第30話 小遣い稼ぎ②
サリタは王都にある叔父の家を訪ねていた。
名家であるサリタの親族は、国家運営にも深く関与している。
叔父はその中でも財務を担当していた。財務官僚の重鎮。名を知らぬ物などいない大御所中の大御所だった。
サリタは必要な物があれば叔父を訪ねていた。
金でも現物でも、「これをいつまでに用意しておけ」と命じるだけで手に入る。
今回の要件はドレスだった。
シャルロット姫主催の、国内の若手貴族を集めた立食会が開催されるのだ。
招待状を受け取ったサリタは、ドレスを工面するようにと依頼を出していた。
サリタの叔父。
財務官僚を務めるマッティは、サリタがくつろいでいた部屋へ駆け込んでくると遅延を謝罪する。
サリタが多少の遅延など気にせず、本題のドレスについて問い合わせると、マッティはドレスのデザインが描かれた紙束を提出した。
サリタはソファーに深く腰掛けたまま、それを従者の手から受け取ると内容を改める。
「少し色合いが明るすぎない?」
「若い貴族相手の立食会とのことですので、落ち着いた色合いよりはそちらの方がよろしいかと」
マッティは走って客間まで来たようで、額に浮いた汗を拭いながら回答した。
サリタは色合いと言うより、ちょっと露出が多めの若すぎるデザインに苦言を呈したかったのだが、確かに若手の集まる食事会だ。
落ち着いた雰囲気は必要ないだろうと納得した。
「ふうん。まあそうね。たまには周りに合わせてあげるのも大切ね」
「して、どちらにされますか?」
デザインは4案あった。
それぞれ別々のデザイナーが作成したようで、色合い以外には違いも多い。
サリタはデザイン案を深く見ることもなく答える。
「全部作らせて。
実物見てからその日の気分で決めるわ」
「かしこまりました。
手配しておきます」
「で、オリアナの分は?」
サリタは立食会に同行する予定となっている、オリアナのドレスについて尋ねる。
「ケイリカ伯嬢ですか?
ドレスの作成は承っていませんが」
マッティは困ったように額の汗を拭いながら答える。確かにサリタは自分のドレスを作るようにと注文は出したが、オリアナの分は出していない。
サリタはため息を吐いた。
「同行するって伝えてあったでしょ。
あの貧乏貴族に、あたしの隣に立つにふさわしいドレスが準備できる訳ないんだから、こっちで用意しないといけないでしょ」
「おっしゃるとおりです。
直ぐに手配します」
「全く。ちゃんとしなさいよ。
――何かあった?」
サリタはマッティの顔色がいつもと違うのを見て問いかけた。
最初に遅れてきたのだって妙だ。
マッティはこれまで1度たりとも、本家令嬢であるサリタを待たせたりしなかった。
オリアナのドレスだって、サリタがわざわざ言わずともいつもなら準備を整えていただろう。
彼は財務官僚を任されるにふさわしい、生真面目でミスを許さない人物だった。
「いえ、それが、少しばかり家庭の問題がございまして。
仕事に支障を来してしまい申し訳ありません」
「何? 家族に病人でも出たの?」
「その、お恥ずかしい話なんですが……」
マッティは回答を渋る。
されどサリタが促すように細めた目を向けると、彼は白状した。
「飼い猫が逃げてしまいまして、使用人も総出で探していますが、どうも市街地まで出て行ったようで見つからず。もう3日になります」
「猫?
そんなバカげた話であたしの依頼を疎かにするなんて許されないわよ」
「ごもっともです。
ドレスにつきましてはケイリカ伯嬢の分も合わせまして、必ず立食会には間に合わせます」
「当然よ」
サリタはデザイン案を従者へと渡し、彼女の手からマッティへと返された。
マッティは立ち上がり、今回の非礼を詫びる。
サリタは謝罪の言葉を聞き流しながら、ここを訪ねる前のルッコとのやりとりを思い出した。
ルッコは平民の出であり、祖父が林業で成した財によって術士になった。
そんな彼女は祖父に恩返しすべくお金を集めている。
マッティの去り際の挨拶が途切れた頃合いを見計らってサリタは尋ねた。
「手元に現金はある?」
マッティは目を白黒させて問い返した。
「ええ多少でしたらございます。
必要な額はいかほどで?」
「あたしが欲しいわけじゃないのよ。
騎士団の人間が小遣い稼ぎ出来る仕事を探してるわ。
猫を捕らえて謝礼が支払われるならそいつに話を持って行く。そのためのお金はあるのかって質問してるのよ」
マッティはサリタの意志が伝わると大きく頷く。
「ええ、もちろん用意できますとも。
お嬢様のご友人が手助けして頂けるなら心強いことこの上ありません」
サリタは「別に友人じゃない」と小さく否定しつつも、謝礼金額と、猫の特徴を伝えるように言った。
◇ ◇ ◇
「ちょっとルッコ来なさい」
騎士団施設に戻ったサリタは、外壁に装飾を彫り込んでいたルッコへと声を掛ける。
ルッコは目を輝かせた。
「もしかしてお守り買います?
