第36話 訓練②
「あんな戦い方ってありますか!」
ストラはハルグラッドとの訓練後、ユキに対して訴える。
ユキは首をかしげながら返した。
「ハルグラッド様は隙をついて攻撃するのに特化していますから。
その様子ですと全く手が出なかったのですね」
「だって、始めて直ぐに武器を奪われたんです」
「では次は奪われないようにしなければいけませんね」
事もなげに言うユキ。
そんな彼女へとストラは重ねて訴えた。
「ハルグラッドさんの戦い方を知っているなら事前に教えてくれれば良かったのに」
「そうでしたか?
実戦経験を積みたいと受け取っていたので、相手の情報は少ない方が良いかと勝手に判断してしまいました」
ユキの言葉を受けて、ストラは気がついた。
実戦では相手がどんな戦い方をするのか分からない。
ハルグラッドのアレは卑怯すぎるとしても、卑怯な手を使ってくる相手に「卑怯だ」と言いつけたところで何も解決しない。
解決するためには相手の行動に合わせてこちらの行動を変えるしかない。
今回について言えば、最初にハルグラッドが不意打ちを仕掛けた時点で、ストラとスミルも戦闘態勢をとって次の手に備えるべきだったのだ。
「ごめんなさい。
お師匠様の言うとおりです。情報は少ない方が良かったです。
でも、次にハルグラッドさんと戦うのにどうしたらよいのかアドバイスが欲しいです」
隣でスミルもうんうんと頷く。
ユキは少し考えてからいくつかヒントを出した。
「まず動きをよく見ることです。
そして相手のペースに合わせないこと。
ハルグラッド様が相手の隙をつくのに特化しているのは、正面から戦っては勝てないと理解しているからです。
2人の強みを活かして戦えば、勝つのはそう難しくはないでしょう。
最後に、決して油断しないこと。
一太刀でも浴びたら負ける、という覚悟を持って挑むべきです」
2人はユキからのアドバイスをしっかりと頭に叩き込んだ。
次にハルグラッドと戦う際には絶対に負けない。
そしてその機会は翌日にはやって来た。
「ハルさん、今日もお願いします」
「お忙しいのに付き合ってくれてありがとうございます」
ストラとスミルの言葉に、ハルグラッドは赤い髪の先をいじりながら返す。
「いやあ、ユキちゃんの頼みとあれば断れないよー。
でも再戦はちょっとねえ」
ハルグラッドは渡された木剣を片手で持ってひらひら振って、戦闘の意思があまりないのを示す。
「ダメですか?」
「うーん。
2回目以降は負けちゃうからね。
というわけだから、ハルの負けで良いよ。
昨日の2人の動きも悪くなかったからね」
ハルグラッドは戦闘を放棄して、木剣の剣先を掴んで柄の方を2人へと向けた。
「そうですか?
では――」
剣を受け取りに行こうとするスミル。
それをストラが制した。
「油断しちゃダメ」
「そうでした」
剣を構え直すスミル。
ハルグラッドは笑う。
「えー、信用ないなあ。
まだ開始って言ってないから不意打ちしたりしないよ」
「じゃあ今から開始です!
行きますよ!」
問答無用で踏み込むストラ。
即座にスミルもハルグラッドの側面へと移動して低く構えた剣を突き出す。
2対1。
ハルグラッドの手の内を知った2人は、ハルグラッドの奇妙な動きに惑わされないように、一方的に強みを押しつけるためコンビネーションを活かして死角からの一撃離脱を繰り返す。
難なくハルグラッドをたこ殴りにした2人は、今度は1人ずつ木剣での戦闘を申し込む。
フェイントを重ねたかと思えば相打ち上等で踏み込んで来るハルグラッドの予測できない奇怪な動きに翻弄されたものの、続けていく内に対応できるように成長した2人。
訓練終了時刻には、ハルグラッド相手に1対1でも渡り合えるようになっていた。
「随分成長しましたね」
終了間際、練兵場にやって来たユキは優しい言葉を2人へと向ける。
戦っていたスミルも剣の構えを解いてユキの方へと視線を向けた。
「あ、隙だらけ」
「ダメです」
スミルの背後を狙ったハルグラッド。
しかしその攻撃は咄嗟に防御に転じたスミルに防がれた。
ハルグラッドは「ぐぬぬ」と唸りつつもその顔は笑っていた。
そんな彼女に対してユキは一礼する。
「ハルグラッド様も弟子の訓練に付き合って頂きありがとうございます」
「いやあ、ハルもしばらく訓練してなかったから。
それにもっと鍛え直した方がいいとこも分かったし、ちょうど良かったですよー。
次は味方に迷惑かけないように戦いたいですからね!」
ハルグラッドが味方に負担をかけなくなるのはユキとしても大歓迎だ。
それが恐らく叶わない夢だとしても、本人が努力して少しでも負担を小さくしてくれるのならばそれだけで嬉しい。
ユキは頷いて、今度2人の実戦訓練にも付き合ってあげて欲しいと頼む。
ハルグラッドは了承して、訓練は終了となった。
「ハルさん、結構殴っちゃったので治しますよ。
回復魔法苦手ですよね?」
ストラの提案に、ハルグラッドは頷いて返した。
「良いですか?
