第13話 天使の痕跡①

 リムニ王国王立図書館、禁書区画。

 ここには一般には公開されない書籍が眠っている。


 区画への立ち入りが許可されるのはリムニ王国御三家のみであった。

 それが最近になり、女神教会によって正式な天使が認定された。

 認定に伴い、天使ティアレーゼとその認可を受けたものには立ち入り許可が与えられた。


 ユリアーナ騎士団正団員、ツキヨは人の居ない禁書区画の本棚を魔法の明かりで照らして物色する。

 運命厄災終結後、ツキヨはこの禁書区画に入り浸っていた。


 目的は、女神時代――1000年前に、女神と共にあった天使についての調査。

 俗世に公開された天使の情報はあてにならない。

 

 そもそもとして、女神教会は女神ユリアと11人の天使としている。

 だが禁書区画の資料には、ユリアと12人の弟子と記載がある。

 実際に存在した天使が1名、女神教会の事情によって記録を抹消されているのだ。


 ツキヨは真実を知りたかった。

 別にそれを世の中に公開したいわけではない。

 ただ嘘っぱちの歴史より、真実の記録を欲しただけだ。


 ツキヨは短い黒髪を後ろで1つに結んでショートポニーにしていた。

 瞳は濃い赤色をしていたがそれ以外は至って平凡な女性。

 身長は平均よりはやや高いが、特段目立つこともなく、スタイルが良いわけでも美人な訳でもない。

 ただ素朴な、当たり障りのない顔つきは誰からも好まれ、普段は明るく陽気ながら、時折見せる寂しげな表情は彼女の魅力の1つだった。


 誰も居ない禁書区画に響くのは、ツキヨの腰にかけた懐中時計の秒針の音だけ。

 音もなく漂う、魔力によって産み出された光の球は、本棚を照らすと同時に蔵書について詳細な解析を行う。


 紙の産み出された年代。インクの記された年代。そして本が最後に移動された時を解析して、目当ての内容が書いてありそうな本を探す。

 光球がそれらしい本を見つけた。

 ツキヨはその本を本棚から抜き出す。


 長きの眠りから覚まされて本棚から取り出された本。

 魔力によって表面を保護された本は、記載された当時の品質を保ち、変色もない。

 表紙に記された題名は『冥府と現世』。


 ツキヨは立ったままページをめくった。

 冒頭を読むと、この本の内容が大まかに記載されていた。

 冥府を司る天使、カタリナ。

 彼女の取りについて、後生に記された本だ。

 

 女神ユリアとその弟子達が世界の在り方を変えた、女神時代と呼ばれるのが1000年前。

 本の記載が行われたのは900年ほど前だから、その頃にはカタリナも生きては居なかっただろう。

 それでも、現代に記述された歴史よりは信憑性が高い。


 ツキヨは本のページをめくっていき、重要そうな内容をピックアップして頭の中に叩き込んでいく。

 数分後には必要な情報を得ることが出来た。

 

「ギミスアンプに冥府に通じる神殿ね」


 ツキヨは1人呟くと、本を元の位置に戻して禁書区画を後にした。


    ◇    ◇    ◇


「では書類の提出は自分が担当します。

 ティアレーゼ様はどうぞお休みください」


 ユキとティアレーゼは、ユキの部屋で書類の編纂にあたっていた。

 定期的に教会への提出が義務づけられた大切な書類だ。

 その編纂は昨日から開始され、そして本日午前中までかかってようやく完了した。

 ユキはまとめ上げた書類の最終確認を終えるとカバンへとしまう。

 提出にはユキが1人で行くと言い出したので、団長であるティアレーゼは同行を申し出た。


「私も手は空いているので同行しますよ」


 ユキはかぶりを振る。


「休養も大切でございます。

 このところティアレーゼ様にはご多忙のなか編纂を手伝っていただきました。

 本日はどうかごゆっくりなさってください」


「忙しかったのは先生も一緒でしょう?」


「自分はこれが終わればしばらく手が空きますのでお気遣いなく」


 ティアレーゼは頑なに同行を拒否するユキに食い下がった。

 だが最近ミトがよく口にしていた言葉を思い出す。

 ――たまには休むのも大切。


 その言葉も間違っていないと思う。

 騎士団長としての職務。天使としての職務。そしてこれから貴族になるための勉学と就任式の準備。

 ここしばらくの間ずっと忙しくしていた。

 今ここで無理をして、就任式直前で倒れてしまってはそれこそ大問題だ。


 ようやく一息つける時間をユキが作ってくれたのだ。

 仕事を人に任せるのも大切だと、サリタも言っていた。

 ティアレーゼは今日はユキの好意に甘えて、休みを貰うことにした。


「分かりました。今日は休ませて頂きます。

 資料の片付けだけ――」


「そちらはストラとスミルに頼むのでご心配なく」


 ユキは今日のところはティアレーゼにはしっかり休んで貰いたいらしい。

 ティアレーゼはユキの気遣いを全面的に受け入れることにした。


「それではお任せしようと思います」


「はい。それでは――」


 ユキが書類の入ったカバンを肩にかけて立ち上がると、部屋の扉が素早く2回叩かれ、返事をする間もなく開かれた。


「ユキ居る?

 お、ティアレーゼも一緒だね」


「これはツキヨさん。

 本日は図書館へ行っていたのでは?」


 やって来たのはツキヨだった。

 彼女は柔和な笑みを浮かべて返す。


「そうそう。

 それで気になる資料を見つけて、調査に行こうと思うんだ。

 天使カタリナの、ユリアが死んだあとの行動記録なんだけど――」


「天使様ですか?

