第2話 君に決めた!
名門ユナイデル家の一人娘であるお嬢様――シェスカ・ユナイデルは、今日リフシェントに、専属の執事を選ぶためにやってきた。
おてんばなシェスカは、執事選びを抜け出し、ユウォルと接触。
そんな彼女の本心とは……。
◇
「…………」
リフシェント家の兄弟が、シェスカの目の前にずらっと並んでいる。
今日、シェスカはその中から、好きな子を一人選んで、自分の執事とすることができる。
リフシェント家の16人の兄弟のうち、上の8人は既に別の家にもらわれていった。
そしてここに残っているのは……。
「7人……」
そう、その執事候補の中に、ユウォルの姿はなかった。
「どうですかシェスカお嬢様。お気に召していただけましたでしょうか? うちの自慢の息子たちです」
リフシェント家の当主、ユウォルの父でもあるセオドア・リフシェントが、手をもみながら言った。
普段は厳しい執事指南役であるセオドアも、シェスカの前では縮こまってしまっていた。
小さな少女に媚びをうるセオドアは、少し滑稽でもあった。
「たしか……リフシェント家の子供は8人だったはずだけど……?」
「それが……末の子は病気でして……。シェスカお嬢様にうつるといけないので、奥で寝かせています」
「ふーん……」
もちろん嘘である。
セオドアはとにかく、ユウォルの存在を隠したがった。
一流の執事一家である彼らにとって、ユウォルはどうにも許しがたい存在だったのだ。
だがそんなことは、シェスカには関係ない。
「その子、名前は……?」
「ゆ、ユウォルといいますが……それがなにか……?」
「やっぱりね……」
「は……? やっぱりとは……?」
「その子なら、さっき会ったわよ」
「……な!? ま、まさか……」
セオドアの額に汗がにじみ出る。
あれだけユウォルには口をすっぱくして言ったのに、と怒りも沸いてくる。
「私、あの子がいいわ。ここに連れてきてちょうだい?」
「で、ですがお嬢様! あの息子はですね……」
「いいから! 私他の子には興味がないの」
「……っ! わ、わかりました……。しばしお待ちを」
シェスカのその言葉に、兄弟たちは言葉を失った。
みな、自分こそが選ばれると思っていたのだ。
特に優秀な15男のゲヴォルドは、自分こそが選ばれるはずだと信じて疑わなかった。
「…………っクソ! なんでユウォルが……」
ゲヴォルドは、明らかに不満を顔ににじませる。
どうしてあの使えない弟が?
そんな疑問が、兄弟たちの頭を駆け巡った。
お互いに顔を見合わせては、不満を口にする。
「あら、あなたたち。なにか文句があるのかしら……?」
だがシェスカのその言葉で、兄弟たちは一斉に肝を冷やして静まり返った。
ユナイデル家はそれほどに力のある家だった。
「い、いえ……! すみません……」
そこからはみな静かになり、大人しくユウォルの登場を待った。
シェスカはなぜか末っ子のユウォルを指名した。
そして兄弟たちはみな、そのことを不満に思っている。
とうのユウォルはそんなことになっているとはつゆ知らず、庭で庭師のふりを続けているのだった。
◇
「おい、ユウォル……! ユウォル!」
庭仕事を続けていた僕に、またも声をかけてきた人物が。
今度は何度も聞いたことのある、なじみ深い声。
僕はその声を聴くと、怯えないではいられなかった。
いつも僕たちを厳しくしつけるあの声。
そう、僕の父――セオドア・リフシェントの声だ。
『なんの御用ですか……?』
お父様は本来、執事選びの最中なはずだ。
僕にあれほど顔を出すなと言っていたし、用なんてあるはずがないだろうに。
まさか、さっきシェスカお嬢様と話をしたことがバレたのだろうか。
きっとそうに違いない。
僕はこれから大目玉を喰らうのだ。
そう覚悟し、ぎゅっと目をつむっていた。
「えー、おほん。ユウォルよ、シェスカお嬢様がお前を指名なさった。来なさい」
「…………!?!?!?!?!?!」
僕は言葉を失った。
いや、もともと失っているんだけど。
とにかくびっくりして、その場で固まってしまった。
シェスカお嬢様が、
わけがわからない。
あれだけ優秀な兄さんたちを差し置いて、僕が……?
「さあ、はやくしなさい。ちゃんとした執事服に着替えて」
『はい』
とにかく僕は従うしかなかった。
僕は、選ばれたんだ。
◇
兄弟たちの横に、僕も一緒に並ぶ。
まさか僕がほんとに、執事になれるなんて……!