あ、でもユキちゃんの方が――」
「練習になるので、あたし達に任せて下さい!」
ストラとスミルは強引に、ハルグラッドの元へ駆けつけ、殴打した箇所に手をかざして魔力を練った。
黄色い光の魔力が渦巻き、内出血した箇所を暖かく包み込む。
「あー、なんかチクチクするので、やっぱりユキちゃんに変わって貰って――」
「お師匠様だって最初はヘタクソだったはずなんです。
あたしたちだって練習を重ねればお師匠様みたいに上手く出来ますから」
「そうです。お任せ下さい」
「えー、ユキちゃんは昔から上手だったよー」
2人は有無を言わさずハルグラッドに回復魔法をかけ続けた。
少し離れた場所でユキはその様子を眺めていたが、確かに回復魔法にも慣れが必要だ。
ハルグラッドにはそのための犠牲になって貰おうと、割って入らず、そのまま2人のやりたいようにさせておいた。
全てが終わってから、ハルグラッドに謝罪して回復魔法をかけ直せば問題は無いだろう。
◇ ◇ ◇
「痛いって!
治してる!? 破壊してない!?」
「してないですよ。
治しています。じっとしていて下さい」
ストラの傷口に回復魔法を施すスミル。
しかしその魔法はどうにも攻撃的で、青あざになっていた箇所を刺激して、ストラに痛みをもたらす。
「ミーは回復魔法の才能ないんじゃない?」
「だとしたらストちゃんにも無いってことになりますよ」
「それはないから、つまり練習不足ってことね。――痛いって」
スミルの手から逃れるストラ。
逆にスミルの傷口へと手をかざして魔力を放つ。
「なんかズキズキします。
ストちゃん、回復魔法向いてないですよ」
「だとしたらミーだって向いてないことになるわよ」
「そんなことはないので、やっぱり練習不足ですね」
お互いの傷を治し合った2人はそんな結論に行き着いた。
回復魔法は術士であれば誰でも使い手になれる可能性がある。
当然向き不向きはあるし、自分の外側へと魔力を放つのが苦手な術士は、他人の傷を癒やす魔法は難しかったりする。
しかし2人は魔力を外に放つのが得意な部類だし、持っている基本属性も光。回復向きの属性ではある。適性は十分なはずだ。
ユリアーナ騎士団にも回復魔法の使い手は複数いるが、その多くが戦闘員を兼ねているのだから、予備戦力のストラとスミルが回復魔法を使えるようになる意味は大きい。
常にユキやジルロッテが回復にのみ集中できるとは限らないのだ。
「そうですよ!
回復魔法なら、戦闘が苦手でも騎士団のお役に立てます!」
スミルが言うと、ストラもぽんと手を叩いた。
「確かに一理あるわ!
たまには良いこと言うじゃない」
「そうでしょう? もっと褒めてくれても良いですよ」
「調子に乗るからこれ以上は褒めない。
でも着眼点がいいのは確かだわ。
ちょっと練習すれば、あたしたちだってお師匠様みたいな回復魔法が使えるはずよ!」
「そのためには練習相手が必要ですね」
「そうね――」
ストラは無言のまま、武器である巨大な柱を具現化した。
彼女のやりたいことを理解したスミルも同じく柱を具現化して、2人の攻撃がぶつかり合う。
2人の魔力は完全に同質。
ぶつかりあうが、押し切ることも押し切られることも無い。
「ミー、ちょっと練習台になるだけでいいのよ」
「ストちゃんが先です。
その後交替しましょう」
「絶対嫌。
一発殴らせてくれれば良いの」
「お断りです。
分かりました。それでは怪我人を探しましょう」
スミルの提案に、ストラは警戒しつつも柱を引いて、一歩距離をとってから武器の具現化を解除した。
スミルも柱を消し去って、それからさぞ明暗がひらめいたかのように振る舞って言った。
「建築している人たちが、指を金槌で叩いているかも知れません」
「そんなおっちょこちょいはミーだけじゃない?」
「フアトさんあたりとかやらかしそうです」
「それはあるかも」
ストラも納得して、2人は修復作業の現場へと足を向けた。
建築隊は、宿舎2階の壁に開いた大穴の修復中で、内側ではイブキが指揮を執り、カイとグナグスが手を動かしていた。
外にはフアトが、壁にはしごをかけて、その上で内側の作業に合わせるように木の板を打ち付けていた。
ストラとスミルは、そんなフアトの乗ったはしごの下で、作業の様子を見上げながら呟く。
「ねえミー。今日って風が強いわよね」
「はい。とっても強いです。
もしかしたらはしごが倒れてしまうかも知れません」
「事故は怖いわね。
あ、風が!」
強風――もといストラとスミルの蹴りがはしごを揺らした。
上で作業中だったフアトは突然の事態に対処できず、倒れるはしごに捕まって、身体を守ろうと魔力で身体を覆う。
「危ない!」
「大変です!」
魔力で身体を守られては、2階の高さから落下した程度では傷がつかない。
そうなっては大変だと、ストラとスミルは自分たちの身体を魔力で覆って、フアトの身体を受け止め――殴りつけた。
下からの攻撃に晒されたフアト。
殴打された背中を押さえ、聞き取り不可能な声を上げながら地面を転がる。
「ごめんなさい! 突然降ってきたので慌てて防御してしまって!」
「大丈夫ですか! 直ぐに治しますからね!」
転げ回るフアトの身体を押さえつけ、服を脱がせて怪我した背中を露出させる2人。
打撲跡のある背中へと両手を向け、問答無用で練習中の回復魔法を試した。
「ま、待ちたまえ!
