第4話 姉妹①
「今日の昼食はイブキさんが手伝ってくれました。
ちょっと変わった味だけど、なかなか美味しく出来てますよ」
「イブキさんの故郷の料理だそうです」
昼食の準備が出来たことを伝えるストラとスミル。
ユキとティアレーゼは、午後に行われる打ち合わせ内容についての相談を切り上げて立ち上がる。
「それは楽しみです」
「食堂にミトはいました?」
ティアレーゼの問いに、ストラとスミルは顔を見合わせて、それから首を横に振って見せた。
2人が見ていないと言うことは、まだ食堂には顔を出していないのだろう。
「では私が呼びに行きます」
ティアレーゼの言葉に、ストラが意見を述べる。
「あたしが行きますよ。
どうせあいつ、まだ寝てるんです。叩き起こしてやらないと」
「え? もうお昼なのに寝てるってことはないですよ。
確かに最近朝は見かけませんけど」
「だから寝てるんですって」
「やっぱり私が行きます。
昨日も会っていないし何かあったのかも知れません」
言い張るティアレーゼに対してストラは折れて、「それではお任せします」と返した。
ミトはストラやスミルより後に入ってきた訓練生だ。
実力は確かにある。
けど怠惰で、毎日昼前か昼過ぎくらいに起きてくるし、訓練にもまともに参加しない。
そんなミトだがティアレーゼからは好かれている。
それにユキだってミトに対しては苦言を呈さない。
だからこそ、ストラはミトが気に食わなかった。
「寝てる奴は寝かせておけばいいのよ」
「まあまあ。団長さんが起こしに行ってくれるなら仕事も減って良いじゃないですか」
「そういう問題じゃないの」
スミルの的の外れた言葉に適当に返して、ストラはユキを連れて食堂へ向かった。
ティアレーゼは1人。ミトの私室へと足を向ける。
◇ ◇ ◇
「ミト。ご飯の準備できたそうですよ」
「ティアー!!!! おはよおおおおー!!
昨日は会えなくて寂しかったよおおお!!!!」
扉を開けた途端、ミトに飛びかかられたティアレーゼ。
慣れたもので、ミトの抱擁を受け止めつつも倒れないようにしっかりと踏ん張る。
ミトは女性としては若干背が高めだ。それに年相応に女性らしい体つきをしている。
黒髪は長く美しい――はずだったが、寝起きなのか寝癖がついたり所々跳ねていた。
少しばかり垂れた目は鳶色で、目やにが残っている。
そんなミトを、ティアレーゼは子供を扱うように抱きしめて、跳ねた黒髪をなでる。
「私も寂しかったです。
ですが何処に居たのです?」
「部屋に居たよ」
「あれ? 部屋に居たんですか?
でしたら会いに来てくれれば良かったのに」
抱擁をとき、ミトの顔を見上げるようにしてティアレーゼは首をかしげた。
「でも昼食にティアの姿がなかったから」
「ああ。昨日は教会でごちそうになったので。
――夕方には帰ってきましたけど、夕食の時は何処に?」
「いやさ。昼にティアが居なかったから、部屋に戻ってふて寝して、それで起きたのが今」
「1日寝て過ごしたんですか?
全くもってバツです! 生活リズムを整えるのは全ての基本ですよ」
「でもしっかり休むのも大切だから」
寝ぼけた顔でそう言ってのけるミト。
ティアレーゼは呆れながらも、食事の用意が出来ているからとミトの着替えを準備する。
「とにかく、昼食の時間です。
そんな格好じゃ食堂にも行けませんよ」
「えー、知り合いしかいないし別に――」
「絶対バツです!
