第32話 姫殿下①
王国祭まで2ヶ月を切った。
王国祭はリムニ王国御三家がかつての大陸戦役時に、結束を高めるため開催した祭典が起源である。
第1回の王国祭は、王国歴4年から5年の年末から年始にかけて開催された。
以降、5年に1度開催されるようになり、今年、王国歴214年もその開催年である。
前回の王国祭は、疫病の蔓延、大飢饉、そして大天使シャミア帝国との戦争が重なり、かなり小規模な催しだった。
されど今年の王国祭は違う。
長らく王国を――大陸全土を襲っていた疫病と飢饉は、天使ティアレーゼによって解決された。
そして大天使シャミア帝国との戦争も、異界戦役を契機として終戦。
2ヶ月前の運命厄災では王都を含め各都市が被害を受けてはいたものの、問題は解決されて復興への途上にある。
それらの要素もあって、今年の王国祭はこれまでの比では無い、大規模なものとなる予定だった。
王国を統治する3大貴族はもちろん、各地の諸侯も、そして国民も、此度の王国祭を心待ちにしていた。
というか、待ちきれなかった。
既に王都内の各所でお祭り騒ぎが始まっている。
王都を預かるリムニステラ王家もこの機を逃してはならないと、今日の平和があるのは王家のおかげだとアピールする機会として、催し物を開催した。
そんな中でも人気を博したのが王都の市民を招待した食事会である。
ユリアーナ湖湖畔。湖を一望できる丘の上にあるオリヴィア離宮。
本来王族関係者以外の立ち入りが禁止されている離宮庭園を開放し、立食パーティーの会場とした。
その入場券には購入希望者が殺到し、あまりの人気ぶりから抽選販売となった。
手に入れたのは極めて幸運な人物。もしくは、王家から直々に招待された人物だった。
ユリアーナ騎士団正団員、カイは、騎士団制服に身を包み、居心地が悪そうに短い髪をいじる。
長身で痩せ型。
細目だが精悍な顔つきは生真面目そうで、皆が笑顔の立食パーティー会場では少しばかり浮いた存在だった。
腰の辺りが寂しい。
いつもなら腰の両側に鞘を下げて具現化した剣を収めているのだが、当然パーティー会場に剣を持ち込むわけにはいかない。
剣の柄に置かれるはずの手は行き場を失い、髪をいじるか、窮屈な襟元をいじるか。
とにかく、この会場において最もパーティーを楽しんでいないのがカイだった。
カイは平民――その中でも下層。孤児であった。
王国の小さな港町で、同じような孤児仲間と共に育った。
少年時代、文字も読めなかった彼だったが、吟遊詩人が語る騎士物語『ベイルモアの騎士』をきいて、騎士に憧れるようになった。
いつかきっと、騎士になりたい。
だが騎士になるためには前提として術士である必要があり、術士になるためには非常に高価な法石を手に入れなければならない。
残飯を漁り、乞食をして、時折市場から物を盗んでやっとのことで生きている彼に、法石を買うお金などあるはずもない。
だが盗みの腕には自信があった。
そしてあるとき、カイの暮らす港町に立派な服を着た騎士団がやって来た。
天使ティアレーゼを団長とする、ユリアーナ騎士団。
カイは騎士団の駐屯した施設へと侵入し法石を盗んだ。
盗んだ法石を仲間にも配り、みんなで騎士になる――はずだった。
法石さえあれば術士になれるわけではない。
魔力開封にはリスクがあり、高位術士によるサポートが不可欠だった。
更に悪いことに、ユリアーナ騎士団――リューリの所有していた法石は特別製で、術士の成長速度を上げるために、リスクを高めた代物だった。
法石は所有者の魔力を吸い出し、自身で魔力を産み出せるよう促すショック装置だ。
魔力を産み出せるようになる前に魔力が尽きてしまったら。
法石は所有者の生命を吸い出し始める。
その後に待つのは死だ。
ユリアーナ騎士団の法石は、通常の法石よりも魔力を吸い出す速度が速かった。
法石を手にした仲間達はあっという間に倒れた。
カイが頼れる人間は、自身が法石を盗んだ、ユリアーナ騎士団だけだった。
盗みを白状した時のリューリの冷たい目をカイは生涯忘れないだろう。
だがその時のティアレーゼは、救える命があるのなら救うべきだと手を差し伸べた。
そのおかげで仲間達は全員助かった。
代償として、カイは生涯ティアレーゼのために力を使うと忠誠を誓った。
そして現在に至る。
カイにとって離宮庭園での立食パーティーなんてのは、あまりに現実離れした場所だ。
煌びやかな場所――と思っていたが、一般市民が主な参加者とあって意外と落ち着いた雰囲気ではある。
それでも孤児出身のカイにとっては眩しすぎる。
パーティーなんて参加したくはなかった。
でも参加しないといけない事情があった。
断ってしまっても問題ない事情ではあったのだが、無碍にも出来ない。
「お兄ちゃん! この果物食べました?
