第10話 怠け者③
「入るわよ」
ミトの部屋はノックしても反応がなかった。
サリタは一方的に宣言すると扉を開ける。
部屋はカーテンが閉め切られ薄暗かった。
そして問題のミトは、ベッドの上で布団にくるまり、来客に対して薄らと目を開ける。
「ティア?
――なんだサリタか」
布団をかぶり寝直そうとするミト。
サリタはずかずかと部屋に入り、カーテンをいっぱいに開けると窓も開く。
太陽光と、肌寒い秋風が室内に入ってくる。
サリタはそのまま容赦なく、ミトがかぶっている布団をひっぺがえした。
「もう昼前よ。
起きなさい訓練生」
「お昼ご飯には起きるよ」
「バカ言ってないで。
人間は朝にはちゃんと起きる生き物なのよ」
寝ぼけたミトは布団を取り返そうと藻掻く。
サリタは法石から魔力を引き出した。
銀色の魔力は稲光となり、それはサリタの身の丈を越える棒の形をとった。
突き出した棒の先は寝ぼけたミトの頬に押しつけられる。
「嫌でも目が覚めるようにしてやってもいいのよ」
サリタの手元では稲妻がバチバチと音を立て、それはいつでもミトに対して放てる状態にあった。
ミトは嫌々ながらも寝ぼけた目をこすり上体を起こす。
「朝から物騒だなあ」
「朝じゃなくて昼前。
あんた、毎日こんな時間に起きてるんじゃないでしょうね」
「いつもは昼ご飯の時に起きるから」
「大馬鹿者」
バチンと稲光が走り、ミトの頬に容赦なく電撃が襲いかかった。
音と光だけで実際の威力は抑えていたが、それでも無防備な状態で電撃を喰らったミトは飛び上がり、赤く腫れた頬を抑える。
「痛っい!
本当に撃つとは思いもしなかった」
「さっさと起きて着替えないなら何発でもお見舞いするわよ」
「物騒にも程があるよ。
たまには休むのだって大切なんだよ。
で、何の用?」
「別に用はないわよ。
ただ昼まで寝てるバカがいるってきいたから起こしに来ただけ。
感謝しなさいよ。
このあたしが直々に起こしてあげるなんて――」
用はないときいて、ミトはひっぺがえされた布団を回収し、再度横になった。
サリタは手を震わせ、強力な電撃を纏った棒を振りかざした。
「こんの大馬鹿者!!!!」
◇ ◇ ◇
「入るわよ」
サリタはティアレーゼの部屋の扉を叩く。
返事と同時に扉を開けて、立ち上がろうとしたティアレーゼにその必要はないと示す。
そのまま机の前で作業しているティアレーゼの前に歩み寄り、見下ろすようにして不機嫌そうな目を向けた。
「ええと、サリタさん。
もしかして怒ってます?
私、何かしてしまいました?」
「ティアレーゼ」
珍しくサリタに省略せず名前を呼ばれて、よく分からないが怒られることは間違いないと確信したティアレーゼ。
姿勢を正して、サリタの機嫌を損ねないように「何でしょうか」と問う。
「もしかしてだけど、ミトに甘やかされるのが嫌だからって、逆にあいつのこと甘やかしていたりしないでしょうね」
「う゛、そ、それは、そんなことは、ないと、思いますけどね……」
目を逸らし、口元を引きつらせながら、途切れ途切れになって否定するティアレーゼ。
その態度は自白しているのと変わりない。
「分かりやすい奴。
で、どうするつもりなの?
これからも甘やかし続けるつもり?」
「いやあ、止めようとは思っているんです。
でもですね……」
「でもじゃない。
はっきり決めなさい、ティアレーゼ。
あんたはユリアーナ騎士団の団長と訓練生としてミトと接するの?
