第21話 宝探し①


 サリタは王都にある別荘の倉庫を漁っていた。

 最近王都の流行の店で帽子を注文したのだ。到着したときに帽子掛けがないと、騎士団共用の帽子掛けを使うことになる。

 そんなのはごめんだ。アホどもの帽子と一緒くたにされては困る。

 だから帽子掛けが必要だった。


 以前別荘の倉庫で見た気がするのだが、物が増えたせいで見つからない。

 大きな物だし簡単に見つかるはずだと踏んでいたのに。

 こんなことならば従者に探させれば良かったと後悔するサリタ。


 しかし自分で手をつけてしまってから、やっぱりお前が探せとは言い出しづらい。

 サリタは倉庫の手前に置かれていた家具をどかして奥を探す。

 すると本棚の奥に帽子掛けの姿を見つけた。


 とりあえず無駄足にならなかったことを喜ぶ。

 そして本棚をどかそうとしたのだが、狭い倉庫の中。本がぎっしり詰まった棚は易々とは動かせない。

 仕方なくサリタは本棚の中身を外へ出す。


 書籍を床に降ろし、引き出しを外す。

 すると引き出しの中に随分と古い書類入れが見つかった。


 こんなもの見たことないと、書類入れから中身を取り出す。

 出てきたのは丸められた紙。

 紙は魔力でコーティングされていたため保存状態が良いのだが、紙質が明らかに古い。

 少なくとも200年。下手をすれば1000年くらい昔の物かも知れない。


 裏側は真っ新だったが、表には地図が記されていた。

 古代語で書かれた地名。そして右下には古代語で署名がされている。


「もしかして価値ある物かも」


 サリタにとって金銭は大した価値を持たない。

 莫大な権力を持つサリタが望めば、いくらでも金銭は用意される。


 されど歴史的な発見となれば、手に入るのは名誉である。

 サリタは家の名前ではない、自分自身の名前を功績と共に残したいと願っていた。

 もし女神時代の遺産発見となればそれが叶う。


「あのクソガキに頼むのはちょっとシャクだけど」

 

 それでも見せる価値はある。

 サリタは本来の目的など忘れて、地図を書類入れにしまい込み、ユリアーナ騎士団施設へと足を向けた。


    ◇    ◇    ◇


 書くことがない。


 真っ白な騎士団日誌を目の前に、監察官のユキはペンを片手に思案していた。

 特にこれと言って仕事もない。

 されどなくても日誌には何か書かなくてはいけない。


 ユリアーナ騎士団の存在目的は、元々は各地のドラゴン退治であった。

 人間では決して敵わぬ存在。それがドラゴンだ。


 しかしその常識は、天使ティアレーゼの誕生と共に打ち破られた。

 滅竜天使ティアレーゼはユリアーナ騎士団を結成し、王国各地に出現したドラゴンを次々に討伐した。


 ――そして、ドラゴンは姿を見せなくなった。


 当たり前の話だ。

 討伐すれば数は減る。


 残っていたドラゴンも、先日の運命厄災において王都周辺に集結し、軒並み討伐された。

 それはユリアーナ騎士団むこう数年分の仕事を前倒しで実行してしまったことになる。

 結果として、王国どころか近隣諸国内でもドラゴンの姿は目撃されなくなり、世界はすっかり平和になったのである。


 ユキはまるで何も書ける気がせず指先でペンをくるくると回す。

 そんな風に無為に時間を潰していると、とんとんと窓を叩く音が聞こえた。

 目を向けると快活そうな印象の、町娘の格好をした女性が顔を出した。


 ユリアーナ騎士団正団員、ジルロッテだ。

 彼女は茶色の髪を短いポニーテールにしていて、街で流行の帽子をかぶっていた。

 焦げ茶色の瞳は彼女の旺盛な好奇心を現すように大きいのに、対照的に肌は透き通るように白い。

 背はすらりと高く、女性的な魅力溢れるプロポーションをしていた。


 ユキが窓を大きく開けると、彼女はそこからくぐるようにして部屋へと入った。


「突然ごめんなさい。

 しばらく滞在させて貰って良いかしら?」


 ジルロッテの言葉にユキは大きく頷く。


「ジルテ様は正式な団員です。何も問題はありません。

 ――ですが現在空き部屋がありません。

 誰かと相部屋になりますがよろしいでしょうか?」


「それは全く問題ありません」


「では直接交渉をお願いします」


 ユキの言葉にジルロッテは部屋を見渡し、それから1つ提案する。


「ちなみにここはダメです?」


 ユキは首をかしげながら応じる。


「こちらですか?

