第9話 怠け者②
宿舎1階奥。
大浴場は壁をぶち抜かれていた。
瓦礫の搬出は終わり、壁の基礎部分が作り直され、いよいよこれから本格的な修繕が始まると言った気配である。
サリタは再建指揮を任されているイブキを見つけると声をかける。
イブキはユリアーナ騎士団の団員ではないのだが、活動に協力する補助要員だ。
すらりと背が高く、黒い髪を肩まで伸ばしていた。
イブキは作業服になんとか納まっている豊満な胸を揺らしながら、サリタを見下ろすようにして応えた。
「やっほー。久しぶり。
もしかして再建手伝ってくれる? いやあ、手が足りなくってさあ」
名門貴族であるサリタに対しても忖度なく気さくに話しかける態度を、サリタはむしろ心地よく感じて、しかめていた表情をやや緩めて返す。
「あたしが手伝うわけないでしょ。
その代わり暇な馬車係をこっちに寄越すわ。
それよりあんた、2ヶ月も経ってるのに全く修復進んでないってのはどういうことよ」
サリタの言葉に、イブキは豪快に笑った。
「あっはっは。
全く進んでないってことはないよ。
大浴場だってもう少しで修繕終わるし、宿舎の廊下に空いてた大穴だって塞いであっただろ?」
「終わってないのは事実でしょ。
あんた1人?」
他の作業員が見当たらず尋ねると、イブキはかぶりを振った。
「外で資材の運搬中なんだ。
今日はカイとフアトとグナグスが手伝ってくれてる」
「3人?」
サリタは怪訝そうな目でイブキを見つめた。
ユリアーナ騎士団の団員は、訓練生を含めれば14名。
今は不在の2名と今日来たばかりのサリタを除外しても11名居るはずである。
忙しいのはティアレーゼとユキくらいで、他は大した仕事もないはず。
「訓練生の連中は何してんの」
「訓練をしてるんじゃないか?」
「ツキヨのバカは?」
「調べ物があるとかで王立図書館に籠もってる」
「他の連中は?」
「さあ」
まるで話にならない。
イブキは建設指揮は執っているようだが、暇人の招集は積極的に行っていないらしい。
修復作業参加は任意となっていて、強制されている3人以外、ろくに参加者が集まっていない。
「その3人はサボってないでしょうね」
「真面目にやってるよ。
まあ、1人はたまに居なくなるけどね」
「誰よ」
「きく必要ある?」
イブキは不適に笑って見せる。
サリタもその必要はなかったと顔をしかめた。
作業を平気でサボるようなのは、フアトのバカに決まっている。
「とにかく、馬車係を後で連れてくるからそいつにも仕事振って、さっさと修復を終わらせて。
あたしの部屋は一体いつになったら直る予定なのよ」
「残念ながら今のところ未定。
ま、その内ちゃんと直すから気長に待っててくれよ」
「十分気長に待ったつもりよ」
サリタにとっては2ヶ月あれば十分だという認識だったのだ。
されどイブキは「せっかちだなあ」と笑うばかりであった。
サリタは作業員にサボらせないようしっかり監視しておけとだけ言いつけて、大浴場を後にした。
他の団員が何をしているのか、早速聞き取り調査に出向く。
廊下を歩いていると、部屋から出てくるルッコと出会った。
笑顔の絶えない少女は、サリタの姿を認めると満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた。
「サリタさん!
お久しぶりです。何かありました? 怒っているみたいですけど」
不機嫌そうなサリタの顔を見てルッコは問う。
サリタは「別に怒ってない」と返して、それから問いかけた。
「あんたは何やってるの?
資材を調達したそうだけど、今の仕事は?」
「はい。今は家具の修復と作成に当たってます!
わたし木工は昔から得意ですし手先も器用ですから。
そうそう。サリタさんの部屋のベッド、足が折れていたので直しておきましたよ。
倉庫に置いてあるのでどうぞ使ってください」
「それはどうも。
あんたはちゃんと仕事しているようね」
サリタはルッコが手にしているノミと金槌には疑問を覚えたものの、彼女が仕事をさぼることはないだろうと結論づけた。
今後ともしっかり働くようにと言いつけて、次に当たる。
絶賛掃除中の倉庫。
その隣に位置する、リューリの部屋。
サリタはあまり乗り気ではなかったがその扉を叩く。
返事はかえってこない。
サリタは構わず扉を開けた。
「居るなら返事くらいしなさいよ」
リューリ・フェルマの居室はカーテンが半分だけ開けられて、入ってくる日差しによって舞っている埃がよく見えた。
部屋は基本的には片付いているのだが、机の上だけは無法地帯となっていて、書籍が山のように積まれている。
その机の前で、リューリは肘掛け椅子に深く腰掛け、読書にふけっていた。
「返事してないのに勝手に入ってくるんじゃないわよ」
リューリは冷淡に文句を言って、しかしそれきりサリタに構うわけでもなく、書籍のページをめくる。
リューリ・フェルマ。
ユリアーナ騎士団では最年長の26歳であり、騎士団の訓練教官を務める人物である。
ほとんどの団員が彼女によって鍛え上げられた。
サリタも例外ではなく、彼女に対してはものを言いづらい。
それでもこの状況にあってリューリにサボらせておく訳には行かない。
イブキ指揮の下では平気でサボるようなフアトでさえ、リューリの命令は絶対に遵守する。
それほどに彼女の騎士団内部での影響力は大きい。
