第25話 宝探し⑤


 数多のトラップをくぐり抜け、ユリアーナ騎士団の一行は大きな扉のある部屋まで辿り着いた。

 扉は青色に輝いていて、水の魔力を放ち続けている。

 ユキが扉に手を触れて解析を行う。


「法石の塊のようです」


「こんなに大きいのに?」サリタが問う。


 法石は希少だ。

 伝説では女神ユリアの死に際して産み出されたとされていて、いくつかの限られた鉱山でしか採掘されない。

 サイズも大きくて拳くらい。小さいものだと、術士を産み出すのにも使えない小さな欠片程度。

 高さ4メートルほどもある大扉に使えるようなものは前代未聞だった。


「天使トリン様の進化の魔力によるものでしょうか。

 水の魔力を大量に蓄えています。

 ――ここが湿地帯になったのはこの扉によるものかも知れません」


「つまり、湿地帯にわざわざ地下遺跡を作ったんじゃなくて、地下遺跡を作ったらその周辺が1000年かけて湿地になったってこと?

 バカげてるけど、確かに凄い量の魔力ね」


 水術士ではないサリタですら感じるあまりに多量の水の魔力。

 この地域が魔力枯れを起こすこともなく、長きにわたり水の魔力を排出し続けていた理由としては十分だ。


「へえ。

 これの生命の魔力版作って何処かに置いてくれてたら魔力枯れで疫病も餓死も起こらなかったのに」


 ミトは「トリンさんも気が利かないなあ」と愚痴るが、ティアレーゼが「天使様にだって予測できないことはある」と言い返す。

 

