第7話 姉妹④

 騎士団施設に帰ってきたティアレーゼ。

 彼女は余所行きの靴を履き替え、上着をクローゼットにかけると、お土産だけ持ってミトの私室の扉を叩く。


「ミト?

 もしかして寝てます?

 開けますよ」


 宣言してから扉を開ける。

 しかしミトは不在であった。

 布団はしっかりと畳まれて、半分空いた窓からは秋の終わりの涼やかな風が入ってきている。


 ティアレーゼがミトの部屋から出ると、廊下で別の団員とすれ違う。

 笑顔の絶えない少女。ルッコは、刃がむき出しの小刀を持ったまま、ティアレーゼに挨拶した。


「お帰りなさいティアちゃん。

 ミトさんなら出かけたみたいですよ」


「そうなんですか?

 ありがとうございます。

 ちなみにルッコさん、その小刀で何をするおつもりです?」


「家具を組んだんですけど寂しいので、装飾を施そうかと思ったんです!」


「そういえば椅子を作ってくれていましたね。

 大丈夫とは思いますが、怪我をしないようにお気をつけて。

 あと、抜き身のまま刀を持ち歩くのは危ないし見た目が物騒なので、鞘に収めるか何かにくるんでください」


「はーい、分かりました!」


 にっこり微笑んだルッコは、何かくるむものあったかなーと呟いて、自室の方向へと戻っていった。


「家具も出来てるみたいだし、建物の方も元通りになるかな?

 ――そうじゃなくて、ミトを探さないと」


 本来の目的を思い出して、ティアレーゼは騎士団施設の正面入り口へ向かう。

 受付にはいつも通り、人形のように無感情な、まるで置物みたいな女性が座っていた。


「ヤエさん。

 ミトが出かけたそうですが、いつ頃出て行きました?」


「半刻前になります。

 行き先、帰宅予定時刻共にうかがっていません」


「そうですか。

 ありがとうございます」


「帰ってきましたら、用があると伝えましょうか?」


 提案に一瞬迷ったティアレーゼだが、かぶりを振った。


「いいえ。伝えなくて大丈夫です」


 ティアレーゼは自室に戻り、机に向かう。

 机の上に置きっぱなしにされていたブックカバーを開き、中から古びた日記帳を取り出す。


 日記帳は神具だ。

 かつて女神ユリアと共に世界を救った12人の天使。

 その中でも大天使と称された者の力が日記帳には宿っている。


 神具を介して天使の能力を使えば、人捜しなど一瞬のことだ。

 探すだけではない。

 ティアレーゼが望めば、今この場所にミトを連れてくることも、逆にミトの元へ移動することも可能だ。


 だがティアレーゼは能力の使用を思いとどまった。

 「天使の力をこんなことに使っちゃバツです」と自分に言い聞かせる。

 世界の為に使うべき力を、自分のために使うだなんてもってのほかだ。


 日記帳は机の引き出しにしまい、代わりに机の上に置かれていた騎士団日誌を開く。

 団長として、ユキの記載した日誌を確認しておかなければならない。

 

 そう思って枝折りの挟まれたページから読み進めていくのだが、全く集中できない。

 しばらく並んだ文字列が頭に入ってこない状態を悶々と続けていると、部屋の扉が叩かれた。


「開いてますよ。

 どうぞ」


 声をかけると、扉が少しだけ開く。

 来客は少しだけ開いた扉の隙間から、ティアレーゼの様子を覗っていた。


「用があるなら入ってきたらいいです」


 ティアレーゼが告げると、来客は扉を開けきった。

 ミトは「それじゃあ失礼」と澄ました顔で言ってのけて、入室すると後ろ手で扉を閉める。

 それから手に持っていた袋から、黄色い果物を取り出して見せる。


「アクレの実があったから買ってきた。食べる?」


 ティアレーゼはミトの差し出したアクレの実を、じとっとした目で見つめた。

アクレの実は、秋頃に収穫される濃い黄色をした果物だ。

 そのままでも食べられるが、火を通すと甘みが増して、煮込んだり焼いたりして食されることが多い。

 

 アクレの実はティアレーゼの好物だ。

 だが同時にミトの好物でもあった。

 

