第18話 副団長の反乱①

「納得がいかない!」


 ユリアーナ騎士団施設。宿舎1階の再建工事に携わっていたフアト・メイルスンは担いでいた材木を投げ出してそう宣言する。


 フアト・メイルスンは、リムニ王国においては王家に与する貴族の家系の生まれである。

 それはメイルスン家がかつての栄華を失い、名前だけの弱小貴族と成り果てた現在でも、彼が自身の出自について由緒正しき家系の出身だと胸を張る程度には誇らしいことだった。


 歳は17となる青年で、中肉中背。金色の髪を中途半端に伸ばし、度々尊大な態度をとっていた。

 彼のユリアーナ騎士団での立場は副団長だ。

 騎士団結成時、他に貴族がいなかったので彼が副団長に任命され、以降その人事が見直されたことはない。


 またいつものか。

 一緒に作業していた面々はあきれ果て、彼が放棄した材木の運搬を引き継ぐ。

 フアトのサボり癖はいつものことだ。いちいち気にしていたら作業がいつまで経っても終わらない。


「ちょっと待ちたまえよ。

 君たちはおかしいと思わないのか?」


 同意を得ようと声を張るのだが、材木を引き継いだカイもグナグスもその態度は冷ややかだった。


「思わない。

 騎士団の施設を直すのは、騎士団団員の務めだ」


 カイは事もなげに言う。

 フアトはこのバカ真面目な平民相手に理屈をこねても無駄だと、グナグスへと問いかける。


「建物の修復は貴族のやるような仕事じゃない。

 そうだろう?」


「僕らは貴族としてじゃなく、騎士団団員としてここにいる。

 それに運命厄災以降人手不足で、王都の貴族だって自分で家の修復に手をつけてる」


 正論を返されてフアトは一度ひるんだものの、それでも仕事をこれ以上続けてたまるかという一心で拳を高く突き上げる。


「だとしても! だとしてもだよ!

 修復作業にかり出されるのはいつも僕らで、女性陣は何もしてないじゃないか!」


 その言葉には、フアトの背後にやって来たイブキが答えた。

 作業服姿のイブキは、大きな胸を支えるように手を組んでため息交じりに言う。


「ルッコは家具作りをほぼ1人でやってるし、サリタだって外壁の修復やってくれてるよ」


 イブキに「いつまでサボってるのか」という蔑みをこめた視線を向けられても、フアトがめげることはなかった。


「それでも僕にはもっと僕にふさわしい仕事があるはずだ!

