第31話 小遣い稼ぎ③


 猫を捕まえる。

 言うのは簡単だが、実行するとなると難しい。

 そもそもサリタもルッコも、逃げ出した飼い猫を捕らえる方法について詳しいわけではない。


 ただサリタは、街中を駆け回ることになるだろうと予想したのと、端から見たらバカに見えるだろうと考えたことから、動きやすい服装で、更に言えば貴族らしくない、庶民っぽい服装に着替えた。

 家出の常習犯であるサリタにとって、庶民を装うことなど容易だ。


 従者のアドバイスに従い、干した小魚を袋に詰めて携行した以外は特に荷物はない。


 対してルッコの装備は重々しい物だった。

 服装は動きやすい軽装の上に、防寒対策でケープを羽織った程度。

 しかし背中には大きなカバンを担ぎ、網や釣り竿、スコップにネズミ用トラップに麻袋にロープなどなど……。役に立つかどうかも分からない代物がいっぱいに詰められていた。

 知らない人が見ても、何やら狩りに出かけることは分かっても、そのターゲットまでは予想できないだろう。


「猫を捕まえに行くのよ?」


「はい!

 準備は万全です!」


「重すぎない?」


「へっちゃらですよ! さあ、張り切って探しましょう!」


 胸を張るルッコ。

 サリタは呆れかえって、何を言っても無駄だと諦めた。

 周りからは変人に見られるだろうが慣れたものだ。

 あくまで今回の仕事はルッコに持ってきたものだ。彼女の好きにやらせてみようと、とりあえず指示を仰ぐ。


「それで、どこ探すつもり?」


「叔父さんの屋敷の周りは探したんですよね?

 市場の辺りから探しましょう。

 猫だってお腹が空くはずです。きっと食べ物がある場所にいます」


「ま、そうね」


 どうせ当てもないので、サリタはルッコの意見に賛同した。

 2人は揃って市場へと向かう。

 昼前で人通りの多い時間帯だった。

 人混みの中で、小さな猫を探し出すことになる。


「これだけ人が多いと大変ね」


「そうですか?

 たくさん人がいるんです。誰かが猫を見ているかも知れませんよ」


 ルッコは前向き思考で、顔見知りに出会っては猫の絵を見せてまわる。

 マッティの飼い猫――メリーは白猫で、全身が真っ白であった。瞳は濃い青色をしていて宝石のよう。

 マッティ曰く高貴な猫だそうだ。


 真っ白な猫は、貴族が室内飼いしているのがほとんどで野外では珍しい。

 いくつかの目撃証言を元に、2人は市場を北側に進み職人街へと入る。


「あ、いました! ――背中に模様があるから違いますね」


 職人街ではネズミ退治のためか、数匹の猫が放し飼いにされていた。

 ルッコは猫の姿を見つける度に声を上げるのだが、どれもメリーの特徴とは一致しない。

 どれも雑種で、色とりどりの模様があった。


「鳴き声がどんなのか聞いてくるべきだったわ」


「聞き分けられます?」


「難しいとは思うけど、何にも知らないよりマシだわ」


「サリタさんでも難しいんですね。

 あ、白猫です!」


 ルッコが路地裏でくつろぐ猫を指さした。

 真っ白な猫――野良暮らしで多少の汚れはある――は、ルッコの声に反応して億劫そうに顔を上げた。

 瞳は濃い青色で、マッティの示した特徴と一致する。

 間違いなく家出猫のメリーだ。


「それよ! 捕まえないと!」


「任せてください! 一発で決めます!」


 ルッコは宣言と同時、背負ったカバンから弓矢を取り出した。

 狩猟用の短弓に矢をつがえて引き絞り、正確無比にメリーの脳天を照準し――


「おバカ!! 何やってんの!」


 撃ち放たれた矢はメリーの脳天直撃コースを飛んだのだが、その途中で電撃によって打ち落とされた。

 突然の攻撃に驚いたメリーは悲鳴のような鳴き声を上げて、路地裏の奥へと逃げていく。


「どうして邪魔するんです?」


「どうして弓矢を使ったのよ!」


 メリーを追いかける前にサリタはルッコから弓を取り上げた。

 サリタの慌てぶりを見ても、ルッコは何がいけなかったのか理解できなかったようで、説明を求めるように首を傾けた。


「捕まえたら良いんですよね?

 大丈夫ですよ。毛皮があまり傷つかないように1発で撃ち抜きますから」


「そういう話じゃないのよ! これだから山育ちは!

