前にどうしたら良いのかは分からない。
ユキがシニカへ視線を向けると、今度はシニカが尋ねた。
「あっちはどうしたら良いでしょう」
「いきなり難しいことに手をつけても上手くいきません。
まずは武器に魔力を込めて攻撃する練習から始めるのがよろしいかと」
「そうですね。
ちょっち練習してみます!」
素直に受け入れるシニカ。
双方の問いかけに答えたユキは、これで本日の訓練を終わりにしましょうと宣言した。
3人はそれぞれ挨拶して解散する。
練兵場の片付けを始めたストラとスミルは次の訓練に向けて顔を見合わせる。
「あの防御の突破は無理だと思う」
ストラの意見にスミルが頷く。
「攻撃の手を増やすか、威力をもっと強くするかしないとダメですね」
スミルの意見にストラは頷くが、反対意見も出した。
「それもそうだけど、こっちの成長をシニカさんは待ってくれないよ。
お師匠様も言ってたでしょ。
大切なのは相手の能力に適応する柔軟性だって」
「ではストちゃんには良い考えがあるんです?」
問いかけるスミル。
ストラはそれに自信満々に、胸を張って答えた。
「もちろん!
隙をつけば良いのよ!」
「つけなかったから決着がつかなかったのでは?」
「それは隙が無かったからよ。
隙が無ければ作れば良い!
ハルグラッド方式で攻めるわ!」
「なるほど!」
それで全てを理解したスミル。
片付けを終えた2人は、容赦ない不意打ちを仕掛けるための準備を始めた。
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