分かれ道 その4
「ん……う〜ん。あれ、ここは?」
リーネは目を覚まして、うとうとしながら呟いた。
寝ぼけた顔で周りを見渡してみると、自分がどこか知らない部屋のベッドで寝かされでいたことがわかる。
部屋の窓からは光が差し込んでいて、朝なのか昼なのかよくわからない。
体を起こして動かしてみるが、自由に手足が動くことからも捕まって拘束されているわけでもなさそうだ。
しばらく心ここに在らずといった表情でボ〜ッとしていたら、部屋をトントン、っとノックする音が聞こえてきた。
「は!? はい」とリーネが返事をすると、ゆっくりドアが開き、ツエルが部屋の中に入ってきた。
「おっ。ようやく起きたか、リーネ」
「ようやくって?」
「だってお前、丸一日寝てたぞ?」
ツエルが呆れた顔をしているのをじ〜っと見ていたリーネだったが、ようやく自分たちの現状を思い出してきた。
「丸……一日? って、あの日は――」
「大丈夫だ。お前が図書館で調査していた昨日までの三日間にあいつが砂漠に向かう気配はなかったからな。まだ例の日まで、今日合わせて後二日間もある。今のところは問題ないだろう」
ツエルはベッドから勢いよく起き上がろうとしたリーネを手で制して、ベッドの近くにある椅子に腰掛けた。
「カミールさんには動きがないの? 誰かが見張っていないと……」
今こうしているうちに"裂け目"が起きるかもしれないことを、リーネは危惧している。
実際、リーネが予知してから実際に"裂け目"が発生するまでは、時と場合によって誤差がある。翌日ということもあれば、一週間後ということもあり、今のところ法則性は見つかっていない。
今回は“裂け目”をキャッチした後、翌日現場に到着。
さらに翌日からリーネが図書館に泊まり込んでいる期間――つまり、三日間経っており、現在は六日目。
今までの傾向からすると、今日明日のうちにツエルが疑似体験したことが現実化することになるのだ。
「その点もぬかりないから心配すんなって。それより、腹減ったから飯食べにいこうぜ」
「だって! あのひ(グルルル〜)と……」
リーネが言い切る前に、腹の虫が部屋中に鳴り響き、リーネは顔を真っ赤にして急いで腹を押さえた。
「……あ〜、気にすんな。可愛い声で返事してくれたんだよな?」
ツエルが爽やかな笑顔でリーネの肩を叩きながら調子に乗って言うと、ツエルをキッと睨んだリーネの手が飛び出した。
「……機嫌を直してくれよ。あれはお茶目なスキンシップじゃないか」
「……」
街に出て食事をしようと外出したのはいいが、さっきの一件でリーネから平手打ちを右頬に食らった。
謝っても取り繕ってもくれず、俺の先方をひらすら無表情のまま早歩きで突き進んでいく。
「なぇ、リーネ。なんでもお前の言うことを一回聴くからさ」と言った瞬間に、リーネはピタッと立ち止まった。
「……本当?」
「本当だって! だから、許してくれ」
ようやく喋ってくれたから、彼女の前に移動してお辞儀をして謝罪した。
「……何でも?」
「あぁ! 一回だけな」
許すかどうかためらっているのか、俯いたまま固まっている。
「……なら今回のところは許すわ」
数秒だったと思うが、感覚的には一時間くらい返答を待った気分だ。
「ふ~。で、何にするんだ?」
「それはね……また思いついたときにするわ。せっかくツエルさんに何でもお願いできるんだから、楽しみはとっておきたいですもの」
ようやくご機嫌が良くなった彼女の笑顔を見れて、ようやくホッとできた。
「じゃあ、さっさと食事済ませて作戦を開始しましょう!」
「お、おい! そんなに引っ張んなって! どこのお店にするんだ?」
「決まってるじゃないですか。この街で唯一郷土料理を食べることのできるあのお店ですよ」
急に元気を取り戻したリーネに俺は腕を掴まれ、そのまま連行されていく。
リーネの言っているあのお店というのは創業百年を超える老舗で、オープン時から連日満席になるくらいの人気店である。
郷土料理は<混沌>以前まではすべての家庭の主食だったが、<混沌>時の影響で食料難になって以降、高級料理に位置付けられるようになっている。
(まぁ、今日も襲われるってことはないだろうから……ま、いっか)
リーネに引っ張られながら、ツエルは昨日襲ってきた連中のことを思い出したが、無理やりなかったことにしてそのまま彼女に従うことにした。
◆
結局、機能ツエルたちを襲った連中がどうなったかというと――、
「ここは……」
男が目を覚ますと、自分が路地裏でうつ伏せに倒れていることに気が付いた。
「気が付きましたか、隊長!」
「あ、あぁ。私は、一体……」
「わかりません。我々もつい先ほど目を覚ましたところでして」
隊長と呼ばれた男が周りを見渡してみると、話しかけた者以外に八人が自分たちの周りに立っていた。
困惑した表情で。
(特に……外傷はないな。何かあったような気がしたが……)
一瞬髪が逆立っている黒髪の男が頭の中をよぎった気がしたが、すぐにその映像は消えていった。
「一体……我々に何が起きたのだ?」
隊長と呼ばれた男は未だに放心した状態で、建物の隙間から見える空を見上げるのだった。
◆
(あいつらへの記憶の操作はうまくいっただろうか? 完全に失くすと逆に不自然だから、加減が難しいんだよな)
俺はリーダー格の男を手刀で気絶させ、倒れている奴ら全員に対してあるシグナルを送りこんだ。
【今、ここであったことに関係する記憶をなかったことにせよ】
と。
今こうやって二人で街中を歩いていても、見張られている気配がないことから、術が上手くかかったとみて間違いがないだろう。
術がかかり過ぎると、下手したら相手の人格を壊しかねないから、よほどのことがない限りは使わないようにしてたけど。
ただ、この術は特殊なこともあって成功条件が結構厳しい。
相手が気を失っていることと、相手の波長が分かっていること。そして、相手が術者のことを認識していること。
これらの条件をすべて満たす必要があるため実戦向きではないが、尋問や情報操作が必要な場面では重宝される。
(まぁ、今回のは一時しのぎ。マスターとの約束を守るために、リーネへの脅威を根刮ぎ排除しなくちゃな)
鼻歌を歌いながら嬉しそうに走る彼女の横顔を見ながら、俺はそう決意した。
「そういえば、カミールさんって今どこにいるんですか?」
あっという間にお店の前に着いたとき、リーネが質問してきた。俺をずっと引っ張りながら二十分以上街中を走り抜けた割には、汗一つ流さず、息も上がっていない。それどころか、むしろ走り出す前より活き活きした表情をしているのが不思議だ。
きっとこれから利用するお店を楽しみにしているのかもしれない。
「それはな――」
「痛っ!」
俺が答えようとし、リーネがドアを開けてお店に入ろうとした瞬間ドアが急に開いて、彼女は急に避けることができずにお店から出てきた人物とぶつかって転んだ。
「いたたたた」
「大丈夫か、リーネ?」
「……」
転んだリーネを急いで助け起こそうとしたら、お店から出てきた人物がのっそりと姿を現した。その人物は、高級服を着ているのにはだけていて、似合わないサングラスをかけた男だった。
「「!?」」
「……」
そして、リーネにぶつかった男は俺たちの驚いた表情にもまったく興味なしといった感じで、何も言わず虚ろな表情を浮かべながらフラフラとお店の外へと出て行った。
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