 アレがペットだって理解してる?」


「死んでたらまずいんです?」


 ルッコは全く理解できていなかった。

 彼女にとって捕まえると言う行為では、生死を問わないものなのだ。


「あのねえ、自分ところの家畜が逃げたとして、連れ戻すのに殺す人間は居ないでしょ」


「それはそうです。

 では足を狙って――」


「足もダメ!

 とにかく傷つけたらダメなの!

 無傷で捕らえるの! そういう依頼よ。少しでも傷つけたら報酬は貰えないと思いなさい!」


「報酬が貰えないのは困ります。

 でも無傷は難しいですね。――ところで獲物は何処へ行きました?」


 メリーは路地裏の奥から姿を消していた。

 そりゃあ矢が飛んできたかと思えば近くに電撃が放たれたのだ。猫だって逃げもする。

 

 サリタは折角見つけたメリーが再び姿をくらましたこと。

 更に言えば、メリーから2人が明確に敵だと認識されてしまっただろうことに表情を歪める。

 最初に友好的に接するようにと言いつけておくべきだった。


 されど全て過ぎたこと。

 相手に警戒された状態ではあるが、無傷で速やかに捕獲しなければならない。


「遠くには行っていないはずよ。

 職人街を中心に探しましょう。

 ――あと獲物って言うの止めなさい。狩りじゃないのよ」


「はい、分かりました!

