第5話 姉妹②

「午後は一緒に過ごそうね」


 食後のお茶を終えて、部屋へと戻るティアレーゼにつきまとうミト。

 しかしティアレーゼは申し出を断った。


「ごめんなさい。

 今日は王城へ行く予定があるので」


「そうなの?

 じゃあ一緒に行ってあげる。ティア1人じゃ心配だからね!」


「訓練生のミトが王城に付き添えるわけないです。

 ユキ先生も一緒なので安心して下さい」


 ミトはショックを受けたような表情をしながらも、考え込んで結論を出す。


「ユキが一緒なら大丈夫かな。

 じゃあ身支度手伝ってあげる」


「必要ないです。1人で出来ますよ」


「遠慮しなくてもいいって」


「別に遠慮してるわけではないです」


 抵抗するティアレーゼだが、ミトは構わず私室までついてきて、あれやこれやと身支度を進めていく。


「髪も綺麗にしていかないとね。

 あ、靴履かせてあげる」


「ねえミト。

 もしかして私のこと、子供だと思ってます?」


 余所行き用の靴を引っ張り出してきたミトに対して、ティアレーゼは冷ややかな目線を向けた。

 対してミトは、「そんなことないよ」と言いつつも、靴は絶対に履かせるつもりだと、両手で抱え込んで意思表示した。


「子供扱いは止めてください。

 私はユリアーナ騎士団の団長です」


「でも今朝着替え手伝ってくれたでしょ。

 私もティアの着替えを手伝わないと釣り合いがとれない」


「それはミトが寝ぼけてたからです!

 そもそも、朝じゃなくてお昼ですからね!

 ほら。靴をこっちに渡してください。自分で履きます」


 キッと睨みをきかせたティアレーゼ。

 だがミトはそんな彼女をみて可愛い以上の感情を持てず、抱えた靴を絶対放すものかとぎゅっと抱きしめた。


「……渡すつもりはないんですね」


 ティアレーゼは机の上に置いていた古びた日記帳に手を触れる。

 天使の能力を使えば、靴を奪うどころか、一瞬で身につけることだって可能なのだ。

 されど靴を抱いたまま、それ以上の抵抗を見せないミトの姿に、ティアレーゼは深くため息を吐いた。


「もう良いです。しょうがないです。

 本当はこんなのバツですけど、特別に履かされてあげます」


「さっすがティア! 可愛いなあ」


 ミトはウキウキになってティアレーゼの普段履きの靴を脱がせると、余所行き用の靴を履かせ始める。

 嬉しそうに世話を焼くミトの姿を見下ろして、ティアレーゼはいつからこの人はこんな風になってしまったのかと深く、深くため息をついた。


「髪型良し。帽子も良し。

 ネックレスと法石、日記帳も持った。

 カバンも持ったし、今日も抜群に可愛い」


 指さし確認するミト。

 それから思い出したように、クローゼットから上着を取り出した。


「今日から冷えそうだよ。

 これ羽織っていって」


「それはどうも」


 ミトは上着を手にしたものの、一向に渡そうとしない。

 仕方なくティアレーゼは両手を広げて、ミトに上着を着せて貰う。

 上着を着せ終わると、ミトは背中からティアレーゼをぎゅっと抱きしめた。


「ティア、約束して。

 絶対に無茶しないって」


「あの?

 王城に、ちょっとした打ち合わせに行くんですよ?

 どんな無茶を想定されています?」


「打ち合わせ相手がヤバい奴かも知れないよ」


「そんなことないです。

 シャルロット姫殿下です」


「ほら、でもあの人結構なおてんばだから」


「そんなことないです。優しい人ですよ」


「……」


 ミトは反論を受けると、無言のままティアレーゼを抱きしめ続けた。


「もう行きますからね。

 本当にもう、子供扱いは止めてください」


「ユキの言うことを良くきくんだよ。

 絶対に知らない人についていったりしたらダメだからね」


「分かってますよ!

 もう! 私だって子供じゃないんです!」


 ミトの抱擁を振りほどいたティアレーゼは、肩を怒らせて部屋から出て行く。

 ミトはその後を追いかけて、ぴったりついて歩いた。


「あの、王城には先生と行くので、見送りは不要です」


 ティアレーゼの言葉に、ミトはかぶりを振った。


「見送りじゃなくて、トイレ寄るでしょ?

