創生のユミル小噺集

明哉

イーリィ冒険譚

たびだち

幾星霜の時を渡り、この世界は戦の中にある、らしい。

埃かぶった歴史書を読み耽るルビーの瞳、白銀の髪の少年、イーリィ・フォーリナーにはそれを真実であるか見定める術がない。

しかしそれはイーリィだけではなく、故郷の人間の殆どが、それを真実なのか見極める術を持たない。

何故戦いが始まってしまったのか?そんな大切なことすら分からないのだから。

ーーなんと、愚かなことだろうか!

真実を知らず命を賭した争いに身を置く両親が、兄姉が、隣人が、この国の人々が、世界が、イーリィには理解出来なかった。

神と巨人。聖戦とは名ばかりな、不毛でしかない争いを、彼らより遥かに劣る自分たちが続けるなど全くもって愚かな事だ。

愚かであるのだ。それなのにこの世界ではそれが正義として成立してしまっている。人間は弱い。数十の命を以ってしても巨人の侵攻を止めることは出来ない。命が惜しくて神々の言う事に逆らえない。

ーーでは、自分はどうするべきだ?

イーリィは大して役にも立たなかった歴史書を投げ捨て考える。本は宙で弧を描き、同じ末路を辿った本の山の仲間入りを果たす。絶妙なバランスで積み重なっていた本は雪崩を起こし、さらにすぐ横に積み重ねられた本の塔も倒れるという二次災害を引き起こしたが、見なかったものとする。

さて、どうする。いくら書物を読み漁ろうと、この答えは一向に見えない。

とりあえず、と敵に挑み直接情報を集めようにも立ち向かえる力を持っているわけでもない。それくらい分かっている。

ーー自分は幼く、経験が、知識が、実力がたりない。

歯がゆい。イーリィはむむむ、と小さく唸り声を上げる。

あまり強行的なことはしたくなかったのだが。本の山を崩しながら、埋れてしまったであろうものを探す。

先端を蒼き宝石で彩った杖。

以前、これから役立つであろうその才知を期待して、と何かの賞を授かった時お偉いさんに頂戴したものだ。

イーリィは別段天才というわけではない、と本人は思っている。人々がイーリィを天才と持て囃す理由は、彼の止まらない思考回路にある。

止まらない思考は時を要したとしても必ず答えを見つけ出す。

ーー経験し、力を付け、知恵を得る。

イーリィには分かっていた。思考の末たどり着いたこの道が、彼に本来ならば与えぬ苦難や悲しみを導くことになると。

ただ彼は止められなかった。思考も、その足を止めることも、彼自身が許さなかった。

イーリィは白銀の世界へ歩を進める。

結局は、いつもと同じだ。考えても分からないならば、進むしか無いのだ。

「目を閉じるな。僕達は傷付かねばならない」

ゆっくりと立ち上がり、地平線を見つめる。山の端は白味を帯びて、空は濃紺と薄紫の見事なコントラストを描き出す。

「足を止めるな。僕達は歩き続けなくてはならない」

杖を掲げ、風を纏う呪文をひとつ。風が一抹の咆哮を上げ、イーリィの身体を包み込む。

「真実を見よう。その結果どんな結末を迎えようとも」

幸いにも、作り笑いは得意だ。

誰に話す事なく、家族さえも捨てて。

ーー全ては愚かで美しき、我が故郷のために。

イーリィ青年の旅は、こうして始まった。

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