第23話 宝探し③

「間違いなく女神時代のものですね」


 岩を完全にどかしたところ現れたのは地下へと続く道だった。

 奥へと伸びる階段を見下ろして、ユキは年代測定結果を告げる。


「湿地に地下構造物ですか」ジルロッテが感嘆する。


「水漏れとか、しないんですかね?」ルッコも不安そうに階段を眺めた。


「内側に強固な魔力が付与されています。

 このおかげで湿地の地下にありながら、1000年間形を保つことが出来たのでしょう」


 ユキの光球が遺構内部へと入っていき先の道を照らす。

 このまま解析を続けるのか、それとも進むのか、ユキは判断を求めてサリタへと視線向けて首をかしげる。


「進みましょう」


 サリタを先頭にして一行は遺構内部へ入っていく。

 長い下り階段の造りはしっかりしていて、奥へ進んでも水漏れの1つも無い。

 建物はつい昨日できたかのような綺麗さで、微塵も1000年の歳月を感じさせなかった。


 階段を下り終えると目の前に大きな扉。

 そこには天使トリンの紋章が刻まれていた。


「何か書いてあるわ。読めそう?」


 扉には古代語が刻まれていた。

 ユキがそれを光球で照らして読み上げる。


「『この先進むならば相応の覚悟を』とのことです」


「覚悟ならしてきてるわ。

 行きましょう」


 トリンが残した警告を軽くあしらって、サリタは扉を押し開けた。

 精巧な造りの扉は引っかかりもなく開く。


 扉の先に待ち構えていたのは長い1本橋だった。

 橋の幅は僅かに足幅の半分程度しか無い。それが対岸まで、ざっと100メートルほど続いている。

 そして橋の下には虚空が広がっていて、底は見えない。


「良いですね!

 冒険らしくなってきました!」


 1本橋を見てテンションを上げるジルロッテ。

 すっかり遊び気分になっている彼女を無視して、サリタはポケットから銀貨を1枚取り出すと下へと投げ入れる。

 だがそれは空中でルッコにキャッチされた。


「高さ測ろうとしてるのよ」


「お金でやるのはもったいないですよ!」


 ルッコはそう主張し、銀貨を自分のポケットにしまい込む。

 銀貨1枚くすねられた程度でサリタは怒ったりせず、仕方が無いからとユキへ底の様子を確認するよう指示を出す。


「6秒ほどで底です」


 落ちたら無傷では済まなそうだ。

 サリタは尋ねる。


「下に罠とかはない?」


「はい、ありません。

 魔力の込められた毒槍が敷き詰められては居ますがその程度です」


「それを罠って言うのよ」


 高さ以上に毒槍は問題だが、何にしろ落ちさえしなければ関係ない。

 サリタは慎重に渡りましょうと宣言して先頭をカイに任せる。

 飛行能力を持つカイなら、もし何かあっても復帰できる。


 カイは1人、橋を渡り終えて対岸から「問題ない」と報告した。

 橋自体にトラップが無いのなら落ちないように渡るだけだ。

 サリタは残りのメンバーへとゆっくり前進するよう告げた。


「あんたが最後尾よ」


 ティアレーゼについていこうとするミトを一番後ろに配置。

 ジルロッテを先頭に、ティアレーゼ、ユキ、サリタ、ルッコ、ミトの順で進んでいく。


 道中、唐突にミトが前を進むルッコを呼び止めた。


「ルッコルッコ」


「何ですか?」


 振り向いたルッコ。

 その腰の辺りを、ミトはトンと押した。


「おおっとっと――セーフ!!」


 押された勢いで2歩ほど進んだルッコは、体幹で無理矢理姿勢を正して橋の上でぴったりと静止した。

 それからミトと2人大きく口を開けて笑う。


「なかなかやるね!」


「この程度全然へっちゃらですよ!

 ねえサリタさんサリタさん!」


 ルッコは前を進むサリタへ明るく声をかけた。

 サリタは目を細め睨むように振り向き、手にした棒でルッコを牽制する。


「押したら許さないわよ」


「「またまたー」」


「振ってない。振ってないから絶対に押さないで!

 命かかってるの理解してんの!?

 誰よこのバカ2人連れてきた奴は!!」


 ルッコとミトもすっかり遠足気分だった。

 落ちたら死ぬ程度の脅しでは、2人のおふざけを止められない。

 

