第3話 決闘ーデュエルー


 さて、執事たるもの、決闘を申し込まれたからには、受けなければならない。

 左手の白い手袋をはずして、あいてにたたきつければ、それが決闘の合図だ。

 僕も魔法の使えない落ちこぼれと言われてはいるが、自分では執事の誇りを持っているつもりだ。


「さあユウォル。叩き潰してやるぜ」

「…………!」


 ゲヴォルド兄さんが剣を構える感じがした。

 僕も剣をとって構える。


「いくぞ! お前みたいなやつはなぁ、どうせ執事になってもつかえねえ! どうせなら今ここで、俺が再起不能にしてやるぜ! それが兄としての勤めぇ!」

「…………!?」


 ゲヴォルド兄さんはようしゃなく僕に剣撃を叩きこむ。

 僕にハンデがあることなどお構いなしだ。

 だけど僕だって、ただやみくもに剣を振っている訳ではない。

 目が見えないなりに、感覚を研ぎ澄ませて、なんとか兄さんの剣を受け止める。


「っち……! 耳で剣の位置を感じているのか……!? 器用な奴だ……! だけどなぁ! そんなことができても、お嬢様をお守りすることなんてできねえんだよ!」

「…………!?」


「くらえ! ファイアーボール……!」

「…………!」


 兄さんは魔法を放ってきた。

 僕はなんとか感覚だけで熱さをとらえ、ギリギリで避ける。

 くそ……!

 やっぱり僕には魔法がつかえないから、勝ち目がないのか……!?

 でも、シェスカお嬢様は言ってくれた。


 僕に、魔法の才能があるって……!


「…………!」

「くそ……! なんだ!? 力が強くなった……!? 生意気な弟だ……!」


 僕は一心不乱に、剣を振る。

 そんな僕に、シェスカお嬢様が声をかける。


「ユウォル! 魔法よ! 魔法を使うの……! あなたなら出来るわ……!」

「…………!?」


 そんな……!

 どうやって……!?

 お嬢様はいったいどうやって僕が魔法を使えるとおもうのだろうか……。

 呪文を唱えることすらできないのに。


 ――キン! キン!


 なおも僕たちの斬り合いは続く。

 お互いに一歩も譲らず、なかなか決着がつかない。

 剣だけの腕なら、ほぼ互角だ。

 だが、魔法を使われれば僕が圧倒的に不利だ。

 なので僕は、その隙を与えないように、必死に距離を詰め続ける。


「いい? よくきいて! 魔法は発話しなくても使えるの! 精霊の力を感じて! あなたならできるはずだから……!」

「っは! お嬢様、それはユウォルをかいかぶりすぎですよ! 無詠唱魔法なんておとぎ話の中だけのことだ! 絶対に、ありえない!」


 そうだ……!

 ゲヴォルド兄さんの言う通りだ。

 無詠唱魔法なんて、ムリだ……!


 もし魔法学会で、そんなことを口走ったら、気でも狂ったと思われかねない。

 そのくらい、無詠唱なんて馬鹿げたおとぎ話だ。

 まったくもってあり得ない。

 シェスカお嬢様はいったい何を考えているんだ……!?


「ユウォル! 感覚を研ぎ澄ますの! 目の見えないあなたがいつもやってることよ! 風を感じるように、精霊を感じるの! 精霊の声を聴いて! ホラ!」

「…………!?」


 そう言って、シェスカお嬢様が僕にを放った。

 いや、シェスカお嬢様の姿なんて僕には見えてはいない。

 だけど、確かにが飛んでくるのを感じた。

 これは……シェスカお嬢様の魔力……?


 いや、でもシェスカお嬢様は今、なにも唱えてなどいなかった。

 これは……?

 精霊……?

 シェスカお嬢様は、精霊の力を僕に伝えたのか……?

 わからない……!


「…………!!!!」


 それでも僕は、やるしかないんだ!

 ここで負けたら、一生後悔する……!

 僕がいつもやっているように……風を感じる。

 さっきお嬢様は、きっと僕に感覚を掴ませてくれようとしたんだ。


 精霊……それがどんなものかはわからないけれど……。

 お嬢様の言葉を信じよう。

 その言葉を信じるなら、きっと僕に感じ取れるはずだ。


「…………!!!?」


 見えた……!

 確かに感じる。

 精霊の鼓動を……!


「………………!!!!」


 僕はそれを集めて、目の前に放つようにした。

 心の中で、呪文を唱える……。


《ファイアーボール!!!!》


 ――ぼうぅ!!!!


「なんだと……!?」


 すると僕の内側から、熱いなにかが溢れ出してきて。

 ゲヴォルド兄さんめがけて飛んでいった。


「あちっ……! む、無詠唱……!?」


 いまだ……!


 僕から放たれた突然の無詠唱魔法によって、兄さんは一瞬のスキを見せた。

 僕はそれを、迷わずつく!


「…………!」


 えい!


