第8話 怠け者①

 久しぶりに見るユリアーナ騎士団施設は、最後に見たときと少しばかりの変化があった。

 崩れた外壁は概ねそのままだが、戦闘によってつけられた血痕は消されている。

 建物の正門も、真新しい扉が備え付けられている。


 だが根本的な部分の修繕が全く済んでいない。

 運命厄災からもう2月も経つのだ。

 だというのに宿舎は半壊したままだし、母屋の2階部分には大穴が開いている。


「ったく、あいつら何やってんのよ」


 ユリアーナ騎士団正団員、サリタはため息と共に門をくぐった。


 サリタは名門貴族の長女だ。

 身長は16歳の女性としては平均的。

 髪は金色で、金細工の施された髪飾りでサイドテールにしていた。髪飾りには銀色に輝く法石がはめ込まれている。

 服装は派手さはなく落ち着いたものだが、素材は全て一級品。スタイルの良いとは言えないサリタの控えめな身体を上品に包み込んでいた。


 サリタは常に不機嫌そうにしているつり目気味の瞳で、入り口直ぐのところに居る受付係を見つめた。

 受付係のヤエが座ったまま一礼し要件を尋ねると、サリタは答えた。


「しばらく滞在するわ。

 あたしの部屋、もう直ってる?」


「宿舎2階の修繕は完了していません。

 空き部屋につきましては監察官殿が管理しておりますので、そちらへご確認お願いします。

 監察官殿は現在施設内滞在中です。

 この時間でしたら自室に居るかと」


「あのクソガキに?」


 サリタは顔をしかめた。

 誰にだってあわない人間の1人や2人いるものだ。

 サリタには特に多かったが、その中でもユキとは何かにつけて対立していた。


「こちらで問い合わせましょうか?」


 ヤエは折衷案を出すのだが、サリタはかぶりを振った。

 わざわざ空室の問い合わせで受付係を頼っていたらきりがない。

 それに、こちらからわざわざ交流を避けるのはシャクだった。


「必要ないわ。

 あいつの部屋は変わってないわね」


「はい。以前と変わりません」


 必要なことはきいたので、サリタは従者を1人だけ連れて騎士団施設の奥に進む。

 宿舎1階、日当たりの良い部屋の扉を叩く。


「鍵は開いています。どうぞお入りください、サリタ様」


 部屋の中から返事がされる。

 声もかけてないのに名前を呼ばれて、こういうところが気に食わないと、ただでさえ不機嫌めいていた表情を更に歪めて扉を開く。


「しばらく滞在したいんだけど、構わないわよね」


 入室そうそう問いかけると、ユキは椅子の上で身体をサリタの方へと向けて、座ったまま答えた。


「はい。

 正規団員であるサリタ様のご滞在を止める理由はありません」


「部屋が直ってないってきいたけど」


「修繕は未着手です。

 空き部屋がありますので、そちらをお使いください。

 リューリ様の隣の部屋になります」


「あそこ倉庫じゃなかった?」


「部屋数が足りないので、他は空いていません。

 部屋の準備はご自身で対応ください。不要なものは外に出して構いません。

 それか、他の団員と同室交渉をお願いします」


「倉庫で良いわよ。

 掃除と部屋の準備やっておいて。家具が必要なら叔父に用意させて」


 サリタの命令を受けると、従者は頭を下げ直ぐに部屋を出て行った。

 それからサリタはあからさまに不満げにため息を吐くと、ユキに対して愚痴を述べる。


「このあたしが倉庫暮らしなんてあってはいけないことよ」


「お似合いだと思われますが」


 無感情な、抑揚のない声でユキは返した。

 サリタは目を細めて睨みをきかすが、ユキの無表情が崩れることはない。


「あんたほどじゃないわよ。

 それで、いつになったら宿舎の修繕は終わるのよ」


「未定です。

 運命厄災によって国中で建物再建の需要が高まり、建材も、技術者も確保が難しくなっています。

 建材はルッコ様のつてで手に入りましたが人手不足は甚だしく、現在はイブキ様に指揮を執って頂き、手の空いた団員が修繕に取り組んでおります」


「手の空いた団員ね」


 サリタの細めた目は真っ直ぐにユキへと向いていた。

 ユキが首をかしげて見せると、サリタは問う。


「あんた暇そうに見えるけど、手伝わないの?」


「見ての通り、監察官業務の最中です」


 机の上には本が1冊開かれていた。

 サリタが目を凝らして本をよく見るとどうやら歴史書のようである。

 最近になって刷られた、どちらかというと娯楽向けの、脚色された創作歴史小説だ。

 書籍に親しくないサリタでも、異界戦役を題材にしたその本が金持ちの間で流行っているのは知っていた。


「娯楽が業務とは良いご身分ね。

 サボってんじゃないわよ、無能監察官」


「道楽が生業のサリタ様ほどではございません」


 サリタは睨みをきかせると同時に、法石から魔力を引き出す。

 紫電が駆け巡り一触即発の空気が流れる。


 サリタとユキの能力相性的には、サリタが有利。

 直近の戦闘でサリタは敗北を喫していたが、再戦すれば確実に勝てると踏んでいた。


 だが怒りにまかせて能力を使えば負けだ。

 大切なのは決闘の勝敗ではない。

 ユキはわざとサリタを怒らせるような発言をして試しているのだ。

 餌にかかってやることはない。


 何より、こんなところで決闘を始めたら、ただでさえ足りない室数が更に減ることになる。


「あたしが道楽を生業にしていると思うなら、見当違いも良いところだわ。

 貴族には貴族の仕事があるのよ」