リューリは背は高く、髪は黒色で短く切りそろえていた。
よく整った顔立ちだが茶色の瞳は光沢を失っていて、冷たくただ手元の書籍に落とされていた。
彼女は騎士団の制服を着崩し、法石のはめ込まれたペンダントは机の上。積まれた本の下に雑に置かれていた。
サリタは髪留めの法石へと意識を向ける。
不意打ちで一発食らわせてやろうか。
有らぬ考えが脳裏をよぎったが、バカバカしいと一蹴する。
サリタも昔に比べて強くなった。
強くなったからこそ分かることもある。
今はまだリューリには勝てない。
術士としての最高峰。神位術士まで上り詰めたサリタであっても、目の前の敵が未だ手の届く相手ではないと実力の差を感じ取った。
「あんた、暇してるなら施設の再建手伝いなさいよ」
細めた目で睨みをきかしながら言ってやったが、リューリは冷たくあしらった。
「見ての通り隠居の身よ」
「何勝手に隠居決め込んでるのよ。
あんたのせいでどれだけこっちが迷惑被ったのか分かってんの?」
挑発するように言ってのけると、リューリは読んでいた本をパタンと閉じた。
「サリタ」
冷たく、ただ名前を呼ばれる。
それだけなのにサリタは身体を強ばらせた。
だがそんなことを感じさせないように、ふてぶてしく返す。
「何よ」
返すと、リューリは呼んでいた本の表紙をサリタへと向けた。
「これの2巻、何処にあるか知ってる?」
そんなの知るか。反射でそう返してしまいそうになったのだが、表紙を見ると、それは異界戦役を題材にした創作歴史小説であった。
つい先ほど、それを読んでいる人物を見たところだ。
「多分ユキが持ってる」
「そう。借りてきて」
「自分で行きなさいよ!」
これ以上付き合っていられないと、サリタはリューリの部屋から出て、扉をバタンと閉じた。
とりあえず怠け者は発見した。
だが、リューリを働かせようと思ったら骨が折れる。
彼女は例え団長命令であろうと従わないだろう。
となると、後は訓練生。
ユキの弟子だけあって、ストラとスミルはサリタに対して反抗的だ。
もう1人の方は、ティアレーゼが多忙の身なのだからサボっているわけないだろうが、一応確認しておこう。
とりあえずサリタは、訓練生を探しに練兵場へと足を向けた。
◇ ◇ ◇
「げ、帰ってきたのかよ」
「お久しぶりです、タリサさん」
あからさまに嫌そうな顔をしたストラと、対面だけは取り繕っていながら名前を間違えたスミル。
師匠が師匠なだけあって、弟子も大概に失礼だ。
それでも2人はサリタが顔を見せれば、模擬戦を中断して挨拶に来る。
座ったまま適当に処理した師匠よりは幾分かマシな態度だろう。
「クソガキども、相変わらず生意気ね。
あんた達、訓練するのは良いけど、施設の修復には手を貸さないわけ?」
「何だよ、実家に戻ってたくせに偉そうに。
訓練と料理とお師匠様の手伝いで手一杯なんだよ」
「わたしも、訓練とお掃除と、お師匠様の身支度で手がいっぱいです」
2人はそれぞれに理由をつける。
料理係は必要だ。食事なしには全ての作業が止まってしまう。
その点、ストラの料理の腕はそれなりで、以前から料理係を忠実に務めていた。
掃除も必要だ。施設をいくら直しても、整備しなければ使えなくなってしまう。
掃除係を廃止には出来ない。
スミルは几帳面なところが有るし掃除係には向いている。
とはいえ、それだけで手一杯になるとは考えにくい。
「本当に手一杯でしょうね?」
「疑ってるのか?
確かに手が空くときはあるけど、そういうときはお師匠様に仕事貰うか、ちょっとだけ修復手伝ったりしてるよ」
「わたしも、廊下の穴を塞いだり協力はしましたよ」
「それを最初に言いなさいよ」
2人はどうやら修復にも手を貸しているらしい。
来年には騎士試験を受ける2人だ。訓練を減らして修復に専念しろとは言いづらい。
それに料理や掃除、ユキの手伝いなど、複数のタスクをこなしている点から、結構な働き者と言えるだろう。
「で、サリタさん。
もしかしてここに滞在するの?
どうせ王都に別荘持ってるんだからそっちに住めばいいのに」
ストラの意見に対して、サリタは返す。
「あたしが何処に滞在するかはあたしが決めることよ。
なのにあたしの部屋がまだ直ってないって言うから、怠け者探しなんてやらないといけなくなってるのよ」
「怠け者?」
ストラが首をひねると、真似するようにスミルも首をかしげた。
ストラは辟易とした様子で告げる。
「だったらここじゃなくてミトのところに行けば良いよ」
「ミト?
あいつが怠けるなんてことは――」
ない。と言いかけて、サリタは思考を巡らせる。
思えばこの2年間、ミトは完全に無職同然で、ろくに働くこともせず、修行に勤しむわけでもなく、ただただ怠惰に過ごしてきた。
それがユリアーナ騎士団の訓練生になったからと言って、突然働くようになるだろうか。
そこまで考えに至ると、サリタはストラとスミルに背を向けて、ミトの私室へと歩き始めた。
「滞在するなら歓迎会やるけど、食事の希望は?
今言ってくれれば夕食には間に合うけど?」
サリタの背中に対してストラが声を投げるが、サリタは「そういうのいらないから」と突っぱねて、足早に練兵場を後にした。
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