第2話 君に決めた!


 名門ユナイデル家の一人娘であるお嬢様――シェスカ・ユナイデルは、今日リフシェントに、専属の執事を選ぶためにやってきた。

 おてんばなシェスカは、執事選びを抜け出し、ユウォルと接触。

 そんな彼女の本心とは……。





「…………」


 リフシェント家の兄弟が、シェスカの目の前にずらっと並んでいる。

 今日、シェスカはその中から、好きな子を一人選んで、自分の執事とすることができる。

 リフシェント家の16人の兄弟のうち、上の8人は既に別の家にもらわれていった。

 そしてここに残っているのは……。


「7人……」


 そう、その執事候補の中に、ユウォルの姿はなかった。


「どうですかシェスカお嬢様。お気に召していただけましたでしょうか? うちの自慢の息子たちです」


 リフシェント家の当主、ユウォルの父でもあるセオドア・リフシェントが、手をもみながら言った。

 普段は厳しい執事指南役であるセオドアも、シェスカの前では縮こまってしまっていた。

 小さな少女に媚びをうるセオドアは、少し滑稽でもあった。


「たしか……リフシェント家の子供は8人だったはずだけど……?」

「それが……末の子は病気でして……。シェスカお嬢様にうつるといけないので、奥で寝かせています」

「ふーん……」


 もちろん嘘である。

 セオドアはとにかく、ユウォルの存在を隠したがった。

 一流の執事一家である彼らにとって、ユウォルはどうにも許しがたい存在だったのだ。

 だがそんなことは、シェスカには関係ない。


「その子、名前は……?」

「ゆ、ユウォルといいますが……それがなにか……?」


「やっぱりね……」

「は……? やっぱりとは……?」


「その子なら、さっき会ったわよ」

「……な!? ま、まさか……」


 セオドアの額に汗がにじみ出る。

 あれだけユウォルには口をすっぱくして言ったのに、と怒りも沸いてくる。


「私、あの子がいいわ。ここに連れてきてちょうだい?」

「で、ですがお嬢様! あの息子はですね……」


「いいから! 私他の子には興味がないの」

「……っ! わ、わかりました……。しばしお待ちを」


 シェスカのその言葉に、兄弟たちは言葉を失った。

 みな、自分こそが選ばれると思っていたのだ。

 特に優秀な15男のゲヴォルドは、自分こそが選ばれるはずだと信じて疑わなかった。


「…………っクソ! なんでユウォルが……」


 ゲヴォルドは、明らかに不満を顔ににじませる。

 どうしてあの使えない弟が?

 そんな疑問が、兄弟たちの頭を駆け巡った。

 お互いに顔を見合わせては、不満を口にする。


「あら、あなたたち。なにか文句があるのかしら……?」


 だがシェスカのその言葉で、兄弟たちは一斉に肝を冷やして静まり返った。

 ユナイデル家はそれほどに力のある家だった。


「い、いえ……! すみません……」


 そこからはみな静かになり、大人しくユウォルの登場を待った。

 シェスカはなぜか末っ子のユウォルを指名した。

 そして兄弟たちはみな、そのことを不満に思っている。

 とうのユウォルはそんなことになっているとはつゆ知らず、庭で庭師のふりを続けているのだった。





「おい、ユウォル……! ユウォル!」


 庭仕事を続けていた僕に、またも声をかけてきた人物が。

 今度は何度も聞いたことのある、なじみ深い声。

 僕はその声を聴くと、怯えないではいられなかった。

 いつも僕たちを厳しくしつけるあの声。


 そう、僕の父――セオドア・リフシェントの声だ。


『なんの御用ですか……?』


 お父様は本来、執事選びの最中なはずだ。

 僕にあれほど顔を出すなと言っていたし、用なんてあるはずがないだろうに。

 まさか、さっきシェスカお嬢様と話をしたことがバレたのだろうか。


 きっとそうに違いない。

 僕はこれから大目玉を喰らうのだ。

 そう覚悟し、ぎゅっと目をつむっていた。


「えー、おほん。ユウォルよ、シェスカお嬢様がお前を指名なさった。来なさい」

「…………!?!?!?!?!?!」


 僕は言葉を失った。

 いや、もともと失っているんだけど。

 とにかくびっくりして、その場で固まってしまった。


 シェスカお嬢様が、を……選んだ……?

 わけがわからない。

 あれだけ優秀な兄さんたちを差し置いて、僕が……?


「さあ、はやくしなさい。ちゃんとした執事服に着替えて」

『はい』


 とにかく僕は従うしかなかった。

 僕は、選ばれたんだ。





 兄弟たちの横に、僕も一緒に並ぶ。

 まさか僕がほんとに、執事になれるなんて……!