正直、僕は出来損ないで、執事にはなれないと思っていた。
というか……本当になれるのか……!?
兄たちからの視線が痛い。
目には見えないけど、すごい圧力を感じる。
そりゃあそうだ、僕なんかが選ばれたら、兄はみんな怒る。
「で、では……シェスカお嬢様? ほんとうに、このユウォルをお選びになるんですね?」
僕の父、セオドアが再び確認する。
これは僕の人生を、そして兄らの人生を、そして何よりシェスカお嬢様の人生を左右する、大決断なのだから。
「だから、そう言ってるじゃない。ユウォルが私の執事よ」
「で、ですが……本当にいいのですか? こいつは目も見えないし、口もきけないんですよ?」
「ええ、わかっているわ」
「こいつは執事ランクも最下位の落ちこぼれですよ!? 家事雑用はまあ、得意な奴ではありますが……。正直、魔法が使えないので戦闘力は期待できませんよ!?」
執事ランクは、世界中の執事をランキングしたものだ。
うちのリフシェント家が一流の執事一家と呼ばれるゆえんも、そこにある。
リフシェント家は、代々その執事ランクの上位を席巻しているのだ。
僕も一応、そのランキングに登録されている。
でも魔法がつかえない無能ということで、ダントツの最下位。
執事ランクは戦闘力になによりも重きを置いている。
お嬢様をお守りすることこそが、なによりもの使命だからだ。
ダントツ最下位の僕は、一族の恥として罵られてきた。
「そうね……たしかに魔法が使えないのは問題だわ」
「そうでしょう、そうでしょう」
やっぱり……シェスカお嬢様も、そう思っているんだ。
僕は魔法が使えない、だから……お嬢様を護ることができない。
これはなにかのいたずらか?
僕をぬか喜びさせておいて、ここから再び突き放す気だろうか?
「でもね……それが何?」
「…………!?」
「私はこう見えても、魔法が得意なの。ユウォルが魔法を使えないのなら、私が使えるように指導すればいいだけだわ」
「はっはっは……! お戯れを。こいつは口がきけないんですよ? それでは魔法をとなえることができません……! いくらお嬢様が魔法に精通していても、ね」
そうだ、お父様の言う通りだ。
僕には逆立ちしても、魔法が使えない。
わかりきったことだ。
それなのに、シェスカお嬢様はどうして……?
「問題ないわ。私はきっと、ユウォルにも魔法が使えるって信じてるから。というか、ユウォルには才能があるもの。間違いないわ」
「……!? こ、こここ……こいつに才能ですか……!?」
なにを言ってるんだろうシェスカお嬢さまは。
僕に、魔法の才能だって……!?
そもそも唱えることすらできないっていうのに……!?
いったいなにを根拠にそんな……。
言われた僕自身が、一番信じられない。
だけど、もしお嬢様の言葉が本当なら……。
いや、その言葉をホンモノにするのは、ほかならぬ僕自身だ。
僕は……シェスカお嬢様の期待に応えたい……!
「ちょ、ちょっと待て……!」
「ゲヴォルド……!? こ、これ……!」
お父様の制止の声を遮って、ゲヴォルド兄さんは僕に抗議した。
「こいつに才能があるなんて、なにかの間違いだ! なあお嬢様……! さっきから勝手なことばかり言ってくれちゃって……!」
「そうね……確かに、あなたからすれば腹立たしいことかもね」
ヒートアップするゲヴォルド兄さんとは打って変わって、シェスカお嬢様はそれでも落ち着いた雰囲気を崩さない。
「おいユウォル……! 俺と、
「…………!?」
ゲヴォルド兄さんはそう言って、僕に手袋を叩きつけた。
「お、おいゲヴォルド! す、すみませんお嬢様!」
お父様は慌ててその手袋を拾う。
しかし、シェスカお嬢様はそれを面白がったふうにこう言った。
「いいわね、決闘。ユウォルが勝てば、ユウォルを私の執事にしてもいいのよね?」
「ああ……俺はそれで文句ないぜ」
ということで、僕の意思など関係なしに、ゲヴォルド兄さんとの決闘が決まった。
僕はなんとしても、負けるわけにはいかない。
ここで勝てば、シェスカお嬢様の隣に立てる。
でも負ければ、僕はまた一生執事にはなることはないだろう。
『負けません。勝ってみせます』
僕はそう書いた紙を、シェスカお嬢様に渡した。
「そうこなくっちゃ」
目には見えないけど、シェスカお嬢様がほほ笑んだ気がした。
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