第11話 怠け者④
昼食の時間。
騎士団施設に滞在中の団員は食堂に集合した。
ミトも着替えを済ませ食堂に顔を出す。
既に一番奥の席に座っていたティアレーゼは、自分の隣の席を譲ろうとするユキを引き留め、ミトへと問いかける。
「ええと、言っておきたいことがあったんですけど、まずその頭はどうしました?
髪が凄いことになっていますよ」
「直そうとはしたんだけど、帯電しちゃって」
「何故です?」
「何故だろう」
ミトの腰まである黒髪は、サリタの攻撃によって帯電し、爆発したような状態になっていた。
直そうとした気配はあるが、どうにも直しきれなかったようで、ティアレーゼは「身だしなみはしっかりしないとバツです」と言いつけて、それから本題に入った。
「ミトは訓練生の席です。
良いですね」
「え? でもそれじゃあ誰がティアにご飯を食べさせてあげるの?」
「私は1人でご飯を食べられます」
「そうかなあ。
ね、ユキ。別に良いよね?」
ミトはユキへと席を交換するように頼むのだが、ティアレーゼの意図を汲み取ったユキは、「ティアレーゼ様の指示に従う」として断固として動かなかった。
「ミト。
ユリアーナ騎士団では私が団長で、ミトが訓練生です。
そういう決まりでしたよね?」
「それはそう。
騎士団のみんなで決めたことだから異論はないよ」
「ではミトは訓練生の席に座るべきですね」
「全く持ってその通りだと思う」
ミトはティアレーゼをこよなく愛する変態だったが、理を持って論ずれば説得できる常識人としての一面も持ち合わせていた。
正論を述べられては仕方ないと受け入れて、一番手前。スミルの隣の席に座る。
ひとまず全員着席したので、ティアレーゼは食事前に連絡事項を伝える。
「最近は大した仕事もありませんが、それでも騎士団として王国より俸給を受け、招集があればはせ参じなければならない立場にあります。
そのような立場にあって、団員の生活が乱れているのは大変にバツです。
本日より起床時刻と就寝時刻を定めますので、正団員、訓練生含めて遵守するように。
ユキさん、騎士団規則の追記と提示をお願いします。
皆さん本日中に掲示内容を確認しておいて下さい」
ユキはティアレーゼの指示に頷く。他の団員も頷いて見せた。
ティアレーゼはそれに満足して、他に連絡事項のある方は居ますかと問いかけた。
静かに手が上がり、リューリが立ち上がる。
「訓練教官から。
どうもわたしが不在の間に基礎訓練を怠った人間がいるようです。
確認のため、本日午後は全員練兵場に集合すること。
以上」
リューリは有無を言わさずそう言いつけると着席する。
サリタは目を細め、不満げに手を上げると座ったまま尋ねる。
「全員やる必要あるの?」
「ええ」
リューリは短く答えた。
だがいくら待っても理由については触れない。
説明の必要などないというリューリの態度に、サリタも諦めた。
また施設の修復が遅くなるなどと言っても無駄だろう。そもそも、訓練をするように依頼したのはサリタだ。
代わりに、ティアレーゼが問う。
「それは私もです?」
「当然。
ユキもよ」
まさか自分の名前が呼ばれるとは思っていなかったユキは、「午後は仕事が……」と逃げようとするのだが、リューリはきっぱりと「後にしなさい」と言いつけた。
リューリの指示に対してそれ以上異を唱える人間は居なかった。
ティアレーゼはちょっと困ったような素振りを見せたが、リューリの連絡事項が終わったと判断すると、再び団員へ連絡事項がないか問いかける。
誰も挙手をしなかったが、全員の表情を確認していくティアレーゼは、サリタの姿を見て手を叩いた。
「そうでした。
本日よりサリタさんがこちらに滞在します。
サリタさんから挨拶を」
「そういうのやらなくていいから」
「え、そうですか?
