第33話 姫殿下②
離宮庭園には露天も設置されていた。
ほとんどは国営のもので、国旗や王国祭記念品、戦勝祝いの記念品などを販売していた。
そんな中に民間の、王家の許可を得た売店があった。
売り子は双子の少女で、片方は威勢良く声を上げて客を集め、もう片方は粛々とやってきた客に高額商品を売りつけて捌いていく。
「あ! カイさん! シニカさん!
どうぞよっていって下さいよ!」
客引きの少女――ストラは声高らかに2人を呼びつける。
ストラとスミルは元々都市商人の家の生まれだ。
ユリアーナ騎士団の訓練生となったことで王家との繋がりが出来、こうしてパーティー会場での露店営業許可を得られたのだろう。
売れ行きは好調そうでほくほく顔である。
「わあ! お姫様の絵があります!」
露天の一番見栄えの良い位置に、シャルロット姫を描いた絵が、額に入れた状態で展示されていた。
大判のそれはいかにも高そうな雰囲気を放っていたが、その隣には小さな、机の上に飾るサイズの絵が置かれていた。
描かれているシャルロット姫は、先ほどの、バルコニーに見せたのと同じ姿をしていた。
「これさっきの?」
「さっすがシニカさん、お目が高い!
うちの専属画家がつい今し方書き終えた最新作です!
身内価格でお安くしておきますよ!」
「ハルが来てるのか?」
カイが訝しむようにその絵を見つめて尋ねると、ストラは頷いて露天の裏側を手のひらで指し示した。
「裏に居ますよ。
ハルさんは筆が速くて助かります。
シャルロット姫殿下の絵は飛ぶように売れるので、いくらあっても足りませんから」
ハルグラッドはユリアーナ騎士団の専属画家だ。
人物画を早く精確に描く能力において、彼女は国内随一の腕を持つ。
その能力を買われてストラとスミルに連れてこられたのだろう。
「これ下さい。おいくらですか?」
シャルロット姫の絵を指さして、財布を取り出したシニカ。
カイは「本当に買うのか」と怪訝そうな表情を浮かべたが止めはしなかった。
「王国銀貨なら2枚かな。
あー、先代銀貨かあ。ま、2枚で良いよ」
ストラはシニカの差し出した質の悪い銀貨を見て一瞬顔をしかめたものの、“身内価格”で受け入れた。
絵は小さいとはいえ、紙は上質、額入りで、画家の腕も本物。王国銀貨2枚でも破格だっただろう。
しかしストラは将来性も考えてこの商売は価値があると踏んだ。
「ありがとうございます!
大切にしますね!」
「是非是非。
もっと大きいのが欲しくなったら、ハルさんに直接頼まずにあたしを経由してね!」
ストラは営業も忘れない。
シニカは2つ返事でその時は相談させて貰いますと返した。
購入した絵はスミルによって丁寧に梱包されて、王家の許可を得た販売店で購入されたことを示す包装紙にくるまれた。
「シニカさんはシャルロット姫殿下をご覧になれました?」
「はい! お兄ちゃんのおかげで見れました!
あんな綺麗な人が居るんですね。それにとっても優しそうでした」
「外見じゃ人間は分からない」
横からカイが口を挟んだが、シニカはすっかりシャルロット姫に入れ込んでいて聞く耳を持たない。
「そんなことないです。
お姫様は絶対素晴らしい人ですよ」
「……あの人はそうかもな」
シニカの熱の入れようにカイは諦めたようにそれだけ返した。
「またお姿を見れますかね?」
シニカの疑問に、スミルはかぶりを振る。
「今日はもう離宮には姿を見せないみたいですよー。
シャルロット姫殿下もお忙しい方ですから」
「うーん、残念です」
「王国祭が終わるまで、まだ何度か公式の場にお姿をお見せする機会があると思いますよ」
その言葉にシニカは表情を明るくした。
カイとシニカは露天を一通り見て回ると、騎士団施設への帰路についた。
◇ ◇ ◇
シニカは王都滞在中、ユリアーナ騎士団の宿舎に泊まることになっていた。
宿舎に戻ってもシニカのシャルロット姫に対する熱は冷めやらず、すっかり虜になっていた。
カイとシニカが食堂に入ると、ティアレーゼとジルロッテがお茶を飲みながら読書にふけっていた。
ティアレーゼは護国卿の職務に関する何やら分厚い専門書を読み込んでいる。
対照的に、ジルロッテは明るい色の表紙をした挿絵の多い娯楽小説『ベイルモアの騎士』をパラパラとめくっていた。
「離宮はどうでした?」
やって来た2人に対してティアレーゼが尋ねる。
彼女は読書に疲れたようで、開いていたページに栞を挟み、ぱたんと本を閉じた。
「とっても綺麗でした!
あ、あとお姫様も綺麗でした!