 正直、僕は出来損ないで、執事にはなれないと思っていた。

 というか……本当になれるのか……!?


 兄たちからの視線が痛い。

 目には見えないけど、すごい圧力を感じる。

 そりゃあそうだ、僕なんかが選ばれたら、兄はみんな怒る。


「で、では……シェスカお嬢様? ほんとうに、このユウォルをお選びになるんですね?」


 僕の父、セオドアが再び確認する。

 これは僕の人生を、そして兄らの人生を、そして何よりシェスカお嬢様の人生を左右する、大決断なのだから。


「だから、そう言ってるじゃない。ユウォルが私の執事よ」

「で、ですが……本当にいいのですか? こいつは目も見えないし、口もきけないんですよ?」


「ええ、わかっているわ」

「こいつは執事ランクも最下位の落ちこぼれですよ!? 家事雑用はまあ、得意な奴ではありますが……。正直、魔法が使えないので戦闘力は期待できませんよ!?」


 執事ランクは、世界中の執事をランキングしたものだ。

 うちのリフシェント家が一流の執事一家と呼ばれるゆえんも、そこにある。

 リフシェント家は、代々その執事ランクの上位を席巻しているのだ。


 僕も一応、そのランキングに登録されている。

 でも魔法がつかえない無能ということで、ダントツの最下位。

 執事ランクは戦闘力になによりも重きを置いている。

 お嬢様をお守りすることこそが、なによりもの使命だからだ。

 ダントツ最下位の僕は、一族の恥として罵られてきた。


「そうね……たしかに魔法が使えないのは問題だわ」

「そうでしょう、そうでしょう」


 やっぱり……シェスカお嬢様も、そう思っているんだ。

 僕は魔法が使えない、だから……お嬢様を護ることができない。

 これはなにかのいたずらか?

 僕をぬか喜びさせておいて、ここから再び突き放す気だろうか?


「でもね……それが何?」

「…………!?」


「私はこう見えても、魔法が得意なの。ユウォルが魔法を使えないのなら、私が使えるように指導すればいいだけだわ」

「はっはっは……! お戯れを。こいつは口がきけないんですよ? それでは魔法をとなえることができません……! いくらお嬢様が魔法に精通していても、ね」


 そうだ、お父様の言う通りだ。

 僕には逆立ちしても、魔法が使えない。

 わかりきったことだ。

 それなのに、シェスカお嬢様はどうして……?


「問題ないわ。私はきっと、ユウォルにも魔法が使えるって信じてるから。というか、ユウォルには才能があるもの。間違いないわ」

「……!? こ、こここ……こいつに才能ですか……!?」


 なにを言ってるんだろうシェスカお嬢さまは。

 僕に、魔法の才能だって……!?

 そもそも唱えることすらできないっていうのに……!?


 いったいなにを根拠にそんな……。

 言われた僕自身が、一番信じられない。

 だけど、もしお嬢様の言葉が本当なら……。

 いや、その言葉をホンモノにするのは、ほかならぬ僕自身だ。

 僕は……シェスカお嬢様の期待に応えたい……!


「ちょ、ちょっと待て……!」

「ゲヴォルド……!? こ、これ……!」


 お父様の制止の声を遮って、ゲヴォルド兄さんは僕に抗議した。


「こいつに才能があるなんて、なにかの間違いだ! なあお嬢様……! さっきから勝手なことばかり言ってくれちゃって……!」

「そうね……確かに、あなたからすれば腹立たしいことかもね」


 ヒートアップするゲヴォルド兄さんとは打って変わって、シェスカお嬢様はそれでも落ち着いた雰囲気を崩さない。


「おいユウォル……! 俺と、決闘デュエルだ!」

「…………!?」


 ゲヴォルド兄さんはそう言って、僕に手袋を叩きつけた。


「お、おいゲヴォルド! す、すみませんお嬢様!」


 お父様は慌ててその手袋を拾う。

 しかし、シェスカお嬢様はそれを面白がったふうにこう言った。


「いいわね、決闘。ユウォルが勝てば、ユウォルを私の執事にしてもいいのよね?」

「ああ……俺はそれで文句ないぜ」


 ということで、僕の意思など関係なしに、ゲヴォルド兄さんとの決闘が決まった。

 僕はなんとしても、負けるわけにはいかない。

 ここで勝てば、シェスカお嬢様の隣に立てる。

 でも負ければ、僕はまた一生執事にはなることはないだろう。


『負けません。勝ってみせます』


 僕はそう書いた紙を、シェスカお嬢様に渡した。


「そうこなくっちゃ」


 目には見えないけど、シェスカお嬢様がほほ笑んだ気がした。

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