第24話 宝探し④


 ユリアーナ騎士団の宿舎。

 ツキヨは自室で、お茶を飲みながら書籍に目を通していた。


 ツキヨは天使の痕跡を探すため、文献調査が日課となっていた。

 古代語の解読は難なくこなせるのだが、古い地名と現在の地名の照らし合わせとか、どうやら重要らしい人物の名前についてとかは苦手だ。

 そういう場合はユキに頼るのが常だ。

 広範な知識を有しているという点においてユキの右に出るものはいない。


 今回も地名についてひっかかる。

 でもユキに尋ねれば解決するだろうと、ツキヨは自室を後にしてユキの部屋へと赴いた。


「ユキ、ちょっといい?」


 ノックして声をかけるが反応が無い。

 ドアノブをひねると鍵がかかっていた。


「あれ、不在?

 ティアレーゼのところかな」


 ツキヨはティアレーゼの部屋を訪ねるがそちらも不在。

 仕事の際に用いる執務室も訪ねてみたが、誰もいない。

 もしかしてミトの部屋かと訪ねてみたのだが、なんとミトまで不在であった。


「もしかして出かけた?

 私を置いて……?」


 自由気ままに生きるツキヨだが、ひとりぼっちは嫌いだった。

 自分から1人になるのは構わない。でも置いてかれて1人にされるのは嫌だ。

 駆け出して施設の入り口へ。

 受付席で置物のようにじっとしている受付係のヤエへと尋ねた。


「ミト達出かけてないよね?」


「出かけました。

 シャルロット姫殿下よりホスヘルテ湿地帯の調査依頼があったようです。

 調査に参加した団員は、ティアレーゼ様、ユキ様、ルッコ様、カイ様、サリタ様、ジルロッテ様、ミト様、となっております」


「はあ!?

 調査に出るなら何で私に声かけなかったの!?」


「そこまでは把握しておりません」

 

 ヤエが機械的に対応すると、ツキヨは握りしめた拳を震わせる。


「私を置いて面白そうなことをするなんて許せない!

 ホスヘルテってどっち!」


「あちらの方角です」


 ヤエは手のひらで方角を示す。

 されど細かい地名を把握出来ていないツキヨは、あっちと言われても距離感も正確な方角も分からない。


「案内して貰える?」


「受付業務をこなすようにと指示を受けています」


「それと私の案内どっちが大事?」


「無論、ツキヨ様です」


「じゃあ直ぐ行こう」


「問題が1つあります。現在足の治療中です」


 ヤエの足は運命厄災で傷を受け、杖なしには歩けない状態だった。

 されどそれは問題ないとツキヨは一蹴した。


「担いで行くから大丈夫。

 精確な位置は分かるね?」

 

 ヤエは受付机から黒い箱を取り出した。

 バッテリーと真空管を搭載した無線通信機だ。同型のものをユキに渡してある。

 ある程度近づけば通話が可能。

 それにイブキの能力によって、無線機が何処にあるのか、ヤエには把握出来る。


「よし、じゃあ出発!」


 ヤエが音も無く頷くと、ツキヨは彼女の身体を背負って地を蹴った。

 外へと飛び出したツキヨは、施設の外壁を飛び越え、真っ直ぐにヤエの示す方角へと駆け出した。


    ◇    ◇    ◇


「水浴びしてきた?」


 先に進んで小部屋でくつろいでいたミト。

 彼女は水浸しの4人を見るとくすくすと笑った。


 サリタが不機嫌そうに目をつり上げたのだが、お構いなしにジルロッテが笑いながら返す。


「はい。面白い仕掛けでした」


「そこまでは予測できなかったなあ」


 天使トリンは意外と良い趣味してるとミトは笑う。

 ジルロッテもそれに賛同して、まだまだ楽しませて貰えそうですと返した。

 1人、不満爆発寸前のサリタがミトへと言いつける。


「あんたが探検気分で楽しもうと構わないけど、人がトラップにかかるのを見て笑ってるのは気に食わない」


「あら失礼。

 でもサリタも楽しいでしょ?」


 当然とばかりに問いかけたミト。

 サリタは「はぁ?」と眉をひそめ、厳しく言いつけた。


「あたしは遊びに来てないのよ。

 そんなに楽しけりゃあんたが先頭行きなさい」


「えー。私はティアの従者として来てるからなあ」


「その役は不要なのでサリタさんの指示に従ってください」


 ティアレーゼにきっぱりと断られて、ミトは「それじゃあ先頭引き受ける」と渋々と先導役を務めた。


 小部屋を出て通路を進んでいくと、一行に次々とトラップが襲いかかった。

 壁から回転ノコギリがせり出し、天井が落下し、毒矢が降り注ぎ、サメが襲いかかる。


 されどユキが適切に進行方向にあるトラップを見つけ出すので、直ぐに対応がなされ、難なく突破していく。

 トラップにかかる度、ミトやジルロッテ、ルッコは仕掛けの巧妙さを褒め称え、楽しそうに笑うのだった。

 サリタはその態度が気に食わず不満を募らせたのだが、3人はまるでそれに気がつかなかった。

 

