第26話 放浪①


 王国祭、およびティアレーゼの護国卿就任式まで2ヶ月となった。

 ユリアーナ騎士団はもちろん、大陸諸国は未だ平和の中にいた。


 ここ数ヶ月での変化として、ユリアーナ騎士団施設に人が増えた。

 イブキとヤエなどの協力員もあるし、久々に帰ってきたツキヨなど、メンバーは増加傾向にある。

 そんな中、サリタとジルロッテも騎士団施設に滞在中だ。


 反面、宿舎の部屋はもちろん、共有物は減少傾向にあった。

 運命厄災の発端となった元帝国騎士ヘルムートとの戦いで、施設各所に損傷。

 宿舎にも大穴が空き、家具や一部施設も損害を受けた。


 そんな状況での運命厄災。

 王都を襲った未曾有の脅威では、騎士団施設も少なからず被害を受けた。


 運命厄災を沈める際、ティアレーゼは天使の力で運命の歪みを正しはしたが、王都の修復には触れなかった。

 運命厄災は世界的な危機だ。

 リムニ王国王都が最も甚大な被害を受けたとは言え、王国内はもちろん、世界各国で少なからず影響があった。


 その状況下で王都のみ修復をしたとなれば、不公平と感じられてもおかしくない。

 となれば全て直すか、全て直さないか。


 ティアレーゼにとれる選択肢は後者しかなかった。

 空間の天使の力は現在に対しては絶対的なものだ。

 されど過去を見通す力はない。


 慣れ親しんだ王都はともかく、他の国の都市が被害を受ける前はどのような状態だったのか、認識する術が無い。

 元が分からなければ直しようがない。

 だからティアレーゼは、運命厄災の被害については受け入れる形で、復興を頑張りましょうと旗振り役にのみ始終した。


 ――と言うわけで、ユリアーナ騎士団では、施設は減り、人は増えた。

 宿舎の修復はイブキを建設隊長にして進められているが進捗は思わしくない。

 家具については、ルッコが持ち前の木材加工技術を活かして修復・新規作成を進めたため生活に必要な物は揃っている。

 しかし、ルッコが想像出来ないような家具の類いは不足していた。


 帽子掛けが足りない。


 ジルロッテがその事実に気がついたのは、ティアレーゼと一緒に帽子を買った日のことだった。

 ルッコも帽子はかぶるが、農村育ちの彼女はそこまで身だしなみに気を使わない。

 帽子なんてのは1つあれば十分な物で、いくつも帽子を掛けておくという家具の存在価値を、彼女には見いだせなかったのだ。

 