「で、どうやって開けるの?」


 本質的な問題についてサリタが問う。

 単純に押せば開くのかどうかと言う問いについて、ユキは扉周囲に光球を飛ばして詳細に調べる。


 それからユキは扉に手を触れたまま魔力を放った。

 ユキの持つ基礎属性は光だ。

 しかし彼女は、自身の持つ魔力の波長をちょろまかして別の魔力のように見せかける能力を持っていた。

 能力によって水の魔力を装うと、扉が青く輝き反応を示す。


「水の魔力に反応するようです」


 ユキは指示を仰ぐようにサリタを見る。

 サリタはジルロッテへ視線を向けて、試すようにと目で訴えた。


「では失礼します」


 ジルロッテが扉に手を触れ、水の魔力を産み出す。

 扉はユキが試した時以上に青く煌々と輝く。

 そして何らかの機構が動作し始めたのか、ガタゴトと音が響き、扉の両脇に台座のようなものがせり出した。

 台座の上には大きな法石がはめ込まれ、青く輝いている。


「次はそちらですか――あら」


 ジルロッテが台座の方へと魔力を注ごうと扉から手を放すと、扉は輝きを失い、出現した台座も壁の中へと戻ってしまう。


「同時にこなさないとダメなようですね。

 ――天使トリン様は水術士でしたね。確か天使オリヴィア様も水術士のはず」


 ユキが考えをまとめるように言葉を紡ぐ。

 それを受けてミトが何かに気がつき、ぽんと手を打った。


「ユリアは全能力使えたはずだよね。

 つまりユリア一味には3人の水術士がいたわけだ」


「そのようになります」ユキが相づちを打つ。


「つまり、女神ユリアとその弟子達なら問題なくこの扉を開けられるように作ったってわけ?」


 サリタが問うと、ユキは首をかしげながらも答えた。


「予想でしかありませんが。

 幸い、ここには水術士が3人居ます」


 ジルロッテが頷き、ミトとティアレーゼへ視線を向ける。

 やることは分かったと、2人も頷いてそれぞれ持ち場につく。


「では始めます」


「準備オーケー」

「いつでもいけます」


 ミトとティアレーゼの返答を受け、ジルロッテが扉へと魔力を注ぐ。

 扉が青く輝き台座がせり出す。

 ミトとティアレーゼは台座の上の法石に触れて、水の魔力を送り込んだ。


 扉の輝きが一層増し、壁に埋め込まれていた無数の法石までもが青く輝く。

 水の魔力で満たされた部屋が揺れ始め、地響きのような異音ががなり立てる。


「ちょっとどうなってんの!?」


 戸惑うサリタ。

 解析担当のユキが「解析中」と冷淡に返し、ミトも「分からん」ときっぱり返した。


 揺れは次第に大きくなり、それは3人が魔力の供給を止めても続いた。

 いよいよ壁にヒビが入り水が漏れ始める。


「やばいんじゃないの」


 湿地帯の地下にありながらこの構造物が無事だったのは、壁に強固な魔力が込められていたからだ。

 そこにヒビが入ってしまえば、湿地帯の地下構造物がどうなるかなんてバカでも予想できる。


「水ですね」ユキが無感情に言った。

「そのようです」「水だねえ」「ええと、逃げた方が良いのでは?」


 ジルロッテ、ミト、ティアレーゼも察知したのだが、サリタにはいまいち正確に伝わらない。


「水は分かってんのよ!

 このままじゃ水没するってことよね!?」


「いえ、下から」


 ユキが平然と答える。

 ついに異音と共に壁が崩れ始めた。

 同時に、法石で出来た青い大扉が下へと移動していった。


「扉が下がってる!?」


 サリタの驚愕を余所に、ユキは感情無くかぶりを振る。


「いいえ。部屋が上がっています」


「それって――」


 サリタが理解するより先に事象が訪れた。

 真下から打ち上げる水圧によって、部屋だけが上へ上へと動き出したのだ。


「脱出を――」


 駆け出そうとしたサリタ。その手をミトが掴み、真っ直ぐ目を見て言う。


「大丈夫。ここが一番安全」


 次に訪れたのは爆発音だった。

 水圧によって部屋だけが打ち上げられるように、地下から飛び出して宙へ浮かぶ。

 間欠泉のように吹き出した水流の上で、部屋の壁と天井は崩れたものの、床だけはしっかりと残り、水流が弱まるにつれてゆっくりと落下していく。


 一行がいた部屋は、そのまま湿地帯の植物群生地に軟着陸した。

 頭上からは吹き出した水が、雨のように降り注ぐ。


「――って、追い出されたけど!?」


 サリタは叫ぶ。

 振り出しに戻った。

 どころか、最奥へと繋がっているだろう部屋を地上へと打ち上げてしまった。

 一体これからどうやってあの扉へと戻り、どうやってその先に進むのか。


 だがそんな叫び声に対して、ユキとミトは耳を貸さず、何処か別の方向を見ていた。


「かなり大きな反応です」

「確かに大きいね。ティア、近くにいて」


 一行から少し離れた場所で水柱が上がった。

 サリタがあれは何かと問う前に、水柱の中から巨大な鎧が姿を現す。


 中身の無い、意志のある魔法人形。

 それは先ほど戦った普通の甲冑のサイズであった物とは明らかに異なる、異質で、巨大な代物であった。


 見上げないといけないほどの巨躯は、高さ100メートルを超え、その手にはその体躯ほどもある巨大な剣を携えていた。

 巨大な魔法人形は湿地帯に両足をつけると、ユリアーナ騎士団へと真っ直ぐに顔を向けた。

 そこには本来あるべき瞳は無く、ただ闇だけが広がっていた。


「何よあれ」


 サリタは棒を構えながら問う。

 されどその問いに答えられる人間は居ない。見て分かるとおりの、とんでもなくでかい魔法人形という情報程度しか持っていなかった。


「あ、やばい。

 かなり速い」


 ミトが呟くように言って、手を繋いだティアレーゼの身体を抱き寄せ、その場から飛び退く。

 それを見てサリタも指示を飛ばした。


「全員散開!

