第35話 訓練①

「ふふん。

 2対1でも余裕だね」


 ミトは左手に持った木剣をひらひらと振って、今し方一通りボコボコにしたストラとスミルへと勝ち誇ったように言ってのけた。


 訓練生として、訓練に参加することとなったミト。

 同じく訓練生であるストラとスミルはそんな彼女へと木剣での勝負を申し込んだのだが、2人がかりでも全く手も足も出なかった。


「ぐぬぬ。

 法石使えればミトになんて負けないのに!」


 ストラの言葉にミトはかぶりを振った。


「あはは。

 まだまだ2人相手には負けないよ」


「なら試してみますか」


 ストラが腕輪にはめ込んだ法石から魔力を引き出す。

 黄色の魔力は巨大な柱となり、ストラはそれを両手で掴んで構えた。

 スミルも同じく、腕輪から魔力を引き出して柱を構える。


 それは白色で円柱形状をしていて、太さは20センチばかり。

 長さは2人の身長ほどもあり、持ちやすいように取っ手がついている。


 巨大なそれを2人は軽々と持ち上げて構える。

 黄色い光の魔力が渦を巻いた。


 しかしミトは応戦しようとしなかった。

 腰の後ろに下げた2本の小剣には触れようとせず、木剣をひらひらと振って見せる。


「今日の訓練時間は終わり。

 じゃあまた明日ね」


「あ、逃げた!」


「ちょっとだけ殴らせて下さいよー」


「そういうのはユキに頼んで。

 私はこれからティアにすりすりするという重要な仕事があるから」


 ミトは決めた時間以上の訓練には一切参加するつもりはないようで、有無を言わさず木剣を片付け、練兵場を後にした。

 背後からの不意打ちも検討したストラとスミルだが、相手が悪いと顔を見合わせて諦めた。


    ◇    ◇    ◇


「と言うわけで、ミトを木剣でぶっ飛ばしたいんです!」


 ストラとスミルは訓練の様子を見に来たユキへと訴えた。

 ユキは首をかしげて、2人の何か期待する目を真っ直ぐ見据えて返した。


「ミト様は水術士としての成長限界を感じて、足りない分基礎能力を鍛えて補ったお方です。

 木剣での戦いにおいては、リューリ様には劣りますがユリアーナ騎士団内でも最も強い部類になります。

 勝利が目的でしたら、もう少し戦いやすい相手を選ぶべきかと」


 ユキの淡々とした言葉に、2人は驚きを隠せない。


「そういう努力するタイプには見えないですけど」


「鍛えるとかいうのとは無縁の人では?」


 それにユキは首を傾けて返す。


「2人の目にミト様がどのように映っているのか分かりませんが、ティアレーゼ様のためならどのような努力も惜しまない人ですよ」


「あ、確かに。

 団長さんが絡むと本気出しそう」


「ではミトさんに鍛えて貰って、他の人に勝った方が現実的ですね」


 スミルが含みを持たせた言葉を投げかけると、ユキは少しだけ考える。

 木剣で戦うにちょうど良さそうな相手はフアトかハルグラッド。

 フアトが建築副隊長で忙しくしているので、頼めそうな相手は1人だけだ。


「ハルグラッド様はどうでしょうか?

 基礎もですが、術士としても2人にはちょうど良いお相手かと」


「ハルさんですか?