 サリタはバカ2人の危ない遊びから逃げるように足早に橋を渡った。


 橋を渡った先には扉があり、その先は細く長い下り坂だった。

 サリタは前回の反省からルッコとミトを引き離し、ミトにはティアレーゼを与えておく。

 ティアレーゼが側に居るとなれば流石のミトもおふざけは出来ない。


 下り坂を進んでいくと、唐突に背後で大きな音が響いた。

 何事かと足を止めるサリタ。

 ユキが後方へと光球を放つと同時、ミトが笑いながら口にする。


「岩だね。古典的な奴だ」


 岩。

 岩とは何か。

 サリタの脳が言葉の意味を理解するのにそう時間はかからなかった。


「走って!!」


 背後から轟音を立てて、何かが転がってきている。

 サリタが叫ぶと同時に一同も駆け出す。

 薄暗い坂道はユキの光球で照らされ、7人は一目散に下へ下へと走っていく。


 それはしばらくは岩よりも早かったが、徐々に岩の方が転がる速度を上げていく。

 坂道とちょうど同じくらいの大きさをした、真っ白な、完全な球体に削られた岩が勢いよく迫ってくる。


「何処まで坂続いてるのよ!」


「現在観測中」


 サリタの問いかけに対するユキの回答は冷淡だ。

 だが今やれるのは走ることくらいなのも事実。

 段々と迫ってくる岩の音を背後に感じながら、とにかく走った。


 道中、唐突にミトが声を発する。


「ティア、こっち」


「え? はい」


 ミトに手を引かれるティアレーゼ。

 そして2人は、突然現れた横道へと身体を滑り込ませた。


「は!? あいつ何を――」


 サリタが消え去った2人に気がついたときにはもう遅い。

 横道へ戻るには前へと進みすぎた。


 だが横道があると分かった。

 となれば後はユキに探させて、タイミング良く全員で飛び込むだけだ。


「ユキ! 先の方調べて! 横道を探すのよ!」


 サリタの指示は、岩の転がる轟音を切り裂いて飛んだのだが、ユキからの返答は無い。

 サリタが首だけ振り向くとそこにユキの姿は無かった。


「ユキ先生ならさっき横道に入りましたよ?」


 ルッコの回答に、サリタはわなわなと拳を握りしめた。


「あんのクソガキ!!

 一体何考えてるのよ!!!!」


「面白くなってきましたね!」


 サリタの怒りに対してジルロッテは笑顔を浮かべて答える。

 必死に走りながらも、彼女はこの状況を楽しんでいた。


「全然面白くない!

 どうするのよ!!」


「叫んでないで走れ」


 ぶっきらぼうにカイが言うと、サリタは更に怒りを募らせ、「そんなのは分かってる!」と怒り狂いながら走った。

 だが無情にも、サリタが掲げたランタンの明かりに照らされて、前方に壁が浮かび上がった。


「行き止まり!?」


「どうする?」


 カイが問うとサリタは即断した。

 逃げ場が無いなら抗うだけだ。


「全員停止!