 ユキ! 戦闘指揮任せた!」


 サリタの指示と同時、魔法人形の巨体が大地を蹴った。

 大地の揺れも、地響きも置き去りにして、巨体が剣を振り下ろした。


 間一髪、全員がその場から飛び退いていた。

 だが攻撃の跡には湿地帯に亀裂が走り、巻き上がった土砂と水塊が降り注ぐ。


 一行は全員が武器を具現化し戦闘態勢を整えていた。

 ユキの産み出した光球が各自の肩の上に浮かび、指揮を伝達する。


 魔法人形はその巨体からは到底想像できないスピードで剣を振るう。

 足下へと攻撃を仕掛けていたジルロッテは、その剣の一撃をもろに食らって霧散した。


「注意は引けますがあまり持たないですよ」


 ジルロッテは魔力によって自分の分身を産み出し、それらに魔法人形へと攻撃を行わせる。

 時間稼ぎにはなるが、それも永遠には続かない。

 触れられれば消えてしまうような、儚い霧の分身なのだ。


 カイはルッコを背負って宙を舞い、魔法人形の死角で攻撃の隙を覗う。

 ミトはティアレーゼと共に水柱に身を隠して回避に専念。

 ユキが光球を飛ばして魔法人形の弱点を捜索。そんな彼女を守るようにサリタが立ち塞がる。


 そんな中、ユキのカバンからノイズが響き、それは次第に明瞭に、声となって響いた。


『……こちらツキヨ。

 聞こえたら返事どうぞ』


 ユキは手早くカバンから黒い箱――無線機を取り出し、扱い方がよく分からなかったのでそのまま喋る。


「聞こえました」


『お! 返答あった!

 本当に動くとは思いもしなかった』


「こちら戦闘中ですので要件は手短に」


 ユキは魔法人形から標的にされないよう位置取りをしながら通信を続ける。

 ツキヨの方は楽天的で、少し怒った様子で返してきた。


『多分トリンが作った魔法人形だね。

 私を置き去りにするからこういう目に遭うんだよ』


 ツキヨは既に魔法人形を目視できる位置にいるらしい。

 ユキが光球の視界から探ると、南から真っ直ぐに向かって来ているツキヨの姿を見つけた。背中にはヤエを担いでいる。


「天使トリン様の作であることは把握しております。

 対処法は?」


『何処かにある法石を潰すしか無いね』


「それも把握しております」


『なら話は早いね。手伝うよ』


 合流の意志を示したツキヨ。

 だがその無線機へと、横から姿を現したミトが言う。


「大丈夫。こっちでなんとかするよ」


『あ、そう?