 確かに、勝てる気がしてきました!」


 ストラはハルグラッドの名前を聞いて大きく頷く。

 ハルグラッドは正団員ではあるが、その身分は画家としてのものだ。

 戦闘能力に関しては要介護で、必ずサポートをつけないといけないと、ユキも頭を悩ませるような存在だった。


「では明日から訓練に手を貸して貰えないか、ハルグラッド様に頼んでおきます」


 2人が「お願いします」と深く頭を下げる。

 ユキは後片付けをしておくように言って、その足でハルグラッドの部屋を訪れた。


    ◇    ◇    ◇


 ストラとスミルはリムニ王国王都を拠点とする、都市商人の娘だった。

 大陸全土で魔力枯渇による疫病と飢餓が続く中、王都は他よりずっとマシとはいえ、商売には大きな影響があった。


 人口が減少すれば、物の売れ行きも悪くなる。

 2人の実家はあまり良い生活を送れているとは言えなかった。

 それでも王都の居住権を持っているだけずっと良かったのだが、そんな折りに母親が病に倒れてしまった。


 治療には高額を支払って薬を買うか、同じく高額を支払って高位回復魔法を使える術士を雇うか。

 どちらにしてもお金がかかる。

 貧乏商人の家にそんな蓄えはなかった。


 売れる物は王都の居住権くらい。

 だがそれを売ってしまったら最後、2度と王都には戻れないだろう。

 そして王都外は魔力枯渇で酷い有様だ。


 家族は決断を迫られた。

 悩み抜いた末、居住権を売りに出そうとしたとき、ティアレーゼと出会った。


 ティアレーゼは2人の母親の病状を診ると直ぐに、家庭教師のユキに頼んで治療に当たらせた。

 そのおかげで母親は快方に向かい、その後、ティアレーゼの活躍によって魔力枯渇も解決。

 疫病と飢餓のなくなった大陸では商品の需要が増え、都市商人である実家の経営状況も良くなった。


 それから数年後。

 ちょうどユリアーナ騎士団が異界戦役を終結させた直後、11歳となったストラとスミルは、母親を助けてくれたティアレーゼとユキへとお礼に出向いた。


 誰かの役に立てるようになりたいというストラとスミルの言葉を受けて、ユキは彼女たちを自分の弟子として鍛えていくことにした。


 それから2年。

 運命厄災を乗り越え、ストラとスミルは来年度の王国騎士試験受験に向けて訓練と勉学に励んでいた。


 2人は双子で、今年で13歳。

 身長は平均よりやや低めの小柄な少女ではあるが、最近は栄養状態も悪くないため体格は普通。

 都会的な品のある顔で、ストラはややツンとしていて、スミルはちょっとばかし大人しめ。

 瞳は琥珀色。髪は茶色で、髪型はストラが前髪を流して後ろでポニーテールにして、スミルは前髪を揃えておさげにしていた。


 目標は騎士試験合格――

 のはずだったが、最近ではそれ以上の目標が出来ていた。


 騎士試験には筆記と実技がある。

 筆記についてはユキを教師として日夜学習中。ユリアーナ騎士団の面々で、ユキの教育を受けておきながら筆記試験に落ちた人間は居ない。


 実技については、術士としての能力が実戦方式で試されるのだが、合格は間違いないだろう。

 