では今晩、夕食時に歓迎会を実施するので――」
「それもいいから」
「でも皆さん楽しみにしているので。
――本当にやりませんか?」
ティアレーゼに見つめられて、サリタは口元を歪めてため息を吐く。
それから止むなく返答した。
「やりたいなら勝手にやれば良いわ」
「ありがとうございます。
皆さんご参加のほどよろしくお願いします。
では昼食にしましょう」
連絡事項を終えると、皆は食事を始める。
末席に座ったミトは、しばらく寂しそうにティアレーゼを見つめていたが、スミルから声をかけられると笑顔を見せた。
「リューリさんの訓練は厳しいのですか?」
「そんなことないよ。
お師匠様は世界一優しい人だから」
「そうなんですねー」
スミルも返答を受けて顔をほころばせた。
だがその2つ隣。ストラの横に座っていたグナグスは、昼食を早めに切り上げて席を立とうとする。
「口に合いませんでした?」
ストラがグナグスへ問うと、彼は背丈相当の、少年のような声で答えた。
「リューリの訓練があるんだろ。
先に練兵場に行って身体動かしておくよ」
ストラはそれで、リューリの訓練がミトの言うようなものではないと理解した。
よくよく周りを見渡せば、フアトやカイもいつもより食事の速度が遅い。
明らかに食べ過ぎないように調整している。
「良かったですー。
優しい訓練でしたらお師匠様に鍛えられたわたしたちなら問題ないですね」
「ミー! 違う違う!
周り見てよ周り! 絶対優しくないって! 超絶厳しい奴だよ!」
「ストちゃんは心配性だなあ」
「ホントだよ。
大丈夫だって」
楽天的なミトとスミルを余所に、明らかに空気の違う昼食となったのを察したストラは、消化の良いものだけ選んで食べて、食べ過ぎないよう食事量を調整した。
絶対に地獄が待っている。
ストラはその予想が外れることを願っていたが、残念ながら彼女の想像通りの結果が待ち構えていた。
◇ ◇ ◇
いつもは訓練生のストラとスミル、その師匠のユキくらいしか人の集まらない練兵場に、珍しくユリアーナ騎士団の団員達が集まった。
正規団員が8名。
訓練生が3名。
そして補助要員のイブキ。
リューリは参加者が偶数なのを確認すると、道具の準備をしてくると一旦練兵場を離れた。
その間、団員達は準備運動に取り組む。
昼食を早めに切り上げていたグナグスとカイに至っては、2人で模擬戦を始める始末である。
いつものだらりとした雰囲気は何処にもない。
今日のユリアーナ騎士団は、皆が直近に迫った訓練に対して真剣だった。
気が抜けているのはミトとスミル。
そしていまいち分かってなさそうなティアレーゼとイブキくらいだった。
やがてリューリが大きな木箱を運んでやって来た。
集合の声に、全員が準備運動を切り上げてリューリの元に集まる。
「基礎の確認をさせて貰うわ。
1人1本とって、法石は預けて」
リューリが開いた木箱の中には、木材を切り出した木剣が入っていた。
指示に対してミトは「はーい」と返事をして、木剣を1本とって法石のはめ込まれた腕輪を木箱に入れる。
「法石は術者にとって命なんだけど」
サリタが苦言を呈すると、リューリは間髪入れずに返した。
「命とわたしの指示、どっちを優先すべきか理解できる?」
「狂ってるわ」
吐き捨てながら、サリタは金細工の施された髪留めを外して木箱に入れて、代わりに木剣を取り出す。
それからルッコへと髪留めを1つ貸すように頼み、それで髪を後ろでまとめ上げた。
全員が木剣を手に取り、法石を預けたのを見て、リューリは訓練内容を伝える。
「木剣同士で模擬戦して貰うわ。
適当に近くに居る人と組んで。
名前を呼ばれたらわたしのところに来るように。
最初はミトよ」
声を張り上げるわけでもなく、冷たくただただ事務的な伝達。
団員達は即座に返答を行い、近くに居た団員とペアを組み、練兵場の方々へ散っていく。
ストラはスミルと組もうとしたが、リューリによって遮られた。
「同じような実力の人間で組まない。
あんた――」
「前髪を流してるのがストラで、揃えているのがスミルです」
2人の名前を覚えていないリューリが言葉に詰まると、ユキが伝える。
リューリは頷いて指示を出した。
「ストラはサリタと、スミルはルッコと組みなさい」
「え」
反論しかけたストラ。
だがそれはリューリの冷たく鋭い一喝によって遮られた。
「返事」
「はい!」
有無を言わさない物言いにストラは即座に答え、サリタの元へ向かう。
練兵場の中央からやや離れ、ストラとサリタは向かい合って木剣を構えた。
不機嫌そうにしているサリタへと、ストラは問いかける。
「木剣って持ち方これで良いですか?」
右手で剣のつかを持って、剣先をサリタに向けるように構えて問う。
「好きに持てば良いのよ」
「ちなみにですけど、法石持ってないと魔力で防御できないですよね?