 大丈夫ならそれでいいけど』


 ツキヨの協力を断ったミト。

 サリタは彼女へと怪訝な目を向ける。


「あんたがなんとかしてくれるの?」


「ふっふーん。

 まあ任せておきなさい。

 ユキ、巻き添え食わないようにジルテとカイ下げさせて」


 こくりと頷いて、言われたように指示を飛ばすユキ。

 問題なく距離が離れたのを受けて、ユキはミトへと準備オーケーのサインを出した。


 ミトはティアレーゼをつれたまま真っ直ぐに魔法人形の方へと向かう。

 ジルロッテの分身が消えたことで、新たな標的を探していた魔法人形は、直ぐにミトの姿を捉えた。

 中身の無い兜がミトを見据え、短く一歩踏み出し大地を蹴る。


 大地すら叩き割る剣の一撃が繰り出される。

 ミトはその場で足を止め、そして大声で叫んだ。


「いっけえええええ! ティア!!!!」


 名前を呼ばれ、ティアレーゼは自分の出番だと理解して前に出る。

 肩から提げたブックカバー。その中にある日記帳から、天使の魔力を引き出した。

 ネックレスにはめ込まれた法石が天使の魔力と共鳴し金色に輝く。


 ティアレーゼは、背中から純白の羽を生やして宙に舞い上がった。

 能力を完全解放した天使ティアレーゼ。

 彼女は右手を真っ直ぐに突き出し、その手の中に生じた小さな金色の光の球をしっかりと握り込んだ。


「――世界は、私の物です!」


 魔法人形の振り下ろした剣が、ティアレーゼの眼前まで迫っていた。


 だが衝撃はなかった。

 ティアレーゼはもちろん無事だし、大地が割れることもなく、風の1つも吹かなかった。


 剣を振り下ろしていた巨大な魔法人形は、その存在ごと最初から無かったかのように、完全に姿を消していたのだ。


 空間を司る天使、ティアレーゼ。

 その能力は、現在空間に対して絶対的な命令を可能とする。


 数ある天使の中でも最強の能力。

 それが空間の天使の力だった。


 あまりにもあっけなく、一瞬で全てが片付いてしまった。

 「やりました!」と宙を舞いながらポーズを決めるティアレーゼに対して、ミトが何やらバカげた賛美の言葉を贈っているのをききながら、サリタは呆然としていた。


 それからようやく目の前で起きたことを頭の中で咀嚼すると、ティアレーゼの元へと歩み寄って問う。


「あんた、天使の力、こんなことに使って良かったの?」


 ティアレーゼはしっかりと頷いた。


「はい。

 昔の天使様が残した問題に対処するためですから、今の天使である私が力を使うのは当然のことです」


「そう。

 それなら、いいけど」


 だったら最初から使えとは言い出せない。

 そんなサリタ達の元へと、離れていたジルロッテとカイ、ルッコ。そして後からやって来たツキヨとヤエが合流した。


「出かけるなら声かけてよ!

 行くか行かないかはきいてから判断するから、とりあえず声はかけて!」


 面倒なことを言い出したツキヨ。

 サリタはそれを適当にあしらい、これからについてユキへと問いかける。


「遺跡壊れただろうけど、もう一回奥まで行けそう?」


「もう一度入り口から進んでいくほかありませんが――ティアレーゼ様?」


 ユキは首をかしげてティアレーゼを見る。

 ティアレーゼは大きく頷いた。その瞬間には、一同は見たことも無い部屋にいた。

 装飾の施されたタイルで囲われた中部屋。

 その奥には、石碑と共に、小さな石棺が置かれていた。


「ここは?」サリタが問う。


「遺跡の一番奥です」


 ティアレーゼが答えると、サリタは口元を引きつらせた。

 昔の天使の残した問題については天使の力を使う。

 それがティアレーゼの意志であれば、天使トリンの残した遺跡の調査についても、空間の魔力を行使するのになんら問題は無かったのだ。


「これが有りなら、最初からシャルの許可とかとらずに、ここに直接転移してくれば良かったじゃない」


 サリタの呆れたような言葉に、ティアレーゼはちょっと首をかしげながらも平然と答えた。

 

「そうですよ?」


「そうですよ!?

 はあ!? そういうの最初に言いなさいよ!!」


 ついに堪忍袋の緒が切れたサリタ。

 ティアレーゼの肩を掴み乱暴に揺する。

 ティアレーゼは揺らされながらもそれを楽しんでいるようであった。


「だって、サリタさんが遺跡探検を楽しみにしているのかと思って」


 ティアレーゼの回答に、ミトとジルロッテも同意を示す。


「じゃないと遺跡探検とか言い出さないよね」


「実際楽しかったですよね」


 脳天気に笑い合う3人。ツキヨまでも「私も楽しみたかった」と言い出す始末であった。

 1人、サリタだけはわなわなと身体を震わせ、怒りをぶちまける。


「それであんたら笑ってたわけ!?