それとも姉と妹として接するの?」
サリタの刺すような視線にティアレーゼは晒される。
ティアレーゼだって分かっていた。
訓練生であるミトを団長が贔屓し続ければ、やがて団員達から不平を招く。
姉妹だからと言って、騎士団に入ったからには団長と団員。
他の団員と区別してはいけない。
それでもティアレーゼは即答できない。
確かにミトは訓練生だ。
だが普通の訓練生とは異なる。ミトの立場は複雑なものだった。
「その、団長と訓練生として接するべきだとは思います」
「そこが理解できているならよろしい。
でもティアからはミトに対して厳しく言えないんでしょ」
サリタはティアレーゼの事情を察していた。
ティアレーゼが無言のまま頷くと、サリタは短くため息をついた。
「それでも今の状態を続けるわけにはいかないわよ。
少なくとも、あんな目に見えてやる気のない奴を騎士団に在籍させておく理由は無い」
「それは、分かります」
ティアレーゼが肯定すると、サリタは「よろしい」と頷いた。
「諸々事件が片付いて手の空いた今だからこそ騎士団のあり方が試されるわ。
あんたは団長として、まず施設滞在時の起床時刻をしっかり定めなさい。
怠け癖についてはこっちでなんとかやってみるわ」
「なんとかなるでしょうか?」
サリタは曖昧な表情を浮かべる。
簡単に「なんとかなる」と断言できる内容ではない。
ミトの怠けぶりは熟練のそれだ。
それでもやらなければならなかった。
「さあね。でもなんとかするしかないわ。
あたしだって、あいつを追い出したくないのよ」
「ありがとうございます、サリタさん」
「ホント、感謝しなさいよ。
このあたしがわざわざ手を貸してあげるんだから」
◇ ◇ ◇
サリタはため息交じりに、リューリの部屋の扉を叩いた。
結局のところ、ミトにやる気を出させようと思ったら、リューリに頼るほかないのだ。
ミトはリューリの弟子だ。
それも、ユリアーナ騎士団結成前からの師弟関係である。
ミトはリューリの命令には絶対服従する。
そもそもの話、今ミトが「休むことも大切」などと繰り返しているのも、リューリがそうミトに告げたからである。
根本的な問題解決をしようと思えば、リューリを避けて通れない。
しばらく待っても返事はなかったので、サリタは容赦なく扉を開ける。
リューリはやはり椅子に深く腰掛けて読書にふけっていた。
「返事をしてないのに勝手に入るんじゃないわよ」
「居るなら返事しろっての」
「で、2巻は?」
リューリは視線をサリタへ向けたのだが、何処にも本を持っている様子がなかったため、非難するような冷たい目でサリタを睨んだ。
「自分で行けって言ったでしょ。
それよりミトのことで話があるんだけど」
サリタは後ろ手に扉を閉じると、返事もきかずにリューリの元へと詰め寄った。
リューリはあからさまに嫌そうにして読書へ戻ろうとするのだが、サリタは容赦なく彼女の手から本をひったくった。
奪い取った本を机の上に放り出して言いつける。
「あいつが堕落してるのはあんたのせいよ」
リューリは冷たい瞳を不機嫌そうに細める。
そしてつまらなそうに、サリタの言葉へと反論した。
「あれはもうわたしの弟子じゃない」
「本人はそう思ってないのよ」
リューリは冷たい視線をサリタへ向け続けた。
リューリ自身、自分の発言が現在のミトを作り出したと理解している。
ミトはリューリにとって従順で使い勝手の良い弟子だった。
だから散々利用してきたのだが、ミトの従順さはリューリの予想を遙かに超えていた。
回答を渋るリューリに対して、サリタは痺れを切らし、武器を具現化した。
熟練の術者らしく一切の無駄がない動作のまま、魔力を込めて振り下ろす。
雷撃を纏った棒は、リューリの眼前で停止。
リューリが片手で構えた槍は棒を受け止め、バチバチと弾ける雷撃をものともしない。
本の下に雑に置かれていたはずのリューリの法石は、今は彼女の手の内にある。
「何のつもり?」
「あたしもあんたをまだ師匠だと思ってる。
可愛い弟子の頼みくらい聞いたらどうよ」
「人にものを頼む態度じゃない。
そもそもあんたは可愛くない」
「弟子であることは否定しないのね」
サリタは振り下ろした棒を引き戻した。
次の一撃を繰り出すため、魔力を込める。
構えた棒を銀色の魔力が包み込む。棒は微細振動を起こし、耳の奥に突き刺さるような甲高い音が室内に反響する。
この際、1部屋2部屋消滅したところで構わない。
サリタは全力の一撃を繰り出すつもりだった。
リューリは鉛色の槍に魔力を込めて見せたが、「バカバカしい」と一言言うと、魔力ごと槍を消し去った。
サリタも棒を消し去って問う。
「やる気になった? バカ師匠」
「全く。
だけど訓練教官として騎士団に身を置いている以上、その分の仕事はする。
何か問題ある?」
「それで結構。
よろしく頼むわね、訓練教官殿」
リューリは適当に返事をして、サリタが退室しようとしたところにその背中へと声を投げた。
「サリタ」
「何よ」
サリタが振り返ると、リューリは冷たい目を向けて言った。
「2巻持ってきて」
肩を落としたサリタ。
辟易としながらも、顔だけ後ろへ向けて問い返す。
「2巻だけでいいの?」
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