王国軍第16部隊
月の話
夜も深まり、あたりの明かりはひとつ、またひとつと消えていく。そんな中、早足に街を征くのは二人の男女
「いけない!こんなに遅くなっちゃうなんて!」
「急いで帰ろう!日付を跨いだら何を言われるやら!」
時刻は既に深夜22時を回る。徒歩の彼らでは基地までどんなに頑張っても3時間はかかるのだが、彼らもあきらめる訳にはいかない。それほどにまで、彼らのお目付け役は恐ろしいのだ。
人々が寝静まり始めた街を抜けて、暗い森の中を走る。
少年、フィオンと少女アンジェラはいつも通り街に出て、物資の調達と情報収集をしていた。ただそれだけだったはずなのに、街で仲良くなったおばさんにパイをごちそうになって、話に花が咲いて、夕食まで頂いてしまい――気づけばこんな時間というわけだ。
「絶対リクスさんとユミル様がカンカンよ!」
「大丈夫!一緒に尻叩かれてやる!」
「結局怒られるんじゃない!ヤダーーー!」
森の中を、周囲に気を配りながら走る。誰にも見つからないように、慎重に、けれどできるだけ早く。フィオンはずっと手を握ってくれていた。歩幅も少女に合わせて、少し狭く。このさりげない気遣いが彼のいいところだとアンジェラは思う。
森を抜けた先の小高い丘の上。ようやく、王国軍の基地を目視する。
「まだちょぉ―っと明かり点いてないか?セーフ?」
「ダメみたい!0時半、門限過ぎてるわ!」
「…ここからはゆっくり帰ろか。アンジェラも疲れただろ」
手はしっかりと繋いだまま、基地への道をゆっくりと歩く。帰り着いたらきっと帰還の遅さに心配した者たちにこっぴどく叱られてしまうのだろう。そう思うと疲れ以外の理由から足取りは酷く重いものになる。
フィオンもまた周囲からの苦言を想像しているのか眉間にしわが寄っていた。
「…あ、アンジェラ!ほら!空を見て!」
明るい彼のこと。大方重苦しいお葬式へ向かうようなこの空気が耐えられなかったのだろう。元気のいい、いつもの大きな声。彼のこの声は本当に底抜けに明るくて、こちらまで元気になってしまう。
月明かりに照らされた太陽のような笑顔は、そらを指さして続ける
「月がキレイだね」
今日の月は本当にキレイだった。だからただ、「そうね」と返そうと思った。
けれど見上げたフィオンが笑顔を引きつらせみるみる青くなったり赤くなったりの百面相をしているものだから、不思議に思った直後はたとあることを思い出す。
『日の国ってとっても言葉選びがクールでさ~愛してるって言葉もいろんな言葉に潜ませて伝えたりするんだってさ!たとえば「月が綺麗ですね」とか!』
脳裏を駆け巡った屋敷仕えの男性の与太話。ありがとう愛の伝道師。使用人なのにお喋りね、なんて聞き流していたけれど、なんと貴方の恋愛雑学が役立つ時が来たようです。
言ってしまった、でもアンジェラには分からないはず、なんて顔に書いてあるフィオンにひとまず「そうね」とだけ言葉を返す。
彼のほっとしたような、けれど残念そうな顔をじっくりと堪能してから、少女はいたずらっぽく笑う。
「月はずっときれいでしたよ」
その瞬間の、フィオンの表情といったら!
創生のユミル小噺集 明哉 @yoku_mizurahi
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