 カタリナ様というと冥府を司る天使様ですね」


 天使の話題が出て、ティアレーゼは目を輝かせる。

 自身も天使となった身であり、そして天使の力をどう使うべきか悩んでいた。

 女神ユリアと共にあった12名の天使について、ティアレーゼは常々彼らがどのように天使になり、どのように天使の力を行使したのか知りたいと願っていたのだ。


「先生も興味ありますよね?」


 ティアレーゼがキラキラとした瞳を向けると、ユキはいつも以上に感情なく「別にないですね」と即答した。

 ティアレーゼはめげることなく、ツキヨへと問う。


「それで、カタリナ様は女神様が殉教なさった後にどうされたのです?」


「ギミスアンプに冥府へと通じる神殿を建てたみたいなんだよね。

 ギミスアンプって言うと今のユリアーナ湖の南東側だよね。

 どの辺りになるか詳しい場所分かる?」


 問いかけはユキに向けられていた。

 ユキは小さく頷くと、自身の書類棚から古い地図を引っ張り出してきて机の上に広げた。

 女神時代の地名を現した地図。

 地形は不正確で、距離感も今とは異なっている。

 その地図上で、ユキは大きな湖を示す。


「ここがユリアーナ湖。

 ギミスアンプはその南東。この位置ですね。

 この地は良質な石材が採れたそうです。

 過去の石材の運搬記録から鑑みると、現在のロルガン領にあたるでしょう」


 ユキは更に別の地図を持ってくる。

 ロルガン領の中心部を現した地図。

 城壁を持つ都心部から離れた位置。採石場の付近に、神殿を現す記号が描かれていた。


「おおよそ女神時代に建設されたとされているのがこちらの神殿です。

 女神教会内での神殿の序列では下位に位置しています。

 採石場の跡地に建てられたこと。

 ツキヨ様の発見した資料の記述が正しければ、天使カタリナが建立したことが序列を下げる要因となったのでしょう」


「確かカタリナ様は、女神教会が定める本流とは異なる教えを説いていたのですよね」


 ティアレーゼが確認するように口にすると、ユキは「その通りです」と頷いた。


「それで、これまで詳しい調査もされていない?」


「分教戦争期までは調査がされていたとの記録がありますが、それ以降の記録はありません。

 記録が正しいのであれば、おおよそ800年ほどは手をつけられていないと考えてよろしいかと」


「だとすると何か残ってるかもね。

 ロルガン領なら馬で半日かからない距離だから今日のうちに行って帰ってこれるね。

 ユキ、着いてきて貰っても良い?」


 ツキヨの頼みに対して、ユキはかぶりを振る。


「本日はこれより教会へ出向かなければいけないので。

 後日であればご対応します」


 ユキの持つ高度解析能力と、女神時代から現代に至るまで網羅された知識は、神殿の調査にはもってこいだった。

 だが彼女には仕事があり、それを無碍に扱えばユリアーナ騎士団はなくなってしまう。

 仕事を理由にされるとツキヨも無理強いしづらかった。


 代わりにティアレーゼが同行を志願する。


「私で良ければ同行させてください。

 天使が居た方が調査も頼みやすいと思います」


「あ、ホント?

 ティアレーゼが来てくれるなら頼もうかな」


 ツキヨは朗らかに笑って見せるのだが、対してユキは無感情な顔のままティアレーゼへと苦言を呈する。


「本日はお休みの予定です」


 されどティアレーゼは、過去の天使の片鱗に触れられるかも知れないときいて、すっかりやる気になっていた。


「そうですけど、天使カタリナ様についてとても興味があります。

 それに私、遠乗りが趣味なんです。

 ロルガン領でしたらちょうど良い気晴らしになると思います」


 ユキは珍しく、じとっとした瞳に若干の感情を乗せてティアレーゼを見つめていたが、彼女が自分の意志で言い出したことには文句をつけられなかった。


「ティアレーゼ様がそう望むのであれば。

 ですがくれぐれもお気をつけて。

 必要であれば護衛をつけてください」


「護衛は必要ないと思いますけど――

 あ、でも道案内が頼める人が居ますよ。

 グナグスさんはロルガン領の方でしたよね」


「ああグナね。

 そういえばそうだっけ。じゃあ彼に声をかけるとして。――ミトは誘う?」


 ツキヨはティアレーゼへと確かめるように問いかけた。

 ティアレーゼはその問いにしばらく考える素振りを見せたが、やがて首を横に振った。


「いいえ。訓練の邪魔をしては悪いですし」


 いつまでもミトに頼っているようではダメだと、ティアレーゼはきっぱりとミトの勧誘を断った。


「じゃ3人だね。

 グナの勧誘はどうする?」


「そちらは私が。

 準備して正門で待ち合わせましょう」


 ティアレーゼの提案をツキヨは受け入れた。

 2人が退室しようとすると、ユキが声をかける。


「ティアレーゼ様、くれぐれもお気をつけて」


「それは先ほどききましたよ。

 先生は心配性ですね」


「念のためです。

 ツキヨ様、くれぐれもティアレーゼ様に無理をさせないように。

 責任を持ってお守りしてください」


「大丈夫だって。

 ティアレーゼだって子供じゃないから」


 ティアレーゼも「そうですよ」と同調するのだが、ユキのじとっとした光沢のない真っ黒な瞳は、了承するまで出かけさせないという意志が込められていた。

 止むなく、ツキヨは頷いた。


「約束する。

 ティアレーゼには無理をさせないし、何かあったらしっかり守る」


「そのようにお願いします。

 では、道中くれぐれも――」


「お気をつけて、ですね。

 先生もお仕事無理をなさらないでください」


 ユキは「考えておきます」と返して、退室する2人を見送った。

 ツキヨとティアレーゼは、天使の痕跡を求める旅路の準備へと手をつけた。

 


 

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