だいごみ

風吹けば、舞い散るは砂埃。からからと乾いた大地を見下ろしイーリィは、はあぁ、と感嘆の息を吐いた。

故郷のため、家を出たイーリィは栄えた聖王国を越え、砂塵の舞う連邦の地を進んでいた。

道中知り合った商人の馬車に乗せてもらい、彼は悠々と荒野を進む。

「それにしても、連邦は凄いところだね親父さん」

「俺からしてみれば、お前さんの住んでいたエーミールの方が大層な場所だと思うけどなぁ」

土地柄か、浅黒い肌と屈強な身体を持つ商人がからからと笑う。気さくな彼は、イーリィにとって良き話し相手となった。故郷のことを話せば、自分の知らないことを次々に話してくれる。

世界には、自分の知らないことが溢れている。本だけでは、わからない世界がある。

青年の中には実に年齢相応の好奇心が溢れていた。もっと知りたい。触れたい。感じたい。

「よし、親父。世話になった。ぼくはここから歩いてみようと思う。」

「ここから歩くのか?まだ1番近い集落までは距離が……」

「こういうのは、自分の足で歩くから粋ってやつなんだよ」

胸に踊る好奇心と探究心に押されるがまま、イーリィは荷馬車より飛び降りる。

故郷のそれとは違う、ざりっとした砂の感触に笑みが浮かぶ。

「気ぃ付けなよ、兄ちゃん!」

「うん!また何処かで!」

やれやれと困ったように笑う商人の男の顔を見送る。

乾いた風にからっとした暑さと刺すような日光。どれをとっても故郷には当てはまらない。

聴覚で、触覚で、視覚で、嗅覚で、未知の世界を味わいながらイーリィは歩を進めていく。

広い広い荒野の果てに、目的の地は待っている。

ただ、彼には二つほど誤算があった。

それはこの地にけして詳しいわけではないイーリィにとって致命的であり、必然的に起こる誤算であった。

「……遠いな?」

コンパスと地図を交互に見比べる。道は、間違っていない。

いざ顔をあげれば少し遠くにぼんやりとした集落の姿がーー見えない。

彼は少々楽観視しすぎていたそれが、一つ目の誤算。初めて見るもの、感じるものばかりで些か脳が落ち着いていなかった。

振り返ってみるも、商人と荷馬車の姿は既にない。

「……だよねぇ」

イーリィは苦笑いを浮かべる。遠いとは言われていたが、まさか姿を目視することも出来ない程とは。

立ち止まっていても仕方が無い。青年は足を動かす。

からからと乾いた空気とお前を殺してやるぞと言わんばかりに肌を突き刺す日光。

イーリィの軽い足取りは最初だけで次第に一歩歩み出すのも億劫になってゆく。

額を、首筋を伝う汗を拭いながら彼はぼんやりと考えていた。こんなときでも、彼の思考回路は止まらない。

故郷では体験し得なかったもの。気温と日差しで身体の水分が抜け出して目の前がぐらぐらと揺らぎ足元が覚束なくなる。

彼の二つ目の誤算は、慣れない気候に想像以上に身体が着いて行かなかったことだった。

「景色が揺らぐ……頭が痛い……これは本で読んだことがあるぞ……」

イーリィは足を止め、うむ、と一つ頷く。

「熱中症だ!」

彼は大真面目だった。大真面目に納得し、そのままその場にひっくり返った。

「前途多難も……旅の醍醐味、だよね……」

彼は楽しんでいた。命に関わる危機的状況であっても、イーリィにとっては未知の経験である。本の中でしか知らない世界が、彼の好奇心を擽り、胸を躍らせた。


非常に、滑稽な話である。

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