 手伝ってあげる」


 ティアレーゼは拳を握りしめ、身体をわなわなと震わせた。

 食事を手伝うのもまあ我慢できる。

 着替えを手伝うのもギリギリ許せる。

 でも、トイレを手伝うとはどういうことだ。

 ティアレーゼだって、戸籍上は今年で16になるのだ。

 それをまるで年端もいかない子供のように扱って……。


「安心して。

 大きい方でもちゃんと手伝うから!」


 ティアレーゼの気持ちも知らず、満面の笑みで親指を立てるミト。

 そのまるで悪意のない笑顔を見て、ついにティアレーゼの我慢も限界を迎えた。


「何時までも子供扱いして!!!!

 ミトなんて嫌いです!!!!」


    ◇    ◇    ◇


「ミトにはうんざりです。

 私を何時までも子供だと思って」


 ミトに対する文句を、ユキに言いつけるティアレーゼ。

 ユキは慣れたもので、小さく相づちを打つだけで後はティアレーゼの言いたいように言わせてあげる。


「確かに見た目は幼く見えるかも知れません。

 でももう16歳です。

 そうですよね、先生」


 問いかけられて、ユキは少しばかり考えた素振りを見せる。

 どのように答えたら良いのかは悩みどころだった。

 下手なことを言って、何時までもティアレーゼとミトに喧嘩を続けられては大変だ。

 2人には仲良くしていて貰いたいのだ。

 ユリアーナ騎士団の生活は、平穏でなければいけない。


「ミト様もティアレーゼ様のことが心配なのでしょう。

 ティアレーゼ様の現在について、あの人は自分に責任があると考えていますから」


「そうかも知れませんけど、別に私は天使になったことを後悔してません」


「それ以外にも様々なことが有りました。

 悪気があるわけではないのでしょう」


「先生はミトの肩を持つおつもりです?」


 むすっとしたティアレーゼの顔を向けられて、ユキは面倒くさくなってきたと危機を察した。

 争いに巻き込まれてしまってはいけない。

 ようやく平和が訪れたのだ。

 ユキは願うことなら、この平和を恙なく享受したいと考えていた。


「そのようなお顔で王城に赴くおつもりですか?」


 ユキが指摘すると、ティアレーゼもまずいと思ったのかむくれていた顔を戻そうとする。

 でも不機嫌までは治らなかった。


「私だって、ミトが心配してくれてるのは分かりますよ。

 でもいくらなんだって限度があります。

 あの態度はとても大人の女性に向けられたものとは思えません。とってもバツです」


 ユキは回答に迷う。

 ティアレーゼの言っていることも尤もだ。

 最近のミトはあまりにティアレーゼに過保護すぎる。

 子供どころか幼児扱いしている節がある。


 とはいえ、ミトの思いも分かる。

 共にイルディリムの家で育ちながら、親に先立たれ2人きりの家族になってしまった。

 ティアレーゼが天使になるまでに彼女の身に起きた不幸も、ミトは自分の責任であると抱え込んでいる。

 必要以上にティアレーゼに対して優しくしてしまう気持ちも、常に共にあったユキには痛いほど理解できた。


 下手な発言は出来ない。

 それに、この問題はユキが口を挟んで解決出来る話ではない。


「だとしたら、その思いを伝えていくほかないのでは?

 他ならぬ姉妹なのですから」


「それはそうですけど」


「本日王城へ赴くのは何のためなのか。

 もう1度お考えになるとよろしいかと思います」


 ティアレーゼは指摘に対して今一度むっとして見せて、直ぐに表情を戻すと返した。


「私が王城に赴くのは私のためです。

 別にミトのためじゃないですからね」


「はい。存じております。

 ティアレーゼ様の目的を遂げるために、シャルロット姫殿下との打ち合わせも恙なく行いましょう」


「分かってます」


 ティアレーゼは打ち合わせに向けて気持ちを整え直した。

 王城へつづく跳ね橋が降ろされ、2人は近衛騎士団に先導されて城へと向かった。

 


 

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