信じられないくらい甘いです!」
笑顔を浮かべ、とてとてと駆け寄ってくる少女。
小柄で痩せ型。首くらいまである青い髪を、いつもは適当にしているのだが、パーティーに参加するとあって借り物の髪飾りで綺麗にまとめていた。
服装も、いつもとは違う田舎くささのない都会的なものだ。
とはいえ同じくらいの背丈のユキから借りた物なので、全体的に地味な色合いで控えめなデザイン。
胸元につけられたブローチだけは純銀製で、海色の法石がはめ込まれていた。
彼女はシニカ。
港町の孤児で、カイを兄のようにして育った。
カイの盗み出した法石で術士になった1人でもある。
田舎育ちの孤児のため華やかさはないが、純真無垢で飾り気のない、素朴な魅力を持つ少女であった。
そんな彼女は、運命厄災でのちょっとした活躍からシャルロット姫に気に入られて、立食パーティの招待券を受け取っていたのだ。
1人、港町から上京したシニカは、招待券は2人用なので、お兄ちゃんにも来て欲しいとカイに頼んだ。
妹の頼みを無碍にも出来ないカイは、このパーティーに同行したのだ。
「食べてない」
カイが否定するとシニカは笑顔で手にしていた容器を差し出した。
カイは顔をしかめたまま、果物の刺さった爪楊枝を手に取った。
口に入れた果物は、シニカの言うとおり信じられないくらい甘かった。
シロップ漬けにしたのだろう。
カイがあまりの甘さにむせかえると、シニカは持っていたグラスを差し出す。
「どーぞ」
「……すまん。これも甘いな」
受け取ったジュースを口に運ぶと、濃密な果実の甘さが広がった。
それでもさっきの果物よりはマシだ。
なんとか飲み込み、それから平静を装って尋ねる。
「楽しめてるか?」
「はい! 楽しいです!
王都はいろんなものがあって驚いてばかりです!
お城は見ました? 白くて綺麗ですよね!」
「そうだな」
離宮からはユリアーナ湖、そして王城が見渡せた。
純白の王城は静かに波を立てる湖面にも映り込む。
そのあまりの美しさに、庭園の端には人だかりが出来ていた。
庭園に涼やかな鐘の音が響く。
その音をきいて、パーティーの参加者が一斉に移動を開始した。
「あれ? なして?
皆さん何処へ行くのでしょう?」
「案内を見てないのか?
シャルロット姫が離宮から顔を出すそうだ」
「お姫様ですか!
見に行かないと!」
カイはため息をつくが、既に行く気になっているシニカに手を引かれて、離宮の方向へと進んだ。
庭園は開放されているが、離宮は立ち入り禁止だ。
立ち入り禁止を示す背の低い柵の前にはあっという間に人だかりが出来た。
柵は簡単に越えられるような高さだが、近衛騎士団が見張りについているので、皆規則を守っていた。
「み、見えないです!」
出遅れたシニカは人だかりの後ろ。
小柄な彼女がいくら背伸びをしようが跳ねようが、とても離宮の様子は覗えない。
群衆から歓喜の声が巻き起こった。
シャルロット姫が姿を見せたのだろう。
「ほら」
カイはシニカの肩を叩き、その場に座り込んだ。
シニカはすっかり慣れたもので、即座に頷いてカイの頭にまたがる。
肩車されたシニカ。
その視界は群衆の頭を越えて、離宮がよく見えた。
そのバルコニーに、白いドレスを着た美しい人物の姿があった。
水色の透き通るような美しい髪を結い、王権を示す黄金のティアラを身につけ、藍色の瞳に控えめな笑みを浮かべた彼女は、群衆達の歓声に応えるように、ゆっくりと小さく手を振った。
その仕草の1つ1つまでもが美しい。
気品高く美しい、リムニステラ王家相続権第1位。シャルロット・J・リムニステラ。
美しさもさることながら、帝国との戦争では前線まで戦意高揚のため巡察に赴き、異界戦役でも自ら近衛騎士を率いて出陣。
運命厄災においても王都を守るため騎士団の指揮を執り続けるなど、国民を守るために尽力してきた。
旅行好きで、度々王国内を巡察と銘打って旅して回り、茶目っ気が有り、お目付役の近衛騎士団の目がなければ、どのような身分の人とも気さくに話す。
そんな彼女は国民から姫殿下と呼ばれ、大変愛されていた。
そのシャルロット姫を直接お目にかかれるとあって、このパーティーは人気を博したのだ。
そしてシニカも、間近で見たシャルロット姫の美しさとその気品、慈愛に満ちた表情に、瞳を輝かせた。
シャルロット姫はバルコニーから身を乗り出して群衆へ向けて口を開こうとしたのだが、護衛に立っていた近衛騎士団長に咎められ、控えめに笑って身を引いた。
その様子には群衆も声を上げて笑い、歓声はひときわ大きくなった。
今日は顔を見せるだけの予定なのだろう。
シャルロット姫はゆっくりと庭園に集まった人々を見渡すと、上品に一礼してバルコニーから去って行った。
群衆は姫殿下のお姿を一目見れて良かったと、庭園へと散っていく。
「どうした?」
カイは降ろしたシニカがその場から動かないのを見て、心配して問いかけた。
シニカは高揚した様子で、瞳を輝かせていた。
「お姫様、めっさ綺麗です!」
近くで見たシャルロット姫の姿にすっかり魅入ってしまったようだ。
カイは何と返したら良いのかと思案した後、ため息交じりに返した。
「そうだな」
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