第22話 宝探し②
シャルロット姫からの許可は直ぐに得られた。
ホスヘルテ湿地帯における天使トリンの痕跡調査は、正式な依頼として指令が出されたのだ。
発行された委任状には、ユリアーナ騎士団へ、ホスヘルテ湿地帯の調査全権を付与すると記され、シャルロット・J・リムニステラ直筆の署名が成されていた。
正式な調査依頼を受けた以上、仕事である。
ユリアーナ騎士団には施設再建という課題はあるが、これはあくまで仕事が無ければの話。
仕事が入った以上そちらが優先だ。
団長ティアレーゼ、監察官ユキ。そして地図を持ち込んだサリタを中心に、調査に赴くメンバーが選定される。
同行することになったのは、ジルロッテ、ルッコ、カイ。そして決してティアレーゼの側を離れようとしない訓練生ミト。
フアトも同行したいと訴えたのだが、団長と副団長が同時に王都を離れてはいけないという理由により却下。
ストラとスミルも行きたそうにしていたが、訓練と施設での職務を優先すべきと、師匠であるユキに却下された。
サリタによって馬車が用意され、その日の午前中に一同は王都を発った。
街道を行く馬車の中で、ユキは受付係より受け取った黒い箱を観察する。
ゴツゴツした固い箱でいくつかのつまみとダイヤルがある。機械のようだが用途が分からない。
「何そのガラクタ」
サリタがゴミを見るような目でその箱を見た。
ユキは首をかしげながら、黒い箱を持ち上げて言う。
「”無線機”と言うそうですが、用途は不明です。
そもそも無線とは何でしょう。線が無い機械と言うことは、線のある機械もあるのでしょうか?
されどどちらにしろ名称から機能が想像できかねます。
イブキ様の作品には我々の常識は通用しません」
「あいつの作品なの?
この間のヒコーキとか言う空飛ぶガラクタも、煙噴いて墜落したじゃない」
サリタは蔑むように箱を睨む。
イブキの発明品は半分くらいはどうしようもないガラクタだ。
そしてこの黒い箱はそのガラクタ側であると信じて疑わなかった。
「ともかく、イブキ様の魔力が込められた材料を用いていますから、こちらの場所が追えるのは間違いありません。
それだけでも持っている価値はあるでしょう」
それ以上の議論は必要ないと、ユキは黒い箱をカバンに収める。
そして話を調査の方へと移した。
「湿地帯はかなりの面積があります。
もし天使トリン様の残した何かがあるとすれば、魔力の痕跡が見つかるかも知れません」
「ですが地図はサリタさんの別荘の倉庫にあったんですよね?」ティアレーゼが問う。
「もしかして誰かが既に調査したかも知れません。
それに遺物を持ち出された可能性もありますよね」
ユキは静かに頷いた。
「その可能性は十分にあるでしょう。
同時に湿地帯は王家の管理地であり、少なくともここ214年間は簡単に立ち入れなかったのも事実。
それにシャルロット姫殿下からの依頼は調査であり発見ではありません。
何も見つからなければ、見つからなかったとの報告で構わないのです」
「なるほど。
見つからなくても、調査したという記録が残るのが大事なのですね」
ユキは「そういうことです」と頷いた。
されどサリタだけは何か見つかると疑っていなかった。
「これが天使トリンの残した物だと分かっていればあんな倉庫にしまい込んだりしないはずよ。
つまり誰も価値に気がつかなかったってこと。
きっと遺物が見つかるはずよ」
ユキは感情無く「そうだと良いですね」と適当に相づちを打つ。
それからティアレーゼへと尋ねた。
「調査指揮はどのようにいたしましょう?」
こと戦闘指揮であれば、ティアレーゼからユキへと委任されるのが常だ。
調査においてもユキに指揮官を任せておけばまず間違いない。
誰も――普段は反目しているサリタでさえ――ユキの指揮能力に疑いはない。
だがティアレーゼはサリタへと視線を向ける。
古地図を手に、やる気に満ちあふれたサリタ。
今回の任務は、湿地帯を調査して天使トリンの遺物があるかないか判断するという比較的軽い内容。
迅速な対応も、決して間違いない完璧な調査結果も求められていない。
それに過去の経験から、ティアレーゼはユキ不在時の指揮について課題を感じていた。
緊急時に指揮を執れる人間を育てておかなければいけない。今日はその良い機会だ。
「サリタさんにお任せしてもよろしいでしょうか?