「うわああ!」


 僕の剣が、兄さんの蝶ネクタイをスパッと切り裂いた。

 決闘のルールによって、僕の勝ちとなる。


「うおおおおおおおお! マジでユウォルが勝った!」


 別の兄さんたちが、そんな声をあげる。


「やったわ! ユウォル! さすが! 私が見込んで信じただけあるわ! これであなたは正真正銘、晴れて私の執事よ……!」


 シェスカお嬢様が、僕に後ろから抱き着いてきた。

 まだ発育途上の小さなふくらみが、背中に当たって熱くなる。

 僕は……ほんとうに、勝ったのか?

 あの執事ランク1位も夢じゃないとまで言われていたゲヴォルド兄さんに……?


「くっそおおおおおおお! なんだよ意味わかんねえよ!」


 ゲヴォルド兄さんの声とともに、花壇のレンガが割れる音がする。


「そんな……信じられん……」


 セオドア父さんも、そんな気の抜けた声をもらす。

 いや、信じられないのは僕の方だ。

 だって……無詠唱魔法だよ……?

 そんなありえない出来事が、僕の身に起こっている。


「ではセオドア様? ユウォルをもらっていっても構いませんわね?」

「あ、ああ……もう好きにしてください……」


 ということで、僕はそのままシェスカお嬢様と共に、ユナイデル家の屋敷に帰ることとなった。

 僕はもう、リフシェント家の人間じゃない。

 これからはユナイデル家の執事なんだ。


『さようなら』


 僕はそう書いた紙を残して、家族に別れを告げた。

 少々味気ない気もするけど、これが精一杯だ。

 この家にはいろいろと、嫌な思い出もたくさんある。

 これからは、楽しいことばかりだといいな……。


「では執事くん? いきましょうか?」

「…………!」


 シェスカお嬢様はそういうと、僕の手をぎゅっと握った。

 目の見えない僕が転ばないように、エスコートしてくれるらしい。

 おかしいな……。

 本当なら、エスコートは執事である僕の役目なのに。


「気にしなくていいわ。あなたは私の専属執事だもの。これからは一心同体よ。死ぬまでよろしくね?」


 まるでお嬢様は、僕の心を読んだように、そう言った。

 ああ……この人に出会えて本当によかったな。


 そしてこの出会いは、僕の運命をがらっと変えてしまうことになる――。





 僕たちはユナイデル家の豪華な馬車に乗って、お屋敷に向かう。

 馬車に乗るときも、シェスカお嬢様が手伝ってくれた。

 これじゃあどっちが執事かわからないや。


 でも……どうしてお嬢様は僕を選んだんだろう……?


 僕は馬車の中で、そのことを訊いてみた。

 もちろん紙に書いてだ。


「そうねぇ……まあ、なんとなく……」

『なんとなくって……そんな』


「えーっと、まあ……その……ね?」

「…………?」


「信じてもらえるかわからないんだけど、私って、ちょっと特殊なの」

『特殊……?』


 なにはそんなに特殊なんだろうか。

 言い淀んでいることからも、かなり秘密にしたがっているような……?

 人に言えないような秘密……?


「その……魔力がね、見えるの」

「…………!?」


「しかも、かなり遠くまで。どこにどんな魔力があるか、わかっちゃうのよ」

『もしかして、それで……?』


 お嬢様が、庭にいた僕を見つけた理由。

 なんであんなみつけにくい場所に、迷い込んだのか。


「あなた、かなり特殊な魔力よ?」

『ぼ、僕が……ですか?』


「そう、遠くから、変な魔力が離れたところにあると思って、見に行ってみたの。そしたらあなたがいた……」

「…………」


 そうか……それで、お嬢様は僕に魔法の才能があるとか言っていたのか。

 魔力が目に見えるなんて人、聞いたことがない。

 きっとそのおかげで、精霊と心を通わせることができるんだろうね。

 そして、僕の魔力の特異性を見抜いた。


「だから、あなたには無詠唱魔法が使えると思ったの。私も使えるしね。あなたの魔力の色は……私によく似ているわ」

「…………」


 そうなんだ……。

 僕はなんだか、そのことを嬉しく思った。

 でも……僕を選んでくれたのは、その魔力が目当てだったと……?


 まるで僕の不安そうな顔を見抜いたかのように、お嬢様は僕の手に手を重ねた。

 ああ……なんでもお見通しなんだなこの子には。

 僕はちょっと表情を曇らせただけなのに。

 きっと彼女の特異な点ってのは、そういう部分なんだ。


 なにも見えない僕とは反対の、見え過ぎてしまう目を持つ女の子。


「もちろん、それだけが理由じゃないわ」

「…………?」


「だって、あなたあの兄弟でいちばん、かわいいもの」

「…………!?」


 そ、そんなこと……初めて言われた。

 僕は自分の顔をみれないし……。

 それに、兄さんたちはいつも自分たちのことをイケメンだと言い、僕を不細工だとか言っていた。


『ほ、本当ですか……!?』

「ほんとうよ。少なくとも、わたしにとってはね」


 そう言って、お嬢様は僕の頬にそっとキスをした。

 ああ……僕は一生、この人を護ろう。

 そのために、この無詠唱魔法を極めて、最強になるんだ!

 最強の執事、そう執事ランキングの1位!

 そこを目指すんだ!



『お嬢様、僕。1位をとります』



 そう紙に書く。

 すると、またお嬢様が笑った気がした。



「あらあら、たのもしい執事さんね」




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