ほら、髪もとかして!」
甲斐甲斐しくミトの世話をするティアレーゼ。
着替えを済ませ、髪をとかし、顔を洗う。
ミトはティアレーゼに成されるがままに身支度を済ませると、鏡の前で自分の姿を確かめる。
ティアレーゼの身につけているのとは別の、ユリアーナ騎士団、訓練生用の制服。
造りが簡素で、デザインも細部が省略されている程度の誤差だが、ミトにはいまいちしっくりこない。
「ちゃんとした制服が欲しいなあ」
「王国の騎士試験合格したらって決まりです」
「それはそうなんだけどさ」
愚痴を言いながらも、訓練生の制服を受け入れたらしい。
ミトはサイドボードに置いてあった腕輪を身につける。
銀製の腕輪には、術士の証である法石がはめ込まれて水色に輝いていた。
ミトはベルトを締めると、腰の後ろに2つ小剣用の鞘を下げる。
法石が淡く水色の光を発する。
産み出された魔力は、瞬時にミトのイメージを形作った。
銀色に輝く片刃の小剣。
ミトはそれを腰の鞘に収めると、更に法石から魔力を引き出す。
引き出された魔力は今度は灰色の片刃の小剣になった。
灰色の小剣は空いていた鞘に収められる。
魔力によって武器を具現化するのは、術士となった人間がまず最初に学ぶことだ。
術士は法石さえ持っていればいつでも武器を出し入れできるのだから、鞘に収めて持ち歩くのは少数派である。
だがミトは小剣を具現化させた状態で持ち歩くのが日課になっていた。
「ミトはこういうところはちゃんとしてますね」
「ティアに何かあったら直ぐ対応できるようにしないとね」
ふふん、と自慢げに胸を張ってみせるミト。
「何かって、何です?
ミトは私の能力知っていますよね?」
ティアレーゼの能力を持ってして、解決出来ない問題などそうそうないのだ。
稲妻が落ちようが、隕石が降ってこようが、大地が割れようが、苦もなく対処できる。
されどミトは相変わらず自慢げに返した。
「事件は起こるものだから。
それに、私が対応すればティアが能力を使う必要もなくなるでしょ」
「確かに、それは助かります」
ティアレーゼは自身の能力が強力すぎるが故に軽々しくは扱えない。
ミトが先手を打って問題を解決してくれるならそれに超したことはない。
「ティアは私が守るからね!」
ティアレーゼに喜ばれて、感極まったミトは彼女に抱きついた。
ティアレーゼは鬱陶しいそれをやんわりと引き離す。
「それより昼食が冷めてしまいます。
多分皆さん、待ってくれているはずです」
「そうだね。昨日何も食べてないからお腹空いちゃった」
「生活リズムを――さっき言いましたね」
ティアレーゼはもう一度呆れて、2人揃って食堂へと向かった。
団長不在とあって食事を前にお預けを食らっていた団員達に謝罪して、ティアレーゼは一番奥の団長席に座る。
その右隣はユキが座っていたが、ミトが食堂にやって来たのを見ると、1つ右隣にずれた。
ミトが居る場合は、ティアレーゼの右隣は彼女の指定席なのだ。
ミト・A・イルディリム。
その名の示すとおり、ミトはティアレーゼとは姉妹の関係にある。
ミトは養子であり、イルディリム家の相続権を持たないが、ティアレーゼにとっては今や唯一の家族だ。
訓練生としてユリアーナ騎士団に入団してからというもの、ティアレーゼはずっとミトを気遣っていたし、ミトもティアレーゼ愛していた。
ストラが食事の準備を終えると席に着き、昼食が始まる。
ティアレーゼがスプーンを手にしようとすると、横から伸びてきた手がそれを奪った。
「食べさせてあげる」
「え? いいですよ。自分で食べられます」
ミトは有無を言わさずスープを飲ませようとするのだが、流石にティアレーゼも抵抗した。
「必要ないですよ。
何時までも子供扱いは止めてください」
「でも何かあったら大変だから」
「食事中に一体何が起こるって言うんですか。
とにかく、食事くらい自分で出来ます! 余計なことはしないで下さい!」
怒ったティアレーゼを見て、ミトは「仕方ないなあ」とスプーンを返した。
しかしその後もいちいち口元を拭いてみたり、パンをちぎって食べやすくしたりと、ミトによる介護は続いた。
ティアレーゼは子供扱いを続けるミトに対する怒りを貯めていたが、今はまだ爆発せずに留まっていた。
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