地図を見つけたのはサリタさんですので、調査指揮官にはふさわしいかと」
「あたし?」
サリタは突然の指名に驚いて、ユキをちらと見た。
本来であれば指揮はユキの役目だ。
それが今回は自分にお鉢が回ってきた。
ユキも首をかしげていたが、「構わないかと」と同意を示している。
「全く、しょうがないわね。
感謝しなさいよ。今回は特別にあたしが指揮をとってあげるわ」
ふふんと鼻を鳴らし、胸を張ったサリタ。
ティアレーゼは感謝を述べ、「ではよろしくおねがいします」と調査指揮を一任した。
一行の乗った馬車がホスヘルテ湿地帯に辿り着いた。
木の柵で簡単に覆われた湿地。確かに厳格な管理はされてなさそうだった。
それでも正門とされる場所には王家の紋章の入った旗が掲げられて、衛兵が2人控えていた。
委任状を示すと、押印がされてないと一悶着はあったものの、シャルロットの署名は本物だと認められて立ち入りが許可された。
ただし湿地帯への馬車の乗り入れは禁止とのことで、7人は徒歩で湿地帯へと入る。
「へえ。確かに水の魔力が豊富みたい」
ミトが湿地帯に充満する魔力を感じる。
同じ水術士であるティアレーゼとジルロッテも頷いた。
土地が魔力を産み出す――というより蓄えるという現象は珍しくない。
ユリアーナ湖などがその良い例で、湖全体が莫大な魔力を蓄え、その魔力によってリムニ王家は繁栄を享受してきたのだ。
一同が湿地帯へ足を踏み入れると、サリタが声たかだかと宣言した。
「今回の調査はあたしが指揮を執るわ。
しっかり従って、天使トリンの遺物を見つけるのよ!
まずは――」
「調査の前に、水の精霊様に挨拶に向かわれるべきかと。
一応聖地ですから無碍には出来ません」
ジルロッテが意見すると、サリタもそれを認めた。
「そうね。この道進んでいけば良い?」
「はい。この先です」
ジルロッテが示す先には木で組まれた道が続いていた。
湿地帯を安全に通行出来るよう王家が整備したものだろう。
一行はそれに沿って進み、水の精霊を奉る祭壇に行き着いた。
水術士であるジルロッテが祈りを捧げ、それからようやく調査開始となる。
「闇雲には探せないわね」
サリタは周囲を見渡した。
湿地帯の足下はぬかるみ、池や沼が点在していた。湿地特有の植物が侵入者を拒み、簡単には歩き回れない。
木の道は正門から祭壇までしか整備されていないのだ。
「ユキ。
なにか痕跡が無いか調べて」
「かしこまりました」
サリタの指示を受け、ユキは魔力を放つ。
彼女の周囲を灰色の光の球が漂い、それは方々へと散っていく。
数十もの光球が放たれた後、ユキが報告した。
「変わった魔力の痕跡があります。ここから北北東の方角。
カイ様偵察を――指揮官はサリタ様ですね」
自分で指示を出そうとしたユキが訂正すると、サリタはカイへと視線を向けた。
「カイ偵察よろしく。
ユキ、カイに場所を教えて」
2人は返事をして行動に移る。
ユキが産み出した灰色の光球が1つ、カイの肩の上へと飛ばされた。
光球は指揮伝達に用いられる。
その動作と明滅によって、ユキからの指揮を離れた場所の味方へと伝えるのだ。
カイは光球を受け取ると木の道を蹴って飛び上がった。彼は空を蹴ってそのまま北北東の方角へと進む。
風の魔力による飛行能力。今回はその偵察能力がかわれて調査メンバーに選抜されたのだ。
「距離はどれくらい?」サリタがユキへ問う。
「歩いて20分ほど。――道があれば、ですが」
道は無い。
目の前に広がるのは、植物が群生した水浸しのぬかるんだ湿地帯。
それを見てサリタは深くため息をついた。
「長靴を持ってくるべきだったわ」
ないものは仕方が無い。
先行したカイがユキの示した場所を調べると、大きな岩の下に人工物としか思えない切り出された石材が見つかった。
報告を受けて、サリタは指揮を出した。
「前進よ。
湿地の中を進むわ」
天使トリンの遺物を求めて、一行は湿地を切り開き前へと進んだ。
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