 ティアレーゼは、ミトへのお土産として買ってきていたものを袋から取り出す。

 黄色い果実。アクレの実を示されたミトは「やっちゃった」と頭をかいた。


「折角だから貰ってあげます」


「だよね。私もそれ貰って良い?」


「良いですよ」


 2人は互いに買ってきたアクレの実を交換しあった。

 ティアレーゼはミトが買ってきたアクレの実を見て、「ちゃんと選べています。十分にマルです」と評価を下した。

 アクレ農林で育ったティアレーゼは、アクレの実の質については人一倍五月蠅いのだ。


「ミト、座ってください」


 ティアレーゼは話があると、ミトに指示を出す。

 ミトは「分かった」と2つ返事で、そのままティアレーゼの膝の上に座ろうとした。


「大いにバツです。

 何処の世界に人の膝の上に座る人間がいますか」


「いやだなあ。冗談だよ。

 それじゃあベッドに失礼――」


「床です」


 ベッドに座ろうとしたミトに対して、ティアレーゼはぴしゃりと言いつけた。

 ミトは言いつけを聞き入れて、ティアレーゼの目前の床に正座した。


「怒っていらっしゃる?」


 ミトの問いに、ティアレーゼは頷いた。


「当たり前です。

 子供扱いは止めてと何度も言っているはずです。

 私が何歳か言ってみなさい」


「12歳」


「16です」


 ミトの間違いに、間髪入れずに反論するティアレーゼ。


「確かに身体の成長は遅れていますが、私は今年で16歳です。

 十分に大人なんです。

 それに、私の方がお姉さんです」


「私は17歳だけど」


 ミトがすかさず反論する。

 されどそんな言葉は、ティアレーゼ相手にはまるで意味を成さなかった。


「年齢ではなくて、我が家での立場の話です。

 ミトはイルディリム家に後からやって来たのですから、私の方がお姉さんです。

 ミトが養子に来たときはっきりとそう決めたはずです。

 忘れたなんて言わないですよね」


「忘れてはいないけど」


「けどなんですか。

 ミトが妹です。いいですね」


 毅然としたティアレーゼの態度に、ミトも「はい」としか返せなかった。

 それからティアレーゼは続ける。


「私はもう大人です。子供扱いは一切バツです。

 着替えも食事も自分でします。トイレなんてもっての外です」


「でも貴族のお嬢様は自分で着替えたりしないって」


「私はまだ貴族のお嬢様ではありません。

 大体ミトは使用人じゃなくて妹です。わざわざ私の着替えを手伝う必要はありません」


「定期的にティアの下着を見ないと心臓が止まる病気を患っていて――」


「診療所にかかって治してください。

 良いですね」


 ミトは駄々をこねようと試みたが、ティアレーゼが鋭い視線を真っ直ぐに向けていたので、やむなく「分かりました」と返した。


「分かったなら良いです。

 とにかく、変に私に対して気遣うのは止めてください。

 私は私がしたことに後悔はないですし、ミトがしてくれたことにも感謝してます。

 天使になったのだって私の意志です。

 折角こうして2人で一緒に過ごせるようになったのですから、昔のように普通に接してください」


 つかの間の沈黙の末、ミトはこくりと頷いた。


「そうだね。

 ごめんねティア。

 かえって心配かけちゃったかも」


「分かってくれたなら、謝らなくて良いです」


 ティアレーゼの許しを得ると、ミトは立ち上がり、机の上に置かれたアクレの実を手に取った。


「夕飯、私が作ってあげる。

 ティアはアクレとお肉の煮込み、好きでしょ」


「はい。大好物です」


「じっくり火を通して果肉を柔らかくしたのが好きなんだよね。

 腕によりをかけて料理するから、おやつとか食べてお腹膨れさせないでね」


「はーい」


 好物。しかもミトの作った料理を食べれるとあって、ニコニコと返事をしたティアレーゼ。

 しかしその行為があまりに子供っぽいと理解し、同時にミトが子供を甘やかすような態度をとっていると気がつくと、はっとして態度を一変させた。


「――今子供扱いしましたよね!?

 止めてって言ったはずです!!」


「してないよ。

 全く、ティアは大げさだなあ」


「その態度!

 絶対子供扱いしてます!!

 ミトなんて嫌いです!!」


 嫌いと言い切ったが、ミトはそんな言葉にも動じることなく、ニコッと笑った。


「ティアがいくら私を嫌いになっても、私はティアのこと大好きだからね」


 ミトはアクレの実を持つと「夕飯楽しみにしててね」と言い残して立ち去った。


 子供扱いをまるで改める気がないと知って、ティアレーゼは憤慨していたのだが、ミトが出て行ってしばらくすると、閉じた扉へと優しげな視線を向けて、1人呟いた。


「ミトのバカ。

 私も大好きですからね」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る