 自分は構いません。夕方までには滞在できるよう準備を整えます」


「助かります。

 王国祭前まで滞在することになるかと」


「かしこまりました。

 もうしばらくすれば宿舎の修理も終わりますが、それまではこちらの部屋をお使いください」


「お世話になります。

 ――仕事中でしたか?」


 ジルロッテは机の上に広げられた騎士団日記に気がつく。

 ユキはかぶりを振った。


「いえ。書くことが無いため手を止めていました」


「そういえば、最近依頼も無いですよね」


「平和なのは良いことです」


 ジルロッテも「そうですね」と同意を示す。

 その時、部屋の扉が叩かれた。

 外から投げかけられた声はストラのものだ。朝食の準備が出来て呼びに来たのだろう。


「ちなみにご朝食は?」ユキが問う。


「まだです。

 わたくしの分もありますか?」


「問題ないかと」


 入室してきたストラとスミル。

 2人とジルロッテが挨拶を交わすと、ユキは1人分の朝食の追加と、夕方までにジルロッテの滞在準備をするように注文を出した。


    ◇    ◇    ◇


 朝食の席にはサリタが不在だった。

 今朝方、ストラへ朝食は余所で食べるからいらないと連絡があったらしい。

 食材は買いそろえていたため、急遽増えたジルロッテへの対応は問題なく行われた。


 食事の席ではジルロッテがしばらく滞在すると挨拶し、それからティアレーゼが夕食時に歓迎会をやると宣言した。

 食事を終えてお茶の時間を過ごす一同。

 唐突にティアレーゼが短く声を上げた。

 かつんと音がして、ティアレーゼが取り落とした焼き物のコップが机にぶつかる。


「大丈夫ですか?」ストラが心配して駆け寄る。


「だから飲ませてあげるって言ったのに」ミトも即座に駆け寄る。


「ストラさんありがとうございます。

 私は大丈夫です。コップが欠けてしまっただけで……」


 幸い、コップはほとんど空であった。

 ストラは欠けたコップの欠片を拾い上げて、後で捨てるからと布巾で包む。


「怪我してない?」


「大丈夫ですって」


 しつこく尋ねるミトを適当にあしらうティアレーゼ。

 そして欠けてしまったコップを持ち上げて、「気に入っていたんですけど」と表情を曇らせた。


「それ頂いても良いですか?

 欠けていても使い道はありますから」


 ルッコが明るい表情で問うと、ティアレーゼは頷いた。


「構いませんけど、ちなみに何に使うつもりです?」


「雨漏りしている場所に置こうかなーって」


「確かに、まだ屋根の修復が不完全な場所がありましたね。

 そういうことでしたら是非役立ててください」


「ありがとうございます!

 そうだ! 新しいコップが必要でしたら作りますよ!」


「焼き物でも出来ます?」


「もちろんです!