 僕は反旗を翻してみせるぞ!」


「翻す前にやることやって欲しいんだよなあ」


 イブキはやはりため息交じりで、別方向へのやる気を出してしまったフアトに対して苦言を呈したのだが彼の耳には届いていなかった。

 されど次の、よく通る女性の声には彼の脳も無視を決め込むわけには行かなかった。


「何の反旗? もしかしてサボりの計画?」


 恐る恐るフアトは振り向く。

 そこには困ったような表情を浮かべるティアレーゼと、笑顔を浮かべながらもその奥に別の感情を込めるミトの姿があった。

 ミトからの問いかけに、フアトは無理矢理に笑って応える。


「あっはっは。

 嫌だなあミト君。そんなわけないだろう。作業は順調そのものだよ。

 これから更に効率を上げるための新しい手法について取り組もうとしていたところさ」


 笑って応えたフアトへと、ミトも笑顔で言いつける。


「そうだよね。

 今後ともしっかり頼むよ。

 間違っても手を抜かないように」


 ぴしゃりと言いつけるミト。

 隣でティアレーゼは「負担をかけてしまい申し訳ありませんがお願いしますね」と頭を下げた。

 そのまま2人は施設の外へと出かけていく。

 それを見送って、フアトは身体を大きく伸ばしてから言った。


「さてと。

 手抜きなんてもっての外だな! 今日も頑張って働こうじゃないか!」


 すっかり態度を改めたフアト。

 そんな彼へと、カイは冷ややかな目線を向けた。


「反旗を翻す話は?」


「バカを言うのはやめたまえ。

 僕にだって逆らえない相手は居る」


 ふふんと鼻を鳴らして、何故か自慢げに言ってのけるフアト。

 彼は揚々と次の材木をとりに、資材置き場へと走って行った。


「ま、真面目に作業してくれるならそれで良いけどね」


 イブキは手元のバインダーに挟んだ進捗記録の書類をチェックして、資材運搬の次の作業をカイとグナグスへと指示した。


    ◇    ◇    ◇


 数日後。男性陣の連日の作業により、ついに宿舎1階の大部分が修繕された。

 特筆すべきは1階奥にあった大浴場だ。


 これまで大浴場が使えないため、団員は公衆浴場まで通わなければならなかった。

 これが騎士団施設内で完結するようになったのだ。


 揚水機の接続は終わり、後は湯沸かし機能の接続のみ。

 それも魔力式の湯沸かし器は完成していて、設置するだけという状態だ。


「やっと静かにお風呂に入れるわ」


 朝食の場で、今夜にも大浴場の使用が再開されると報告があり、サリタは喜びを口にする。

 口には出さないが他の団員も大浴場再開を歓迎していた。

 王都の外れにある騎士団施設から公衆浴場は結構遠い。

 せっかく風呂で温まっても、秋風の吹くこの季節。宿舎に着く頃にはすっかり身体が冷えてしまう。

 誰もが大浴場再開を願っていたのだ。


「それで、何時から入れるのよ」


 サリタの質問はイブキへ飛んだ。

 建設隊長を任されたイブキは問いかけに対して丁寧に答える。


「湯沸かし器への魔力補充とテスト稼働を午前中に済ませる予定。

 昼食後に設置開始して、実地テストして、浴場にお湯を張って入れるようになるのは16時くらいかな」


「16時ね」


 まあいいでしょうと言わんばかりに復唱するサリタ。

 だがそれに異を唱える者が居た。

 副団長のフアトである。


「ちょっと待ちたまえよ。

 大浴場を修復したのは僕らだ。

 一番に入る権利は僕らにある」


 一番風呂の権利を主張したフアト。

 サリタはその意見をバカげた主張だとまともに扱うつもりもなく、発言したフアトを黙らせるように睨みをきかす。


「ぼ、暴力には屈しないぞ!

 僕らにだって労働の疲れを癒やす権利はあるはずだ!

 そうだろう、ティア君」


 サリタとの言い合いになっては不利だと、フアトはティアレーゼに判断を委ねた。

 きっとティアレーゼなら正しい判断をしてくれる。

 彼女はこれまでも、施設の修復に汗を流すフアト達の様子を見てきたのだ。

 

 そう信じて委ねたのだが、ティアレーゼが回答する前にミトが1つ咳払いをした。


「今日の修復作業は何時までの予定だっけ」


 問いかけにイブキが回答する。


「今日は18時まで予定が入ってる」


「じゃ、労働の疲れを癒やすなら18時以降だね。

 大浴場再開から18時までは女湯で、それ以降は男湯にしたらよくない?」


 ミトの言葉にティアレーゼが「そうですね」と同意を示した。

 サリタはたった2時間しか与えられなかった時間に不満を唱えたが、その点についてはティアレーゼが浴場を修復してくれた男性陣への感謝から18時には男湯にすべきとの意見を表し、サリタも渋々と同意した。


「と言う訳なので、本日の大浴場は16時から18時までは女湯で、18時以降は男湯とします。

 先生、浴場の使用時間について後で掲示をお願いします」


 ティアレーゼの指示を受けたユキはこくりと頷く。

 これで再開直後の大浴場使用順は決定した。


    ◇    ◇    ◇


「納得いかない!

 僕たちが修復したんだ! 僕らが一番に入るべきじゃないか!

 なあそうだろうカイ君!」


 フアトはカイへと同意を求めた。

 感情を殺してでも同意してくれと訴えるフアトの剣幕にも負けず、カイは首を横に振った。


「別にどっちでもいいだろ」


「良くないよ!

 なあグナグス君!

 自分たちが直した浴場で、一番最初に湯につかる。それが醍醐味ってものだろう!?」


 何も考えずにとりあえず頷いてくれと言うフアトの訴えにも負けず、グナグスは首を横に振った。


「僕は朝風呂に入れればどうでも良い」


 無言のままグナグスの身体を揺らすフアト。

 グナグスは付き合うのもめんどくさそうにフアトの手を振り払い、湯沸かし器へと魔力補充を進めるイブキの元へ足を向ける。


「ちょっと君たち、本当にそれで良いのかね!

 見損なったぞ!」


 1人で勝手に騒ぎ立てるフアト。

 残る3人は、そんなに一番風呂に入りたいなら前倒しで作業を済ませて16時前に入れば良いだろうと思ったものの口には出さず、粛々と湯沸かし器稼働準備を進めていた。


「分かった、分かったよ!

 僕は今こそ反旗を翻してみせるぞ!」


 またもや妙なことを言い出したフアト。

 誰も反応しないのが可哀想になって、カイが仕方なく問いかけた。


「誰に対してどんな反旗を翻すつもりだ?」


 フアトはふふんと鼻を鳴らす。

 そして自身の計画をさぞ高尚な計画のように、胸を張って堂々と宣言した。


「一番風呂の権利を奪った女性陣への反旗だ!

 僕は、女湯を覗くぞ!!」

 

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