 メリーちゃんですね」


「無傷で捕獲よ。

 忘れないように」


「心配性ですね。

 大丈夫ですよ! 次こそちゃんと捕まえましょうね!」


 サリタは不安を感じつつも、「大丈夫」と言い切ったルッコを信じることにした。

 2人は職人街を中心に、メリーの目撃情報を尋ねて回ったのだが、夕方頃になっても再発見出来なかった。


「予想以上に警戒してるわね。

 きっと何処かに隠れてるのよ」


「うーん、強敵ですね」


 屋台で買った軽食を食べながら話し合う2人。

 食べているのは黒パンに挽肉の腸詰めを挟んだ料理で、庶民でも手に入る手軽さから屋台料理としては人気の品だ。

 数年前のサリタなら、野外で食事だなんて絶対に良しとしなかった行動だが、ユリアーナ騎士団での生活が続くうちにすっかり平気になってしまった。

 ちなみに2人分、サリタの財布から支払われた。


「そうだ! 良い案がありますよ!」


 何かを思いついたらしいルッコが、瞳をキラキラと輝かせてぽんと手を叩いた。


 良い案。

 サリタは復唱して、きっとあまり良い案ではないだろうなと思いつつも内容を尋ねる。

 ルッコは自信満々に答えた。


「ティアちゃんにお手伝いをお願いするんです!」


 最初から期待していなかったサリタだが、それでもその”良い案”には流石に脱力した。


「そりゃあ、解決はするだろうけど」


 ティアレーゼの力で解決出来ない問題の方が稀だ。

 猫探しなんて、空間の天使の前には造作もないことだ。

 ティアレーゼの目の前には世界の全てが存在する。そこからメリーを探し出して、ちょちょいとつまんでそれでお終いだ。


 だがそれは当然、天使の力を使うならば、という前提においての話だ。

 ティアレーゼが力の使用を拒否すれば、なんとも微妙な助っ人が1人加わるに過ぎない。


 そしてティアレーゼが猫探しに天使の力を使う可能性は極めて低かった。

 騎士団施設の再建ですら天使の力を使わずにいるのだ。

 たかだか家出した猫1匹捕まえるのに、彼女は決して天使の力を使わないだろう。


「多分、あの子は天使の力を使わないわよ」


「え? なんでです? 便利なのに」


 ルッコ相手に、天使の力の乱用がどれほど危険なのか説いても理解は期待できないだろう。

 サリタは「猫を探すための力じゃない」と答えたのだが、ルッコは「猫だって見つけられる能力ですよ?」と問い返す始末だ。


「とにかく、天使の力ってのは軽々しく使えないのよ」


「そうなんですか。

 でもとりあえず聞いてみませんか?」


「聞くだけならね。

 どうせ行き詰まってたし」


 闇雲に探しても見つけられなさそうである。

 恐らくティアレーゼは断る。

 しかしティアレーゼ本来の力を貸してくれる可能性はある。

 特別な価値があるわけではないが、人数は1人増える。

 代価として1人当たりの報酬が目減りするが、ルッコはその辺り気にしないだろう。


 2人は一旦ユリアーナ騎士団施設へ戻った。

 宿舎のティアレーゼの部屋の前で、ルッコが扉を叩こうとしたのだが、それをサリタが制した。


「ちょっと待って。

 変な声が聞こえる」


「え――」


 ルッコが大きな声で反応を返しかけたので、口に手を当てて黙らせる。

 それからサリタは、静かに扉へと耳を当てた。


 扉の向こうからティアレーゼの独り言が聞こえてくる。

 ――「私はなんてことを」「ポンコツ天使」「とんでもなくバツ」「カティ様に合わせる顔がない」「ダメダメ天使」「天使失格」「やってはいけないことをやってしまった」


 陰鬱な、自責の言葉が延々と紡がれる。

 サリタは途中で聞くに堪えなくなって扉から耳を離すと、ルッコの方を見て首を横に振った。


「今はダメだわ」


「お取り込み中ですか?」


「というか、なんかダメな感じになってる。

 この状況で手助けは頼めないわ。そっとしておきましょう」


「そうですか。

 でももう1つ良い案を思いつきましたよ!」


 ルッコはティアレーゼの助力をすっぱり諦めたが、新しい案が浮かんだと表情を明るくした。

 サリタは全く期待せず、どんな案か尋ねる。


「ユキ先生に手伝って貰うんです!

 ユキ先生の能力なら――嫌そうですね」


 普段から怒っているように見えるサリタの表情が、露骨に嫌そうに歪められたのを見て、流石のルッコも気がついた。


「もしかしてまたユキ先生と喧嘩しました?」


「またって何よ。

 別に喧嘩なんかしてないわよ」


「でもいつも仲悪そうにしてます」


「あたしが嫌ってるんじゃなくて向こうが嫌ってるのよ。

 とにかくあいつに頼らず済むなら、それに越したことはないわ」


「そうですか?

 ではツキヨさんに――嫌そうですね」


 再び露骨に嫌な表情を浮かべたサリタ。


「またツキヨさんと喧嘩しました?」


「別にあいつとも喧嘩は――してたけど、今はしてないわよ。

 とにかく気に食わないだけ」


 サリタがツキヨに対して拒否感を示すと、ルッコは「はあ」とため息をついて、それから尋ねた。


「サリタさん、逆に誰となら仲が良いんです?」


「はあ?