 イブキさんの工房に炉があるのでちょちょいのちょいです!」


 ティアレーゼは「では今度一緒に作りましょう」と笑顔で答えた。

 ルッコがコップを受け取ると、食堂に来客があった。


「あらサリタさん。

 食事は余所でとるとのことだったので、準備がないようですけど――」


 現れたサリタに、ティアレーゼは申し訳なさそうな表情を向ける。

 サリタは「食事は済ませてきた」と答えて、目的の人物を見つけると歩み寄った。


「何かご用でしょうか?」


 尋ねるユキへと、サリタは書類入れから取り出した地図を見せる。


「別荘の倉庫で見つけたんだけど、これがいつの物か調べて貰える?」


「古地図ですね」


 ユキは早速魔力を放つ。

 灰色の光の球が彼女の周囲に浮かび、それは古地図に対して詳細な解析を開始した。


「こういう骨董品には騙されるなっておじいちゃんが言っていました」


 ルッコが怪しい物を見るような目で地図を眺める。


「田舎で見つかるよく分からない奴はそうだけど、うちは由緒正しい家なのよ。

 で、どうなの?」


 問われたユキは、指先で署名のインクの質感を確かめてから答えた。


「女神時代の紙。

 インクも同年代の物です。

 記された署名は天使トリン様のものです。間違いなく本物かと」


「進化を司る天使様ですね」ジルロッテが地図を眺めて言った。


「はい。

 彼が残した遺物は多く、特に魔道具は現在でも動作する物があり重宝されます。

 中には現在の技術では再現不可能なアーティファクトと呼ばれる遺物もあるほどです。

 我々が以前まで使用していた転移装置もトリン様のものです」


「へえ。

 凄い天使様なんですね。

 この印は何でしょう?」


 ティアレーゼが地図上に記されたバツ印を指さす。

 それにはサリタも目を輝かせて言った。


「何かの隠し場所だと思うのよ。

 でも天使トリンの地図ってことは、きっとアーティファクトの隠し場所よ」


 ユキは「そうでしょうか」と訝しみながらも、バツ印のついた場所の現代での位置を推定する。

 地図上で目立つのはユリアーナ湖。

 あとは他に記された地名間の長さから大体の縮尺を割り出し、バツ印の湖からの距離を割り出す。


「恐らくホスヘルテ湿地帯かと。

 水の精霊の居住地とされる場所です」


「ホスヘルテね。そう遠くないから軽く調べに行けそうね」


 サリタの言葉にユキはかぶりを振った。


「残念ながら湿地帯は王家の管理地です。

 水の魔力が産み出される聖地です故。

 調査するならば王家から許可を取らねばなりません」


 サリタは王家の管理地ときいて眉をひそめた。

 しかしジルロッテが声色明るく提案する。


「では姫殿下に許可を出していただいては?

 天使様の遺産調査となればユリアーナ騎士団の仕事としてもふさわしいでしょう?」


 妙に嬉しそうなジルロッテの言葉に、サリタは若干表情を引きつらせる。

 ジルロッテは冒険好きでこういった類いの話は大好物だ。

 そのためには何でも利用するつもりらしく、軽々しく姫殿下の名前を口にする始末である。


「あんたそれがどういう意味か分かってんの?」


 サリタに睨まれても、ジルロッテは涼しい顔である。


「分かっていますよ。

 ですが聖地と言っても厳格に管理している土地でもないですし、構わないと思います。

 別の王族に調査依頼を出しても、応答の早い遅いはあるでしょうが承認は確実に得られるかと。

 でしたら直ぐに許可を出せるであろう姫殿下に承認を迫るのは当然の道理です」


 サリタも「それはそう」と同意を示す。

 しかしどうも踏ん切りがつかない。

 なんだかとても悪いことをしている気になるのだ。


 でも調査にはどうしても王家の許可が必要だ。

 勝手に調査してしまったら正式な記録として残せない。

 それはサリタの意に反することだ。

 この調査結果をもって、名誉を手に入れるのが目的なのだから。


「分かったわ。シャルに頼みましょ」


 サリタが決断すると、ユキがティアレーゼへと視線を向けた。

 ティアレーゼは頷く。


「はい。

 ではユリアーナ騎士団として、シャルロット姫殿下にホスヘルテ湿地帯への立ち入りと調査許可を承認頂くよう手紙を書きましょう」


 ティアレーゼが団長として宣言したため、早速ユキがシャルロット宛ての承認依頼書を作成し始める。


 ジルロッテは書類作成を眺めながら、控えめな笑みを浮かべてユキへとささやく。


「これで騎士団日誌に書くことが出来ましたね」

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