 岩を押し返すわよ!!」


 覚悟を決めて足を止めるサリタ。

 指示を受け、全員即座に足を止めた。

 最も遅れていたルッコが最初に岩へと両手を押しつける。

 残りの3人も、それぞれ岩を掴んで何とか押し返そうと力を込めた。


 術士が4人も集まれば転がって加速した岩でもなんとかなる。

 そう信じて4人は力を1つに集めた。

 岩に押され後退しつつも、サリタの靴のかかとが行き止まりの壁につくギリギリで、岩はぴたりと動きを止めた。


「なんとかなったわね……」


 一息つくサリタ。

 ジルロッテは摩擦ですり切れた靴を見て、「なかなか出来ない体験ですね」と笑う。

 ルッコも何が面白いのか子供みたいに無邪気に笑っていた。


「緊張感の無い奴ら」


 サリタは唯一まともそうなカイへと視線を向けたのだが、彼も彼で「筋トレの訓練メニューを考え直すべきだな」などと大真面目に語っていた。


 今回連れてきたメンバーにろくな奴がいない。

 サリタは頭を抱えようとしたが、よくよく考えてみればユリアーナ騎士団にろくな奴がいないのだ。

 その中から何人選んできても結果は同じだっただろう。

 心のよりどころは唯一まともなティアレーゼだが、彼女はミトによって既に安全な場所へと連れ出されている。


 自分がしっかりしないとやばい。

 サリタはそう判断して、とにかく静止した岩の排除から始める。


 具現化した棒の先で岩を数回叩く。


「ただの岩じゃ無いわ。

 魔力が込められてる。本気で殺しに来てるわよ」


 サリタは魔力を込め、強烈な突きを岩へと叩き込む。

 岩を覆う魔力がサリタの能力によって無力化される。更に次の一撃によって、岩は粉々に砕け散った。


「とりあえずさっきの横道の場所まで登りましょう」


 いつまでも行き止まりに留まる理由も無い。

 サリタの意見には全員賛成だった。

 ジルロッテは嬉しそうにして先頭を歩く。


「次はどんな罠で来るのか、楽しみですね」


「あんたね、命がかかってるのよ?」


「そうかも知れません。

 ですが最初の1本橋では橋自体に細工はありませんでしたし、この坂道もしっかり横に逸れる抜け道が用意されていました。

 制作者――天使トリン様は、しっかりと罠を避ける方法を用意してくれています。

 こちらがきちんと状況を観察し、適切な行動をとれば問題なく進めるようになっているのです」


「だからこそ、もっと気を配って貰いたいものだわ」


「楽しまないと見えてこないものだってありますよ」


 ジルロッテは自分の行動を正当化するように言った。

 サリタは「あんたが楽しみたいだけでしょ」と呆れつつも、彼女に対してはそれ以上責めたりしない。

 ジルロッテは楽天的で冒険好きな世間知らずのアホだが、純粋なアホより幾分かマシだ。

 本当のアホは死の間際になってもケラケラ笑っているだろうが、ジルロッテは危機が迫れば適切な行動をとってくれるだろう。彼女は良識のあるアホなのだ。


「危機が迫ってる」


 ぼそりとカイが唐突に口にした。


「何を突然言い出すのよ。

 あんたに――」


 察知する能力はない、と言おうとして、振り返ったサリタは光の明滅を目にした。

 カイの肩の上で、短い間隔で明滅を繰り返す灰色の光の球。

 光球はユキの能力によって産み出され、それはユキからの指示を伝えるのに用いられる。

 

 そして激しい明滅は間近に迫った危機の合図。

 ユキが何かを察知してそれを伝えてきたのだ。


「急いで登って――待って、何の音……?」


 足を止め耳を澄ますサリタ。

 聞こえてきた異音について、その周波数が一体何を意味するのか思案する。

 徐々に大きくなっていく音。

 サリタは立ち止まってから1秒後に音の発生源を突き止めた。


「水よ!」


「あら。次は水攻めですか?」


 ジルロッテは困った素振りも見せず笑う。


「泳ぐのは苦手です」


 ルッコは少しばかり弱気になったようだが、サリタは声を張る。

 おふざけしていられる状況では無いのだ。


「とにかく走って――」


 登って水が来る前に横道へ入るほか無い。

 そう考えたが、本当にそれが正しいか考える。

 水の速度と、自分たちの走る速度から、それは現実的では無いと結論が出る。

 だとすればただ水に流され、圧死するか水死するか選ぶしかないのか?


「水を流すと言うことは、何処かに排水する機能を持たせたはずですよ」


 悩むサリタへとジルロッテが意見を述べる。

 それでサリタの意志は決まった。


「下へ戻るわ!

 さっきの行き止まりに、逃げ場があるはずよ!」


 4人は坂道を一気に下る。

 そして行き止まりの壁や、床をくまなく調べる。

 ユキがいないから非効率的だが、ないものをねだっていられる状況では無い。

 水は直ぐそこまで迫ってきている。


「あ、何か踏みました」


 ルッコが驚いたような声を上げる。

 彼女の足は床石の1つを踏み込み、その場所は若干沈み込んでいた。


「それだ! 踏み込んで!」


「はいっ!」


 ルッコは返事と共に仕掛けの施された床石を勢いよく踏みつけた。

 カチッと音がしたかと思うと、床がぱっくりと開いた。


「なっ――」


 一瞬、何が起こったのか理解できなかったサリタ。

 足下は虚空。

 となるともう、自由落下するしかない。

 底の見えぬ奈落へと4人は一斉に落下する。


 落下が始まってからの行動は早かった。

 サリタ、ジルロッテ、ルッコは、カイの身体へと飛びつく。

 しかし3人に身体を掴まれたカイは声を上げた。


「何のつもりだ!」


「あんた飛べるでしょ!」


「3人抱えては無理だ!!」


 必死に足を振り、サリタとジルロッテを蹴り落とそうと試みるカイ。

 落とされてたまるかとサリタは抵抗するが、そんな醜い争いをしていた4人の頭上から、大量の水が降り注いだ。


    ◇    ◇    ◇


「あいつ絶対に許さないわ」


 ずぶ濡れになりながらも、棒を引っかけて奈落へと続く穴の途中にぶら下がっていたサリタは悪態をつく。

 ジルロッテはそんなサリタの腰に手を回してしがみつきながら笑う。


「蹴落とされてしまいましたね」


「何笑ってるのよ。

 クソ平民に顔踏みつけられたのよ」


「わたくしも普通の町娘でしかありませんから、気になりませんよ」


「町娘だって顔を踏まれたら怒っていいのよ」


 そんなことも分からないのかと憤怒するサリタ。

 それでもジルロッテの態度は変わらない。「初めての経験だった」と嬉しそうですらある。

 ただ帽子が水に流されてしまったのだけ少し残念そうにしていた。


 上の方からカイの声が響く。

 蹴落としはしたが、2人の安否を気にしているらしい。

 サリタが「さっさと助けに来なさい」と命令すると、カイは了解と共に、ちょっと待ってろと返した。


 待つ間、サリタはランタンを下へと落とす。

 ランタンの魔法の明かりに照らされて奈落の底が明らかになる。

 底には無数の槍が設置されていて、剣山のように穂先を真上へと掲げていた。

 多分それも魔力と毒が仕込まれているのだろう。


「適切な行動をとれば問題なく進めるようになってるって、まだ本当にそう思ってる?」


 サリタの意地の悪い質問に、ジルロッテは歯を見せて笑った。


「なんとかなりますよ」


 

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