 別に良いでしょ。あたしは友達作りに騎士団に入ったわけじゃないのよ」


 ぶっきらぼうに答えるサリタ。

 ルッコはそんな彼女の手を取って、間近まで顔を寄せると言った。


「わたしはサリタさんのお友達ですからね!」


「だから友達作りに来てんじゃないのよ。

 分かったわ。ユキに頼みましょう」


 2人で猫探しを続けても埒があかない。

 サリタは仕方なく、ユキの助力を得ることにした。

 交渉はルッコが行うことと言いつけて、ユキの部屋の近くまで同行。後はルッコに任せた。


 扉を叩き、返事を受けると元気よく入室するルッコ。


「ユキ先生! お願いがあるんです」


 書類仕事をしていたユキは、来客へと振り向き、要件は何かと首をかしげて見せた。

 猫探しをしていること。ちょっと行き詰まっていることを説明して、ユキにちょっとだけ手伝って欲しいと頼む。

 ユキは説明を聞き終えると静かに頷いた。


「構いませんよ。

 ですが珍しいですね。猫探しですか。

 報酬はおいくらです?」


「金貨10枚です!」


「金貨? 猫探しに金貨ですか?」


 不審に思い問いかけるユキ。ルッコは大きく頷いた。


 猫を飼うのは珍しくない。

 家出した猫を探すというのも、たまには起こるかも知れない。

 しかし報酬として金貨を支払うとなると話は別だ。

 そもそも金貨を支払える階級は限られている。

 そしてそんな階級の人間から仕事を受けるにはそれなりの身分が必要だ。

 ユリアーナ騎士団の団員であるルッコとはいえ、そのようなコネクションはないはずだ。

 だとしたら、仕事を持ってきた人間は別に居ると考えるのが妥当で、今回については大体の目星がついていた。


「サリタ様がお受けになった仕事ですか?」


「はい。そうですよ。

 流石、ユキ先生は何でもお見通しですね!」


「それで、ルッコ様に仕事を丸投げしたサリタ様はどちらに?」


 ルッコが回答しようとした矢先、ユキの部屋の扉が開かれて、サリタが入室した。

 彼女は誤解を受けている点について説明する。


「こいつがお金欲しそうにしてたから仕事を受けてきてやったのよ。

 丸投げしたわけじゃないから」


「ですが交渉はルッコ様に任せたと」


「あんたが気に食わないからよ。

 手伝うならさっさと手伝いなさいよ」


 ユキはじとっとした瞳でサリタを見つめて「果たしてそれが人にものを頼む態度でしょうか」と首をかしげた。

 サリタは問答無用で「良いからやれ」と言いつける。


 ユキは不服そうだったが、ルッコが再度頼み込むと頷いた。

 彼女のチョーカーにはめ込まれた宝石が灰色に鈍く光った。

 右手に武器――鉛色の、飾り気のない無骨なメイスが具現化され、彼女の周囲に灰色の光球が出現する。


「猫の特徴は?」


「これです!」


 ルッコがメリーの絵を見せるとユキは頷いて、大きく開けた窓から光球を次々に放った。

 十数の光球が放たれていく。

 その間にもユキはルッコへと、猫がいそうな場所について問いかける。

 職人街で目撃したことを告げると、ユキは光球を職人街へと向かわせ、光球と共有した視界で猫を探す。


「いました。

 職人街、釘職人の工房の屋根の上です」


「屋根ですか!

 道理で見つからないはずです!」


 2人には屋根の上まで探す能力はなかった。

 サリタがユキへと道案内をするようにと自分の肩の上を指さすと、ユキは冷淡に言った。


「少々お待ちを。

 前足を折っておきますので。後は回収だけそちらでお願いします」


「このおバカ!」


 サリタは具現化した棒でユキの頭を小突こうとした。

 しかしそれはメイスに阻まれる。

 何故攻撃するのかと、ユキは首をかしげる。


「何処にペットの足を折って回収する奴がいるのよ!

 これだから教会育ちは!」


「何が不満ですか?」


 ユキには猫の前足を折る行為の何処がいけないのか、さっぱり見当もついていない様子だった。

 飼い猫に対する認識が、教会育ちと名門貴族では違いすぎる。

 サリタはユキのずれた常識でも理解できるようにと説明する。


「教会の――下働きの小僧が脱走したとしても、足を折って連れ戻したりはしないでしょ!」


「折りますが?」


 平然と答えるユキ。

 サリタは顔をしかめて、そういえばこいつはそういう身分の出身だったと思い出す。


「腐ってるわ」


「教会が腐っているのは分かりきったことです。

 ですが足を折ってはいけないと理解しました。

 逐一場所を伝えるので、そちらで捕獲をお願いします」


「足だけじゃなくて傷つけるの絶対にダメだからね」


「分かっていますよ」


 ユキは頷き、光球を2つ産み出すとそれぞれルッコとサリタの肩の上に浮かべた。

 後はそちらに任せると、彼女は椅子に座り直し書類仕事を再開する。

 ルッコはお礼を述べると、サリタと共に職人街へと向かった。


 光球を通じて猫の場所が示される。

 今もまだ釘職人の工房、屋根の上。

 2人は目的の工房に辿り着くと、短く作戦会議を行う。


「あたしが登って捕まえてくる。

 あんたは念のため向こうに回り込んでおきなさい」


「分かりました!

 逃げてきたら捕まえれば良いんですね!」


「そういうこと」


 作戦は決定。

 サリタが具現化した棒を使って、棒高跳びの要領で屋根の上へと登る。

 冬とは言え、日差し暖かな屋根の上。

 目的の猫――白猫のメリーは、そこでくつろいでいた。


 足音を消して近づくサリタ。

 だがメリーは野生の勘か、サリタの気配を察して顔を上げた。

 そして彼女の姿を見るや飛び上がり、いつでも逃げ出せる体勢をとる。


「何よその態度は。

 こっちはあんたのためにしてやってんのよ。

 温室育ちのあんたが野外で冬を越せるわけないでしょ。

 良いから大人しく捕まりなさい」


 用意していた干した小魚をちらつかせてメリーを誘い出そうとするサリタ。

 だがメリーも一度電撃を飛ばしてきた相手を覚えているらしく、決して隙を見せず、サリタが一歩近づく度に同じ分だけ後ろへ下がる。

 

 勝負は一瞬で決まる。

 サリタはメリーが瞬きした瞬間に屋根を蹴って駆け出した。

 メリーの反応も早い。家猫のはずが、野生を取り戻したのか異様な俊敏さで飛び上がり、屋根の端から飛び降りる。


「ルッコ!

 そっちに行ったわ!」


「お任せ下さい!」


 メリーは見事な着地を決めるが、その目前にルッコが待ち構えていた。

 後ろからはサリタが、屋根から飛び降りる体勢に入っている。


 メリーは咄嗟の判断で、一度右にフェイントを入れ、足を開いたルッコの股の下を通り抜けた。


「何やってんのよ!」


 飛び降りながら叫ぶサリタ。

 彼女は手にした棒を振るって空気を殴りつけた。

 生じた雷撃がルッコの横を通り抜け、メリーの進路上で弾けた。


 地面が爆ぜる。

 驚いたメリーは後ろに飛び退いたが、そこにはルッコの姿が。

 ルッコはメリーの頭をがっしりと右手で掴んだ。


「やりました!

