第12話 怠け者⑤

 練兵場中央で対峙したミトとリューリ。

 魔力による肉体強化無しだというのに、2人とも常人の目にはとまらない速度で木剣を打ち合う。


 しかし実力には差があった。

 リューリが涼しい顔で木剣を振るっているのに、ミトの方は徐々に表情に疲れが見え始める。

 リューリは隙をついて鋭い一撃を繰り出し、木剣でミトの身体を打ち付けていく。


「全ての動きが雑。

 その中途半端な踏み込みは何。

 そんな風に戦うよう教えたつもりはないわよ」


 ミトの体力が尽きると、一方的にリューリが攻撃を加える。

 ミトが痛みに堪えながら繰り出す反撃は、事もなげに回避され攻撃の隙に対して強烈なカウンターが叩き込まれる。


 体中を打ちのめされたミトは、リューリの攻撃を受けきれない。

 連打を浴び、仕舞いには腹部に強力な蹴りを貰った。

 後方に吹き飛び床で悶えるミト。


 リューリはミトを見下ろして、冷たく言い放った。


「以前の半分も動けてない。

 随分怠けたようね。

 とにかくその雑な動きをなんとかしてきなさい。

 ユキ、相手してやって。

 サリタ、こっちに来なさい」


 リューリの指示に従って、訓練相手が変更される。

 ミトは指示に対して大きく返事をすると、立ち上がりユキの元へと向かった。

 ユキと組んでいたイブキはストラのところにやって来て、サリタはリューリの元へ。


「あたしは怠けてないわよ」


「それはこっちで確かめる」


 木剣を構えるリューリ。

 サリタも距離をとって木剣を構えた。

 始める前に、サリタは言う。


「あたしが1本でも撃ち込めたら、あんたも施設修復に手を貸しなさいよ」


「構わない。

 けど出来なかったらあなたが手伝いなさいよ」


「望むところよ」


 条件を取り付けると、サリタから駆け出して木剣を振るう。

 リューリは不意の一撃をものともせずに捌き、上段からの振り下ろしを繰り出す。


 サリタは攻撃を受けきれず流そうとするも、隙だらけの足に蹴りを入れられた。

 よたったところに木剣での追撃。

 ギリギリで躱そうとするがリューリのほうが素早い。木剣の先端で殴られ、更なる追撃を受け流そうとするが読まれていて、手首をしたたかに打たれる。


「腰が引けてるわ。

 後退の判断が早すぎる。

 攻撃が緩い。当てれば良いとでも思ってるの?」


 サリタは非力で、リューリの攻撃を正面から受けられない。

 だから試行錯誤してなんとか回避するか流そうとするのだが、いくら戦術を工夫しても全て対応された。

 結果、サリタの攻撃は全て不発に終わり、好きなようにリューリに殴られ続けた。


「前よりはマシ。

 力で勝てない相手にどう対処すべきかもう一度考えなさい。

 次、フアト」


 完全敗北を喫し、息を切らしたサリタはリューリに対して訓練の礼を言うと、フアトの訓練相手であったルッコとの訓練にあたる。


 リューリによる訓練は続き、彼女は疲れた様子など微塵も見せず、汗一つ流さずに団員達をボコボコにしていく。

 誰1人彼女に打ち込めないまま、残りは3人となった。

 名前を呼ばれたティアレーゼが対面し、木剣を構える。


「あんたも初めてね。

 好きに打ってきなさい」


 最初防御の構えを見せたリューリ。

 ティアレーゼは木剣を両手で構え、小細工なしで正面から斬りかかっていく。

 単純な攻撃は受け止められ、続いての横薙ぎの一撃も弾かれた。

 ただ打ち込むだけでは届かないと判断して左右に攻撃を振り、フェイントを絡めていくが全く通用しない。


 一通りのティアレーゼの動きを確かめたリューリは攻撃に転じる。

 行動後の動きの隙をついて繰り出された一撃は、ティアレーゼの肩を叩く。

 次から後隙に気をつけようと意識するティアレーゼだが、その分疎かになった攻撃を弾き飛ばされ、踏ん張りがきかずに後退したところに蹴りを食らう。


 それでもめげることなく打ち込んでいくティアレーゼ。

 なんとか1発だけでも入れようと、リューリの攻撃を避けずに身体で受け、痛みに堪えながらカウンターの突きを繰り出した。


 しかしそれすら見極められて、突きは空を切り、リューリの蹴りが腹部に叩き込まれる。

 尻餅をついたティアレーゼ。

 だが彼女は直ぐに立ち上がり木剣を構える。

 その諦めない姿勢を見て、リューリは評価を下した。


「基礎訓練はまだまだ。

 でも立ち上がるのはミトより早い。

 きっとまだ成長するわ。鍛錬を続けなさい」


「はい。ありがとうございます」


 ティアレーゼが礼を述べると、リューリはストラを指名した。

 既にいろいろな人との訓練で打ちのめされていたストラだが、身体を緊張させてリューリの前に立つ。


「ユキの弟子ね。

 ま、一応見てやるわ。

 打ち込んできなさい」


「では、行きます」


 中途半端な小細工をしても通用しない。

 ストラはこれまでのリューリの戦いを見てそう判断した。

 ストラの手の届かない、ユキすら為す術なく一方的に殴られ続けたのだ。


 だったら、ただ全力でぶつかるのみ!