 ティアレーゼの帽子を買うついでに、ジルロッテは自分の帽子も買い足していた。


 リムニ王国では、帽子を見ればその人の職業とか身分とか生活水準とかがなんとなく分かると、統計的な確証はないものの、古くから言われていた。

 ジルロッテが庶民の間で流行っていると思い込んで買った帽子は、サリタによって「そんな高価な帽子を庶民はかぶれない」とばっさり否定された。

 そこで買い出しにはサリタも同行させて、町娘がかぶるにふさわしい帽子を選んで貰った。


 ジルロッテはサリタに選んで貰ったその落ち着いた色合いの帽子を大変気に入った。

 出来ることなら、型崩れさせず、長く使っていきたい。

 そうなれば帽子掛けが必要だ。

 されどユリアーナ騎士団の共有帽子掛けは既にいっぱいだった。


「という事情なので、こちらに掛けさせて頂いてもよろしいですか?」


 事情を説明し、サリタへと頼むジルロッテ。

 サリタの部屋には、彼女が親戚の家から引っ張り出してきた年代物の帽子掛けが備わっていた。

 元倉庫の部屋には似合わないその帽子掛けにはサリタのコレクションが飾られているが、まだ空きはあった。


 サリタはそんな図々しい頼み事をしたジルロッテを不機嫌そうに見つめる。


「帽子掛けがいるなら買ってきなさいよ」


「帽子を買ってしまったので、しばらくはお金が……」


「家の財布持ってくるか、家から帽子掛け貰ってくれば済む話よ」


「家出してきた身ですので、今帰るわけにはいきません」


「それはあんたの都合よ」


 サリタは要求を一蹴する――ように振る舞う反面、ジルロッテの次の言葉を待っているようだった。

 ジルロッテはニコニコと柔らかな笑顔を浮かべたまま再度頼む。


「これからルッコさんに帽子掛けを作って頂けないか頼もうと思います。

 それが完成するか、お金が貯まって帽子掛けが買えるまでの期間で良いので、置かせて頂けませんか?」


 サリタは不機嫌を装い、大きなため息をつく。


「あたしがわざわざ自室に帽子掛けを持ち込んだのは、庶民どもの帽子とあたしの帽子を一緒くたにされたくないからよ」


「それは理解しています」


 ジルロッテの言葉に、サリタは再び深くため息をついた。


「感謝しなさいよ。

 今回だけは特別だからね」


 サリタが手を上げて合図すると、彼女の従者がジルロッテの帽子を受け取り、帽子掛けに掛けた。

 ジルロッテはにっこり微笑んで礼を述べる。


「感謝します。

 このお礼は後ほど」


「礼は不要よ。

 それより手が空いてるなら宿舎の修復手伝って来なさいよ。

 連中に任せてたらいつまでも倉庫暮らしだわ」


 ジルロッテは部屋を見渡す。

 確かにここは倉庫だったはずだ。壁紙と敷物で誤魔化しているが、部屋全体に倉庫の面影がある。


「サリタさんも部屋が足りなかったのですね」


「そういうことよ。

 ま、クソガキと同室するよりずっとマシだわ」


「わたくしは同室も楽しめていますよ」


 ジルロッテはユキとの同室を楽しんでいるらしく微笑む。

 サリタは「あんたの楽しいはあてにならない」と、用が済んだならさっさと帰れと視線で促す。

 ジルロッテは退室する前に、今日気がついたことについて問いかけた。


「ところでサリタさん。

 1室、誰も使っていない部屋があるのをご存知でしょうか?」


 サリタは細めていた目を見開いた。


「何よそれ、知らないわよ!

 っていうか空室あるならなんであたしが倉庫暮らししないと行けないのよ!

 何処の部屋!?」


「ストラさんとスミルさんの部屋の隣です」


「あのクソガキども――」


 サリタは勢いよく立ち上がり、鬼のような形相で早足で部屋を出た。

 ジルロッテもそれに続いて、問題の部屋へと向かう。

 扉に鍵はかかっておらず簡単に開く。


「本当だわ」


 誰も使っていない部屋。

 だが家具はしっかりと用意され、掃除も行き届き、いつでも人が住み始められる状態である。


「なんで空室があるのにあたしが倉庫暮らししないと行けないのよ!」


「それは先ほどもうかがいましたが――ユキさんに確認してみましょうか?」


「あいつは何処」


「この時間ですと、図書室で勉強会かと」


「図書室ね」


 サリタは肩を怒らせたまま図書室へと邁進していく。

 ジルロッテも同伴し図書室へ入った。


 図書室ではユキによる歴史の授業が実施されていた。

 ストラ、スミルは来年度、王国の騎士試験を受ける予定である。

 その筆記試験のための勉強会だ。参加者の中にはティアレーゼの姿もあった。

 勉強熱心の彼女だから、おさらいのために授業を受けているのだろう。


 そんな授業の真っ只中へ、怒りに満ちた表情を浮かべるサリタが乱入した。


「ちょっとユキ。

 確認したいことがあるんだけど」


「急ぎでなければ授業が終わった後に――」


 授業の手を止めて、ユキは無表情のままサリタへと向き直る。

 彼女の言葉が終わる前にサリタは問いかけた。


「急ぎよ。

 1つ空き部屋があるでしょ。なんであたしに倉庫使わせて、1部屋余らせてるのよ」


 ユキは「そのことですか」と無感情に応じ、それから説明した。


「そちらの部屋はハルグラッド様の部屋です。

 こちらに滞在すると連絡がありましたので準備を整えておきました」


「あいつ来てるの? 

 一度も姿を見てないわよ!」


「そうですね。

 …………そうですね」


 ユキも何かを思い出すように俯き気味に記憶を探る。

 ハルグラッドより王都へ向かうとの手紙は確かに届いたはずだ。

 手紙を受けて、ストラとスミルに部屋の準備をさせたのだ。

 問題は、果たしてそれがいつのことだったか。


「スミル、古い手紙は残してありますか?」


「はい、お師匠様。

 書類保管庫にまとめてありますです」


 スミルが指さしたのは、図書室の奥にある書類保管庫。

 公式な文書から非公式な手紙まで、即時処分の必要ない文書はそこに一定期間保管する決まりとなっている。


「しばし授業を中断させてください」


「探すのお手伝いします」


「あたしも!」


 スミルが立ち上がると、ストラも続いて3人は書類保管庫へ。

 手紙は日付順に並べてあったようで、彼女たちは直ぐに1通の手紙を持って図書室に戻ってきた。

 それは授業用の大机に広げられる。


 手紙にはしっかりと領地を出発する日付が記載されていた。

 ハルグラッド・カシクの領地――もとい居城であるカシク城から、王都は馬車で1日から2日の距離。

 それなのに、出発日として記載されていたのは、今からちょうど1月前のものだった。

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