 捕まえましたよ!!」


 捕らえた獲物を見せびらかすように、ルッコはメリーを高く掲げて見せた。

 顔面を掴まれたメリーは、反抗する意志を見せずにだらりと身体を伸ばしている。


「ルッコ、顔面を鷲掴みにするのは止めなさい。

 繰り返すわ。顔面を鷲掴みにするのは止めなさい」


 とてもペットに対してやっていい行動ではない。

 されどルッコも「ではどうしたら」と分かっていない様子なので、サリタはルッコの背負ったカバンから麻袋を取り出して、そこへとメリーを足からぶち込み、袋の口を紐で縛った。


「これで一件落着ね。

 直ぐに叔父に渡してくるわ」


「はい。これで叔父さんが仕事に集中できますね!」


「そうね。

 宿舎で待ってなさい」


 自分の報酬ではなく、真っ先にサリタの叔父を気遣うのはルッコらしいと、サリタは控えめに微笑んだ。

 そんな気遣いが出来るなら猫を射殺そうとしたり、顔面を掴んだりするなよと言いたかったが、言っても無駄なのでやめておいた。


 ユキの光球も、メリーの回収を見届けたのか任務完了を告げるようにくるくると宙を漂い姿を消した。


 サリタは叔父の元へメリーを届け、無事にそれが間違いなくメリーであると確認が取れたため、報酬の入った袋を受け取り、騎士団宿舎へ帰った。


「ほら。報酬」


 ルッコの部屋で、サリタは金貨の入った袋を丸ごと差し出した。


「ありがとうございます!」


 ルッコは良い笑顔でそれを受け取ると、中身を検め、そこから金貨を3枚取り出してサリタへと差し出す。


「これ、サリタさんの分です」


「別にいいのに。

 3対7なのね」


「いいえ。ユキ先生に手伝って頂いたので、3枚は先生に――あれ。でも1枚余りますね。どうしましょう?」


 サリタはやっぱりユキにも報酬を支払うのかと呆れてため息を吐いた。


「あいつは部屋でちょっと能力使っただけよ」


「でもわたし達には見つけることも出来ませんでした」


「そうだけど。

 ――ま、あんたの報酬よ。使い道は好きにしなさい。

 余った1枚懐に入れたって誰も文句言わないわよ」


 ルッコは「では貰います」と笑った。

 そんな彼女を見て、サリタは再びため息をついた。


「なんであんたはお金なんて集めてるのよ」


 問いかけにルッコは胸を張って答える。


「わたし、おじいちゃんが法石を買ってくれたので術士になれたんです。

 だからおじいちゃんに恩返しをしたいんです」


「それで法石の代金を返そうって?

 本当に恩返しするつもりなら、本質を見失わないことね」


 言葉を句切ると、サリタはルッコの頭に手を置いて、子供に言いつけるように優しく言葉を紡いだ。


「あんたの祖父は、あんたにお金を稼いで欲しくて法石を授けたわけじゃないでしょ。

 あんたに立派な騎士になって欲しかったんでしょ」


 サリタに撫でられながらルッコは大きく頷いた。


「はい。

 我が家が林業を始めるきっかけをくれた大恩人に報いるため、200年掛けて山を育てて、ようやくわたしが術士になれたんです。

 わたしが立派な騎士になって、その大恩人様のご子息の力になるのが祖父の――一族の願いです」


「だったら目先の小金に飛びついたりしないで、しっかり足下を固めなさい」


 サリタがルッコの頭から手を放す。

 ルッコは太陽のような笑顔を浮かべて、大きく、大きく頷いた。


「そうですね。

 サリタさんの言うとおりです。

 ありがとうございます。わたし、絶対に立派な騎士になりますよ」


「分かれば良いのよ」


 立派な騎士になるためには教養が大分足りていないルッコだが、本人にやる気があればその辺りはなんとかなるだろう。

 幸い、ユリアーナ騎士団にはそのための環境がある。

 知識はユキから得られるし、名門貴族も在籍している。


「ところでサリタさん!

 サリタさんのところの騎士さん、今は馬車係に降格されているんですよね!

 でしたらわたしを専属の騎士にして貰えませんか!

 サリタさんの家は名門貴族で、お金持ちですもんね!」


 サリタは和らいでいた表情を険しくすると、さっきまで頭を撫でていた手を握りしめて、こつんとルッコの頭を叩いた。


「あんた全然分かってないわ」


 

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