痛くならないように手加減してくれます?」
木剣と言っても、木材を適当に切り出しただけで刃もついていない。
だが至極当たり前な物理的法則によって、木の棒で殴られると痛いのだ。
「そんなことしたら後でリューリにしごかれるだけよ。
あんたも遠慮せず打ってきなさい」
うわあ。痛い奴だと、ストラは嫌な顔を浮かべるが、ユキとの訓練だって痛めつけられることはあった。
そうやって強くなってきたのだ。
だが目の前のサリタは、ユキと違って治療まではしてくれそうにない。
「ハズレ引いたなあ」
「何をバカ言ってるのよ。
あたしは良心的な方よ。
ほら、構えなさい。しっかり受けないと本当に痛いわよ」
ストラは握り慣れない木剣をしっかり両手で持ち直し、サリタの踏み込みに備えた。
サリタは予備動作から、利き足を踏み込んで剣を横薙ぎに振るう。
ストラは防御のため剣の軌道上で木剣を構えようとするが、腕の動作が間に合わず、脇腹を木剣で殴られた。
「ぐっ――あれ、なんで――」
「なんで防がないのよ」
防御もせずただ殴られたストラ。
ストラ自身も何故防御が間に合わなかったのか分からないといった風で、脇腹の痛みを堪えつつ木剣を軽く振ってみる。
ただの木を削った木剣にそこまで重量はない。
だが軽いはずの木剣が思うように動かせない。
身体の動作は、ストラのイメージしていたものよりもずっと遅い。
「なんか、身体が重いんだけど。
あ、法石持ってないから」
術士は法石から魔力を引き出す。
魔力は武器の具現化にも身体の防御にも使うが、肉体能力の底上げにも使用される。
しかしサリタはストラの言葉をはなから否定する。
「魔力の肉体強化に頼ってるからそうなるのよ。
リューリの訓練方針は魔力の前に基礎体力。
生身でも術士と同じくらい動けるようになるまでしごかれるわよ」
「え?
言ってること滅茶苦茶じゃないですか?
魔力なしの人間が絶対勝てないから術士は重宝されるんですよね」
「そうだけど、実力が拮抗した術士同士の戦闘で勝敗を分けるのは基礎体力よ。
ユリアーナ騎士団はそういう領域で戦ってきたのよ」
「うっわ。
ヤバいところ入って来ちゃったなあ」
「今からでも商人の娘に戻ってもいいのよ。
あんたの実家、今は上手くやってるんでしょ」
サリタの言葉に、ストラはむっとして木剣を構え直す。
「そんなつもり毛頭ないです。
あたしだって、軽い気持ちでお師匠様に弟子入りしたわけじゃないですから」
「そう。
なら無理矢理にでも身体を動かしなさい。
出来なければ殴られ続けるだけよ」
「今度はこっちが殴る番だから!」
一歩踏み出し、一気に加速して真っ直ぐにサリタへと切り込んだストラ。
しかしその一撃は簡単に受け流されて、背後を取られたストラは背中に強めの一発を叩き込まれた。
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