 やがて一行は大きな金属扉の前に辿り着いた。


 サリタが開けても問題ないか確認するようにユキへと視線を向ける。

 ユキは首をかしげる。


「扉自体には問題ありませんが、先は見えません」


「ミト、開けなさい」


 すっかり指示を出すのになれてきたサリタ。

 ミトも「しょうがないなあ」と言いつつ従った。

 扉に手をかけゆっくりと押し開く。

 その途中で、ミトは声を上げた。


「カイ、戦闘準備。

 結構速いから気をつけて」


 カイは即座に腰に下げていた鞘から双剣を抜く。

 サリタは勝手に指示を出されて一瞬不満そうにしたが、ミトがわざわざ戦闘準備と言うのだから、敵が待ち構えているのは間違いない。


 ミトが扉を押し開けると同時、カイが部屋の中へと飛び込む。

 ミト自身も左手で銀色の小剣を抜いてカイに続いた。


 目の前に現れたのは古代の戦闘鎧だった。

 中身に人はいないのに魔法の力で動いている。戦闘用の魔法人形だ。


 正面にいたのは2体。それぞれ短槍を手に、カイとミトへと襲いかかる。

 それは見かけの重厚さからは想像できないほどに機敏で、あっという間に5メートルほどの距離を詰め2人へと肉薄する。


「硬いかも」


 ミトが報告すると同時に小剣による突きを繰り出す。

 突きの瞬間、剣先から水の魔力が放たれるのだが、それは鎧の表面で弾かれる。鎧には傷一つつかない。


 同じようにカイも、槍の一撃を躱して鎧へと両の剣で斬りつけたのだが、浅い傷をつけるのがやっとだった。


「どうする?」


「関節を――って、核となる法石潰さないと動き続けるね」


 鎧の連撃を回避し続けるミト。

 カイも攻撃を回避し、隙を見て肘関節へと風の魔力を込めた強烈な斬撃を繰り出す。一撃によって肘の半分を切断したのだが、それでも鎧の動きが衰えることはない。

 痛みも感じず、魔力を供給する法石さえ無事ならば攻撃を続ける魔法人形。

 しかも悪いことに、大部屋の周囲に飾られていた鎧たちが動き出し、それぞれの獲物を手にミトとカイを包囲し始めた。


「お手伝いします!」


 前へと駆け出そうとしたルッコ。

 だがその眼前に棒が突き出される。


「ティアを守ってて」


 サリタが棒に魔力を込めながら優雅に回して見せる。

 指示を受けてルッコは後退。ティアレーゼを背中に庇う。


「じゃあ下がっていいね」


 ミトも鎧の攻撃を回避しながら後退。カイは前線を張りつつも、サリタの進路へと鎧を蹴り出した。


「感謝しなさいよ。

 このあたしがわざわざ戦ってあげるんだから」


 サリタは自分目がけて突っ込んできた鎧の一撃を捌き、棒を半回転させるとカウンターの一撃を放つ。

 遠心力で加速された棒が鎧の正面に叩き込まれ、甲高い金属音が響いた。


 非力なサリタでは、いくら回転を加えても鎧の表面に傷をつけるのが精一杯。

 だが攻撃に使えるのは力だけでない。

 攻撃の瞬間叩き込まれたサリタの魔力は鎧の内部へと伝達され、鎧を動かしていた核。法石を打ち砕いた。


 魔力を失えばただの古びた鎧でしか無い。

 サリタが攻撃を振るう度に、鎧は1つ、また1つと動かなくなっていく。


「相変わらず魔道具相手だけは強いですね」


 ユキが暴れ回るサリタを見て呟いた。

 そんな彼女へとサリタは「だけは余計よ! あんたみたいのにも強い!」と叫ぶのだが、ユキはルッコの背後に隠れたまま「前回勝ったのはこちらです」と控えめに主張した。


 大部屋はサリタの独壇場だった。

 カイが適当に鎧の攻撃を引き受け、サリタが雷鳴を轟かせてそれらを始末していく。


「サリタさん、やる気いっぱいですね!」


 縦横無尽に駆け回り鎧を撃破していくサリタの姿を見て、ルッコが呟く。

 傍らに立つジルロッテは頷きつつも、サリタの様子に違和感を覚える。


「なんだか怒っているようです」


「そうですか?

 サリタさんはいつもあんな感じでは?」


「確かに。そのような気もしてきました」


 いつも以上に攻撃が大振りだったり、無力化した鎧を乱暴に弾き飛ばしたりしていたが、ジルロッテもサリタは前からこんな風だったかも知れないと思い始めた。

 戦闘は数分で終わり、後には鎧の残骸だけが残った。


「ほら、先進むわよ。

 ミト先頭。さっさと行く」


 肩を怒らせ命令を下すサリタ。

 ミトはそろそろ交替をと陳情したが却下され、彼女を先頭にして次の通路へと進んだ。


 

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