ティア様はお姫様にお会いしたことあるんですよね!」
「え、ええ。ありますよ」
目を泳がせながら返すティアレーゼ。
そんな彼女へとシニカはぐいぐいと距離を詰め、間近まで顔を寄せた。
「お姫様ってどんな方ですか?」
「どんな、と言いますと……」
回答に困るティアレーゼ。
彼女はカイとジルロッテの表情を覗い、それから言葉を選びながら返す。
「立派な方ですよ。
ちょっと子供っぽいところもありますけど――あ、もちろん悪口じゃないですよ。とっても良いところだと思ってます。
とにかく、面白い人です」
「へえ、面白い人ですか。
是非会ってみたいです!」
「なかなか機会はないと思いますよ」
ティアレーゼはユリアーナ騎士団団長という立場に居るので機会もあるが、そうで無ければ難しい。
シニカは騎士団の協力員として登録されているものの、正式な場には参加出来ない。
あくまで必要に応じて招集される臨時要員だ。
「そうですよね。
お姫様がわざわざ会ってくれたりしないですよね」
「正式には、ですね。
ただあの方はお茶目なところがありますから、非公式には会ってくれるかも知れないです」
「本当です!?」
大きく目を見開くシニカ。
ティアレーゼはついつい口を滑らせたのを後悔して、目を泳がせながら返す。
「明言は避けておきます。
でもこの後シャルロット姫殿下にお会いしに行くので、シニカさんの話をしてみますね」
「わあ!
是非お願いします!」
大げさに頭を下げるシニカ。
ティアレーゼは愛想笑いで、ちらとジルロッテを見ると問いかけた。
「ジルテさんからシャルロット姫殿下に伝えておきたいことはありますか?」
「体調にお変わりないかとだけ聞いておいて下さい」
ジルロッテが静かに答えるとティアレーゼは頷き、そしてそそくさと本を抱えて食堂から出て行った。
「いいないいな。
ティア様はお姫様とお話しできるんですね」
「団長だからな。
それに遊びに行くんじゃない。仕事の話をしに行くんだ」
「それはそうですけど」
それでも自分も行きたかったという顔をするシニカ。
でも自分がそんなこと出来るわけがないとも理解していて、それ以上の我が儘は言わない。
「ところで、姫殿下のご様子はどうでしたか?」
ふと、ジルロッテがカイへと尋ねる。
カイは訝しむように彼女を見てから、そっぽを向いて答える。
「元気そう――というか、疲れているだろうに笑顔を忘れず、民衆の求める姫様の姿をしっかり見せてた。
素晴らしい人だよ。
ああ言う人の騎士になりたかった」
カイは言葉を紡いだ後、ジルロッテを――その手元にある本へと視線を向けた。
『ベイルモアの騎士』。今のリムニ王国が成立する契機となった、大陸戦役時の英雄を描いた娯楽小説だ。
ベイルモアの騎士に関する情報は少ない。
確かに彼は実在したらしいが、書籍によってはベイルモアの騎士は大領主だったり、小貴族だったり、小国の王だったり、一介の騎士だったりと、身分もバラバラだ。
確かなのは、彼が小国の姫君を守るために戦役を戦い抜き、リムニ王国建国に尽力したと言うことだけ。
「あなたならきっとなれますよ」
ジルロッテの言葉にカイは顔をしかめて見せた。
「今はなりたいと思ってない」
ぶっきらぼうな言葉。
その言葉にジルロッテは控えめに微笑んだ。
それから彼女は何か思い出したように手をぽんと叩いて、シニカを見た。
「そうだ。
ティアさんがこれから姫殿下とお話に行くのですよね?
だとしたら姫殿下は離宮から王城へ向かうはずです。
運が良ければ、移動するお姿を見られるかも知れませんよ」
「本当です!?」
シニカは喜びに満ちあふれた瞳をジルロッテに向けた。
ジルロッテはしっかりと頷く。
「ええ。
この時期でしたら民衆へのアピールも兼ねて大通りを通るでしょう。
お祭りを見物しながら、待ってみませんか?」
「行きます! 絶対行きます!」
興奮したシニカの目線はカイへと向いた。
慣れないパーティー参加で疲れていたカイ。それに、ジルロッテのバカげた提案には乗りたくなかった。
「悪い。
施設の修復を任せきりには出来ない。午後は外出無しだ」
「ではわたくしと2人で行きましょう」
「良いんですか、ジルテさん」
「もちろん。わたくしもお祭りを楽しみたいですから」
ジルロッテの優しげな言葉にシニカは何度も感謝を述べる。
「出かける準備してきます!
ユキ先生にもう1回お帽子を借りてこないと!」
元気よく食堂を飛び出していったシニカ。
ジルロッテはそんな彼女を微笑ましく思い、優しい表情を浮かべる。
カイはジルロッテを蔑むように睨んでいた。
「何か不満があるならどうぞおっしゃって下さい」
ジルロッテは笑みを浮かべながら言った。
カイは不機嫌そうに応じる。
「別に。
シニカのお守りは大変だぞ」
「そのようなことはありません。
シニカさんはもう立派な大人ですよ」
カイが顔をしかめたままいると、ジルロッテは本を持って立ち上がった。
「ご安心を。妹さんはしっかり守りますよ。
ではわたくしはこれで」
ジルロッテが出かける準備をするため食堂を出て行く。
残されたカイは残っていたお茶を飲み干すと、深く深くため息をついた。
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