 このあたしをバカにして!!」


「最深部に辿り着いたのですから良いではないですか」


 ユキが冷淡に言うと、サリタは「良くない!」と怒号をあげて、すっかりいじけてしまった。

 そんな彼女をティアレーゼがなだめている間に、ユキは魔法の光で石碑を照らし、解読を始めた。


「最初に謝罪文ですね。

 罠を仕掛けたことを詫びているようです。

 ただ、ここまでたどり着ける実力を持たない者には見せたくなかったと」


「全文謝罪文でも足りないのよ」


 やさぐれたサリタの言葉を無視して、ユキはその先を解読する。


「天使トリン様の言葉です。

 ユリアと天使カティ様と過ごした日々について記されています。

 2人に自分が作った物を喜んで貰えたことが何より嬉しかったと。

 そして最初に作って、天使カティ様に気に入って貰えた物をここに残すと」


「天使カティが気に入った物……?」


 不穏な言葉にサリタは眉をひそめる。

 それでも、天使トリンが残したアーティファクトであれば相応の歴史的価値があるはずだ。

 サリタは棒を石棺の蓋に噛ませてそれをずらした。

 後は総出で蓋を持ち上げて移動させる。


 石棺の中にあったのは小さな箱だった。

 サリタがそれを表に出し、皆が見つめる中でゆっくりと開封する。


「コップ……?」


 出てきたのは、陶器製の飾り気の無いシンプルなコップだった。

 形は整っているとは言えず若干歪んでいて、質もほどほどである。


 サリタはそれで、全てを諦めたようにため息を吐いた。


「カティの使ってたコップだね」


 ツキヨはそのコップを手に取って観察する。

 底の裏には、カティの名がギリギリ読み取れるくらいの雑さで刻み込まれていた。


「それって高いんですか?」


 ルッコが無邪気に問いかけるとユキが冷淡に事実を告げる。


「天使様の使用した道具であればそれなりの価値がつきますが、残念ながら天使カティ様は記録を抹消されていますので、現在では一切の価値がありません。

 同時に、天使トリン様が残したこの碑文につきましても、天使カティ様の存在を認めるわけにはいかない女神教会の方針と相反する物ですので、報告したところで歴史的価値は認められないでしょう」


「ええと、つまり無価値ってことです?」


 ルッコの悪意は無いがとても棘のある問いかけに、ユキはしっかりと頷いて見せた。

 結局ここまで来て、手に入ったのは苦労と一部の物好きの道楽だけだったのだ。


「せっかく来たのに、お宝も無し、歴史的発見も無しってことね」


 サリタはすっかり卑屈にそう言い捨てたのだが、ティアレーゼがそれに反論する。


「そんなことないですよ。

 天使トリン様が、とてもお優しいかただってことが分かりました」


「優しい人は殺人トラップを仕掛けたりしないのよ」


 返答にティアレーゼは「そうですか?」と首をかしげて見せる。

 サリタは「そうよ」と短く返して、さっさと帰りましょうと切り出した。

 

「帰るからそれ戻しておきなさいよ」


 サリタに声をかけられたツキヨは、手にしたコップをまじまじと見つめて問う。


「これ、私が貰ってもいい?」


 天使カティのコップなど、本来は何の価値も無い代物だ。

 欲しいと言うなら、それを止める理由も無い。


「好きにすれば」


「ありがと」


 短く礼を言ったツキヨは、コップをハンカチでくるんでカバンにしまい込んだ。

 石棺にはティアレーゼが天使の能力で作ったコップのレプリカを納めて蓋を閉じる。

 それから一行は遺跡の外へと転移した。


「一応、壊れてしまったところは直しておきました。

 あとこれはついでです」


 ティアレーゼが帽子をジルロッテに手渡す。

 つばの広い、最近庶民の間で流行っているその帽子は、トラップに掛かって水に流されてしまったジルロッテの帽子だった。


「ありがとうございます。

 今度お礼をさせてください」


「いいえ。

 天使様の力を使っただけですから、私に対してのお礼は不要です。

 でもどうしてもと言うなら、今度私の帽子を選ぶのを手伝ってください」


「それは是非お供させてください」


 ジルロッテが微笑むと、ミトが「私も絶対一緒に行く」と言い張った。


 サリタがそんな話は帰ってからしろと言いつけ、一行は帰路につく。

 馬車で来た手前、湿地帯の入り口まで歩いて帰り、守衛へと調査内容について適当に報告する。

 守衛も巨大な魔法人形を目にしていたが、ティアレーゼが彼らの記憶を改ざんして無かったことにした。


 その後は馬車ごと転移してユリアーナ騎士団の施設へと戻り、終わってみればあっという間の調査旅行であった。


    ◇    ◇    ◇


 その日の夕方。

 閉店間際の骨董品店へと、栗色の髪を後ろで2つ結んだ、元気な少女が訪れた。


 彼女――ルッコは、カウンターに進むと背伸びして、手にしていた欠けたコップを、老齢な白いヒゲを生やした店主へと見せた。


「これ、天使様が使ったコップです!

 いくらになりますか!」


 店主は困ったようにコップを見て、それが最近作られた非常に新しい物であること。

 女神時代に作られた物では決してないことを確認して、なだめるように言った。


「お嬢ちゃん。

 そういう嘘はついちゃいけないよ。

 女神時代の遺物を偽装したとなれば大罪だからね。

 悪いことは言わないから、そんなイタズラはおやめなさい」


「えー、本物なのに」


「はいはい。

 余所で同じこと言ったらダメだからね」


 店主にあめ玉を1つ押しつけられたルッコは、天使――ティアレーゼの使っていたコップを持って、騎士団施設へと戻っていった。

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