 ストラは真っ直ぐに突っ込み、大振りで木剣を叩きつけた。

 リューリに受けられるが、地を蹴り、力押しで何とかしようとする。


 体格差もあり押し切れないが、弾かれても前へと踏み出しとにかく打ち込み続ける。

 どんな方向からの攻撃もリューリは片手で捌いてしまう。

 身体の動きも、魔力なしとは思えないほど速い。

 というか、魔力で強化された並の術士よりも速い。


 それでもへこたれずに打ち込み続けていると、やがてリューリが反撃に転じてきた。

 何の工夫もない真っ直ぐな横薙ぎを、ストラは受けきれない。

 とにかく速すぎる。


 リューリの動きの速さにストラの身体は全くついて行けなかった。

 だが一方的にやられるような状況にあっても、ストラは踏みとどまり、一歩先に踏み込んでは木剣を振るい続ける。

 そして、他の団員達と同じようにボコボコにされた。


 立つ力も失い、ついに床に崩れたストラへとリューリは評価を下す。


「全ての動作が遅い。

 遅いのに雑。

 基礎体力から鍛え直しなさい。

 やる気だけは認める。強くなれるかどうかはあなた次第ね」


「――はい。

 ありがとうございます。努力します」


 なんとか立ち上がったストラは礼を言って、まだリューリとの訓練を行っていない最後の人物へと目を向ける。

 スミルは団員との訓練で限界を迎え、練兵場の端で倒れていた。


「あー、あの子は、その、あたしと大差ないです。

 ただちょっとおバカで」


「同じように基礎からやり直すよう言っておきなさい」


「はい。そうします」


 ストラは倒れたスミルの元に駆け寄った。

 体中を木剣で殴られたスミルは、虚ろな目でストラの姿を見る。


「ああ、ストちゃん……。

 最後に会えて良かった」


「バカなこと言ってないの。

 ミーが吐いてるの血じゃなくてゲロだから!」


「どうして? どうしてこんなことに……」


「食べ過ぎたからでしょ!