ジルさんが手持ちがないって――」
「その話じゃない。もっと良い話よ」
サリタは施設の受付前で、ルッコへと逃亡した猫の絵を見せる。
「叔父の家から猫が逃げたらしいわ。
これ捕まえたら謝礼金として金貨10枚支払われるわ」
「金貨10枚ですか!?」
ルッコは驚きに目を見開いた。
さっきまで売りつけようとしていた木彫りの像は、売値小銀貨2枚である。
大雑把に計算して200倍もの収入だ。
「額はともかく、王国財務官僚重鎮からの依頼よ。
媚売っておいて損はないわよ」
「やりますやります!
猫を捕まえるだけで良いんですよね!」
ルッコは提示された金額に惹かれて即決した。
既に彼女の瞳は金貨の色に染まっていて、サリタから押しつけられた猫の絵すら、金貨に見える程だった。
「名前はメリーだそうよ。
期日は一応今日中ね」
ルッコは頷き、それからサリタの手を取った。
「ありがとうございますサリタさん!
わざわざわたしのためにとっても素敵な仕事を持ってきてくれて!」
「あんたのためじゃないわよ。
あたしはバカな叔父に仕事へ集中して欲しいだけだわ。
感謝は受け取っておくけどね」
サリタはそれで話は終わりだと手を放そうとするのだが、ルッコはぎゅっと握った手を放さなかった。
何のつもりかと視線を向けるサリタ。
ルッコはキラキラと瞳を輝かせたまま顔を寄せた。
「頑張りましょうね、サリタさん!」
状況がよく伝わっていない。
サリタは眉をひそめながらルッコの現状認識に対する誤りを指摘した。
「頑張るのはあんたよ。
あたしはあんたに仕事渡しただけ」
「でもサリタさんが受けた仕事です。
それに叔父さんのためなんですよね?」
「あんたが小遣い稼ぎしたそうだから貰ってきたってだけよ」
「大丈夫ですよ。
取り分は半分こです」
「報酬を気にしてるわけじゃないのよ」
「え、それじゃあ手伝ってくれないんですか?」
しゅんとするルッコ。
彼女はサリタも一緒に猫探しをしてくれると思っていたのだ。
ルッコの悲しげな顔を見たサリタは、ばつの悪そうな表情を浮かべて、仕方なく頷いた。
「――どうせ暇になったところだし手伝ってやるわ。
感謝しなさいよ。
あたしが猫探しだなんて、本当は手伝ったりしないのよ」
「はい。ありがとうございます!
一緒に頑張りましょうね! では道具を準備してきます! ここで待ち合わせましょう!」
元気よく宿舎へと駆けていくルッコ。
サリタは面倒なことになったと思いながらも、自身も準備のために宿舎へ向かう。
途中、随伴していた従者へと視線を向ける。
「あんたも手を貸しなさい」
「いいえ。自分が手を貸したらルッコ様とお嬢様の取り分が減ってしまいますから」
命令を断られたサリタ。
従者を一睨みしたものの、彼女との付き合いは長い。
彼女はサリタの性格をよく知っているし、ルッコのことだって良く知っている。
3人でやったとなればルッコは平気で報酬を3等分するだろう。
サリタだって、わざわざ持ってきた仕事でルッコの取り分が減りすぎるのを良く思わない。
「準備だけ手伝って」
従者は深く頭を下げて承諾した。
ルッコとサリタは、2人きりで財務官僚の猫探しをする運びとなった。
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