「卑賤の身ですので、高貴なお方の仕事について疎く申し訳ありません。

 サリタ様が羨ましい限りです」


「あたしもあんたが羨ましいわ。

 ――ティアは居る?」


 話題を変えると、ユキは首をかしげて返した。


「部屋に居るはずです。

 もしティアレーゼ様の能力で施設の再建をと考えているのでしたら、その要求は取り下げて頂きたく思います。

 ティアレーゼ様は天使の能力の使い道について深く悩まれておいでです」


「別に。ただ挨拶したいだけよ」


 考えを読まれて不快感を覚えたサリタだが、表情には出さず素っ気なくそう言うと、「仕事の邪魔して悪かったわね」と声をかけて退室した。


 ティアレーゼの話をしてしまったし、そもそも団長なのだから無視するわけにもいかない。

 サリタはティアレーゼの部屋の扉を叩く。

 直ぐに「どうぞ」と声が返ってきたので、サリタは部屋へと入った。


「お久しぶりですサリタさん。

 お変わりない様子で良かったです。

 領地の方は大丈夫でしたか?」


 立ち上がり、来客を出迎えるティアレーゼ。

 どこかの監察官とは来客に対する態度がまるで違う。

 嘘偽りのないティアレーゼの優しい態度に、あの監察官も学ぶべきだと思う反面、自分自身もこうならなければと自戒する。


「そっちは大丈夫。

 ここはまだ修繕中みたいね」


「ごめんなさい」


 サリタの言葉に、謝罪を返すティアレーゼ。


「なんであんたが謝るのよ。

 人手不足が原因ってきいたわよ」


「でも、その、私が直そうと思えば、直せてしまうんです。

 でも天使の力を、自分たちのためだけに使って良いのかという葛藤がありまして……。

 結果として負担を団員の皆さんに押しつけてしまっています」


「騎士団の施設なんだから騎士団で整備するのは当然でしょ。

 あんたの能力の使い道はあんたが考えるべきよ。

 天使の力もそうだけど、それ以外だってそうよ。

 これから貴族になるんでしょ。貴族としてどう生きていくのか、あんた自身で考えなさいよ。

 間違っても他人の意見ばかり聞き入れる貴族になったらダメだからね」


 ティアレーゼとサリタは同年齢だが、貴族としてはサリタの方が16年も先輩だ。

 元々イルディリム家は貴族らしい貴族ではなかったし、これまでのティアレーゼは貴族の就任すら行われていなかった状態なのだ。

 そんなサリタの言葉にティアレーゼは迷いながらも頷く。


「はい。

 そうなれるように努力します。

 でも、貴族としてどうあるべきか、悩んだときはサリタさんに相談させて頂いてよろしいですか?」


「ええ。構わないわ。

 他の奴にきくくらいならあたしにきくべきよ。

 間違ってもフアトのバカの意見を求めたりしないように」


「そうですか?

 私はあの方も立派な貴族だと思いますよ」


 ティアレーゼは笑って返すのだが、サリタは顔をしかめた。

 立派な貴族のハードルも、ティアレーゼにかかっては地の底まで落ちてしまうのだ。


「それで、サリタさんはしばらく滞在します?」


「ええ。

 途中で一度領地に戻ることにはなるけど、王国祭には顔出さないといけないし」


「それは良かったです。

 では今日はサリタさんの歓迎会をやらないとですね」


「そういうのいいから。

 それじゃあね」


 サリタは用は済んだと立ち去ろうとするのだが、ティアレーゼの顔色が以前に見たときより悪くなっている気がして、彼女の額に手を当てる。

 熱はなかったが、どうにも不安は残る。

 突然手を当てられてきょとんとしたティアレーゼの、鳶色の瞳を真っ直ぐ睨んで問う。


「寝不足じゃないでしょうね」


「あー、最近はちょっと。

 まだまだ学ばないといけないことが多くて」


「それでも無茶したらダメよ。

 本当に必要なことだけ学んで、他人にきけば解決出来るようなのは後回しでいいのよ。

 ユキの奴が暇そうにしてたからあいつに頼りなさい。

 あのクソガキ、知識量だけはあるんだから、使わないともったいないわ」


 ティアレーゼは申し訳なさそうに笑って「それも考えてみます」と曖昧な返事をした。


「しっかり考えないとダメよ。

 何でも人任せの貴族はろくでもないけど、何でも自分でやろうとする貴族も同じくらい能なしよ。

 適切に人を使えるようになってこそ一人前だってのをよく覚えておきなさい」


「はい。覚えておきます。

 ありがとうございます、サリタさん」


「分かれば良いのよ。

 じゃあね」


 今度こそ退室しようとするサリタの背中に、ティアレーゼは声を投げる。


「歓迎会のお食事、何が良いですか?

 ストラさんに頼んで用意して貰いますよ」


「だからそういうの良いって」


 サリタはぱたんと扉を閉じると、ため息交じりに宿舎の方へと足を向けた。


 ティアレーゼは多忙の身だ。

 彼女が多忙となれば、ユキが怠けるとは考えられない。

 憎たらしいクソガキではあるのだが、ティアレーゼに対する忠誠は本物だ。

 先ほど読み物に勤しんでいたのはちょっとした休憩だろう。


 他の団員はどうか?

 2ヶ月たっても全く修繕が進まない宿舎。

 恐らく誰かが怠けているに違いない。


 どうせ倉庫の片付けが終わるまでには時間がかかる。

 サリタは団長のティアレーゼに変わって、騎士団内部の怠け者捜しを開始した。

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