 あんたの法石持ってきてあげるから、吐くもの全部吐いて待ってなさい」


 スミルは這うようにして練兵場の外に出ると嘔吐を続け、ストラから法石を受け取り魔力によって自然治癒能力を上昇させるも、しばらく嘔吐を続けていた。


 一通りのリューリによる訓練は終わり、重傷を負ったスミル以外は練兵場の中央に集合をかけられる。

 ユリアーナ騎士団の面々は体中痣だらけであった。

 ただ一人リューリだけは傷一つなく、一同を見渡してから総括を述べる。


「基礎訓練を怠ったのはミトとフアトの2名。

 それ以外、基本が十分に出来ていないのがティア、ストラ、スミル、イブキの4名。

 計6名は来月再度確認するので基礎訓練を怠らないように。

 ただ、他の団員に関しても以前指摘した問題が解決したとは言いがたい状況となっている。

 各自今回指摘された点について鍛え直しておくこと」


 一同、リューリの言葉に対して威勢良く返答する。

 それを受けリューリは訓練終了の旨と、解散を伝えた。


 団員は木剣を片付け、法石を身につけると練兵場から帰っていく。

 最後に法石を回収したミトは、2本の片刃の剣を具現化して腰の後ろに下げると、先に帰っていたティアレーゼの後を追いかけようとする。


 その眼前に、槍の穂先が突き出された。

 瞬間、ミトは左手で銀色の片刃の小剣を抜き、槍の軌道を逸らす。


「魔力の扱いも下手になったわ」


 リューリは鉛色の槍を引っ込めながら言った。

 ミトは笑って返す。


「少し、休みすぎたかも知れません」


「それが分かっているならよろしい。

 確かにわたしは休むのも大切だと言ったけど、基礎は何よりも重要よ。

 あなたがこれ以上の力を必要としていないなら好きにすればいいけど、そうでないなら基礎訓練を怠らないことね」


 ミトは剣を収めると深く頭を下げる。


「はい。

 まだティアを守らないといけないので、基礎訓練を続けます。

 これからも鍛錬よろしくお願いします。お師匠様」


 リューリはそんなミトをつまらなそうに見て、冷たく返した。


「わたしはもうあなたの師匠は辞めたわ」


 ミトはその言葉に顔を上げて、にこっと笑った。


「私はお師匠様の弟子を辞めてません。

 何処までも追いかけますからね」


 リューリは小さくため息を吐くと「バカな子ね」と言い残して立ち去った。


    ◇    ◇    ◇


「サリタさん。本当に修復手伝っているんですね」


「作業服お似合いですよ」


 翌日、ユキの外出に付き添ったストラとスミルは、騎士団施設の外壁修復にあたっているサリタの姿をみて声をかけた。

 サリタは目を細め、具現化した棒でスミルの頭を叩く。


「何がお似合いですって?」


「褒めてるんですよー。いやだなあ」


 コツンと当たった棒にスミルは笑顔で返す。

 サリタは崩れた外壁に石を積み上げ固める作業の最中であった。

 リューリとの約束事を真面目に守っている彼女に、ストラはちょっと感動した。


「サリタさんって、良いところのお嬢様で偉そうな癖して、こういうところは真面目ですよね。

 あんな約束、守らなくたってリューリさん怒ったりしなさそうなのに。

 ユリアーナ騎士団の中では相対的に常識人ですし」


「偉そうな癖にってところと、相対的ってところが不要よ。

 あたしは世の中一般的に見ても常識人なのよ」


「えー、それはどうかなあ」


 サリタはストラにからかうように言われても、目を細めるだけで手は上げなかった。

 ストラはユキに問いかける。


「ねえお師匠様。

 実際どうなんでしょう?」


 問われたユキは、光沢のない無感情な瞳でサリタを見つめると首をかしげて答える。


「約束を守っているわけではないでしょう。

 サリタ様は元々手伝うつもりでいたと思います。

 ですが自分からは言い出しづらく、リューリ様に適当な勝負をふっかけたのです。

 面倒なお方ですよ」


「なんですって」


 サリタは声を低くして、魔力を発して威圧しながらユキを睨んだ。

 だが手は下さない。

 本当のことを言われてしまって、実力行使に訴えづらかった。


 ユキとサリタがにらみ合っている沈黙の中、ストラは笑顔を浮かべた。


「確かにお師匠様の言う通りかも。

 サリタさんって、最初は文句言っていても、最後は折れてくれますもんね。

 意外とチョロい人なんですね」


 ばちん。

 サリタが伸ばした右手から魔力が弾け、銀色の稲妻となってストラを襲った。

 首筋に電撃を受けたストラは飛び上がり悲鳴を上げる。


「痛い!

 ちょっと! 何するんですか!

 お師匠様! 見ましたよね! サリタさんがあたしに攻撃を――」


「今のはストラが悪い」


 ユキにそう判定を出されて、ストラは「ええー」と文句を言うが、渋々「チョロいって言ってごめんなさい」と平謝りした。

 サリタはそんなやりとりがなかったかのように、ストラとスミルに問いかける。


「で、ミトの奴は訓練に顔出してるの?」


「はい。一緒に鍛えてます。

 来月こそはリューリさんに一矢報いたいです」


「あんたは昨日戦ってすらいないけどね」


 指摘されて、スミルは「そうでしたか?」と頭をかく。

 それからストラが、ユキによって絶賛治療中の首筋をおさえながら問う。


「でも良かったんです?

 結局、ミトは訓練には参加するようにはなったけど、修復に手を貸すつもりはなさそうでしたよ」


「ま、あいつは結局リューリの言いなりになってるだけだから。

 本当に手が足りなくなったら無理矢理連れ出すわ」


 ストラは意味ありげな目でサリタを見つめる。

 スミルも同様に控えめな笑みを浮かべた。


「何よ?」


 問いかけると、スミルが答える。


「サリタさんってミトさんにお優しいのですね」


「誰があんな奴に」


 サリタは怒ったように装って見せるが、それが見せかけなのは誰の目にも明らかだった。

 ストラとスミルがにやにやと意味ありげに笑みを浮かべていると、ユキは口元に手を当てて、淀んだ瞳でサリタを眺める。


「何よ。

 言いたいことがあるなら言ってみなさいよ」


 ユキは首をかしげるようにして、サリタの希望通り言いたいことを言ってやった。


「サリタ様は相変わらず面倒な方だと思っただけです」


「その態度が気に食わないのよこのクソ監察官!」


 サリタは具現化した棒を振り回したが、ユキは攻撃を回避せず、ぽかんと頭を叩かれた。

 それから感情のない瞳をストラとスミルへと向ける。


「我々も仕事に向かいましょう。

 では用があるのでこれで失礼します、サリタ様」


 ユキが一礼すると、サリタはさっさと失せろと言葉なく態度で示した。

 3人が施設から離れると、サリタはため息と共に一人呟く。


「だからあのクソガキは嫌いなのよ」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る