君たち僕のことを殴っただろう!?」
「大変だわ、頭を打ってるみたい」
「記憶が混同しているようですね。
早く治さないと」
フアトの言葉には一切耳を貸さず、2人は回復魔法をかけ続けた。
未熟な回復魔法のため、治療中は痛みが増したものの、完了したらすっかり傷は治り、フアトは文句を言いつつも作業に復帰した。
「この調子で練習相手を探しましょう!」
「良い考えだと思います!
ワイヤートラップを用意しますね!」
ノリノリの2人は宿舎の廊下にワイヤーを張って、通行者が転ぶように仕込んだ。
物陰から誰かが通るのを待っていると、奥の元倉庫の部屋からサリタが出てきた。
彼女は2人の仕掛けたトラップへと向かってくる。
「来た! サリタさんなら練習に付き合ってくれそう!」
「準備しまーす」
ワイヤーに引っかける準備を整えるスミル。
しかしサリタはトラップの手前まで来ると立ち止まった。
彼女はその場から2人の隠れている物陰を一瞥すると、指を鳴らして魔力を放った。
弾けた魔力がストラとスミルの背後から襲いかかり、2人は物陰から押し出される。
「そんなところで何してんのよ」
サリタは具現化した棒で、足下に張られていたワイヤーをつつき、その先がスミルの手に繋がっているのを確認した。
サリタの周囲に銀色の魔力が渦巻き、手にした棒からはバチバチと電撃がほとばしる。
ストラとスミルは慌てて一歩後ずさった。
サリタ相手には2対1でも分が悪い。
そもそも、騎士団施設内で戦闘騒ぎを起こしたとすればどちらに責任があるのか調査される。
イタズラを仕掛けたのはストラとスミルだ。
捕まったら言い逃れできない。
「で、何の練習だって?」
会話の内容は筒抜けだった。
バレてしまった以上、スミルは正直に打ち明ける。
「そのう、回復魔法の練習に付き合ってくれないかなあって思いまして」
「あたしに怪我しろって?」
「そうなります」
サリタはつかつかと歩いて2人との距離を詰めると、棒を振るった。
ぽかんぽかんと2人の頭が叩かれる。
罰、というには優しすぎる、とりあえず当てるだけの振り方だ。
「2人居るんだから怪我役と回復役でやれば良いでしょ。
大体、回復魔法の練習なんてのは最初は自分でやるもんよ。
他人の傷治すのは慣れてからにしなさい。
あんたらのとこの師匠はそんなことも教えてくれないの?」
「これから教えようと考えていたところです」
説教を受けるストラとスミルの背後からユキが答えた。
サリタは腕を組んで不満そうに彼女を睨む。
「そう。
ついでに施設内でのバカな行動は慎むように言い聞かせておきなさい」
「そのように伝えておきます。
他には何かありますか?」
ユキが首をかしげて問いかけると、サリタは顔をしかめてその場から立ち去った。
「感謝しなさいよ。
あたしがクソガキ共の失態を見逃すなんて滅多にないんだからね」
ユキは立ち去るサリタを見送ると、ストラとスミルの名前を呼んだ。
緊張した面持ちで振り返る2人。
そんな2人に、ユキは無感情な顔のまま、抑揚の無い声で言った。
「少し話しましょうか。
こちらへ」
2人は即座に返事をして、ユキの後に続いて執務室へと入った。
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