 術士にもランクがあり、法石による魔力開封を行ったばかりの術士は低位術士と呼ばれる。

 そこから武器を具現化し戦闘可能となった者が基礎術士。

 更にそこから発展し、生まれつき持つ魔力属性の進化・派生・拡張のどれかを済ませると高位術士となる。

 その先には神位術士という位があるが、これは絶対数が少ないので割愛。


 ともかく、ランク分けされた術士の中で、騎士試験を受けるのは大抵が基礎術士クラスである。

 騎士試験を突破し、王国に認可された騎士となった上で経験をつみ、やがては高位術士になるのだ。


 ストラとスミルはユキの元での修行によって既に高位術士となっている。

 騎士試験突破のためには十分すぎる実力だ。


 だから2人にとって、騎士試験はあくまで通過点。

 それよりも叶えたい目標が出来た。


 誰かの役に立てるようになりたい。

 それは2人がユキの弟子となるときに言った言葉だが、ユリアーナ騎士団の訓練生として活動する中で、形を変えながらもその思いは更に大きくなった。


 ユリアーナ騎士団の役に立ちたい。

 今の2人にはそんな目標があった。


 ユキの元で修行するようになってからおおよそ2年。

 術士としては高位術士となっていたのだが、元帝国騎士ヘルムートの起こした争乱。

 その後の運命厄災と、全くと言って良いほど活躍の機会がなかった。


 弟子としてユキの側に居るのに、敵襲があれば危ないから離れるように言いつけられ、ユキが戦闘を請け負う始末だ。

 こんなことではいけない。

 ユキに戦闘を任せて貰えるような、一人前の術士になるのだ。


 そのためにも、これまでより一層訓練に打ち込まなければいけない。

 今日の訓練相手はハルグラッド。

 画家としての仕事の合間を縫って、2人のために練兵場へ足を運んでくれた。


「ハルさん、よろしくお願いします!」

「ハルグラッドさん、訓練付き合ってくれてありがとうございます」


 ストラとスミルが頭を下げると、ハルグラッドはのほほんとした表情で、これも団員の務めだからと微笑んだ。

 早速木剣を持ってきて、1人1本ずつ手にした。


「あー、これかー。

 懐かしいなあ。前に師匠とやったなあ」


 ハルグラッドの師匠はリューリだ。

 彼女もリューリに基礎能力を鍛えられてはいるらしい。


「そういえば、前回のリューリさんの訓練の時、ハルさん居なかったですよね」


「ハルグラッドさんはこれ得意ですか?」


 ハルグラッドは顎に指先を当てて考え込んだ様子を見せる。


「うーん。どうだったかなあ。

 師匠にたくさん殴られた記憶はあるんだけど」


「じゃあダメだった?」


「でもリューリさんは誰が相手でもたくさん殴りますよ?」


「そうだった。

 とにかく、1戦やりましょう! 魔力使ったらダメですからね!

 先にあたしで良い?」


 ストラはスミルへと尋ねた。

 だがスミルの回答より先にハルグラッドが口を開く。


「2人一緒で良いですよー。

 ハルだってユリアーナ騎士団の正団員ですから」


 舐められてる。

 むっとするストラだが、訓練生と正団員で実力差があるのは事実。

 同じ訓練生のミト相手に手も足も出ないのだ。

 一応正団員扱いのハルグラッドからすれば、2人は格下で間違いなかった。


「では2人で同時に行きますから!」


「どうぞどうぞー」


 ストラはスミルへと耳打ちして、攻撃の打ち合わせを行う。

 その間、ハルグラッドは木剣を使ってストレッチして、軽く跳ねて準備運動を済ませた。


 ストラとスミルはそれぞれ右手に木剣を持って、ハルグラッドとの距離を保ちながら円を描くように移動する。

 対するハルグラッドは、短い木剣を両手でしっかりと握って、身体を低くして構えた。


「では開始です!

 ――あれ? この木剣ってこんな長さでしたっけ?」


 構えを解いて尋ねるハルグラッド。


「全部長さ一緒のはずですよ?

 ほら」


 ストラとスミルも構えを解いた。

 剣の長さを比べるために、2人揃ってハルグラッドへと近寄って、ストラが木剣を前に差し出す。


「そうですかね。

 真横にして持って貰って良いです?」


「はい。こうですゴボォッ――」


 剣の長さ比べをしようとした瞬間、ハルグラッドは木剣の柄でストラの腹部に一撃を食らわせた。


「ハルグラッドさん一体何を!?」


 いつもは落ち着いているスミルですら、突然のことに目を丸くして驚いた。


「あ、ごめん。間違えた。大丈夫?」


 お腹を抱えるストラ。

 ハルグラッドは彼女の背中をさすって見せた。

 スミルも心配してストラの顔を覗き込もうとした。


「ストちゃん息出来そ――」


 かがみ込んだスミルの背中に、ハルグラッドは木剣の一撃を叩き込んだ。

 肺の中の空気を吐き出して、その場にうつ伏せに倒れ込むスミル。


「ハ、ハルさん、あなた――」


 スミルもやられたのを見て、木剣を構えようとしたストラ。

 だがハルグラッドはそれを許さず、ストラの構えかけの右手首を強打し、取り落とした木剣を蹴り飛ばした。


「嫌だなあ。隙だらけじゃないですか」


 丸腰になったストラに次の一撃が加えられる。

 立ち上がろうと試みたスミルも、手にした木剣を弾かれ、腹部に蹴りを食らう。


「卑怯です!!」


 なんとか立ち上がり、スミルの落とした木剣を拾って構えるストラ。

 彼女の指摘に対して、ハルグラッドはいつも通りののほほんとした表情で返した。


「開始って言った後に油断した2人が悪いですよー。

 それに、ユキちゃんも好きに戦って良いって言ってましたよー」


 おっとりとした笑顔を見せるハルグラッド。

 表情とは裏腹に、両手で木剣をしっかりと構え、ストラとスミルの次の動きを見逃さぬようにと意識を巡らせていた。


 圧倒的不利な状況に陥ったストラとスミル。

 果敢に立ち向かいはしたものの、ハルグラッドの奇妙な動きに翻弄され、一太刀も入れることが出来ずに殴られ続けた。


 

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